2017年06月27日

50の手習い

以前 「50の手習い」 で少しづつ、料理を教えてもらっていることを記した。

先月、妻が2週間ほど家を留守にしている間、外食や惣菜弁当、差し入れの食事だけで済ませていた。
ひとりでは何もできない自分に 「おいおい、これでいいんか」 と向きあってみた。
その食に関して、甘ったれていた懺悔を含め、最近は手伝いも兼ねて、少しずつ覚えている。

男性客が 「料理を作るのは、ストレス発散にもなるからいいんだ」 と言っていた。
なるほど、そういう理由もあるのか。
レトルト以外、本格的な料理はむずかしいとしても、ひと手間を加えられるようにはなりたい。

最寄りのスーパーで、チキンカツを買うことがある。
自分のことは、面倒くさがりで、そのままソースをぶっかけて、バンカラ風に食らうのが習慣。
トレイのまま、皿に移し替えることもしない。

それが最近、出し汁を作り、そこに玉ねぎのざく切りを浮かべ、その上にカツをのせて、卵でとじる。
その間、火加減や小手技もあるが、少しの時間と手間を加えるだけで、おいしくなることに興味を示す。

よく人から 「やればできるのに、やらないよね」 と言われるが、要するにガッツがないだけ。
つけ加えれば、料理作りに反応しないということは、センスもないということだ。

かたくなに、女性の聖域 (台所) には立たない古いタイプだったのが、今では 「ちょっと作る人」 になったんだから、晩年を歩み出した 「男の変化」 はわからんね。

食べることは 「亭主関白」 だったが、作らない代わりに 「ケチはつけない」 のも流儀である。
posted by GIG at 00:00| Comment(0) | TrackBack(0) | Diary & Social | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする