2017年02月28日

文は人を表す

本屋をながめると、村上春樹の新刊 「騎士団殺し」 上下巻が、山積みにされていた。

過去、何冊か背表紙を押し上げたが、比喩や描写に独特の表現が印象的だった。

紀行文 「もし僕らの言葉がウイスキーであったなら」 (村上春樹) から。
ウイスキーの聖地、スコットランド、アイラ島の南東部にある、ラフロイグ蒸留所をたとえていた。
ラフロイグは、ピートの効いたスモーキーな香りと味わい、潮の風味を感じさせる個性派ウイスキー。
10年モノを、ジョニー・グリフィンが加わった、セロニアス・モンク・カルテット。
15年モノは、ジョン・コルトレーンが加わった、セロニアス・モンク・カルテット。
(ジャズファンにしか、わからない表現だけどね)

ウイスキーは、好みや気分で欲するだけで、年代に個性の違いがあることを強調。
単なる説明だけで、終わらせるのではなく、そのたとえにセンスが光るんだ。

他にも、ベストセラー長編小説 「1Q84」 で、こんな表現をしていた。
「すずめの群れが、不揃いに電線に止まり、時折、音符のように絶えず位置を変化させていた」
(うろ覚えで、正確性に欠けるが、こんな文章だったと記憶している)
こう比喩するのは、彼ならではの華麗でミステリアスな描写だよね。

ボクはメロディアスな文章より、リズミカルにページを読み進めたいので、過剰な表現で展開を滞らせる文章は好まず、それが物語の伏線になるにしても、伝わる表現じゃないと読み飽きてしまう。
ゆえに、長編小説を手にするときは、少し慎重になる。

個人的に、村上春樹の長編小説より、短編小説やエッセイの方が、しっくりくることは前にも書いた。
それは、テイストの違いでしかないが、息抜きに活字に目を通しているだけだから、変なプレッシャーを感じながら、活字を無理に読んでいることはないんだ。

村上春樹のファンを 「ハルキスト」 と呼ぶらしいが、当の本人はあり余る人気に気負らず、表舞台に立ちたがらないので、どこか 「野心」 のない存在に、生彩を与えているようにも思える。

何しろ、作家になる前の職業が 「ジャズ喫茶のオーナー」 だから、わかるような気がする。
喫茶といっても、夜はアルコールを出していたから、バー併用の二毛作営業。
ジャズに詳しいけど、不要な使命感に駆られたり、知識をひけらかしたり、議論を吹っ掛けたりもせず、人の気持ちに重きを置いた人物だったらしい。
ボリュームは、会話の邪魔にならない程度で流し、強ぶる個性を無理に主張するわけでもなく、気軽な空間だったらしいから、難しいことをやんわりと語る、優しいお兄さんのイメージが浮かぶよね。

「文は人を表す」 と言うが、村上春樹に触れると、どこか知的になった気分になれるんだろうな。

ボクは、小説などのフィクションより、ノンフィクションを読むことが多いんだけどさ。
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2017年02月27日

アンチエイジング

長く愛用していた、ブラウン 「電動ハブラシ」 が、耐久年数を超えて故障した。

家電量販店へ行くまでもなく、近くのドラッグストアで、同じブラウン製品が複数あり、一番性能が良いと思われる機種を購入した。
普通のハブラシも兼用するが、年齢的に歯ぐきも弱まるので、電動式の方が口腔ケアした気になる。

逆に、ヒゲソリは電動式ではモノ足りず、クリームをすりこみ、カミソリで引かないと剃った気がしない。
洗顔や全身を洗うときも、軟らかいタオルよりも、硬めのナイロンタオルのほうが、爽快感がある。

シャンプーも水圧が高いほうが好きで、鼻うがいをすれば、舌も濡れたタオルで拭き取らないと、一通りシャワーを浴びた気がしない。
潔癖症ではないが、寝起きに脱皮を繰り返すのが、その日の気分転換になっているようだ。

職業柄、朝の忙しい時間帯、通勤ラッシュはないから、出がけに余裕をもてるが、その分、就眠前の 「ゆったり気分」 は、朝が近いせいか、心底からは味わえない。
日中が自由なら夜半は制約され、日中が制約なら夜半は自由のように、気分はどちらかに傾倒する。

さすがに、アフターシェーブローションを肌にすりこむことはなくなったが、効くか効かぬかわからない、変な育毛剤は、しないよりしたほうがましなレベルで、洗面台の鏡でしぶしぶやっている男の性あり。

アンチエイジング‥  男も 「生」 と 「性」 の、はざまでつらいのである。
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2017年02月26日

素顔の休日

土曜の混雑時に、買い物へ出かけるのは気が重い。

平日にのんびりと買い物をしているので、土日のピークはどこも混んでおり、レジも長蛇の列をなす。
近頃は、ドラッグストアでも、お菓子やジュースなどを扱うため、それだけ客も小粒に蓮なる。

買物は、日常の生命線。
週末のスーパーともなれば、多くの家族連れを見かけるが、時おり 「あれ、奇遇ですね」 って感じで、おたがいの家族が挨拶をしている光景を目にすることがある。

人だかりでは、だれかと会うもの。
会社で苦みのある上司であれ、私服でプリンを手にしてたり、メモを片手に陳列品を探してたりする姿を見かけると 「ああ、同じなんだ」 と思うだろう。

話しかけてもいいタイミングなら 「今日は何かお探しですか」 など、気軽に声をかけると、一瞬驚いた表情を見せるものの 「おー、いやな、女房に頼まれたんだがな‥」 とか、そんな短いやりとりの中で、それまで知らなかった、意外な一面を見ることもある。

「少し苦手だな」 と思っていた人も、構えていないときの表情には、人となりがある。
見方を変えるだけで、いろんな表情を知れるから、一面の思いこみは視野を狭めるものだ。

つまり、意図しない接触に、人の素顔があったりするんだろうね。
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2017年02月25日

スペアキー

スーパーの駐輪場で、ポケットに入れたはずの、自転車の鍵がないことに気づいた。

ダメもとで、店員さんにたずねると鍵は届いており、普段通りに帰宅できた。
紛失したら、自宅へ取りに戻るか、自転車の車輪をもたげながら帰るか、どちらにしても大変である。

先週 「スペアキー」 の保管場所について、お客さんと雑談したばかりだった。
普通、家の鍵であれ、車の鍵であれ、スペアキーを持っているだろうが、問うは保管場所。

ひとり暮らしで、スペアキーを家に置いておけば、外で紛失した場合、その意味をなさない。
それで、家に入れずに困った経験をした人は、意外にもいるんじゃないか。

ボクもそのひとりだけど、緊急で対応できないんじゃ、家での保管意味がない。
面倒だが、バックや財布に分けておくとか、会社に置くなどして、それこそリスク分散だよね。

今は、財布に自転車のスペアキーを入れたので、無くしても冷静に対処できるようにしたが、やっぱり、ダイアル式のチェーンロックの方にしようかとも考えている。

まあ、減価償却もとっくに終えた、ボロ自転車だから、盗まれるほどの代物でもないが。
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2017年02月24日

9th Anniversary

「ジャズバー ギグ」 で開店し、まる9年が過ぎた。

最初は妻と一緒だったが、今は週末と忙しない日以外、ひとりでやるようになり、2年半が経過した。

22日 「開店9周年」 だった。
不確かな来店に気を躍らすことはないが、この日を知るお客さんもいるので、失礼にあたらないように、「内助の功」 である妻にも、平日の早い時間にカウンターへ入ってもらった。

08年の開店以来、いつも肩を寄せ合っている、30代のご夫婦が来店されたのが、夜の8時。
続いて、大人の親子関係をエンジョイしている、友人同士のような母と娘さん。
冬の店内に花の香りが広がり、週末には完全開花すると思われる、つぼみの色彩に気分を癒された。

春を前に、毎年一日だけめぐってくる日。
今流行の 「パーティーピープル」 とは画し、極めて 「ナチュラルピープル」 の店。
繁華街とは離れた場所で、何の後ろ盾もないジャズバーが続いていることは、大げさに言えば奇跡だ。

どんな店でも同じことが言えるが、お客さんの来店サイクルは変化するから、どんなに常連客であれど、自分へのメリットがなくなれば、いづれ離れていくのは、経験上わかっている。
そこには、色々な様相があり、人生観や交友観、女性観に男性観など、目に見えないものがうごめき、単純に 「飽きた」 なんて理由もあるだろうが、そんなのはあたりまえだと思っている。

遊園地で時計回りに動く、観覧車を思い浮かべてほしい。
テッペンの景色を見たら、あとはゆっくりと右から下がるが、その間、左からはまた新しいお客さんが上ってくるように、常に新陳代謝をしている。
そして、またいつの日か懐かしくなったら、扉を開けに来る。

バーは、嗜好性の高い空間だから、万人ウケしないし、また、その必要性もなく、個人の世界観が強い。
だから、大きく宣伝をしたり、店前にメニューボードを置くこともないし、あくまでも意思の選択権だ。
それも、自分の来店ペースで、何年も続く連続ドラマ小説のような、目に見えない独特の人間観がある。
毎年、何十軒もの酒場が、生まれ消えを繰り返すように、それはお客さんにも言えることだからね。

こう書くと、さぞかし、むずかしい世界にとらわれそうだが、むしろわかりやすい。
バーは、独立した個性が集う社交場だから、気遣いで疲弊することなく、人間関係は長持ちする。
意気投合も過ぎると、距離感が狂うように、孤独力と社交力を同時に試せる、特別な場所でもある。
そして、何よりも 「変わらない関係」 というのが、一番の魅力であろう。

俳句を得意とする女性客から、お店の心情を描いた素敵な句を頂戴した。
「九年のジャズ流れゆき春めぐる」

Special Thanks   Y&M With Y&M ‥   You Are Very Generous.
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2017年02月22日

15の春

県内の公立高校の倍率が発表されていた。

わが母校の名称は変わったが、普通科ながら 「倍率0.42」 は、県内でも最低ラインだ。

それでも、35年前は全日制で、一学年8クラスの規模ながら、栄え方は感心できることではなかった。
さながら、各中学のヤンチャが集まり、入学したては、目が合った、肩が触れたで、いざこざがはじまる。
上級生は暴走族の勧誘に来るし、勉強しに行っているのか、部活をしに行っているのか、遊びに行っているのかわからない空気の中、そのうちにあたりまえのことがわかってくる。
それは、多感な時期でありながら、決して不良は本質ではないこと。

不良にも、TPOがある。
授業の妨害をしない、いじめはしない、ある意味、学校は一番安全な居場所でなければならないはず。
それをわからない不良は、単なる面汚しの存在でしかない。

それに不良の吹きだまりで、いつまでも根を下ろす奴はいなかったし、一時的なカッコに影響されるが、すぐにかっこ悪いと思える感性もあったと思う。
ボクは 「ツッパリ」 を相手に、冷やかし目線をとったから、連中たちはトコトン調子が狂っただろうね。

前述、成人式で暴れるバカタレは 「遅かりし不良デビュー」 と書いた。
平成の満ち溢れた時代 「ダメなことは、ダメなんだ」 と強く言い切れない風潮だから、大人も怒り方が身についてなく、現場でオロオロして、だれにでもいい顔をするから、いじめの問題が巣食うんだ。

十数年前 「なぜ人を殺してはいけないの」 との質問に、社会が熱心に答えている姿に疑問を感じた。
近年、懇切丁寧に説明してくれることには理解を示すが、説明のないものは自らの意志で理解しようとしなくなるから、なんでも答えを与えればいいってもんじゃない。

結果、その時代の若者だけでなく、全体が幼稚化したと思う。
そんな質問をされたら 「まずは、自分で考えろ」 と突き放したほうが、想像性の教育になるし、答えを与えすぎると、話し合いそのものが煩わしいものと感じるようになり、人の考え方は偏るだろう。
理解はあとからでいいから 「ダメはダメ」 一度は、雛型にはめる必要もある。
今の大人は情けないが、子どもに足元を見透かされて、真面目な質問でからかわれているようなんだ。

まだ、80年代半ばまでは、ケンカの理由に説得力があった。
それを正義感と思ってないが、理不尽なことで仲間がやられたら、かかわった連中を片っ端から探してやり返したり、詫びをいれさせたり 「このケンカ、俺が預かる」 と上手に収束させたりね。
そして、いじめをやめさせるために、サシで話をつけに行ったり、逆切れに逆切れしたり、おとしどころも考えながら、最後は曖昧でも 「ノーサイド」 を心がけるのが、ケンカのルールであってさ。

今は匿名のネットいじめや無視、危うくばスイッチを切れば済むような、卑怯で陰湿なやり方だよね。
あの時代、それしかできなかったけど、いじめに説得力はないが、ケンカには牧歌的な理由があった。

だから、実技はせずに、小理屈を並べ立てる、ペーパータイプな大人を一番嫌っていたね。

偏差値の高い学校だけが、全てじゃなかった 「15の春」 である‥  1980
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2017年02月21日

無題雑記 75

20日 万代のスーパーが特売日だったので、日用雑貨を中心に買いへ出かけた。

メモには、サランラップ 食器用洗剤 除菌剤 ハンドクリーム エトセトラ ‥
陳列通路を変えて、ごま油 食用油 ほんだし オリーブオイル エトセトラ ‥
各フロアーを一周して、冷凍食品をカートへ入れれば、いつものレジに並ぶだけ。

買い物歴10年目にすれば、いみじくも慣れたものだ。
お目当ての商品や食材がなければ、南万代でも本町でも、自転車を飛ばしていくからね。
役割は買い出し専門ながら、これがまた、いい気分転換になっている。

明日 (21日) から、大型寒気が流れ込み、しばらく天気が大荒れするらしい。
今回のヤマを過ぎれば、積雪の心配はなさそうだが、今冬は足元を乱されなくてよかった。
その分、春の喜びは半減しそうだが、静かに舞い落ちる雪を、もう一度だけ見たい気もする。

オトマトペで表現すれば 「ちらちら」 って感じでね。
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2017年02月20日

Prime Time

日曜のプライムタイムは、自宅ですごしていた。

そもそも、ボクのプライムタイムは、どの時間をさすのであろうか。
標準の時間で生活をしている人であれば、19時から、23時ころになるのかな。

普段、この時間は仕事をしているから、街の様子や自宅で寛いでいることはない。
だから、街中の小さなあたりまえの光景が珍しく映る。

街の明かりが消えて行く瞬間、商店街のシャッターが閉まる音。
バスの乗客を数えられるほどの静けさだったリ、五感が刺激される。

早くから部屋着に着替え、音楽を聴いたり、小説を読んだり、テレビを見たり、ソファーで横になったり。
こんな、自宅の小さなあたりまえの時間が寛げたりする。

「いつもの店」 でもないが、電話で 「○○が来てるから、一緒に飲まない」 との誘いかけに、タイミング合えば応じたが、何しろ休日のおちついた空気感ができあがったあとだ。

夜、久し振りに自宅ですごしたが、普段が普段じゃないので、少し新鮮に感じた。
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2017年02月18日

無題雑記 74

小雨の金曜日だった。

西の空を見上げたら、厚い雲におおわれていたから、今夜は雨が続くのはわかった。

自室で読書をしていると、妻がサンドイッチを作って、手元に置いてくれるときがある。
小腹が空いたとき、行儀こそ悪いが、何かをしながら、片手で食べられるからいい。

朝霞市の市営団地で、長年ひとり暮らしをしている、85歳の伯母から電話があった。
部屋に人感センサーを設置し、24時間の見守りシステムにしたとのこと。

伯母は身寄りがいないので、わが家を緊急連絡先にしているが、生涯独身だった理由こそあれ、一つ間違えれば、無縁社会になる現代。

凛とした姿勢で、生前整理をする姿を思い、逝くときは独りなんだなと、教えてもらっている気がする。

今夜、雨の中、一見客を初め、見覚えのある客も続き、よもやま話に花を咲かせた。
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2017年02月17日

3:30 A.M.

深夜2時過ぎに店を閉めてから、自宅の冷蔵庫を開けると、ビールの買い置きがないことに気づいた。

近くのコンビニへ買いに歩いていると、夜空に霧がかった半月が浮かんでいた。
月の光が照らす夜空には、厚い雲は見当たらずも、所々に光の弱い星が見えるだけ。
明日 (今日) は、雨のような気がする。

辺りのマンション群の窓明かり、人の気配や車の往来も少なく、街は安眠状態である。
耳元で聞こえるのは、自分の足音と衣擦れの音だけ。
季節が移ろう、どこかぼやけた景色にも感じる。

リーチインケースから、ビールを数本手に取り、カシューナッツもかごに入れて精算。
レジ袋を人差し指にひっかけて、また黙々と来た夜道を戻るだけ。
とりわけ、生活情景の一コマにすぎないが、ボクにとって夜道は季節感だったりする。

今の時刻は、午前3時30分‥  静かな夜である。
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2017年02月15日

おやじ殺し

こんなおやじにも 「義理チョコ」 をくれた女性がいたんだから、風習も捨てたもんじゃない。

普段、素っ気ないメールしか来ない中で 「この子だけは、ハートマークを打ってくれるぞ!」 と単純に舞い上がる、おやじの心境である。

それを受けて 「よーし、ホワイトデーは、任せなさい」 と、内心メラメラと男の血潮が燃え上がる。
今では、皮膚のハリもなく、腹や二の腕はたるみ、髪も薄くなったり、白くなっても、ちょっとギラギラした、肉食系の脂ぎった本能は残されているので、おやじはその気持ちに応えたくて、ハッスルするわけよ。
また、大人の軽い遊びだと思えば、人間関係の奥行きは広がるものだ。

さて、ボクは甘党ではないが、この日だけはウイスキーを片手に、大人の甘さを味わう。
チョコとウイスキーは相性が良く、とりわけ、シングルモルトのビターな味わいと合う。
マッカランなら、チョコの甘さは万人受けするし、ラフロイグのような潮の香りがするものなら、ホワイトチョコが合うように、その組み合わせは人それぞれである。

シングルモルトが、日本で親しまれるようになったのは、比較的まだ歴史は浅い。
その昔、夜の社交場では 「チョコとブランデー」 は、おたがいを引き立て合うとされた。
高級クラブでは、腕にロレックス、18金のネックレスをして、出前の寿司樽を前に、虚栄心でホステスと 「ヘネシー」 「マーテル」 クラスを開けて、豪遊したおやじたちも、今では 「鏡月」 (焼酎) らしい。
もう、ブランデーを飲む人は少なくなり、当店でもカクテル用に 「VO」 を用意してあるだけになった。

時代も大きく変わったが、昔も今も変わらないのは、おやじは単純明快 (わかりやすい) なこと。

そのあつかい、手の平で軽く転がせるほどの 「おやじ殺し」 じゃないと、女性は大成しないね (笑)
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2017年02月14日

無題雑記 73

14日 昼下がりの空気が澄んでいた。

街角の自転車店で、タイヤの空気を入れた。
足回りがいいと、気分も軽快になる。
そのまま、柳都大橋を渡り、郷土資料館を横切り、気分を開放しながら、下町をサイクリング。

道中、リカーショップを巡ると、ウイスキーは製法的に年月を要するため、ゆえに価格も高い。
価格はピンキリながら、優雅さと味わいを知る人は、少数派の分野になりつつある。
どんな場合でも、TPOは合わせるが、料理にはビール、会話にはウイスキーが基本となる。

書店で 「益田ミリ」 の新刊を購入した。
彼女は、イラストレーター兼、軽いペンタッチで日常をユニークに描く、人気のエッセイスト。
しかし、それまでの作風とは一変、はじめて短編小説を出版したことで、小説も書ける才女を証明。
流れからすれば、執筆はむずかしくないが、人の意外性は重なっていることを示している。

日が長くなった。
コーヒーショップで、読書をしていると、時間が押して、あわてることがある。
昼下がりから、夕方の時間は貴重で、ここが充実してないと感性は乾いてしまう。

さあ、開店時刻が迫ってきた‥  エトセトラ
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2017年02月13日

やさしさ

長い間、お店をやっていれば、年に何度か人の涙を見ることがある。

何があったのかは、わからないし、もちろん、立ち入ったことは聞かない。

店内の音楽が知らず知らずのうちに、悲しい思いへ向けさせたのだろうか。

それとも、歌詞が心に訴えかけ、ひとすじの涙が頬を伝ったのであろうか。

深夜の涙、生きることを実感している、初老の 「やさしさ」 を感じた。

流していた曲は  アニタ・ベイカー  「マイ・ファニー・バレンタイン」

My funny valentine
Sweet comic valentine
You make me smile with my heart

Your looks are laughable
Unphotographable
Yet you're my favorite work of art

Is your figure less than Greek?
Is your mouth a little weak?

When you open it to speak
Are you smart?

But don't change a hair for me
Not if you care for me

Stay little valentine
Stay...

Each day is Valentine's Day
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2017年02月12日

ときめき

バレンタインデーのような、カップルを中心としたイベントで、経済が活性化すればいいことだ。

最近、郵便局のCMで、窓口の女性局員と男性客が軽い食事の約束を交わしたとき、隣の男性局員も何の気なしに 「俺も行きます」 とさわやかに名乗りを上げた。
すると男性客は 「出たな、ライバル」 と鋭い眼光で威嚇する。
そのCMを見て 「男の独占欲を突いているなあ」 と感心した。

男性が女性に好意を抱く際、最初に気になるのは、他にライバルがいないかである。
いたら引き下がるか、それともとりあうか、気質によるだろうし、かけひきに明け暮れる場合もあろうが、好きな想いが強いほうに、自然と傾くんじゃないかな。
ただ、想いを伝える方法を、知らないだけであってさ。

野生の世界では、オスがメスを奪うのは命がけで、戦いに敗れたら死を意味する。
人間は命がけで、女性をとりあうことはしないが、若いときであれば、周りの目など気にせず、湧き出る性欲による本能に、愛だの恋など 「もっともらしい理由」 をつけて、勝手に満足している気がする。
最初は肉体本位で、後から価値観がついてくるから、若者は若い者なんだ。

それでも、腫物を触っている時間が続くと、いつかは膿が出る。
だったら、思い切って、太陽が黄色く見えるまで、一緒にいればいい。
そこで一度別れて、それでも会いたいと思うのであれば、深い愛情が出来上がっていると思える。

大人だと、世の中が定めているモノの価値だけにはまらず、自らの意志で価値観を決める。
そこは成熟してないと、大変なことになるわけで、幼い恋は人に言いたくなるから、饒舌になるのであり、大人の恋は人に知られたくないから、寡黙になるんだ。

いずれにせよ、老若男女 「ときめき」 がなくなったら、恋愛はゲームセットだよな。
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2017年02月11日

二項対立

新聞やテレビ、情報誌など、公共性の高い媒体ほど、スポンサーに気兼ねして、本音を言えないもの。

だから、情報を丸のみすることなく、冷静に受けとる必要がある。

デスクも取材に対して 「裏はとったのか」 (証拠はつかんでいるのか) まずは、信憑性をチェックするにもかかわらず、誤報や冤罪はなくならない。

メディアの情報を風速計にしているが、情報の集め方に偏りがあると思わざる得ないとき。
そういうときだよな、自分の勘を働かせなくてはならないときは。

最近は、SNS上の 「フェイスニュース」 も多いし、だれからも発信できることに加えて、少ない情報で決めつけたり、現状を正確にとらえられない、その場の反応が多すぎる。

きっと 「ヘー」 だの 「ホー」 に 「いいね」 や 「拍手」 をクリックする感覚で 「イエス」 「ノー」 を二項対立する習慣がないから、論理的な思考が鈍くなると思える。

信じやすいのも、疑り深いのも問題だが、自分の判断力は持つべきだよね。
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2017年02月10日

記憶と雑談

銀行の待合席に置かれていた、経済誌をながめていた。

見出しは 「中高年の記憶力を未然に防ぐ」 特集記事だった。
最近、お客さんから 「人の名前が出てこない」 嘆きをよく聞く。
会話のオチは 「覚える気がないんじゃないの」 だが、そういうボクにも、思い当たる節がある。

記事の要点を思い起こすと、記憶力を固定させるには 「覚えたことは人に話すこと」 がいいらしい。
古い記憶ほど思い返せるし、旧友と会えば似た話になるから、話題に触れた分、記憶は反復される。
英会話と同じで、しゃべらないと身につかないし、日本語もしゃべらないと、スムーズに出てこない。
名前も呼ぶことで、刷りこまれるから、覚えたことを声にするのは、記憶力を高めるコツだし、幸いにも、ボクはまだ極端に、人の名前は記憶落ちしていないようだ。

毎晩、異なる顔ぶれと 「即興的に会話をする」 ことも、仕事の一部となる。
自然な会話の中で、おたがいのカードを少しずつ見せ合うことになるから、記憶をつかさどる前頭葉は、やや活発になるのであろう。
ホテルのドアマンが、顧客データを頭にインプットするコツは 「情報収集+会話=記憶」 のようだ。
知らない者あつかいされるより、人として気分がいいし、そのための記憶力は大切なことである。

本を一冊読んでも、まともに記憶に残らないという、声をよく耳にする。
子どものころ、読書感想文はだれでも書けたが、大人になると書けなくなる人が多い。
それは、こんな感想文じゃ笑われるだの、読まれる体裁を気にするから、素直じゃなくなる。

それに、全ページを頭に入れようとすれば、パンクしてしまうし、価値ある部分だけを抜き出していけば、記憶が消去されにくいように、まずはリラックスすることなのかもね。
昔から、暗記ごとは苦手だけど、どうしても覚えなきゃいけないことは、空腹時に記憶していた。
生理学上、胃袋が満足すると、頭の働きが少し鈍くなり、食後の会議は睡魔に襲われそうになるように、集中するときは、やや空きっ腹のほうがいいからね。

記憶のコツは 「語る 聞く 読む 書く」 をベースに、人と積極的に雑談することが、記憶力につながることは間違いないようだ。

その点、クラブで高い雑談をするより、ショットバーは安くて、雑談のいい練習場所になると思うけどね。
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2017年02月08日

夜の隠れ家

新潟市の中心部に人口が集中するほど、広いように思えるが、意外に人間関係は狭まるものだ。

夕方の県内ニュースが、一日のはじまりになることもある。
新潟の民放4局中、決まったチャンネルはないが、商い上 「ひいき」 にしている局はある。

たまに、顔見知りにカメラが向き、取材に答えている姿を見かける。
知る顔の中には 「お店を通じて」 もあるが、新潟市が地元であるのも占める。
年齢や立場によるところも大きく、県政や市政、民間企業や街角の声など、わりと50代以上にマイクが寄せられることが、多くなったからだろう。

その中には、現在と過去につながる顔ぶれもあり、気心知れているから 「調子こきやがって」 とか、チャーミングな気持ちで眺めている。
もちろん、年齢の近さや親近感が免罪符とはなるが、本人を冷やかすと、はにかんだ表情が初々しく 「これが素顔なんだな」 と思わせられたりね。

バーは、人の素顔が、垣間見える場所かもしれない。
チームを率いるリーダーほど、夜はそれぞれの群れから離れて、異なる空間に身を置きたいもの。
仕事は真剣に協力して、私生活は解放しておかないと、公私の充実感は得られないんじゃないか。
そうじゃないと、人のボキャブラリーは広がらないし、顔も過ぎると次第に息苦しくなるだろう。

バーは、やや年齢層が高く、肩書にあぐらをかかない 「個性派人間」 が多い。
なぜなら、思いの外、会社は自分たちの常識で凝り固まってしまい、極めて狭い世界だけで成り立ち、会社は部分なのに、社会全体を見ている錯覚に陥るから、会社人間が生まれるんだ。
街場を知らないことは、それほど世事にうとくなることじゃないだろうか。

そういうときのための 「夜の隠れ家」 だ。
少しネクタイを緩めて、ウイスキーの氷をゆっくりと溶かしながら、ほがらかにたたずむ姿は絵になる。
「サラリーマン」 と 「ビジネスマン」 の明確な違いはわからないが、後者は 「自分だけの隠れ家」 を持っているのは、コレ‥  本当だよ。

カウンター一枚をへだてて、いろんな人の素顔を見れるのは、守秘がともなう職業冥利である。
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2017年02月07日

国技復権

19年ぶりの日本人横綱 「稀勢の里」 の誕生により、大相撲3月場所のチケットは即刻完売だとか。

大相撲が著しく低迷していた、この12年ほどの間、変わらぬテンションで観戦していたファンとしては、今のブームは喜ぶべきことだが、やや複雑な思いもある。

ブームの起爆剤に 「すー女」 と呼ばれる女性ファンの獲得に加え、日本人横綱の誕生であった。
それまでの低迷期、モンゴルの代表格、横綱 「朝青龍」 を筆頭に、横綱 「白鵬」 の王道に加えて、 多くの外国人力士が大挙する土俵では、さながらオリンピックのようで、見ごたえはあった。

その間、八百長問題や素行の悪い力士のトラブルなど、黒歴史の時代もあったのだが、今のブームの背景には、腐らずにやってきた力士と、純粋に相撲が好きな好角家が、伝統の屋台骨を支えたと思う。
そんな、国技が復権した理由は、実にシンプルで 「強くて華のある日本人力士」 が出てきたこと。

だからこそ、モンゴル勢をはじめとする、外人部隊にも、同様の敬意を送るべきなのである。 
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2017年02月06日

無題雑記 72

5日 正午近く 上空の飛行機の振音を耳にしながら、ぼんやりと目が覚めてきた。

週末を終えた、休日の心地よい疲れはありながら、気分はリラックスしている。

遮光カーテンを開けて、灰色の空模様を見るまでもなく、手元のベッドスタンドをつけて、読みかけの 文庫本を開くもの、まだ字がかすんで見えるので、反射的に背表紙を閉じた。

そのまま全身の力を抜き、しばらく目を閉じていたら、今度は違う方向から飛行してきたと思われる、 高周波が通過したあとの低周波を感じながら、知らず知らずのうちに、浅い眠りについていた。

夕方、5時30分に手配したタクシーで、親戚縁者のお通夜に参列。

型を考えるとき、葬儀を軽んじてはいけないと思う。
そこには、自分の生き方が、投影されているからだ。
親族の涙の中、焼香とご家族に一礼、長幼の序を済ませ、通夜振る舞いは理由があって遠慮した。

場所を古町に移して、妻と食事をしながら、自身の生い立ちと家系図を解きほぐした。
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2017年02月05日

幸せ芝居

数日前、寝ぼけ眼で、朝の情報番組を見ていた。

その枠で、昭和の 「花の中三トリオ」 で有名だった 「桜田淳子」 が、近く歌手として復帰するとかで、クローズアップされていた。

彼女の芸能界引退は、闇に包まれたままだった。
92年 34歳のときに、宗教団体の信者であることが公表され、教祖が選んだ見ず知らずの教団男性と合同結婚式の形で、生涯を誓い合わせられ、そのすべてを受け容れてしまった。
そのため、世間からは教団に洗脳された、策略結婚などと騒ぎ立てられた末、芸能界から姿を消した。

あのとき 「桜田淳子は、自分に正直な人だな」 と思った。
彼女は幸せを求めていたとき、たまたま宗教に出会い、純粋だったからこそ、ハマった気がする。
だけど、それは弱さだけでなく、裏を返せば意志の強さも持ち合わせ、ともに家庭を守っていき、その先夫が寝たきりになったとしても、最期まで面倒を看るような 「献身さ」 を感じた。

彼女も 「58歳」 となり、その当時を客観的に振りかえられるとは思うけど、アイドル的な地位よりも、愛を選んだ 「桜田淳子」 のいさぎよい去り際のほうが、印象に残っている。

どう思われて、何を言われようが 「自分は幸せになりたい」 女性のモノサシをもっているんだよね。
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