2017年03月31日

モノからヒト

連日 引越しのトラックを見かけない日はない。

荷台の荷物の量や大きさで、所帯か単身かわかるもの。

ゴルフセットなどあると、接待やらで休日もままならないであろう。
サラリーマン時代、社長から中古のゴルフセットを頂いたことがあるが、もうゴルフどころか親の介護に私生活を費やしていたので、玄関先の置物と化してしまった。

正直、球技はどんくさく、ゴルフの情熱もなかったので、接待ゴルフで時間を費やしたり、たかが趣味で熱くなったり、中途ハンパにかぶれることがなくてよかった。

荷台にトレーニングマシーンを目にすると、ほとんど突発的な情熱で購入して、今じゃ室内の物干し竿になっているだろうし、楽器も数か月後には、部屋のお飾りになるのが大半であろう。
昔から、男が欲しがるモノは、ムダに大きく場所をとるからね。

若いころ、上京する度に布団だけ宅急便で送り、あとは手荷物だけで移動をするほどシンプルだった。
今や 「断捨離」 だから、日常頻度が低い消費財、家電品は持たないので、その生活は身軽である。
たまるのは本ぐらいで、それだってかわいい量だし、洋服も消耗品だから、昔ほどこだわりはない。

執着するモノなんて、男にはそうそうないし、モノは捨てても、記憶は残るものだ。

こう書くと、まるで過去がないように思われるが、思い出の品は別にして、これからはモノからヒトだよ。
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2017年03月30日

私 俺 そして僕

ブログの一人称として、主語を 「僕」 (ボク) に整えてから、ずいぶん長いこと経つ。

最初は 「私」 主語の 「です・ます調」 で、仰々しく書いていたが、これだとひとつ間違えると慇懃無礼 (いんぎんぶれい) に伝わるし、第一に本心をつづりにくく、思い切って 「だ・である調」 に変えたのはそういう意味もある。

さもなくば 「俺」 (オレ) だと、熱血ぶりをアピールしてるようだし、「俺」 こそ、感情が高ぶったときの切り札で使うべきで、そのとき 「僕」 では、説得力に欠ける。

普通、一人称の主語は、ひとつに決める。
だが、自分の気持ちを表す意味では 「私」 という 「フォーマル」 「俺」 という 「カジュアル」 そして 「僕」 という 「ノーマル」 な使い分けがあってもいいと思っている。

なんといっても、これはブログであるから。
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2017年03月29日

ほどほど

硬い書き出しだが、格安競争が激化し 「安ければ何でもいい」 風潮が背景にあったと思う。

格安旅行代理店が破産手続を開始し、9万人のツアー客の旅行代金99億円の返金が絶望的という。
資金繰りを悪化させた最大の要因は、旅行者を募る新聞広告が経営を圧迫し、シニア層に向けた宣伝広告が裏目に出たとか。

数年前、格安高速バスを利用する人が増えて、労務体制が追いつかず、重大な交通事故を起こした。
安さだけに飛びつく風潮は、デフレスパイラルほどでないにせよ、一度植えつけられた意識や習慣は、そう切り替えられるものではない。
飲食店などでも、飲み放題、食べ放題のうたい文句に誘われ、もとをとろうとガツガツした挙句の果て、体を壊したり、原価を粗末にすれば、たしなみもあったものじゃない。

安さにはカラクリがあり、その分、どこかにしわ寄せがある。
価格競争は価値を疲弊させ、労働環境を破壊し、デフレの正体は 「安物買いの銭失い」 だったはず。
安いことに慣れてしまい、安さの提供を続けないと、客をつなぎとめられない風潮に歯止めが効かず、庶民は安いに超したことはないが、最低限の安心や安全をひきかえにしてしまった。

格安体質の正体は、水面に墨汁を一滴落とすと、その液は広がって消え失せるように、垂らされる墨汁の量が多くなっても、その繰り返しだけで終わる。
だから、適正価格と適正収入、適正消費による適正循環こそが、安心と安全をつむぐと思える。

つまり 「ほどほど」 である。
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2017年03月27日

無題雑記 80

連日、冬のような寒気のため、洋服を誤って着そうである。

この分だと、桜の開花はやや遅くなるだろう。

春になると、冬眠から覚めた仲間らと、近況を交える機会が増える。
とはいえ、会ってどうのこうのではなくて、店の近くに来たから立ち寄ったとか、気軽な電話であったり、その術 (すべ) は 「通りがかりの挨拶」 みたいなもの。
これからは、どんどん日も長くなり、街中でも知人と出会すことも多くなるだろう。

ボクの人間関係は、基本的にシンプルだ。
グループやネットワークはないし、年齢はボーダーレスながら、団体より個人のつきあいを重視する。
友達の友達に気を回すことはしないし、性格的に 「男芸者」 にはなれないタイプ。
だから、ガチだ。

近くの中学校のチャイムを耳にして、部屋の時計に目を配ると夕方の5時。

今月もあと5日‥  季節が変わるごとに、今見える景色を楽しみたいね。
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2017年03月26日

癒し声

24日 朝刊を片手に、万代シティ発、青山行きのバスに飛び乗った。

後部座席から、朝の太陽光に包まれた柾谷小路の街並みを見てると、女性運転士の車内アナウンスが聞こえてきた。
その声は初々しく、穏やかな声のトーンは、寝覚め間もなかった気分に心地よく感じられた。

近年、色気抜きの職場に、女性の雇用が推進されるようになった。
男性と女性は姿かたちからして異なるから、全く同じようにすること自体にムリはあろうというものだが、女性らしく振る舞ってくれることが、年代を問わず、多くの男性が望んでいることだと思う。

もし、ボクがサラリーマンで、毎朝通勤バスに乗る生活だったら、めぐり合わせ上、女性運転士の笑顔を含んだ、穏やかな声のトーンに癒され、少し違った気分でオフィスに入れるかもね。
そんな女性があたえてくれる、特有の 「癒し声」 っていいよな。

いくら癒し声がいいからといって、おっさんの運転士がそれをやると、どこか不気味に映るけどさ (笑)
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2017年03月23日

無題雑記 79

22日 正午に起床し、ソファーに横たわりながら、WBC (日本/アメリカ) 戦を見ていた。

その結果を見て、NHKに切りかえると、選抜高校野球の快音が響いてきた。
夕方は夕方で、大相撲春場所の熱気が歓声とともに、連日伝わってくる。

高校野球の快音と、大相撲の熱気が交わる、今の時季は好きだ。
開店の準備があるから、そうそう熱心に見てはいられないが、リビングに中継音を流しているだけでも、春の風情を感じる。

これが、窓を半開にできるほどの快晴ならいいが、夕方からは雨が降りはじめた。
春雨にしては寒いし、サラサラと降るような雨に、街のネオンが煙るぐらいの風情は、もう少しあとかな。

春が来る、いや、春が来た‥  ウイスキーのソーダ割りに、桜の花びら (シロップ漬け) を添えた。
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2017年03月22日

火曜春雨

春分の日の翌日、火曜の春雨。

妻は友人と気分転換に古町へ出かけるため、火曜夕方の買い物はボクだけで傘をさして歩いた。

毎週火曜日は、青果の特売日だが、夕方4時からの 「特売たまご」 が多く売れ残っていたことから、雨で客足が鈍っていたように思えた。
そのせいか、のんびりとカートを押しながら、楽しく買い物をすることができた。
新物 「ホタルイカ」 を買った。

傘をさして、エコバックを3袋抱えて、一旦帰宅。
冷蔵庫の野菜室に品を入れる際、アスパラと長ねぎの選び方を教育的指導をされ、厚揚げと油揚げを買い間違い、台所で喝を入れられた。
「丸いエクレア」 とコーヒーを口にしてから、店へ向かう。

三連休明けの平日初日。
この雨で客足が鈍ると思いきや、送別会シーズンで来店客が早く、ひとりでてんてこまいした。
うれしい悲鳴というか、油断大敵というか、もう少し緊張感をもたねば。
終始、お客さんが途切れず、今週は妻を待機させておく、平日があるかもしれない。

桜の開花予想によると、白山神社が10日前後らしい。

また、今年もやすらぎ堤を歩き、白山神社を抜けてから、古町で一杯の花見コースかな。
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2017年03月20日

オーバーホール

最近、腕時計の針が、遅れぎみになってきた。

車の車検と同じで、そろそろ 「オーバーホール」 (分解検査) しなければいけない時期である。

時計だけでなく、人間も50代ともなれば、慢性的な疲労が蓄積するし、心の空気も停滞したりする。
だから、体の部位をいたわったり、心の空気を入れ替える必要もある。
得てして、若返りなど目指さぬが、花と同じで水分が足りないと枯れてしまうものだ。

昔の50代と見た目だけで比べれば、今のほうが断然に若いのは、精神的なものが大きいだろう。
年齢にコンプレックスを持つことは、どう考えてもおかしいわけで、年齢のイメージにとらわれることは、一種のハシカと同じだから、人間もオーバーホールをすれば、さほどネガティブな感覚にはならない。

先日も書いたが、その上で 「どうあがいても、できないことは、できないんだ」 と自分に言い聞かせることもある一方、これからの年齢に備えて、気持ちだけでも整えていたいと思う。
年齢を認めることと、年齢に悲観的になることでは、その意味自体からして違うからね。

ボクのオーバーホールは 「人と会話をすること」 「一人の時間を大切にすること」 の二つ。

人つきあいにおいては、変に構えず、自然体でいれば、自分と共感できる個性と出会えるものだ。
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2017年03月19日

晩年劇場

この2年ほどで、お客さんの年齢層が、下に広がってきた。

自身が50代に乗って、感じた心境かもしれないが、駅伝のように年齢のたすきはつながれていく。

ボクらの世代、会社勤めも、あと8年〜15年ほどであろう。
退職金のあるなし、役員で残れるか否か、年金の支給年齢の不安あれど、必ず終わりは来る。
そこに夢を置く人もいれば、得た軍資金で小規模事業をおこす人もいるだろうし、趣味一辺倒に生きる人もいるわけで、制約から解放されたら、一時は計り知れない喜びを得るだろう。

また、その時の気力や体力も影響すると思う。
生き方に正解はないけど、冷静な判断をすれば、強気と無謀は異なるもの。
小規模事業、それも 「ヒマだから、手っ取り早い店でもやるか」 程度で開業すると痛い目に合う。

知り合いに定年退職で元手を得て 「コンセプトバー」 を開業しようとした人がいた。
だが、最後は家族の猛反対にあい、あっけなく断念したケースを知る。
長年の会社勤めを解放をされて、ようやく自由を手にしたのに、また経営で頭を悩ませるようになると、何のために自由を手にしたのか本末転倒だし、今度は他人とじゃなくて、家族を巻き込むことになる。

だからと言って、道楽気分で開業すると、それを生業にしている、地域の店がはた迷惑する。
それをやったから、勇気があるなしではなく、同じことを考えている人はごまんといるわけで、何も特殊なことをやるのではないし、商いなのに飽きる人も多い事実をふまえて、賢明な判断が必要になると思う。

最近、還暦からの生き方について、話が及ぶことも多くなったが、今どうあがいても50代。

先のことはあれこれ考えすぎず、時間の持つ寛容さの中で、気持ちだけでも整理しておきたいね。
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2017年03月18日

もどかしさ

変化のともなう3月。

転勤まではなくても、配置転換や役割変更など、会社の人事に新風が吹くだろう。

子どものいる家庭なら、変化はなおのこと。
現在 過去 未来で、時の流れを実感するであろう。

春ほど別れの多い季節もない。
卒業や就職、上京や転居など、それぞれの環境に夢や切なさが入り交じる 「旅路」 と命名されよう。

個人事業主には、転勤も単身赴任もない。
ひたすらカウンター越しで、お客さんと別れの挨拶を交わすだけ。

ここから動けない 「もどかしさ」 を感じながら、早咲きの桜の花を見ていることもある。

今日もエレベーターの中が、ブルーの養生ボードで囲われていた。
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2017年03月17日

空間演出

空一面、煙がかった鉛色に覆われやすい新潟では、青空が恋しがられる。

職業上、太陽光よりも月光のほうが、結びつきは強い。
そのため、昼下りはできる限り、弱い光を浴びに外出するだけでも、はじまりの気分は違う。
以前、昼の映画鑑賞はもったいないと記したのは、淡い光を体が渇しているからだ。

地下のスーパーを、よく利用する。
そこで働く人たちは、窓のないフロアーで、照明は一定の明るさ、空調も室温が保たれて、自然光とは遮断された空間だから、時計は重要な役割を果たすであろう。

地下で買物をしていると 「あっ、もうこんな時間だ」 と少しあわててカートを押すことがある。
それだけ、密閉された空間にいると、時間の経過を忘れやすく、BGMにしても購買客層が多いとされる年代に合わせた選曲など、気持ちよく買い物をできる工夫も凝らされている。

外の様子は見えなくても、売場の初物で旬を感じたり、装飾で季節感を気づかされたり、時間以外にも空間の演出で、今自分がいる季節を知ることは、結構楽しいものである。
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2017年03月16日

無題雑記 78

はっきりしない天気が続くが、これもまた春である。

部屋の窓から、寝ぼけ眼で空を見上げていることがある。
寝覚めのコーヒーを口にしながら、前日の出来事を思い返したり、今日の予定を考えていたリする。

その間、部屋に音はいらない。
外から響いてくる、聞き覚えのある音が、今の時季を教えてくれる。

来週には、引越し用トラックの荷積みの音、春休み中の子どもたちのはしゃぐ声や笑い声が響き渡り、春の忙しさと安らぎをあたえてくれる午後になろう。

街の喧騒が高ぶる午後に目覚め、世間と入れ違いの気分で、午後7時の開店に合わせる日々である。
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2017年03月14日

Be My Love

7日のブログのコメントに、キース・ジャレットの名盤 「ケルンコンサート」 は 「冬のイメージです」 と、心象風景が寄せられていた。

イメージは人それぞれで、ボクは色でたとえるなら、純白で時に透明度を感じて、聴き終えたら、神から洗礼を受けた気持ちになる。

それともうひとつ、セックスのイメージがある。
次第に陶酔していく様子は、どこか男女の交わりを感じてしまう。

20年前、身近に 「ケルンコンサート」 を聴く、年上の女性がいた。
どんなときに聴きたくなるのか、たずねたら 「彼に抱かれながら」 と艶めかしく笑っていた。
本当かウソかはわからないが、その旋律に 「艶と愁い」 があることは確かだ。

このアルバムの魅力は、ナルシズムな美意識だけでくくることなく、純然たる即興による感情の移ろいをピアノだけでデッサンした、自由で聡明な美しい音楽アートを感じさせられる。
それがきっと 「セックスアピール」 を抱かせるのかもしれないね。

「大人の音楽」 という観点からいえば 「ザ・メロディー・アット・ナイト・ウィズ・ユー」 も晩年の心に響く素敵なアルバムである。

その中の一曲 「ビー・マイ・ラブ」 が好きだ。
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2017年03月13日

Jazz Talk Vol.80

自宅でレコードを引っぱりだして、久し振りに聴いていた。

手持ちのレコードは、保管状態が悪く、盤面が反ってたリ、音飛びが激しかったり、小さいストレスを耳に受けながらも、3枚ほど聴いた。

フッと感じたのは、ジャズはやたらと原曲を崩せばいいんでなく、メロディーをストレートに奏でなくては、ひらめきは生まれないこと。

理路整然とするんじゃなくて、それを奏でることができて、荒野をかけぬけるような 「アドリブ」 ができるんじゃないかって、今さら思わせられた。

昔ほど、生演奏を聴きに行けないけど、いいライブは 「ノリ」 と 「ひらめき」 にある。
意図して、こうしよう、ああしよう、アイデアで考えているうちは、パズルのような演奏で終わる気がする。

今、聴きおこしても、更なる発見があるから、その気になって聴きこめば、ジャズは奥行きの深い音楽であることがわかる。

やっぱり、ジャズに個性がないとつまらない。
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2017年03月11日

孤独と友人

4日付のブログを読んだという、40代の男性客とたがいの 「友人」 について話がおよんだ。

このようにストレートな切り出し方をされると、前口上抜きに本題へ入れるからいい。

最近、ある民間調査で、腹を割って話をできる友人が、少なくなってきているという。
SNSの影響で、ネットワークは飛躍的に広がったが、あくまでも同好の枠内にすぎない。
無駄に友だちを広げることは、無意識に相手を遠ざける行為にもつながるのだという。

個人的には、そうなるのはいやだから、おいそれとだれとでもつながろうなんて思わない。
友だちなんて、せいぜい片手で足りるし、他は気軽に挨拶できる仲間で充分。
親しさを求めるなら、友だちを広げるより、むしろ絞っていくべきであろう。

ボクは 「友人はいるか」 と聞かれれば 「その時代のランニングパートナーが友人だ」 と答える。
一緒に生活をするのは家族だし、私生活は 「馬の合う人」 だけでいいと思う。
自分のモノサシを持たず、むやみに幅広いつきあいをすると、他人に振り回されるものだ。

友人関係も複雑で、おたがい一方的な友だち気分が残りながら、何年も会ってなければ過去になるし、今機能してる関係から、本当に必要な人はだれか考えれば、親友なんて二人もいれば充分。
カンタンな話、利害抜きの友情に助けられたとき、はじめてわかるものだ。

そこは、友人以上、恋人未満の 「異性の友だち」 が満たしてくれることもあろう。
同性では話しにくいことや、気持ちが満たされぬこともあるから、そういうときの切り札に異性の友だちを重きに置く必要もあるし、同性にはない 「ときめき」 を感じるときもある。

ボクが見てきた限り、同じ会社で友だちつきあいしていると、壊れたときのショックは大きいようだ。

そう思えば、友人関係は孤独と孤独の係り合いが強いほど、気がつけば親友になっているんだろうね。
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2017年03月10日

無題雑記 77

8日 寝ぼけ眼でリビングへ入ると、妻が 「今日の食事会、中止になった」 と一言。

今夜、友人と食事の予定だったが、先方が風邪をひいてしまい、来週に延期したんだとか。
寒暖差の激しい日が続いているから、体調にはくれぐれも注意したいこの頃。

3月になると、新聞の折込チラシに目を通すようになる。
お目当ての広告は 「日帰りバスツアー」 「自転車の特売広告」 「カルチャー教室」 の三種。

過去、午後出発の夜桜ツアーや花火ツアーなど行ったものの、年間では夜の企画は限られてるので、近年は打ち止め気味になっている。
自転車は今ので充分だが、もう一台軽快なスポーツタイプも欲しくてね。
自転車と言うと、競技用の高級自転車と間違われやすいが、あくまで前カゴの付いた庶民的なタイプ。
カルチャー教室だが、今さら資格講座は必要ないし、午後の空き時間を有効に使いたいだけ。
心躍る出会い、同好の輪に興味はないが、単独行動に打って出たい、子ども性があるのは事実。

そのどれも、何かに役立てて、自分を豊かにしようなんて考えはないけど、結果としてプラスになれば、御の字で 「これをやりたい」 という、熱き思いはないんだ。

それにあれこれ言っても、ボクはもう50代に突入した、どこにでもいるおやじだ。
どうあがいても、できないことはできないし、だったらじたばたせず、自然体で生きていたい。

むしろ、自分はどういうことに興味を示すのか、好奇心の方向性を知りたい気もするんだけどね。
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2017年03月09日

成熟退職

7日 まだ浅い時間、東京在住の幼なじみから電話があった。

30年以上勤めた、会社を辞めるという。

リタイヤするには、早すぎるので、友人として 「先のことは、決まってるのか」 心配したが、感情だけで物事を決める年齢でもなく、早期退職制度や次のステージなど、よくよくの考えがあってのことだろうし、要は切り換えたモン勝ちだ。

ボクら世代、経験上の自信や知恵はあると思う。
だけど、どんなに会社へ尽くしても、必ず終わりは来るんだし、どこかで辞める決心をもっておかないと、そのときが来て、あたふたしてしまう。

そうならないためにも 「成熟して辞める」 のが、理想的だし、会社を辞めても叶わない目標は持たず 
「人間は、もっと楽しむために、生きているんじゃないか」 と思える。

4月の週末を利用して、新潟へ遊びに来るという。

日曜の夜、サシで飲みながら、詳しい話は聞かされると思うが、ここまでくれば、成熟退職であろう。
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2017年03月08日

泥雪だるま

このところ、暖かい日が続いたり、急に寒くなったり、安定しない天気が続いている。

7日 午後にカーテンを開けたら、雪がしんしんと降っていた。

その日の買物を終えて、日が暮れてまもなくのころ、お店へ向かって歩き出していた。
すると途中の遊歩道で、バレーボールほどの雪玉を二つ重ねた大きさの、雪だるまを見かけた。

きっと小さい子どもが、わずかな雪をかき集めて作ったと思える、泥雑じりの不細工な雪だるま。
思わず目に浮かんだのは、その様子をお母さんが優しいまなざしで、見守っているような親子の姿。

大切なのは、雪だるまの完成度じゃなくて、見えない残像なんだと思う。

近年、そういう情緒ある家族の姿は、ここ万代でも、めっきり見かけなくなった。
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2017年03月07日

心ある命日

あれから、丸一年になったのか‥

去年 「3月7日」 は、常連客の 「N塚さん」 (享年56歳) の死を知った日である。
そのときの心境は重文しないが、事実を知った日が 「心の命日」 となる。

その意味で、高台の棚に遺された キープボトル 「バランタイン21年」 は、命日に一杯だけ 「献杯」 させて頂くことにしているが、このボトルが空になるころには、ボクは還暦になっているだろう。

人は仏になって、初めて親友になれるとも言われる。
亡くなった人は、何も語らないし、変わりようもないからね。
そのままの印象で幕を閉じるから、儚くも鮮やかであってさ。
何もしてあげられないけど、思い出すことが供養になるんだ。

彼は紳士ゆえ、神経質で難しいタイプだった。
つきあった人は少し大変だったかも知れないし、モノの見方という点では、神経質も大切だとは思うが、少なくともボクの前では、話に聞くような一面を見せることなく、いい人でいてくれた気がする。
その印象で終わったから思いも格別であり、別れを肯定的にとらえないと人生のフォームを崩すから、強くならなきゃと思う。

この強さは、最愛の夫と死別しても、ひたすら前を向いて歩む、同い年の女性客から多くを学んだ。
ドキュメンタリーを経験した人は、別れに強くなるけど、その分、出会いにも強くなれると思える。
たとえ弱くても、気丈にさえ生きていれば、自然と 「その傷を癒してくれる人たちに囲まれる」 もので、人つきあいは、そこからはじまるんだ。

そんな今日、7日の時刻は午後3時すぎ。
窓の外では、しんしんと雪が降り続いている。
この分では、今夜の客入りは知れている。

またひとつ 「献杯をする理由」 ができたということか。
http://jazzbar-gig.seesaa.net/article/434726637.html
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2017年03月04日

我が良き友よ

「下駄を鳴らして、やつが来る」 からはじまる、昭和50年の名曲 「我が良き友よ」

1日 歌手 「かまやつひろし」 が、78歳で死去した。

当時、フォークソング全盛期。
街中、初恋や恋愛を歌い上げた、甘い歌詞が多く流れていた。

時代は喫茶店がカフェ、学校がキャンパスに変わり、若者は四六時中 「いかにして女の子にモテるか」しか、頭に描けなくなってきたころ、昭和の古典を歌い上げた 「硬派」 な名曲である。

その男は一見、硬派であるが、実はウブの裏返しで、時に子どもを相手に人の道を説くもの、たまには女郎屋にも出入りする、青春貧乏というか、どこか憎めない男。

しかも 「バンカラ道」 に、小さなこだわりをもち続け、良くも悪くも慕われる男。
この歌、ストーリー性の歌詞が共感を呼び、商業主義の枠内から、飛び出しているのが魅力なんだ。

今は、味わいのある歌詞は少ないが、ペンだけを走らせているころは、人の気持ちが 「言霊」 として、伝わった気がするし、それは文学にも同じことが言えるんじゃないかな。

そんな 「我が良き友よ」 に描かれている男は、腹を割って話ができる友人のようである。

男の友情は 「アイツらしいな」 と思える、わかりやすさにある気がするけどね。
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