2016年12月28日

我思う故に我あり

昼下がりに目を覚まし、シャワーを浴びて、コーヒーを飲みながら、新聞を広げる。

こんなあたりまえの日課がボクの幸せだし、そんなことが日常の気力をささえていたりする。

22日 糸魚川市の中心部で発生した大火災により、住民はそのあたりまえをいきなり失ったんだから、避難が長期化する被災者の心中を察すると心苦しい。

「日常は奇跡だよね」 と表現した女性客がいた。
人は積極的に欲望を満たすべき反面 「もう、これぐらいでいいんじゃないか」 と思う自分もいる。

一般的に50年も生きれば、家庭を持ち、移動に困らないマイカー、小さいながらマイホームもある。
住宅ローンはあるけど、今まで得たモノで、ほどほど満たされている。
休日は趣味にいそしみ、仕事帰りに雑談のできる酒場でもあれば、公私に存在意義もあろう。
それに、自分の身の丈に置き換えれば、そろそろ、この程度で良しとしなきゃと思うころ。

それでも、満たされない気持ちがあるのは、人と比べるからだろう。
自分より裕福な人を対象に見るから、常に満たされないと思うのであり、年の瀬に火災で焼き出された人たちの心中を思えば、そんな比較は 「バカバカしい」 ことに気づいてもいいはずなんだ。
だから 「他人の生き方は他人」 「自分の生き方は自分」 それでいいんだと思うよ。

個人事業主は、それほど一緒に仕事をする仲間はいないから、孤独といえば孤独だ。
だけど、それを選んだのは自分だから、人をねたんだり、うらやんだりはできない。
全ては自分にかかってくるわけだから、その対象は 「他人どうこう」 じゃないからね。
つまるところ、あたりまえに店を開けることが、小さな生き甲斐になるんだ。

今年2016年 自分を総括する意味で、その先にあるものなんてわからないが、他人の目など気にせず自分は自分であればいいと思う。

そうすることで、日常が奇跡と奇跡でつながり、良縁だけが残ると信じている。
posted by GIG at 00:00| Comment(0) | TrackBack(0) | Bar & Human | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする