2017年08月10日

原爆の日

夏の行楽、真っ盛り。

花火に海水浴、お祭りなどの催しを含め、楽しさは満載であろう。

では 「8月9日」 は何の日か、どれぐらいの人が歴史を認識してるだろうか。
1945年 8月6日の広島に続いて、9日は長崎に2発目の 「原爆を投下された日」 である。

ボクはもしかしたら、この世に生を授かっていなかったかもしれない。

それを今から、お話する。

去年の夏、82歳で死去した、父親の生まれ故郷は 「長崎」 である。
そのとき、父は小学5年生で、原爆の投下地点から住居が離れてたので、被爆者にはならなかったが、あの頃は放射能の怖さをだれもわかっていなかった。

父は親に手を引かれ、救護もかねて、被爆地に足を踏み入れたという。
そこには、全身ケロイド状態の被爆者たちが、水を欲しがるので、手のひらにすくった水を飲ませたら、そのまま息を引きとった瞬間を、目の当たりにしたという。

小学5年の少年には、おぞましいほどの地獄絵図だし、後世へ語り継ぐためにも、その時の惨状を思い起こさねばならないので、あまり語りたがらなかった。

次第に、放射能の影響を知るようになり 「俺の体は大丈夫なのか」 と内心悩んでいた節もある。
結婚して、母がボクを出産したとき、真っ先に確認したことは、性別でも体重でもなく、手足の指先まで含め 「五体満足」 であるか、そこだったらしい。
父には、被爆の影響はなかったが、心の奥底で不安を抱えていたということだ。

後に、無類の酒の強さを誇る、父の 「トラウマ」 を知ることになる。
毎年、8月9日になると、この日だけは手酌で口を湿らすだけで、食事は一切口にしなかった。
ある年、その理由を聞くと 「あの日の光景がよみがえり、食欲がわかない」 のだという。
それほどまで、原爆の精神的ショックは、晩年まで尾を引いていたことになる。

平和はあたりまえでなく、時代の精霊があって、今があることを多くの人たちは忘れている。

マスメディアもスポンサーの空気に流され、本音や真実を語ることが許されない部分もある。
今日は 「原爆の日」 だというのに、テレビは朝から晩まで、今井や斎藤、宮迫や乙武だの、挙句には 「このハゲー」 そんなことばかり報道され、社会教科はゴシップやスキャンダルしかないのか。

オレ、生まれ変わるとしたら 「盆栽」 になりてえよ。
posted by GIG at 00:00| Comment(0) | Diary & Social | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする