2017年09月13日

心変わり

12日 店の扉のすきまに、顔見知りの新日本プロレスの営業員の名刺がはさんであったので、近々に新潟大会でも開催されるのかな。

今日のアプローチは、やや限定的となる。

30代の半ばまで、プロレス好きが高じて、レスラーの人間模様にまで、興味がおよんだ。
中でも、新日本プロレスから派生した、UWF系が好きだった。

後のリングス総帥 「前田日明」 と、Uインター社長 「高田延彦」 は、新日本から、UWF時代の師弟関係であり、自他ともに認める実力者同士に成長した。
過去、同じ団体で実力が拮抗して来れば、必然的に離れていくのが強者心理。
後に、前田はUWFの解散をめぐり、当時の関係者とそのときの事情を聴取したところ、裏で前田外しを画策したのは、高田のクーデターであったことを突き止めたと、あるインタビューで断言していた。

真相はわからぬが、解散時に 「一枚岩といっても、所詮その程度なのか」 とUWFファンならずとも、多くのプロレスファンなら、そう思った反面 「いや、寝食を共にしたあの戦友ならば、話し合いで握手を交わし、プロレス界を牽引してくれるのではないか」 と淡い期待をしていたことも事実である。

前田は高田のクーデターであることを知る以前に、グレイシー柔術 「ヒクソン・グレイシー」 と闘う高田に支援を買って出て 「もしも、高田がやられるようなことがあれば、そのときはオレが出て行く」 と別れても決して崩れることのない、おたがいの信頼感があったと思えた。

しかし、高田は裏腹に前田を必要としておらず、解散時の負い目なのか、合わせる顔がなかったのか、こればかりは沈黙を貫いている以上、高田の真意はわからない。
だが、あのときの前田は愛情を注ぎに行ったのに、高田は離れたがっていたように見えた。

あらましは、このへんにとどめておく。
専門誌のインタビューで、聞き手は前田に 「いつか、高田と再会してほしい」 と切り出した。

その答えは、衝撃的だった。
「それはない。自分の人生で高田と仲よくする必要もない。オレはあのとき、全人生と全人格をかけて、彼に尽くしたから、もう、なにもやることない」 とピシャリと言い切った。

ここからはボクの話になるが、その前田の言葉に心からしびれた。
それまでモヤモヤしていた、中途半端な人間模様が吹っ切れたんだ。
生きていれば、人とモノ別れすることは避けようのないことで、それは 「心変わり」 を意味するからだ。

ならば、自分の考え方を変えた方が早い。
機能してない人間関係を振り返ってまで、修復したとしても、さほどの意味はない。
過去を気にする時間があるのなら、今の人脈と向きあうべきと考える。

「いずれまた機会があれば」 と思っているのは自分だけで、残念だけど相手は何にも思ってないよ。
それに気づくことで、真実は自分が知ってればいいし、和解した先にいいことでもあるのだろうか。
無理に調整めいた和解をしても、そのあとよけいにつきあい難くなるって。

ならば潔く、縁は切れたと思っていた方が、生きていく上で楽なんじゃないか。
前田が 「和解はない」 と答えたとき、傷ついた末、真実を悟ったと思った。
見るべき方向を間違えると、過去の情に縛られて、今いる大切な人が見えなくなるんだよ。

人づきあいをむずかしく考えることはないが、これからはそんな別れの視座も大事ではないだろうか。
posted by GIG at 00:00| Comment(0) | Bar & Human | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする