2016年12月10日

母性本能

その昔、酒場の会話で知ったことだが、男には 「三人のママ」 がいると言われる。

一人は 「母親」 二人目が 「妻」 三人目が 「夜のママ」 という。
いわゆる、社交業のママさん、ホステスさんと呼ばれる、接客のエキスパートであるが、人によっては、三人目は異なるであろうが (笑)

どうして、男は安くもない酒代を払ってまで、夜のママの店へ行くのだろうか。
諸説あるが、疑似恋愛をしたい、モテたい、チヤホヤされたい、その願望は自由だ。
中には、愚痴を聞いてほしい、励まされたい、褒められたいなど、甘えの駆け込み寺にしていたり。
それこそ、高校の保健室の先生に、仮病を使って甘えに行く感覚で、本当は怒られたかったりしてさ。

岩崎宏美の 「マドンナたちのララバイ」 の歌詞に、その心情が描かれている。
「この街は戦場だから 男は皆 傷を負った戦士」 と言うではないか。
だけど 「おまえ、これ、かすり傷じゃん」 「仮病だろ」 みたいな、謎の戦士もいるわけだ。
また 「謎の戦士」 が多いから、社交業はおもしろいんであってさ (笑)

女性の偉大さは、母性本能で男を包みこめること。
その男の甘えは、魅力かどうかは別として、男が女に甘えることは生理学上、正しい行為だと思う。
しかし、多くの男たちの悩みを受けた、女性たちの気持ちはどうなのよ。
本来、話を聞いてもらいたいのは、女性の専売特許であることは、わかっていないとね。

それに、女性は悩みを打ち明けても、そうそう男に答えなんて求めちゃいない。
だから、親身になりすぎたり、深刻になる必要もなく、吐き出させることが、男の役割だったする。
そう考えれば、女性の話を聞くことは楽なんだけど、耳にしたことは黙っておくことがルールなんだ。
ボクだって、心に引っかかることをしゃべって、スッキリさせたくなるときもあるからね。

60年代生まれは、男らしさを受け継がれた世代である。
ゆえに、女性の前では泣き言を吐けず、男らしさに苦しめられながら、その肝心な男らしさを知らずに、ただケンカに強いだけや、人と違う個性こそが男らしさみたいな、勘違いな風潮もあった。
だけど、それも今思えば、大人になるための正しい成長だったとも言えるよね。

つまり、最高の女は、男の弱みを知り、その弱みに触れず、上手に母性本能で包みこめるのである。
posted by GIG at 00:00| Comment(0) | TrackBack(0) | Bar & Human | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする