2017年07月31日

肉体年齢

週末の疲れが出た日曜日。

昔なら、立ちっぱなし、動きっぱなしの日が続いても、睡眠さえとれば翌日はケロッとしていた頃と違い、今は回復力がおちている。
あと5〜6年もすれば、体力の衰えは顕著になるだろう。

クルマでいえば、疲れたと感じたら、エンジンを切っておき、体力を温存させておく。
体力の低下を補うことだけでなくて、操縦性を利かせるため、ある種の待機状態にしておくんだ。
ムダな走りでガソリンを浪費せずに、給油メーターを見ながら、効率的に近道を走るのを意識する。

50代と40代では、同じ8時間仕事でも、エンジンの動力性能が変わるため、それに合わせたハンドル操作が必要となり、仕事の前に遊ぶことはできなくなる。
今や精神力だけで、体力の低下をカバーすることはできない。

20代のころは、高性能エンジンが最高出力まで回転したけど、そのぶん操縦技術がまだ未熟だから、オーバーヒートしやすかった。

これから運転の仕方によって、60代で故障だらけの 「ポンコツカー」 になるより、70代で颯爽とした 「クラシックカー」 になりたいものだ。

そのためにも、日常の速度と走行距離、定期車検は欠かせなくなり、それは走り続けるというより、寧ろ歩き続ける感覚で、定年退職がない世界に生きているから、肉体を賢くすることなんだろうね。
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2017年07月30日

Sunrise

長年、日の出と日の入りが、ズレた生活を送っている。

前ほどでもないが、店のかたづけが長引くと、老体を引きずりながら、朝日を浴びて帰る日もある。

途中、新聞配達、牛乳配達、ウォーキングをする人、どこか怪しげな人と、静かにすれ違うこと数人。

ビルや電柱には、ゴミ集積場のエサに狙いをつけた、カラスの群れが不気味に、その時を待っている。

朝刊の見出しに目を通し、記事の詳細は起床してから、ゆっくりと読む。

ベランダで缶ビールをあおりながら、仕事で疲れた生身には、夏の朝日はまぶしすぎる。

「朝日のようにさわやかに」 とはならない。  - Softly, as in a Morning Sunrise -
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2017年07月29日

ラバーカップ

28日 夜も更けた 23時ころ。

営業中、シンクにたまったグラスを洗浄してたら、排水溝が詰まり、水の流れが悪くなった。
排水口やホースを点検したり、大きく水圧をかけてみるが、詰まりの原因はわからない。

そこで、金曜の女性パートナーに、トイレから 「アレ」 を持ってきてと伝えたが、その 「アレ」 とは。
「黒い吸引ゴムがついた棒」 だが、とっさに出てこないばかりか、そもそも、あの名称がわからない。

「吸引の棒」 「便所の棒」 だの、勝手な名称でいわれる、あの棒のこと。
彼女も 「アレ」 で、道具はわかるが、名称がわからないから、やっぱり 「アレ」 となる。

調べたら 「ラバーカップ」 と言うそうだ。
そのおかげで、シンクの詰まりは直ったが、正式名で言った人を聞いたことはない。

他にも、どうもハッキリしない、謎の名称はいくつかある。
例えば、耳かきの上についている綿帽子みたいなのは 「ぼんてん」 と正式名があるらしいが、そんな名称で言う人はいないし、逆にいたらおかしい。

多くの人は 「フサフサ」 「ボンボン」 「フワフワ」 など、オトマトペを使っているだろう。
さっきのラバーカップにしても、ボクは昔から 「スッポン、スッポン」 と、2回呼びしていた。

最近では、名称はともかく 「人の名前」 も、とっさに出てこなくなった  (ー_ー)!!  
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2017年07月28日

ポテトサラダ

27日 夕食の主役となる 「ジャガイモ」 を、5個用意した。

続いて、冷蔵庫から、キュウリにニンジン、玉子にタマネギ、チャーシューを取り出す。
調味料は、塩コショウに甘酢、調合の決め手は 「マヨネーズ」 だ。
何を作るかは、おわかりであろう。

考えてみれば、野菜を買っても、何の料理の材料になるのか、想像をふくらませたことはなかった。
最初、ピューラーで皮をむいたジャガイモ、後でスライスしたタマネギでも、買うときは大きいモノだけを、カゴに放り込めばいいと思っていた。

それこそ、大根おろしに使う大根2/1、上か下かで味が違うように、料理において選び方がある。
男と女、均一の条件で別々に買い物をさせたら、家庭料理を知り尽くす、女の目利きは鋭いだろう。
男はせいぜい、売場の陳列棚の奥に手を伸ばし、賞味期限の長い商品を手にするぐらいだからね。

もう、買物から献立がはじまっており、調理場は違えど職業コックも家庭の主婦も基本変わらない。
主婦にすれば、毎日のことでしかないが、料理は 「おいしい」 と言ってくれる人のために作るもので、それは職業コックも同じことである。

女性が料理を作るのは、あたりまえと思っていたら、とんでもない感覚で、自分で料理を作ればわかるはずだし、どれだけ重い荷物と地味な下ごしらえ、調理時間を割いているのか、考えねばならない。
作ってくれた人に対する、敬意という意味だよ。

独身の頃、寝る時間に次いで、食事を作る時間がもったいないと思ってたほどだから、結婚するまで、外食と弁当でまかなっていたせいで、自分で料理を作るのはお手上げだった。
「食事ぐらい、自分で作れよ」 と言われそうだが、調理時間を妻が補ってくれてるんだからね。

わが家は二人暮らしなので、作る量は少ないが、もし育ち盛りの子どもが二人いたら、倍の量だから、あたりまえで切り捨てることはできない。
究極、冷蔵庫のありあわせで、サッと料理を目の前に出されたら、これはもうかなりの芸当だよな。

だから、作ってくれた料理に 「理のない文句」 はつけたことはないし、大げさなことは言わぬまでも 「ありがとう」 の一言は、添えるべきと思っている。
男は男で、夜のつきあいもあるが、たまに折り詰めでも指にひっかけて、赤ら顔で帰宅するのも務め。

ボクの作った 「ポテトサラダ」 だが、また皆様に味わっていただけないのが残念だ ?  (-。-)y-゜゜゜ 
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2017年07月27日

無題雑記 88

切り花 「デンファレ」 を、店のカウンターに一輪挿した。
夏の切り花は、暑さで早く枯れてしまうが、一輪あるとさわやかな気分になるものだ。

26日 午後1時 起床
窓を全開にしたら、いい風が吹き抜け、梅雨明けを宣言するような、セミの鳴き声が響き、空はレースをまとった青さだった。

久し振りに、寝覚めの音楽 (ボサノバ) を流した。
夏の風を感じると聴きたくなるのが、小野リサ 「サンバ・デ・カリオカ」
そして、夏の終わりが来ると聴きたくなるのが 「カント・パラ・ナナン」

高校野球新潟県大会決勝。
テレビで4回表の中越の攻撃から観戦し、結果は日本文理が3年ぶり9度目の甲子園出場を果たした。
去年はオリンピックの賑わいに圧し消されたが、今年は大きな快音が響き渡る日は近い。

自宅で4回目となる、春巻作りに挑戦。
店のおしぼりを、春巻きの皮に見立てて練習したので、シュミレーションはできている。
前回、失敗した原因は、下ごしらえの甘さに加えて、いい加減な皮の巻き方をしたこと。

今回はキャベツの刻み方、水分の絞り方、皮1枚に入れる具材を均等に、丁寧に巻くことを意識した。
10本とも上手く油で揚がり、味もまとまっていたと、わが家の 「板長」 から、褒め言葉を頂戴したが、皆様に現物を味わっていただけないのが残念である   (-。-)y-゜゜゜

主役は交代する。
スーパーの特売で買った、桃が甘くておいしかった。
主役がスイカとなるから、桃なりに意地を見せたんだ。

ぼんやりと夏雲を眺めながら、夏だけの音に耳を澄ましている、昼下りも多くなるだろう。
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2017年07月25日

愛の結晶

プロレス好きのボクは、94年12月の神宮球場で行われた 「高田延彦 VS ザ・ベイダー」 のタイトルマッチを、最前列で観戦した。

結果、高田が柔道の関節技 「腕ひしぎ逆十字固め」 で、ベイダーからギブアップ勝ちを奪った。
その時、高田は四方のコーナーポストに上り、観客の声援に勝利の雄叫びを上げて応えていたところ、後方席で女性ファンが 「子宮が感じるー」 と絶叫していた。

後日、同じ会社でシャレの通じる女性に、その意味をたずねてみると  「女は本能的に、強い遺伝子を求めるの」 と言われた。

高田は、タレントの向井亜紀と結婚した後、彼女に病が見つかり、子どもを授かることをあきらめたが、日本では認められていない 「代理出産」 をアメリカでトライし、双子の子どもを授かることができた。

家庭という 「やすらぎの場所」 を作るために、家族を増やすと決めた以上、あらゆる方法を追求して、自分たちの可能性に賭けたのである。

日本人は、ひとつの価値観にとらわれる傾向があり、世間から理解を得られない焦燥感を受けながら、明るさを装っていた夫婦に、ようやく子の親になれる朗報があたえられた。

男には 「子宮が感じる」 感覚はわからない。

だが、惚れた男の遺伝子で 「愛の結晶を残したい」 母なる本能は理解せねばならない。
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2017年07月24日

上下左右

お酒を飲むと、塩分が欲しくなるもの。

そこで調子こいて、〆のラーメンなんて気をおこすと、胃がもたれて翌朝には後悔する。
餃子とビールまでつけてれば、なおさら体が重く感じる。

飲むとあまり食べないので、逆に遅い時間に小腹が空き、コンビニで軽食を買って帰ることがある。
今はさすがに暴飲暴食はないが、寝る前に食べる量を加減しないと、体重の増加を招く要因どころか、逆流性食道炎を引き起こしかねないからね。

久し振りに体重計へ乗ったら、身長と体重が同じになっていた。
身長からはじき出された、理想体重ではないにせよ、なぜか3キロほどやせていた。

店で立ちっぱなしの日もあるので、運動らしい運動はしなくても、適度にカロリー消費しているのだろう。
それに、日常の動作で新陳代謝できれば、運動をやらねばという、ストレスはかからない。

その意味では、店の掃除ひとつバカにはできず、仕方によっては適度な運動量で、やる気さえあれば、作業に糸目はつかないから、一石二鳥である。

だから 「体が重い」 と感じたら、床のぞうきんがけ、天井のほこりとり、トイレ掃除など、小さくこまめにやってればいいんだ。

それこそ、青春映画 「ベストキッド」 (84) で主演の少年が空手の先生に習った、車のワックスがけ、塀のペンキ塗りと同じようなもので、大それたことをせずとも、日常清掃のくりかえしで、適度な体重維持できるんじゃないかな。

そんな、掃除の動きは上下左右、この年齢では 「いい運動」 になっている。
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2017年07月23日

Jazz & Music 200

今回で、ブログのカテゴリー 「Jazz & Music」 の投稿記事が200本になった。

今さら、何を聴いて、どう感想を書いたのか、あまり覚えてないし、その場のノリで書き殴っているので、過去の記事を検索することもない。
そもそも、音楽を文字に変換することはむずかしいので、そうそう連発できない。
それにジャズは、それぞれに趣向があるので、細かく書き出すほど遠ざけられる。

コードやリズム、ジャズの理論や知識の完成度はプロでない限りは理解の必要はなく、むしろ、経験を交えた周辺環境をリポート形式で、わかりやすく書くことを意識している。
別にジャズの普及を使命感にしてないし、ボクらの世代がもっと気軽なモノにしていかないと、いつまでたっても、堅苦しさをあんじることになり、これでは次世代が聴くはずなかろう。

ジャズに勉強なんていらないし、したとしても役に立たない。
つまるところ、専門的になりすぎると、敬して遠ざけられる。
感性なんだから、入口はどこからでもいいんだ。
ただ、ジャズを聴く耳を育てるためには、長く聴くことに越したことはない。

ボクより上の世代の人は、少し気を悪くしないで聞いてほしいけど、かたくなに押しつけられた、ジャズの価値観を継承するつもりはないんだよね。
気軽に会話できなければ、ジャズの活性化なんて土台がムリだし、古典ジャズをあてつけに、新しきを批判することが、真性のファンだと思いこんでおり、今までそういう人を多く目にしてきた。

多くを知りたければ、会話が楽しい人をメンターにつけるべきだ。
それは、ジャズはコミュニケーションの音楽だから、会話は楽器みたいなもの。
話し方、聞き方、間の取り方、相づちの打ち方、会話と音楽には多くの共通点がある。
会話の上手い人は、音楽の素質もあるし、響く音を奏でられる人は、会話もうまい。

添付した画像は 「ミシェル・カミロ・トリオ」
ピアノとドラムの対話を聴いていれば、いかに相手の音に反応することが、大切かわかるであろう。

クリフは、ヘビー級ドラマーとして、サイコーだよな。
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2017年07月22日

佐藤正午

先日、芥川賞と直木賞の発表があった。

「月の満ち欠け」 で、直木賞を受賞した 「佐藤正午」 (61歳) の小説 「人参倶楽部」 は、3年前に読んだことがある。

短編小説を得意とする筆者の本編は、深夜営業のバーを舞台にした人間ドラマを描く。
物語は、夜な夜な事情のある客たちが、他愛もない会話を交えながら、自身の影なる人生を語りだす。
そんな、内容だったと記憶している。

無雑作な本棚に書籍がないので、きっと大量処分に混じったのだろうが、タイトルと作者、エピソードを覚えていることは、共感のできる 「いい小説」 であったに違いない。

自分の勘に、何の根拠もないが、小説家やジャズ奏者で 「あっ、この人、来るだろうな」 そんな直感が当たるときがある。

それは、よいこの見本市のように 「お上手」 「お行儀」 だけでなく、未来を感じさせる、本人の個性 (センス) がないと、印象は伝わらない。

漫然と美文を書きたければ、情報誌やカタログ本のように、規定の文字数で完結させるほうが楽だ。
だけど、文字の羅列、本音ではないことは記憶に残らないし、大切なのはセオリーに 「プラス」 本音の発想なんだと思う。

作品に早咲きも遅咲きもないが、地道に活動した人の功績が認められるのは、人生の渋味を感じる。 
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2017年07月21日

玄関の靴

20日 買い物から帰ると、玄関先に見慣れない女性用の靴が揃えてあった。

お客さんかと思い、リビングの扉をゆっくりと押すと、御年75歳になる、おふくろだった。
妻と仲がいいので、たまに用事を作っては、こうして気軽に訪ねてくる。

昔、かけおちしたとはいえ、俺にとって、母親は母親だ。
今も、その人と幸せに暮らしてるから、純愛だったことを受け入れ、晩年はつかず離れずの親子関係。

妻は 「あなたの顔を見に来ているんだから」 という。
親心はわかってるし、いくつになっても息子は母親には、つっけんどんな態度になってしまうものだが、こういう甘えが許されるのは、照れ隠しの愛情であれど、妻と母親の前でしかできない。

三人でお茶を囲むが、もっぱら雑談は二人に任せて、ボクは新聞やテレビを見たり、たまにボソッと口をはさむが、サラッと流されて、また自分たちの話題に戻る。
女性同士の雑談に、男が入る隙はないので、この時だけは、置物同然としか見ていないのだろう。

そんな二人の雑談には加わらず、ただ聞いているだけなんだけど、こういう雰囲気はどこかおちつく。
ママ友同士が、お茶をしている横で、ひとり絵本を見て過ごしている、子どものような気分だ。

それでいながら、子育てをする本能や機能のようなものが、ボクの行動を見守っている空気がある。
男としては、そうしてもらったほうがありがたい。

おふくろは手荷物を抱え、駅南から歩いてくるが、夕方とはいえ、猛暑日に歩いてくることはなかろう。
店に向かう時間が来たので 「涼しくなるまで、ゆっくりしていきな」 と一声かけて、自宅を後にした。

今度また、一緒にカラオケへ行くそうだが、勝手にしやがれ、俺は意地でも行かん!
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2017年07月20日

撃退噴射

殺虫剤を用途別に3本購入した。

暑い時期、飲食店は看板や街灯に群がる、夜光虫に悩まされる。
バーは、そう多くの食品を扱う業態ではないので、店の中から発生する害虫は少ないが、外部から侵入されることを、未然に防ぐことが管理となる。

