2018年03月23日

若き化石

95年3月20日 「地下鉄サリン事件」 から、23年が経過した。

あの日はよく覚えており、短い代休を利用して、東京から新潟の実家に帰省していた。
午前中、2階の寝室から降りて、昔でいう茶の間を開けると父親が 「東京が大変なことになってるぞ」 とテレビに釘づけとなった。

あれから、謎が解明されて、事件の真相も見えてきた。
受刑者たちは、ボクと世代が近い。
事件の衝撃とは別に疑問だったのは、容疑者は理数系の高学歴、エリートに近い存在が主導した。

「これは、どういうことだ」
純粋に自分の価値観しか信じず、異常なほど 「われわれ以外はバカだ」 と決めつけた。
言葉は理論武装のための配置だけで、人とコミュニケーションを交わしていない。
そこで、社会が受け容れないことを知ると、答え以外は煩わしいと考え、硬直した頭の回路が暴走して、あのような事件を引き起こしたと思う。

現代の 「スマホ依存症」 も危険をはらんでいる。
基本的にコンピューターの答えは 「はい」 か 「いいえ」 しかないので、状況に適応しすぎてしまうと、プロセスに目を向けるまでもなく、答えがないときに融通が利かなくなる。
こうなると頭に 「タメ」 がなくなるので、些細なことに反応して、自らの精神も疲弊させる。
曖昧なところが人間らしいのに、白黒つけないと気が済まず、グレーゾーンの処理がわからないんだ。

これからの時代、コンピューターは必須だが、順応しすぎると人に心を閉ざすばかりか、極端な思考に洗脳されやすい環境がはびこる。
コミュニケーション上のスマホ、スマホ上のコミュニケーションでは、全く趣旨が異なるからね。
それを理解してないと、思考が内向きになって、若気の至りが、何かにハマるきっかけになる。
大局的ではあるが、当時と情報環境は違うものの、内向的な洗脳性は似ている。

そうならないために、たまには外に出て遊ばないと 「若き化石」 となってしまう。
posted by GIG at 00:00| Comment(0) | Diary & Social | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする