2017年09月29日

不良養成高校

高校時代の同級生が、年に数回ほど店に顔を出すときがある。

素朴な関係ながら、店があることで、わずかにつながりが途絶えずにいられる。
自身、共学ながら、女子と一切のつながりはなく、さながら男子校のようである。

高校は偏差値が低く 「不良養成高校」 などと、後ろ指をさされていた。
進学はおろか 「この高校の生徒は採用したらダメだ」 そんな陰口もささやかれていた。
採用されても色眼鏡で見られ、それがイヤで辞めたやつもいれば、逆に 「だったら、やってやるよ」 と偏見を打ち負かす努力をしたやつもいたから、二つの流れがあった気がする。

ボクは高校時代、生意気なところがあった。
ある日のHRで、教師が他人事のように 「 (世間では) バカ学校と呼ばれている」 と言われた。
言われなくてもわかっちゃいるが、それに対して 「 (偏差値の低い学校に赴任したことに)  じゃあ、先生たちも、バカ教師ということですか」 と返すと何も言えなかった。

側近の教師が、赴任校にプライドがなければ、俺たち生徒の気持ちもささくれるのはあたりまえ。
生徒も 「バカで不良で結構」 と偏差値の低さとレッテルに反抗的となり、凝り固まった意識でいた。
暴走族でウサ晴らしする生徒もいれば、自分では何の努力もしないのに、認めない社会が悪いからと、反抗を正当化しようとする、陶酔ムードも鼻に突いた。

ボクは高校の友人の影響で、それがすぐになくなったからいいけど、社会をつなぐバイト先での評価は、人物を見るか、学校を見るか、社会体験の場でさえ、二分されていたと感じた。
よかったことは、部活の稽古以外にも、夜8時から週3回の道場稽古で、柔道一般男子の部に参加し、青春の飢えや渇きを、なみいる有段者の胸を借りて発散できたこと。
だから、多感な時期に横へそれることなく、つべこべと頭で考える前に走り抜けたと思う。

非行歴はないが、一度だけ、高校を揺るがす、停学処分を食らった。
悦につづるほど単純ではないが、振り返ると劣等感が激情に触れて、事態を引き起こした。
人はプライドを傷つけられたら、怒るときは怒るべきだと、そのときは本気で思ったもん。

だが、怒りのぶつけ方を間違っていたし、停学中に友人が全校集会で学校に巣食う問題を呼びかけた行動と、黒板の授業内容をクラスメートが交替で、自宅にノートを届けてくれたことは感謝している。
停学が解けて、担任に反省文を提出したら 「おまえが怒ったのは、よくよくのことだったんだろうな」 と言われたときは、それまでの怒りの蓄積が爆発した気持ちを理解してもらい、心境は氷解した。

一昨年、当時を知る3人で飲んだとき、そのときの気持ちを大人の言葉で伝えた。
偏差値は低かったが、机上で学んだことより、経験値のほうが、はるかに社会で役立った気がする。
人間は忘れることで正気を保てるところもあるが、思い出によって、明日に踏み出せることもあるから、利害関係を抜きにして素直に語りあえば、これほどの免罪符はないんじゃないか。

もう、だれも傷つける相手はいないし、それだけ年齢を重ねてきた、我が 「劣等人生」 である。
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2017年09月28日

無題雑記 96

買い物は、日常生活にうるおいをあたえてくれる。

だが、「行列に並ぶこと」 だけは苦手である。

スーパーのタイムサービスに並んでまで 「特売のたまご」 を手にしたいと思わないのは、先着に列をなすのは、男の照れなんだよな。

飲食店も、行列に並ぶぐらいなら、やめる。
せっかちではなく、区切りをつけたいんだ。

考えれば、並んでまで、欲しいものってあるかな。
協調行動は仕方あるまいが、単独行動ではないな。

記憶をたどれば、上野動物園にパンダを見に行ったとき、何十分も待たされたあげく、立ち止まることが許されない中で見たものは、お昼寝中のパンダの背中だけだったことがある。
数十秒見た後、逆に他の人気のない動物が、可愛らしく思えてね。

水族館でも、イルカショーの開演中は館内が空くので、その間にのんびりと他を見学するのが好きだ。
食品と情操は違うが、列に並んでまで、得した感動したなんて、記憶はないんだよね。

そんな背景もあるのか、行列や人ごみに背を向けたいから、流行にも踊らされることはないようだ。
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2017年09月26日

小さい秋

午後のカーテンを開けたら、雲ひとつない、秋晴れの空が高かった。

朝の空気も秋めいて、きっと澄んでいるだろう。

街中で 「小さい秋」 を見かけた。

放課後の男子中学生らが、肉まんをほおばりながら歩いていた。
腹をすかせた育ち盛りの若者の姿に、小さい秋ならぬ 「食欲の秋」 を感じた。

夕方、西の空のあかね色が、遠くにかすんで見えた。
秋は短い周期で、複雑に空模様を変える。

秋空の変りようを 「女心」 にたとえられるが、女の真実はいかなるものか。

夕日を見たら、このアルバムジャケットを思い出し 「小さい秋」 代わりに、懐かしく聴いた。
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2017年09月25日

小さな妄想

最近、ツイてる。

スーパーで、苦みの効いたビールを買い物かごに入れたら、それを見ていた女性のマネキンさんに 「Now Get The Chance!」 みたいなことを言われ、抽選箱のスピードクジを引かされた。

すると、賞品ランクの高い 「A賞」 らしく、質の良いペアの 「ビアタンブラー」 をその場でもらった。
目立つ店内で向き合ったまま 「おめでとうございます」 と祝福され、ボクも 「ありがとうございます」 と頭をかきながら応じる。

先月も、その場で商品券が2回当たるし、今回もコレだから、ボクにクジの神が降臨したのか、それともスピードくじの帝王になったのかな。
そのわりには、小物商品ばかりでね。

わが家、応募用紙で郵送する懸賞は、妻名義だと当選確率が高いが、スピードくじだとオレなの。
下町の駄菓子屋くじで鍛えられた、黄金の指さばきと聖なる勘が、役立っているのかなあ。
いやー、夢の宝くじが当たったら、どうしようかな。

もし当たったら 「サイパンに移住したい」 とか、頭の中でスケールの小さな妄想をして遊んでいる。
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2017年09月24日

友情の酒

今日(24日)は、6年前に、46歳でこの世を去った、同い年のお客さん 「よっちゃん」 の命日である。

この日は、忘れない。 http://jazzbar-gig.seesaa.net/article/227586021.html
もしも 「友情の酒」 があるなら、キンキンに冷やした、彼の好きな 「ズブロッカ」 であろう。

透明なボトルに、バイソンラベルが貼ってあり、その中には、草の茎が一本入っている。
注ぎ足しを繰り返し、もう草の茎は何本になったかな。

そうだよ‥ この味あるウォッカをベースに、共作カクテル 「さくら」 を作ったのは、いい思い出だ。
閉店後、彼への供養として、ズブロッカをショットグラスで一杯、舌にまとわりつかせた。

長く生きていれば、忘れたいクソ野郎もいるが、彼のことは忘れようにも、忘れられない男である。
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2017年09月23日

百合の花

22日 金曜日。

バーを生業とする者にとって、早すぎる午前8時30分の起床。
呼んだタクシーに行先と順路を告げて、妻と後部座席から、朝の街並みを横目で流すこと15分。

見慣れた街とはいえ、日射しの向きが変わるだけで、その光景は何とも新鮮に映る。
用事は午前に終わり、午後に雑用をかたずけ、少し仮眠をして、長い夜の営業に備える。

店を開けて最初に気がついたことは、昨夜までつぼみだった 「百合の花」 がピンクのグラデーションを帯びて、大きな花を咲かせていたこと。

赤い花粉を取り除き、花瓶の水を変えて、百合の向きを整えた。
花が咲いた、このうれしい気持ちは、なんなんだろうね。

やすらぎが、少しわかってきた。
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2017年09月22日

魔性の女

女優 「斉藤由貴」 は皮肉にも女性から敵視され、男性からは守ってあげたいと思わせられるようで、特殊なフェロモンを分泌しているようだ。

これを書くきっかけに、女性客のYさんが知人からミニコラムを依頼され、予めメールでその原稿に目を通したことにさかのぼる。

彼女の分析によれば、斉藤由貴は 「魔性の女」 で世の男性を守るためには、もはや目を見た男を石に変えてしまう、妖女 「メドゥーサ」 になってもらい、恋愛不能にするしかないとファンタジックに語る。
だが、石にされたのは、男たちでなく、女たちであり、魔性の女とは 「同性に嫌われる」 のが、宿命になるとの末尾だが、なるほど‥  つまり 「女の敵は女」 なのであろう。

男の立場でいえば、魔性の女と出会った場合、第一か条 「見つめあってはいけない」
目を見たら、催眠術をかけられたように引き込まれ、そのままどこかへフラフラとついていきたくなる。
相づちは打たぬもの、視線をはずさず、聞き手に回り、時おり、意味深の笑みを浮かべながら、そのうち 「私をどこか遠くへ連れて行って」 とつぶやくであろう。

きっと 「私を好きなら、証拠を見せて」 と、男の勇気を試すことも言うかも知れない。
気がつけば、日本海の荒波の中を灯台に向かって、ひたすら泳ぎだしているかも知れない。
その後、愛の逃避行を企てるが、急に連絡が途絶えて消息不明になったとき、男はようやく夢から覚めボロボロの状態で、三途の川から、現世に戻ってくるのである。

こうして、男を狂わせて、愛のためなら、男は頭からパンツまでかぶるのである。
恋愛飢餓の男ほど、魔性の女と出会うと危険で、目を合わせたところからはじまるのだ。
思えば、夜なのに酒場でサングラスをかけていた男性客がいたが、あれはもしかして、魔性の女の虜にならないための、対策だったのかも知れない。

会話の途中で何も言わず、ジッーと30秒見つめられたら、気をつけろ。
その女、魔性の女で、男は気がついたら、キス写真どころか、パンツをかぶって記念撮影するだろう。
おー、こわい‥  目を見ると吸い込まれて、どこか遠くの世界につれて行かれるぞ。

第二か条 「酒場の恋はもちかえるな」

第三か条 「あとは、自分で考えるべし」 
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2017年09月21日

ケ セラ セラ

先日 「小野リサ・ボサノバ・コンサート」 第二部の2曲目が 「ケセラセラ」 だった。

「ケセラセラ」 とはスペイン語で 「なるようになる」 の意味で、日本語の 「明日は明日の風が吹く」 意味にもとれ、気持ちが悩ましくなったとき、この言葉を思い浮かべることがある。

日本人は何も起きていないのに、先の不安ばかり気にしすぎて、今を楽しめない性質がある。
不安感で社会を見すぎるため、不安な気分でしか世の中を見れない、気弱な傾向もあると思える。

世の中、何があるかわからないからと貯金に終始し、晩年の蓄えを目的にしている人が多い。
楽しみは閉店間際に食料品の安売りを手にすること、つきあいは早い時間帯の晩酌セットのみに限る。
こうなると値段でしかモノを買わないから、文化的な教養は身につくわけあるまい。

いかにお金を使わずに生活をするか、倹約に理由はあるものだが、住宅や車、教育資金や旅行などの目的かと思いきや、ただ先行きが不安だから、とりあえず貯めておこうとする考え方。
医療費や老後資金の蓄えは必要だから、その考えに一理あるが、一人で生きていくわけじゃあるまい。

だけど、どこまでの資金を想定して不安だと悩んでるのか、それがわからなければ、必要なぜいたくはおろか、人間関係の心の豊かさまで、失ってしまうんじゃないかな。
つきあいには、限度こそあるものの、高価を見せびらかす見栄ではなくて、心のゆとりというかさ。

そもそも、悩みにあたふたせず、起きてから考えればいいのだ。
起きてもいないのに、いい歳をしたおっさんが不安がる姿は、かっこ悪いじゃん。
そうそう、恵まれたツキなんてないが、もしツキがめぐってきたら、気前よく分ければいいんだしさ。

それこそ、重度のがん告知をされたら、それまでの小さな不安なんて吹っ飛ぶわけで、せこく生きても、人間は早いか遅いか 「100%の致死率」 なんだよ。

そこで大事なのは 「ケセラセラ」 (なるようになる) と人生を開き直れるかだと思っている。 
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2017年09月19日

Risa Ono (Vo)

「やさしさをシルクで包みこんだような選曲が印象的だった」

18日 新潟 「りゅーとぴあ」 大ホールで 「小野リサ・ボサノバ・コンサート」 (ゲスト・上妻宏光) へ、2階1列目のステージ正面から、妻と鑑賞した。
http://jazzbar-gig.seesaa.net/article/451088467.html?seesaa_related=category

「小野リサ」 に焦点をあてる。
http://jazzbar-gig.seesaa.net/article/156573897.html

第一部 一曲目 「イパネマの娘」 のとき、新宿のライヴハウスで、わずかにあどけなさが残っていた、当時27歳の彼女の姿と今がオーバーラップした。

月夜の下を生業にしていると、大人の甘美なジャズの歌声は耳にする。
対照的に、夏の空と海と大地に、光と波と風を感じさせてくれる、さわやかなボサノバの歌声も好きだ。

聞き手に緊張感をあたえず、すがすがしいメロディーが心地よく、ほがらかさに満ちている。
時に、レースのカーテンを揺らす微風となり、ある時には、部屋に強い夕日を差しこむ光となり、自然を育む心の表情に変化をもたらしてくれる。

「ウェーブ」 や 「ボサノバのメドレー」 では、時の流れやそこに風景が広がっているようで 「サニー」 では、小粋な技巧を披露し 「ビリンバウ」 は三味線と融合させて、エレガントな雰囲気で終演。
彼女の歌声からは、ボサノバを愛するストレートな気持ちが、健在すぎるほど伝わってきた。

世知辛い世の中、一服の清涼剤になるのが、小野リサである。
ケ・セラ・セラ ( QUE SERA SERA ) 日本語で 「なるようになる」 という意味。 

たまには、風に吹かれてみませんか‥ 
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2017年09月18日

訪問日和

台風が接近すると 「人はおちつきがなくなり、思わぬことがおきやすいから、注意に越したことはない」 と言われたものだ。

新潟へ接近している台風18号は、18日の深夜から早朝にかけて、通過すると予想されている。
そんな、刻一刻と台風が迫る、連休中日の日曜営業は、ダメもとで看板を灯していたが、うれしいことに単独の男女のお客さんが、入れ代わり立ち代わり、こんな日に6名も来店していただいた。

古くは営業職の教訓で 「雨の日 風の日 訪問日和」 と言われた。
雨風、だれでも出かけることがおっくうになる日ほど、あえて取引先を訪問するのである。
すると先方から 「よくもまあ、こんな日に来てくれた」 と感激され、競合他社に差をつけられるわけで、要するに緊張感の解けた近い距離で、おちついて商談をしやすくなるということだ。

この発想は、お店も同じで、今夜の営業時間内では、たまたま雨風は間逃れたものの、こんな台風が迫っている中で、来てくれるのはうれしくもなるよ。
それに、同じ場所に居合わせている距離感も縮まるため、お店の雰囲気も親近感が高まり、みんなが自然と優しい気持ちになれるものだ。

こんな日に、わざわざ飲みに出かける人は少なく、杓子定規に家で過ごしていた方が安全ではあるが、天気でしか行動できないようでは、どこか土壇場で融通が利かずに損すると思うのは、ボクだけかな。

只今、日付の変わった18日 深夜3時30分。

外は、徐々に風が強まっており、いよいよ台風18号が、新潟を通過するのであろうか。
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2017年09月17日

整理処分

この頃、乱雑になってきた、自室を整理した。

起床して、すぐに机の中身を部屋の中央に寄せ集めて、足の踏み場もない状態にしてから、大ざっぱに仕分けをしていく。

元来、怠け者なので、自らそういう状態にすることで、やらざる得ない状況を作る。
こうして、上から見渡すと判断しにくいものが結構ある。

古い写真に名刺、不明なDVDやPCの周辺機器、取扱説明書やショップカード、不明な電話番号やメモのきれっぱしなど、首をかしげたくなるような、こまごまとしたものまで出てくる。

物欲は強いほうではないが、現在使っていないものは、不用品として処分した。
それに、いずれ使うことがあると思うものほど、実際には使わずじまいが大半。

モノは捨てても記憶には残るし、これからは生活に困らないものだけで充分。
もちろん、人並みに好奇心はあれど、性格的にモノに執着しないようだ。

旅先でも、ポケットに手を突っ込んで歩くだけだし、写真も撮らずに風景を目にやきつけるだけ。
便利になりすぎて、無駄な情報や好奇心に神経を削がれるから、今もガラケー機能で充分だからね。

最近、自分にとって 「最低限、何があればいいか」 情操面も含めて考えるようになった。 
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2017年09月16日

無題雑記 95

三連休の初日となる、前夜の金曜日。

金曜の夜と土曜の朝は、移動日にあたるので、三連休前の金曜は異なる金曜であるのは予想できた。

連日、大相撲秋場所が、妙な盛り上がりを見せている。
三横綱の欠場のみならず、一横綱と三大関の総崩れ。
おまけに人気力士の途中欠場や成績不振もあいなり、だれが優勝するか全く予想できない展開となり、今場所の土俵からは目を離せない。

目を離せないといえば、また北朝鮮がミサイルを発射して、眠りを妨害された。
昔の番組、天才たけしの元気が出るテレビの 「早朝バズーガ砲」 みたいだ。
頭の上に黒電話を乗せた髪形をした、あのおっさんの寝室に砲撃をして、拡声器で 「サイコーですか」 と一言、やられた気持ちをインタビューしてやりたいよ。

台風18号は、ゆっくりとした速さで北上し、新潟は日曜の夜に通過するらしい。
店は、連休中日の日曜営業であるが、その状況を見て、異例の早じまいかな。
でも、こういう日に来てくれるお客さんは、ほんとうに心からありがたく思っちゃう。

まあ、秋の嵐の夜にならねばいいが‥
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2017年09月15日

気 力

気力が体裁を作るのか、それとも体裁が気力を作るのか。

そんなことは、どちらでもいい。

あの人が、元気でいてくれたことがうれしかったりする。

夕方のスーパーで、60代の男性と会った。
普段はすれ違いざまに挨拶をするぐらいだが、この日はおたがいにひとりだったので立ち話になった。

以前は、ご夫婦で買い物を楽しむ姿をお見かけしたが、ここ数年はだんなさまの姿しか見ていない。
定年退職後、奥さまの体調が思わしくないようで、身の回りのことを引き受けているようである。
その心情に配慮しながら、言葉を交わすが、会話量が多いことから、さびしいのかなと思わせられる。

心に傷を負ったとき、こんな経験はないかな‥

気分転換をしようと、にぎやかな場所へ出かけたのはいいが、どこか重い気持ちで帰ってきたこと。
奮い立たせようと出かけたが、周囲の陽気さに合わせて、逆にさびしさがまとわりついてしまったとき。

結婚披露宴に列席した後、だれもいない部屋に帰り、荷物をほどいて、着替えているような心境。
人には気持ちを隠せても、自分だけはわかるから、よけいにそばにだれかいてほしいような気分。

気力が体裁を作り、体裁が気力を作るのを思えば、できる限り人前に出て、人と会って、自分の英気を養うことも、元気への第一歩につながると思う。
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2017年09月14日

金 魚

今週の三連休を前に、新聞の折込広告には、多くの特売が盛りこまれていた。

敬老の日の特典、半期の決算市、全国の駅弁と空弁フェアなど、もう連休商戦はスタートしている。

ボクは最終日に予定はあるものの、コレと言って食べたいものや欲しいもの、行きたいところもない。
断捨離傾向にあるから、あまり在庫を抱えたくないし、先を考えれば、耐久消費財も性能ありき。

それより、晩年は大切な人とつながっていたいから、大それた趣味や旅行に走ることもなさそうだ。
家族を守れる盾として健康体であり、人と交流も保てて、身近な遊びを人生の華にできればいい。

人からは、腕に覚えのある趣味や特技を再燃したらどうかとよく言われるが、燃焼したことをやろうとは思わないし、今はまさに思春期の心の揺れ方そのものみたいなところもあるんだけどね (笑)

ただし、一つだけ、だれともかかわりをもたず、自分一人でやっていた、形ある趣味がある。
それは 「金魚の飼育」 なんだ。

ひとり暮らしの頃、大型の水槽セットを揃えて、彩りのいい金魚を数匹飼育していたことがある。
その種類、東錦に江戸錦、水泡眼に出目金、パールスケールなど、相性を合わせていた。

金魚はフナ科なので、気性が穏やかで、人にとてもなつく。
帰宅して、部屋の明かりをつけると 「泳ぐキャンディー」 が一斉に近寄ってくる姿が愛らしい。
気の粗い環境にいたころなので、灯りを照らした水槽を鑑賞する時間は癒されたし、エサを与えるため、あまり外泊もしなくなり、家に招いた会社仲間は例外なく 「イメージが似合わない」 と大笑いしていた。

今は二人暮らしだし、ボクは店で手一杯だから、飼っても愛情を注げないので飼わない。
飼うとしたら、店に立てなくなったときで、自宅で小さな金魚鉢を用意し、紅白の丹頂と水草でも入れて、共に余生を過ごしているかもね (笑)

晩年に趣味を先置きするとしたら、金魚の飼育は最有力だし、老犬を飼うのも人生かなと思う。
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2017年09月13日

心変わり

12日 店の扉のすきまに、顔見知りの新日本プロレスの営業員の名刺がはさんであったので、近々に新潟大会でも開催されるのかな。

今日のアプローチは、やや限定的となる。

30代の半ばまで、プロレス好きが高じて、レスラーの人間模様にまで、興味がおよんだ。
中でも、新日本プロレスから派生した、UWF系が好きだった。

後のリングス総帥 「前田日明」 と、Uインター社長 「高田延彦」 は、新日本から、UWF時代の師弟関係であり、自他ともに認める実力者同士に成長した。
過去、同じ団体で実力が拮抗して来れば、必然的に離れていくのが強者心理。
後に、前田はUWFの解散をめぐり、当時の関係者とそのときの事情を聴取したところ、裏で前田外しを画策したのは、高田のクーデターであったことを突き止めたと、あるインタビューで断言していた。

真相はわからぬが、解散時に 「一枚岩といっても、所詮その程度なのか」 とUWFファンならずとも、多くのプロレスファンなら、そう思った反面 「いや、寝食を共にしたあの戦友ならば、話し合いで握手を交わし、プロレス界を牽引してくれるのではないか」 と淡い期待をしていたことも事実である。

前田は高田のクーデターであることを知る以前に、グレイシー柔術 「ヒクソン・グレイシー」 と闘う高田に支援を買って出て 「もしも、高田がやられるようなことがあれば、そのときはオレが出て行く」 と別れても決して崩れることのない、おたがいの信頼感があったと思えた。

しかし、高田は裏腹に前田を必要としておらず、解散時の負い目なのか、合わせる顔がなかったのか、こればかりは沈黙を貫いている以上、高田の真意はわからない。
だが、あのときの前田は愛情を注ぎに行ったのに、高田は離れたがっていたように見えた。

あらましは、このへんにとどめておく。
専門誌のインタビューで、聞き手は前田に 「いつか、高田と再会してほしい」 と切り出した。

その答えは、衝撃的だった。
「それはない。自分の人生で高田と仲よくする必要もない。オレはあのとき、全人生と全人格をかけて、彼に尽くしたから、もう、なにもやることない」 とピシャリと言い切った。

ここからはボクの話になるが、その前田の言葉に心からしびれた。
それまでモヤモヤしていた、中途半端な人間模様が吹っ切れたんだ。
生きていれば、人とモノ別れすることは避けようのないことで、それは 「心変わり」 を意味するからだ。

ならば、自分の考え方を変えた方が早い。
機能してない人間関係を振り返ってまで、修復したとしても、さほどの意味はない。
過去を気にする時間があるのなら、今の人脈と向きあうべきと考える。

「いずれまた機会があれば」 と思っているのは自分だけで、残念だけど相手は何にも思ってないよ。
それに気づくことで、真実は自分が知ってればいいし、和解した先にいいことでもあるのだろうか。
無理に調整めいた和解をしても、そのあとよけいにつきあい難くなるって。

ならば潔く、縁は切れたと思っていた方が、生きていく上で楽なんじゃないか。
前田が 「和解はない」 と答えたとき、傷ついた末、真実を悟ったと思った。
見るべき方向を間違えると、過去の情に縛られて、今いる大切な人が見えなくなるんだよ。

人づきあいをむずかしく考えることはないが、これからはそんな別れの視座も大事ではないだろうか。
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2017年09月12日

大人の世界

先週、長年懇親のご夫婦と久しく、ワインと肉料理をご一緒した。

昔は、よくワインを飲んだものだが、今は、ほとんど飲まなくなった。
赤の豊潤さと白の洗練さの中間に位置する、ロゼが好きだが、それほどこだわりはない。

シャルドネが好きで、乗じてシェリーもよく飲んだ。
まあ、辛口が好きなのである。

13年ほど前、自宅のサイドボードに、ドンペリニヨン (ジャンパン) が2本あった。
ある日、酔った勢いで、会社の仲間を自宅に招き、気前よくコルクを抜いた。
妻と記念日に開けるはずだったのに、ノリで空けてしまい、翌朝は呆れられたことがある。

今はビールを口開けに、ウイスキーにおちついている。
若いころから、バーボンのソーダー割りが好きで、その流れから、スコッチにたどり着いたようなもの。
ウイスキーは、男同士の友情、大人の男女のようなイメージがある。

ワインは、エレガントであるものの、男女の偽愛言 (俗語) 心にもない愛の甘さを感じる。
それこそ右利きなら、ワイングラスを時計の逆回転で回しながら、歯の浮くようなセリフで口説き対決をしているようなイメージがある。

「ワイン → ホテルのキー → お泊り」  男の口説きコースだが‥
席でウェイターに部屋を予約する段階で、女性に 「私はそんなつもりでご一緒したのではありません」 と拒まれると 「来ることはそういうことだろう」 と青筋を立てて、発狂するおやじがいたりさ (笑)
思わず 「おまえは、島耕作か!」 と突っ込みたくなる。

まったく、話がそれるなあ‥
個人的に、一緒にウイスキーを飲む男女は、年季の入った大人の色気をただよわせているもの。

バーでは、カップルにはお酒の用意だけして、スッーと離れるのが 「大人の世界」 となる。
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2017年09月10日

初 秋

ついこの間までは、セミの鳴き声が残暑をあおっていたかと思えば、今では秋の虫の音色がおちつきをあたえてくれている。

朝方、部屋の窓を半開にして、白みはじめる空を眺めていることがある。

視覚は朝の空なのに、聴覚は虫の響きを耳にできる、今の時期ならではの感覚。

スーパーでは、梨や巨峰が売場のスペースを占めて、コーナーには、早くも松茸が並んでいた。

今はどの季節でも、たいがいのものは手に入れることはできるが、求めるは高嶺の旬ではない。

だれでも、気軽に季節を味わえる旬を大切にしたい。
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2017年09月09日

傾 聴

先月24日のブログで 「相談できる仲間は一生つきあえる」 と記した。

実際は相談するしないの問題ではなく、いざというときのメンターがいるかどうかである。

人間心理、ひとりになると考えごとをはじめる。
過去のイヤな出来事が断片的にあふれだし、自分だけが知っているから、余計につらかったりする。

呪縛めいたことから、解放されるためには、気持ちを吐き出すしかない。
だから、人は人の中でしか、生きられないのだと思える。

悩みを聞かされたら、適量な助言を添えて 「傾聴 → 共感 → 受容」 たったそれだけでいい。

まずは傾聴すれば、相手は 「また明日からがんばっていこう」 という気持ちになれる。
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2017年09月06日

心づかい

5日 店へ向かう途中、満月が霧がかっていたので、雨が近い気がした。

先頃、ご婚約された、秋篠宮家の長女眞子さまと小室さんが、おたがいの存在を 「太陽」 と 「月」 にたとえ、日本中がロマンチックな祝福ムードに包まれた。

彼は遠距離恋愛中、夜空の月を見るたびに、眞子さまを思い出して、電話をかけていたという。

時系列では、5年前から、おたがいの心は決まっており、4年前の食後に二人で歩きながら、さりげなくプロポーズをしたというが、その夜も 「美しい満月」 だったのであろう。

心と心のつながりは、具体的な形をもたぬものだが、二人は不滅の愛であることを信じて疑えないほど価値観に相違なく、洗練された婚約発表に感じた。

「太陽と月」 おたがいが引き合っているからこそ、そこに見えてくるのが 「心づかい」 なんだろうね。
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2017年09月05日

無題雑記 94

だいぶ日が短くなり、季節は夏と秋の境目となる。

先日、長年懇親のご夫婦とワインと肉料理をご一緒した。

待ち合わせの時間まで、街中を歩くと秋の新作ファッションやマロンケーキなど、秋の装いを感じた。
コンビニではおでんが登場し、スーパーでは新サンマが並ぶ。

まだ、日によって暑かったり、寒かったりすると、着るもの、飲むもの、食べるもの、あれこれ迷うことこの上なし。

わが家の冷蔵庫には、冷やし中華や冷しゃぶの肉や野菜もまだある。
今は寝るときは窓を開けて、寝具はタオルケットの日もあれば、薄手の掛け布団も用意してある。

今日は半袖、それとも長袖にしようか、アイスコーヒーにしようか、それともホットコーヒー。

季節の変わり目に、胸中はめぐる。
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