営業準備中、店の窓や扉を開けて、掃除や空気の入れ替えをしたいが、それをやると侵入されるので、この時期だけは、換気扇とエアコンで空気を循環させている。

営業中は、扉の開け閉めをしないわけにはいかなく、お客さんの前ではスプレーを噴射できないので、最善策はやはり侵入を防止するほかない。

最近は、虫除けのガードスプレーが充実しており、数日間は殺虫成分の効き目があり、ここ2年ほどは一定以上の効果が表れて、日本の研究開発は優秀だと思わせられる。
そんなガードスプレーを噴射していると、スペースカウボーイになった気分になれる。

最近、郷ひろみを起用したアースジェットのCMで、左下に小さく 「人に向けて噴射しないで下さい」 とテロップが流れるが、それを見て、昔の出来事を思い出し、吹き出してしまった。

小学生の頃、近所に変わり種のおやじがいてね。
偏屈で難しくて、いつもなにに怒っているのかわからないんだけど、近所でガキがうるさく遊んでいると、そこにツカツカと現れ、変な奇声を上げながら、キンチョールを噴射して撃退するんだよな。

ボクらも 「来たぞー」 とか言いながら逃げまどい、子ども心に 「金鳥おやじ」 とか命名して、上手に社会距離を測っていたもんで、キンチョールを人に向けて噴射するのは 「新潟の伝統文化」 とさえ思ったけど、それは威嚇だけで、本当に噴射されたことはなかったことが、下町の人情であったりね。

そんな、殺虫スプレーを手にすると、アドレナリンが出てくるのは、下町の血筋なのかな (笑)
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2017年07月19日

隠れ言語

この人が放つ、言語は致命的だな。

女性議員がツイッターで発したコメントが、サポーターの反感を買い炎上したという。
是非はともかく、心の中で思っていれば、済むようなことまで発信するから、ますます収束しない。

SNSのない時代、やさぐれ発言を聞いても、舌打ちひとつ 「バカじゃねえの!」 で済ませられたけど、今は何でも投稿できるから、言葉は軽々しくなる一方、ゆえに悪意が満ちていたりする。
その上、何回読み返しても、何を言いたいのか、首をかしげたくなる文章もある。

ボクがイヤなのは 「サッカーの応援しているだけのくせに」 のこの 「〜のくせに」 発言。
昔から、性別や学歴、国籍や出生地を持ち出し、差別的に言い放つ人はいて、それは失言とは異なる偏見だから、こういう人を相手にするのは大変なんだ。

まだ、こういう 「隠れ言語」 を持つ人は多い。
ハッキリしたのは、立場や年齢を重ねた人でも、頭のいい人とは限らないことを証明した。
有名人は、人格的に立派だと思うのは、見る側の思い込みだし 「〜のくせに」 は考え直すどころか、単に言語能力の遅れか、憎悪的な差別表現。

もし、その人の発言が、自分に不利益をもたらしているのなら別だが、そうじゃなければ 「あー、また、あの人、あんなこと言っているよ」 ぐらいでも、いいんじゃないか。

有名人だから炎上したけど、いい対処方法は、他人の戯言 (たわごと) は、ほっとくことだ。

向き合う人と、ほっとく人は、キチンとわけていたほうがいいと思うけどね。
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2017年07月18日

自由時間

三連休も終わり、今日から日常がはじまった。

休日は大まかに、昼に目覚め、夕方から動き出し、夜は自由行動。
自由行動では、好きなことをする。

無論、好きなことの後に続くのは、人物 (友人) 場所 (店) 時間 (趣味) であったり。
行動の源は 「好き」 からはじまる。

休日は週一日、実質は半日となり、家庭のやすらぎを優先する。
家で休養に充てるか、外出でリフレッシュするか、自由時間の過ごし方にも、TPOをとりいれる。

もし男から、遊びや癒しの自由時間を奪われたら、ボキャブラリーのない人生になるんだろうな。
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2017年07月17日

大人の恋

今日 (17日) は 「海の日」

日中、空を見上げると白みを帯びた薄い青空ながら、夏の空らしく広い印象を受けた。

私生活、海とかかわることはない。
泳ぎは苦手だし、釣りもしなければ、マリンスポーツもしない。
日焼けはしたくないし、豚足みたいな体を公衆の面前にさらせない。

過去、夏の終わりになると、東京から帰省していた。
ひとけのない窪田町海岸で、浮輪に乗って波と戯れるか、波打ち際で寝そべるかのくりかえし。
海を楽しむより、海を見ていたいタイプだ。

さて、大人の恋を見たければ、夏の終わりの海にあると思える。
真夏のリゾートと言いたいところだが、大人にはそれぞれ事情というものがある。
二人に言葉はいらず、一緒に夕日を見ながら、同じ時間を過ごせる満足感に酔いしれているだけ。

そのうち、線香花火の玉が消え落ちるように、夕日が沈むとひとけがなくなり、あたりが薄暗くなる。
次第にカップルは、自然と肩を寄せ合い、静かになった砂の浜辺で、長いくちづけを交わす。
夕暮れ時の光景を、ドキドキしながら見ていた 「マセガキ」 だった。

大人の恋を見たければ、夏の終わりの浜辺に行けばある。
音楽で場面をイメージするところ 「サマータイム」 では、芸がなさすぎる。
ナタリー・コール 「テル・ミー・オール・アバウト・イット」 -Tell Me All About It- がいいだろう。

それから間違っても、暗がりで 「縦揺れしている車」 には、近づいてはならない。
 
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2017年07月16日

明日代休

16日 午後2時、半開の窓から、さざ波のような雨音が聞こえてきた。

暑い日は、雨が打ち水がわりに涼しくなるし、少し気分も澄んでくる。

今夜の営業が終われば、明日 (月曜) が代休となる。

ひとり出かけるにしても、一日では遠出できないし、せいぜい家族水入らず、フラリ食事へ出かけるのが身の丈に合っているようだ。

この年齢になると、ほとほと 「遊ぶ」 は少なく、適度な 「寛ぎ」 に向きが帯びる。

ひとりの時間を大切にしたり、人と気軽に会って会話したり、時には楽しく酔って気分を入れかえるなどシンプルな時間に意味をもたせるというのかな。

自由な時間をもてるから、日々の仕事に活かされるし、ライフバランスが保てるのかもね。

毎晩、だれがお店に来るかはお楽しみで、バラエティー気分でいえば 「今夜は最高」 明日代休 !
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2017年07月15日

無題雑記 87

14日 深夜、大相撲ダイジェストのあと、録画予約しておいた映画 「シン・ゴジラ」 を再び見ていたら、朝の7時を回ってしまい、急いで眠りについた。

定刻 12時35分のバスに乗り、後部座席で揺られること約15分。
電光温度計の表示は 「36℃」 で、うだるような暑さに、街中を歩く人影はまばらに見えた。

用事を済ませて、万代に戻ってきたのは、15時50分。
しばし、コーヒーショップで涼をとり、気力をチャージすること20分余り。

イオンが周年祭で、通常よりも値頃感と特売商品があり、桃が1個 「¥98」 だったので8個買い、店の 「チャーム」 に添えることにした。

こう暑いと、モヒート、チチ、ブルーハワイなど 「夏の定番カクテル」 も多くなり、ソーダ同様に、ミントやパインジュースなど、日々の買い出しに欠かせない。
最近は、クラッシュアイスにジンとシロップ、ミントティーを入れて提供することもある。

5月以来、待望の三連休だから、解放感もひとしおであろう。
お客さんによると、14日は定時で上がり、どこにも立ち寄らず帰宅した人も多いらしく、夜から午前中にかけて予定や帰省の移動日にあてるようで、その分、店は気忙しさなく、ゆっくり飲める金曜日だった。

もうひとりの女性パートナーが帰宅後、店内が寂しくなったので、好きなアルバムをトレイに置く。
ジャズの有識者も唸らせる、キース・ジャレット 「ウィスパー・ノット」 を聴きながら、客待ち。
ドラム 「ジャック・ディジョネット」 の音楽的なレンジの広さに、改めてその魅力を認識させられる。

ええ、本来のコンセプトは、だれでも入れる、ゆるーい 「ジャズバー」 ですから‥
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2017年07月14日

木陰にて

自転車で買物へ行くとき、ラブラ万代の正面の駐輪場をよく利用する。

木陰となる円形のベンチには、鳥のフンや買い食いした人がいるため、あまり座る気にはならない。

13日 木陰のベンチに、年の功は60代後半ぐらいで、白髪で不精ひげを生やし、仙人風のおじさんが仰向けで豪快に寝ている姿があった。

その姿、木陰からもれる太陽光をさえぎるように、左手の甲を目隠しにし、右手を腹の上に添えている。
丸めたトートバックを枕がわりに、ベンチには季節外れのリンゴ一個と、生温そうなお茶のペットボトル。
人間観察のつもりはないが、気持ちよさそうに、寝ていた姿が印象的だった。

すぐそばに自転車を止めておいたが、右足でスタンドを蹴る音が響いておこさないか、こっちが少し気を遣いたくなるほどのうたた寝っぷりに、きっとこの人の時間は長いのであろう。

もしかして、平和って時間がゆっくりと過ぎてゆく、こういう場面なのかなと思わせられた。
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2017年07月13日

Jazz Talk Vol.82

センスとスキル、そして個性を持って、世界をかけぬけている、日本の代表的な女性ピアニストといえば 「上原ひろみ」 「山中千尋」 が二大巨頭であろうか。

この二人に共通しているのは 「キース・ジャレット」 も愛聴盤にしていること。
多くのピアニストも 「ビル・エヴァンス」 ほどでないにしろ、彼の奏でる旋律の虜になり、演奏の端々で余韻を感じるときがある。

最たる愛聴盤は、83年のトリオ結成から30年間の内、割りと前期のアルバムの中に多く、その完成度たるものは格別で、ボクもご多分に漏れず、ベストアルバムはその中にある。

だが、後期のアルバムの中にも、円熟味と繊細美でいうのなら、結成21年目に発表したアルバム 「ザ・アウト・オブ・タウナーズ」 が好きだ。

選曲と仕上げがよく、静かに聴き入ることができ、どこかアルバム 「スタンダード 2」 に続く、温かみと色気ある風合いが、夜のおちつきを誘う。

それにライヴ盤だけに、自分たちを解き放っていく、スケール感が溢れる伸びやかな演奏もいい。

あー、また、気がつけば 「キース・ジャレット」 を語っているよ。

それに以前も、似たようなことを書いたんじゃないかな   ほんと、くどいよな  (._.)
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2017年07月12日

Humanity

トム・クルーズ主演映画 「ラストサムライ」 のエンディングシーンである。

「彼がどのようにして死んだのか、教えてくれ」
「いえ、彼がどのようにして生きたのか、お話いたしましょう」

先日、日曜に録画した、長瀬智也主演ドラマ 「ごめん愛してる」 の初回放送分を見た。
オープニングは、ヒロインの子が、長瀬との思い出の場所にひとりで出向き、その場に花束を置いて、そっと横たわる回想シーンからだった。

そのシーンから 「最後、彼は死ぬんだな」 と予感をさせられた。
最初にやんわり結末を示唆しておき、ストーリーを展開させ、最後は伏線通りに結末を置くか、それともどんでん返しかは作品冥利だが、ワクワクしたいのなら、最後はやはりプロセスを知ることだろう。

数年前、池井戸潤原作、東山紀之主演ドラマ 「七つの会議」 も、幕開けから結末を示唆する手法を使ったが、偽装の繁栄ではなく、真実の清貧を選択したことに、溜飲が下がった。

つまり、結果は結果なんだけど 「ラストサムライ」 のエンディングのシーンのように、問われるべきは 「彼はそれに対し、どういう生き方をしたのか」 ヒューマニティーなんだと思う。
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2017年07月11日

ポトス

今週、30℃ 超えの真夏日が続くらしい。

夜道、住宅の室外機から鈍い音とともに、すすけた灰色の熱風が吹き出していた。

これから、深夜の熱帯夜にもなると、見上げたマンションやホテルの窓明かりが目立ち、寝苦しくて目を覚ます人、若者の夜更かしも増えるだろう。

今朝、さすがに暑くて寝つけず、扇風機を併用して、今年初めて寝室の冷房をつけた。

太陽の高い時間、リビングの棚に置いてある、鉢植えのミントグリーンのポトスを眺めると、陽のさしこむ窓に向けて、ずいぶん葉を伸ばしていた。

もう、15年以上は手入れしている、わが家の 「ポトス」 は、家族同然の愛着がある。
posted by GIG at 00:00| Comment(0) | TrackBack(0) | Diary & Social | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする