2018年01月17日

おしゃべり

16日 自宅玄関のドアが閉まる音で目を覚まし、枕もとの時計を見ると午前10時40分。

「11時に友達と伊勢丹で待ち合わせて、一緒にランチへ行く」 と、妻が言っていたことを思い出す。

女性にとって、友達というのは 「おしゃべり」 をする相手を指す。
これは大切なストレス解消法で、心の元気を回復させることができる。

それをとりあげたり、束縛したりすると、女性はストレスを感じてくる。
だから、外で人と会おうが、仕事をしようが一向に構わず、家に居させるだけで、家事や身の回りの世話だけしてほしいとは思わない。

むしろ、いろんな経験をし、家に帰ってきて、井戸端会議で仕入れた話を並べようが、愚痴であっても、わりあい黙って聞くことができる。
「おしゃべり」 は、答えがいらないから、否定したり、説教をすることもなく、聞かれない限りは具体的なアドバイスもしないし、日常会話は非建設的であってもいいと思う。

男はプライドの生き物だから、すぐに 「それは違う」 など、論理的に解釈し、解決策を語ろうとするが、女性の会話は結論よりも過程を楽しんでるから、しゃべらせておくこともコミュニケーションなんだ。
これを頼られていると勘違いして、正論ぶると 「求められていない会話」 の方向へ進んでしまう。

それより、共感こそが最善の緩和関係だと思うから 「聞くは7割、語るは3割」 ぐらいでいい。
便秘が体に悪いのと同じ理屈で、女性からおしゃべりをとりあげると、最後は不満を大量放出するから、普段から快便させておくことがいいに決まっている。

その点、男は自由時間を満たせれば、スッキリできる生き物なので、妻に不満の 「ふ」 の字もない。
posted by GIG at 00:00| Comment(0) | Bar & Human | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする