2018年02月07日

ミシュラン

飲食店を星の数で格付けし、世界的なステータスを誇る、ミシュランガイド。

最近では 「自然で寛げる環境で、自由に食事を提供したい」 として、それまでの評価や掲載を拒み 「三ツ星」 を返上する一流店も出てきたという。

背景に覆面調査員に扮したお客さんの重圧、緊張感で空気が張り詰めたり、飲食店のあるべき空間が権威の虜になっていたりすることに疑問を呈し、三ツ星の名声より 「おふくろの味」 にも似た、食卓の雰囲気を求める方向に、シフトチェンジして来たんじゃないかな。

不思議に思うのは、その店が自ら 「ミシュラン候補」 に名乗りを上げる、エントリー制ならわかるけど、勝手にピックアップされ、格付けされていたのなら、こういう意思表示の仕方も当然の成り行きだろう。

一頃、大手運営サイトのクチコミガイドに代表されるように 「一億総料理評論家」 の時代が過熱した。
頼んでもいないのに、勝手に点数をつけられ、匿名の下手な文章で論評される。
箸の持ち方が怪しいのに、日本料理を饒舌に語り、テーブルマナーが見苦しいのに、自分の舌は 「ゴットタン」 だと、妙な使命感に燃える始末。

最近はさすがにそれに気づき、下火になったが 「歯に衣着せぬ物言い」 も責任を持てるならいいさ。
だが、そうでなければ 「黙して語らず」 が筋というものではないだろうか。
まるで 「センズリ」 を覚えたガキが、日夜 「エロネタ」 を探すため、街を徘徊しているように思える。

一緒に楽しく食事をしているのに 「クソマズ」 だ 「ゲロマズ」 と言っていれば、みんながイヤな気分になるし、うまい、まずいは個人の嗜好で、口に合わなければ、次は来なければいいんだし、ボクはあまり料理を作らないから、星の数なんて気にもしない。
星の数で食べなきゃ損だとも思わないし、第一に 「クレーマー気質」 のような食べ方は不健康だろ。

不衛生なモノを出されたり、通報レベルの不味さならわかるが、今の時代そうそうあるもんじゃない。
それなら、お店に敬意を持ち、おいしそうに食べることが、外食、食卓問わずに、幸せな時間だと思うし、書くことを前提とした食事は、気分的においしいであろうか。

仮に 「グルメリポーター」 として、趣味で書くのであれば、書き方というものもある。
本当のグルメだったら、その前に経験と勘が働き、最初からそういうお店には行かないよ。
会社で接待を経験したことのある人なら、こういう機微はわかるんじゃないかな。

日常の素朴な食事に敬意を払えないのが 「ミュシュランガイド」 の味をわかるなんてありえない。
posted by GIG at 00:00| Comment(0) | Diary & Social | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする