2016年11月29日

ラベリング

50代の薬物依存による、再犯率が大きな社会問題になってきた。

そんな更生施設に入所して、社会復帰を目指す人の特番インタビューを見て、少し違和感をもった。

薬物へ走る原因に、学歴のない底辺を生きる者の仕事は、肉体労働しかないからと語る。
やる気があっても、若い者しか雇用されず、よしんば雇用されても、体力の衰えについていけなくなり、結局は覚醒剤の快楽を忘れられず、再犯を繰り返すんだとか。

そのお金欲しさに、前犯罪に手をそめる環境が野放しにされているとでも、言いたいのだろうか。
社会の労働環境が悪いから、薬物に向かわせる社会であると、そう言い換えているようなもんでさ。
自分の環境を作れなかった、自分にも問題があるわけで、そこを考えずに環境のせいにする屁理屈がまかり通れば、本末転倒だよな。

確かに物事の多くは、社会環境が影響していることは否定しないが、その前に同じ50代として言えば 「このおっさん、自分では何か努力をしたのかな」 と思う。
人は追いつめられると、意外な決意ができるものだが、どうも再犯の決意をしているようでならない。

大した50代じゃないけど、世代の特徴を同じラベル付けされるのは、あんまりいい気分はしないよね。
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2016年11月28日

SPARK

鍵盤に全身全霊を傾ける、彼女の本領を感じた。

27日 新潟県民会館 11列目の右寄りの席で 「上原ひろみ ザ・トリオ・プロジェクト」 JAPAN TOUR 2016 を聴いてきた。

この日のために、今回のツアーアルバム 「SPARK」 は、かなり聴きこんだので、フリーフォームでのアレンジは、より堪能できた。

彼女は、ひとつのオリジナルジャンルで、ナンバーワンにして、オンリーワン。
ジャズを土台にして、さまざまなジャンルを交じえたワールドミュージックは、まるで 「広大な宇宙」 を作り上げていくようだった。

ステージングも抜群で、ジェットエンジンを搭載したかのように、急発進できるし、急停止させたり、音を敷き詰めて、ためにためた状態でバーンと一気に弾けさせたり、観客の 「ノセかた」 「ノセどころ」 をわかっている。

そして、はち切れんばかりの笑顔は、そこに太陽があるような存在感があった。

もう少し書こう。

1セット終了の休憩時間、調律師が音の基準となる 「ラ」 の音を叩いて整調していた。
少し高めで、澄んだ伸びやかなトーンながら、常人にはわからない、誤差の範囲をとらえている。
外は雨だから、湿気で音が変わるとも言うし、秋冬の乾燥シーズンは、特に注意が必要だし、あれだけ速弾きすれば、微妙な調整が必要になろう。

トリオは演奏スペースが広いから、各パートの引き出しが多くないともたない。
ハイスピードにして、ハイスパートな演奏で、立ち止まって考えている暇なく、瞬間と瞬間を 「ビシッ」 と決めてノリ飛ばす、グルーヴ感はハンパじゃなかったね。
聴いていて、世界のマーケットを意識している、そんな音楽だった。

ファイナルは、エキサイティングなオリジナルナンバー 「イン・ア・トランス」
このトリオを特徴づける、リズムのタメがカッコよく、彼女の真骨頂が満載のナンバーである。
アンコールは、館内の緊張感をほぐすような、日本人が手拍子を入れやすいミディアムナンバー。
その表情は、終始見事なコントラストを放つ、少女を思わせるような太陽アートがあった。

前日の岐阜公演から 「乗りうち」 (直接、会場入りすること) で、かなり疲れていると思う。
ワールドツアーを繰り返す、彼女はこの日、新潟の夜空の下で体を休めて、また朝には次の公演地へ向かうんだから、音楽への情熱は計り知れないものがある。

公演日が、日曜の夜にあたると、気分的にうれしいね。
詳しいことは、止まり木で、ボソボソと話そうよ (笑)

http://jazzbar-gig.seesaa.net/article/254309648.html ( Hiromi Uehara (P) )
http://jazzbar-gig.seesaa.net/article/454577072.html ( Jazz Talk Vol.84 )

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2016年11月27日

教育格差

貧困による、教育格差が社会問題になっているとか。

そんなこと、問題あつかいするなよ。
「置かれた場所で咲きなさい」 そんな本のタイトルにもあったように、それでいいじゃん。
そもそも、親が人と比べるから、子も知らず知らずのうちに、人と比べるようになるんだ。

教育なんて、家庭が一番、学校と社会で十分だ。
競争は否定しないが、親が人の家庭を気にしすぎるから、子どもの適性を見誤るんだと思う。
昔、隣がアップライトピアノを買ったから、体裁を合わせて買わなきゃと言い出す家庭と同じで、自分の家の教育方針がない。

それに自分の子を見れば、どこに適性があって、これは伸びる、これは少し難しい、ここには可能性を秘めているかもと、日ハムの大谷翔平にはなれないが、このやさしさがあれば 「こういう道もある」 と顔を突き合わせるのが、親子ってもんでさ。

中学3年の夏休みまで、進路指導に応じず、進学の考えはないことに、担任は頭を痛めていたらしい。
親から 「私立は高いから、行くなら県立だぞ」 と言われていたから、働くことを意識していた。
結果的に、スポーツの実績が評価されて高校へ進学したが、勉強よりも学校生活の方が、これからの大切なことを学べた3年間だった。

部活動を引退して、周囲は進学か就職かで悩んでるのに、アルバイトに精を出したお金で、スナックにボトルをキープをして、ガクランを裏返して、学校帰りにカラオケを歌っていたんだから、アホだよな。
友人は、そういう姿は知らなかっただろうし、好奇心のかたまりを先に済ませたから、内面は幼いけど、行動はおちついてきたと思える。

そんな、成人式のざわめきを尻目に 「飽きた」 と思い、単身で東京に行ったのは、若さゆえの決断の早さであるから、そのころキャンパスライフを満喫していたら、きっと違った人生を歩んだと思われるが、先日書いた 「上司」 と出会えたことの方が、はるかに影響を及ぼしたと思える。
だから、教育格差なんて、妙な風説にオタオタすることなく 「俺は俺、人は人」 でいいんだ。

近年の親は、家庭教育を棚に上げて、学校任せの部分が強すぎる。
ドラマの影響なのか、まだ知識や判断力のない、子どもを主役にしたがる傾向がある。
行く末、学力はあったに越したことないが、結局はお金の話ばかりで、内面のスケールが乏しいんだ。

バスの中で老人に座席を譲る感性の方が、よっぽど実りのある教育だと思うけどね。
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2016年11月26日

無題雑記 62

25日 新潟市に初霜が観測されたようだ。

東堀のイチョウ並木が、スペードの形を保ちながら、鮮やかな黄一色と化していた。
冬枯れになる前の、今ごろが一番いいね。

本町アーケードの中に、美味しいコーヒー店を見つけた。
そこは 「演出のない演出」 を感じた。

コーヒーは選りすぐった、自家焙煎が四種類だけで、サイドメニューは少ない。
店内、BGMがない代わりに、本町市場の商いの音と雰囲気が、空気を振動して弱音で響く。
新しいお店なんだけど、市場の特性を活かした、昔ながらの喫茶店でおもむきがあった。

木曜日の静けさから一転、冷たい雨の中、お客さんが多く足を向けてくれて、充実した日だった。
まだ、本格的な忘年会ムードではないが、交際範囲の広い人は、もう先陣を切ったようである。

人は、忘年会に出席するとき、かすかに興奮をしている。
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2016年11月25日

無題雑記 61

24日 東京は54年ぶりとなる、11月の初雪だそうだ。
何でも、地球温暖化が引き起こす、極端な現象なんだとか。

大相撲12日目 大関 「稀勢の里」 が、3横綱全員を連破する大珍事を起こした。
このおっさんは、強いのか弱いのか、長年見ているが、正体がさっぱりわからん。

早ければ、今日25日から、忘年会シーズンに入るのかな。
ボクはまだ、おもだった予定はないが、大人数でワイワイ飲むより、少人数でノンビリ飲みたいタイプ。
陽気に騒ぐより、おちつきを選ぶし、元気に歌うよりも、雑談の集いのほうがいいや。

今夜のように、気温が急激に冷え込んだり、強い雨に見舞われたりすると、予定でも入っていない限り、客足は遠ざかるし、座もちも巻きになりがち‥  あれ、今は 「巻き」 って、言わないかな。
時間を早く切り上げる意味だが、使い方は時代で変わるから、単語をすっ飛ばされるときもあろう。

時代で、言い方や言い回しが、通用しにくいときがある。
先月、街中で知る顔とバッタリ合い、数分の立ち話をした後 「元気をもらいました」 と言われた。
特段、何も言ってないし、言われて悪い気もしないが、元気をおすそ分けしたつもりもないし (笑)

数十年前、採用面接に立ち会っていたとき 「元気だけが取り柄です」 と、自己アピールする応募者が多かったことに 「おい、これ、流行語か‥」 と、思ったことがある。
まあ、仕事は健康でポジティブが一番だから、パワーポイントにはなるけど、少しデリケートなセールスポイントも聞き出したいが、こっちがその意気ごみを受けとったと満足したらしく、妙にさわやかな笑顔に可能性を見出してもいいものか、少し悩んだけどね。

最近は、自慢の視力も衰えて、かけなれない老眼鏡を手にしたり、体の節々も凝るようになったから、 今こそ 「俺に元気をくれ」 と、こっちが叫びたいもん (笑)
それでも、店に来る若者と話してると、新しい言葉に出会えて楽しいこともあるし、おたがいになんとなく雰囲気で会話についていく場面が、妙に心地よかったりするからね。

年々、カルチャーギャップも大きくなるが、言葉だけは同義語にしないとね‥  理屈とは違う感性でさ。
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2016年11月24日

上司の死去

85年に入社した会社の上司は、慶應義塾大学出身、空手を特技として、いかつい顔してピアノも弾く、文武両道タイプだった。

20歳のとき、現在のさいたま市大宮区でお世話になった上司 (支店長) が、今年2月に享年76歳でお亡くなりになったことを、奥さまの直筆 (喪中ハガキ) で知った。

今年の正月2日、藤沢市にお住いの元上司 (以下、Aさん) に、新年のご挨拶も兼ねて、電話で話をしたのが、最後の肉声になっていた。
それを知らずにいたら、また来年の正月も電話で、ご挨拶をするつもりだった。

あのとき、奥さまが引き継いだ電話の子機は、枕元に移動したらしく、少し声がかすれて、やや体調が辛そうだったが、気丈に対応された気がする。
いつも 「おまえは義理堅いな」 と言われたが、あの当時は忘れようにも忘れられない出来事も多く、本当の意味で、社会勉強をさせてもらったから、節目でご挨拶するのはあたりまえの礼儀なんだ。
一年前、肩で風を切って、古町を歩いていた姿とは別人で、スーツを着るようになったんだからね。

あの当時、ボクは良くも悪くも 「一本気なタイプ」 で、人を疑う気持ちはなかった。
Aさんは、そんな不器用な性格を見抜いて、公私に面倒を見てくれるようになった。
仕事は 「ピアノのセールスコンサルタント」 だから、専門的に覚えることも多く、それはきつかったけどそのぶん結果も出せたし、何よりも仕事を好きになれたことが大きい。
手抜きをしたときは、愛情をもって本気で叱られたし、支店の成績が落ち込んで暗くなっているときでも率先して明るく振る舞う姿に 「俺らに合わせてくれてるんだなあ」 と気づかされた。

会社は全国に拠点を持っていたから、東京会議ではさまざまなタイプの支店長が一堂に会した。
へらへらと変にものわかりのいい店長、コトの本質をすりかえてむちゃくちゃを言い出す店長。
40歳も過ぎて好き嫌いでしか仕事をできない店長、他人の権威を盾に道徳的な説教の好きな店長。
しかし、当時44歳のAさんは  「上に媚びず」  「中と群れず」  「下に威張らない」 三拍子揃った、孤高な店長で、その奥にある人間的な魅力にも憧れた。

それを裏づけるのが、社長の面談で 「Aちゃんは天才肌だから、ついていくのも大変だろう」 と言うがAさんはうぬぼれた素振りを見せたことはなかった。
社長が 「Aちゃん」 というぐらいだから、昔からの人間関係で、大手企業から引き抜かれてきたので、新旧の人たちの嫉妬や反感は、予想以上に厳しいものがあった。
ボクはつぶさで、そういう姿を見ていたし、Aさんの直属の部下というだけで、冷たい態度をとられた。
だから、どこかでボクを守ってくれて、当時の男気に背を向けられないのが、Aさんとの関係性なんだ。

85年暮れ、ボクは会社の派閥の思惑で、赴任先の辞令を仕事納めの日に撤回され、大宮の住まいを失うはめとなりながら 「何とかなります」 と意地を張り、池袋の西口公園で年を越す覚悟をした。
今でいう、ブラック企業とは違い、一部のブラック幹部らが、社長の目を盗んで、ひとりの部下となった、ボクをやめさせるように仕向けて、コトのてんまつは、明らかに 「Aさん潰し」 だった。
つまり、それだけ、能力的にも、人間的にも、嫉妬される上司だったんだ。

このまま、新潟に帰るのは気恥ずかしいし、もう住居がないんだから、やめざるを得ないことをAさんに伝えると正月に自宅へ招かれ、奥さまと三人ですき焼きを囲んだ日は 「一宿一飯の恩義」 がある。
年始、渦中の会社に出勤すると、そのことで会社と掛け合ってくれて、社長がボクに謝りに来たときは、悔しさや情けなさより、狡猾な世界を目の当たりにしたから、それからはあまりおどろかなくなったね。

Aさんの部下として、働ける環境を誇りに思うも、サラリーマンはどこかで道はふたてに分かれるもので会社というのは、生きものである。
今振り返れば、Aさんは自分の若かりし姿を、ボクに投影してた節もあり、今なら問題になるような言葉 「がんばれ」 とシンプルなエールに感情をゆり動かされ、見えないところで、一筋の涙を引いたものだ。

あれから、30年間のつながりはあったものの、時のすれ違いは儚く、最期まで会えずじまいだった。
一度だけ、お住いの近くを立ち寄ったので、急遽訪ねたのだが、タイミングが悪く不在で、実のお母様に手土産を渡して戻ったところ 「何で待たせておかないんだ」 と、もめたことを電話で聞かされた (笑)

死去した一ヶ月半前の正月、条件反射的に背筋がピーンと伸びて 「お体をお大事にしてください」 と電話をおいたが、あのときにはもう、余命を悟っていたのだろう。
そんな今、奥さまに追悼の意を託したく、つたない文章で思い出を静かに執筆中である。

「おやじ」 と呼びたくなる、男の美学をもった、一匹狼のボスだった‥  享年76歳 合掌。

(2011年 11月14日 ブログ記事参照)
http://jazzbar-gig.seesaa.net/article/235160501.html

( そうそう‥  タバコと酒  ウェス・モンゴメリー が好きな人でね )
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2016年11月23日

Husband & Wife

日付は変わったが、11月22日は 「いい夫婦の日」 だそうだ。

そもそも、いい夫婦ってなんだ‥ ?
性格が合う、趣味が合う、味覚が合う、どれもそれらしいが、自分たち夫婦はこれがわからない。
円満の秘訣は、価値観が合うとも聞くが、本当にそうであろうか。

なまじっか年齢が近すぎて、価値観が合いすぎると、いいときはいいんだけど、逆になんでも言える分、一度もめたら収拾がつきにくい。
夫婦は仲の良さを見せつける関係じゃないので、合う部分とそうでない部分を尊重し合っていければ、自然体でいられるし、変に自分色に仕立てようとすると、もめごとがおきるもんだ。

ご存知のように、ボクはジャズが好きだが、妻はサッパリ聴かない。
妻はテレビドラマが好きだが、ボクは本を読んでいる方が好きである。
それに料理の味つけも異なるし、時事ニュースを見ても、おたがいの意見は食い違うのもあたりまえ。
唯一、嗜好が合うのは、コーヒー好きであるところぐらいで、価値観をめぐって、突っ張り合わないのが、一緒に過ごしていける秘訣であろうか。

夫婦は、車の運転に似ている。
夫が運転しているとき、妻が助手席で運転席と同じ方向だけを見ていたら、どうであろうか。
一見、それが理想だと思われがちだが、運転席の死角にひそむ方向を、バックミラー、ルームミラーで安全を確認し合い、死角に気づくのが助手席に乗る、妻の役割だと思える。
もちろん、その逆もあるわけで、夫婦は同じ車に乗ってるんだから、価値観はほどほどに合っていれば、そのドライブは快適であるはず。

昔、同僚と結婚した女性に 「何が決め手だった」 と聞くと 「会話をしていて、呼吸が合った」 そうで、適正な会話がおりなす量と質、しゃべる速度や声のトーンなど、波長が合ったと思える。
彼は雑談上手なタイプではなかったけど、人と波長を合わせるのは上手かった。

つきあいはじめのころは、だれでも自分をよく見せたくて、得意分野しかしゃべらない人がいる。
その方が楽なんだけど、話の底がつくのも早いから、飾らない会話の方が長続きするもんだ。
価値観の前に、会話の相性の方が大切だと思うし、会話がなければ価値観なんて共有できない。

つまり、結婚は 「永遠のコミュニケーション」 だから、夫婦の会話は生命線だと思うね。
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2016年11月22日

晩秋の紅葉

21日 妻は早朝から、女性4名と日帰りバスツアーで、紅葉を見に出かけた。

行先は、群馬県の 「わたらせ渓谷」

現地の霧雨にひるむことなく、天井あれど防風ガラスのない 「トロッコ列車」 で、晩秋の紅葉を感じて、夜の9時ころに帰着。

近年、地球温暖化やエルニーニョ現象などで、平地に紅葉が下りてくるのが、年々遅くなっているような気もするが、紅葉に思い感じる心がもてるのは、年齢相応なんだろうな。

人と四季を満喫し、日常を解き放てる、野外活動はいいことだ。

ボクは部屋の窓から見える、静かな桜の木で、四季の紅葉を味わえればいいや。
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2016年11月21日

無題雑記 60

20日 午後2時に起床。

今場所、十両に昇進した、新潟出身の地元力士 「小柳」 が、7日目にそれまで全勝の 「大砂嵐」 を豪快な上手投げでねじ伏せたというので、どれほどの相撲をとるのか、今日の一番を見た。

8日目 元幕内 「誉富士」 を相手に、堂々と白星を挙げ、内容たるもの、突っ張られても前傾姿勢はぶれず、腰がどっしりとすわっている。
上下に柔軟性があり、体格も強靭なので、強くなる下地はあると思う。

あとは、土俵上の気性がどれだけ強いかで、出世のスピードは決まるだろうし、玉石混交な十両の番付では、強い部類に入るから、早く幕内に上がり、大相撲ダイジェストを見て、トータルで判断したいな。

夕方5時すぎ、散歩をかねて、大畑町の 「旧齋藤家別邸」 へ、ライトアップされた、庭園の紅葉を見に出かけた。

昨年、初夏の昼下り、大広間でコーヒーを飲みながら、のんきに庭園を眺めていた経験から、この日ものんびりできると思いきや、前列はスマホで撮影する人に横並びされ、せっかくの風情が損なわれた。
これも仕方あるまいと、色めく紅葉を目に焼きつけて、庭園をあとにした。

日頃、通ることのない夜道を、妻と肩を並べながら、歩くこと15分。
古町で熱いコーヒーを飲んで、今日2回目の買い物を本町で済ませ、萬代橋西詰めから、万代へ戻る。

足元には、イチョウの落ち葉が黄色く敷かれ 「小さい秋」 が、終わりつつあることを実感した。
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2016年11月19日

映画雑記

今年はとりわけて、日本の 「サスペンス系」 がおもしろかった。

中でも 「ロクヨン」 「クリーパー」 「ミュージアム」 は力作だったし、今までにない 「シンゴジラ」 は、大人も存分に楽しめた。

現在、アニメだけでなく 「日本映画がおもしろくなった」 といわれて、だいぶ久しい。
ひと頃、名作もあった反面、独りよがりな作風、自分に正直じゃない作品もあり、エンドロールを見ながら 「何を伝えたかったのかな」 「縛られてるなあ」 と、首をかしげたくなる映画もあった。

今は監督や脚本、俳優や裏方も、ひとりの強い個性 (アク) が少ない分、それぞれのエキスパートが風通しのいい環境で、持ち味を結集できている感じを受ける。

昔の撮影現場は、監督なら 「黒澤 明」 「大島 渚」  俳優なら 「三船敏郎」 「松田優作」  などに代表される、個性の強さが一触即発な緊張感を落とし、時として修羅場な雰囲気もあったらしく、それがまた、いい方にも、そうでない方にも、影響を及ぼしていたと思える。

もう、スターという職業が、独り歩きするような時代ではない。
それこそ 「美空ひばり」 「石原裕次郎」 のように、話しかけにくい雰囲気のある大スターはいないし、有名人を街角で見かけても、違和感のないのが、アイドルだったりする。

そう、気負いのない時代なんだ。
そういう、気負いのない環境が、映画作りに湿り気をあたえているから、全体が器用になっている。

松田優作は、アクション俳優としての印象が強く、それに悩んでいたという。
ニューヨークでロケを敢行した映画 「人間の証明」 では、アメリカの共演者から 「彼は本当に日本で有名な俳優なのか‥ 一つの演技しかできないのでは」 と酷評され 「野獣死すべし」 を休止符にしてしばらくアクションから、遠ざかった時期があった。

10年後、ハリウッド映画 「ブラックレイン」 のオーディションに受かったとき、逆に監督のほうから  「アクションシーンもあるが、できるか」 聞かれたとき、それまでのイメージをもたれていなかったことに、うれしく感じたというから、スペシャリストであり、目指すはオールマイティーだったのだろう。

昔の俳優は、演技はせまいけど、深みがあった気がする。
今の俳優は、演技が広く、さまざまな役を器用にこなせるが、全員が浅瀬の領域にいる感じもする。
イメージながら、演技の広さでいえば、映画 「ミュージアム」 で、カエル男を演じた 「妻夫木 聡」 は 「カメレオンばりの変幻自在な現代俳優」 だと感じた。

今年最後の映画は、トム・クルーズ主演 「ジャック・リーチャー」 にしようかな。
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2016年11月18日

アドレナリン

新聞を読んでいると、首をかしげたくなる記事も少なくはない。

あらためて、ボクの思考に右も左もない。
しかし、最近の世の中は、極めて 「0か1」 (イエス Or ノー) の思考が強すぎるようだ。

先日、PKOによる、陸上自衛隊の 「かけつけ警護」 の法案が閣議決定された。
それに対する、家族の心中はおもんばかるが、なぜ後方支援が 「隊員の命を軽視する」 になるのか、その報道に冷水を浴びせたくもなる。

弾が飛び交う前線部隊に派遣されるわけでないし、すべてを命に結びつけるなら 「だったら、最初から自衛隊に志願するなよ」 になる。
衣食住が国に保障されるから入隊したとなれば、国防の価値観は建前だし、そのための訓練であろう。
それが、治安を守る警察官だったら、ことさら、頼りにもならない。

命の尊さはわかっているし、危険性の高い任務に挑む、自衛官や警察官には敬意をもっている。
それでも 「何が起きるかわからない」 ばかりでは、逆に、彼ら本来の志を折ることになるだろう。
あんまり、極論ばると、その状況に不自然な形で、適応してしまうことがあるからね。

気になる記事が、もう一つ。
いじめられた 「中学生の手記」 は記憶に新しい。

福島第一原発の事故を受けて、横浜に転入した中学生が 「放射能がうつる」 と、心を傷つけられ 「賠償金をもらった」 と恐喝され、相談しようとした教師には、空目を使われていたという。
しかし、彼は 「死にたかったけど、震災で死んだ人を思えば、ぼくは生きることに決めた」 と、いじめと対決する姿勢で末尾を締めた。

人間には、感情や好き嫌いがある以上、いじめはなくならない。
「いじめゼロ」 の正論より 「いじめは許さない」 の方が、まだ、現実に即しているだろう。
それに、大人社会になれば、手の込んだ狡猾 (こうかつ) レベルとなり、生きていれば、いじめの類はつきまとうものだ。

進んで経験することはないが、いじめにあった子は、たくましくなると思われる。
そんな、いじめに対して、周囲は 「やめろよ」 の声を上げて、いじめられた相手には 「大丈夫か」 の励ましや慰めの言葉をかけるだけでも、気持ちは救われるし、前提はいじめに加担しないこと。

今は、何食わぬ顔をして、見えないところから、人の心を折るようないじめをするから、タチが悪い。
その意味で、彼の手記は自殺せず 「いじめをはねかえす」 意志を社会に投じた。
ひとりじゃ、心許ないが、仲間がいれば、精神の 「アドレナリン」 が煮えたぎるものだ。

いじめから逃げる選択肢もあるが 「あんな野郎の子分になるぐらいなら、周囲と連携して戦う」 勇気もこれからは必要だし、何でもいじめにされてしまう過敏さは神経が疲弊してしまうが、それに気づかない周囲の鈍感さ、いや、知らんぷりはもっと問題だ。

青年の主張みたいなことを書いたが、因数分解や連立方程式は解けなかったけど、ブレーンバスターと四の字固めは得意だった。
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2016年11月17日

May I Smoke Here ?

ピースライトの煙をくすぶらせるお客さんから 「どうやって、たばこをやめたの」 と聞かれた。

「酸素のスプレー缶で、やめられた」 と答えた。
まあ、その前から、何となく 「あきたな」 とは感じていたが、やめて、丸9年になる。

ある日、たばこを吸いたくなる欲求は、一瞬であることに気がついた。
そのとき、市販の酸素スプレーをたばこと同じように吸引して、吸いたい衝動をまぎらわす。
これを肌身離さず、欲求に対応していたら、3日間で完全にやめられたんだ。

酸素スプレーは、2〜3本で済んだから、安い禁煙療法だったし、それ以降は一本も吸っていない。
また、たばこの精神的な効果も理解しているから、愛煙家にあれこれ言うつもりもないし、程度問題、 灰皿のある場所で、副流煙まで苦み走った顔をされると、少しかわいそうな気もしなくはない。

その代わり、たばこは動くアクセサリーと言われたぐらいだから、小道具としてマナーを守り、人前ではスマートにカッコよく吸ってほしいと思うね。

May I Smoke Here ? 
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2016年11月16日

翼をください

1977年 11月15日 北朝鮮の拉致から39年。

52歳を迎えた 「横田めぐみ」 さんら、拉致被害者を救うべく県民集会が、今年も15日に行われた。

小泉政権以降、進展したためしがない。
最近 「対話と圧力」 が決まり文句にさえ思え、解決よりも終息を意図してしまう。
そうさせないためにも、県民集会の継続は力であり 「シュプレヒコール」 は続けなくてはならない。

拉致問題は、手をこまねいてばかりいられない。
だが、解決には、何かしらの密約も交わさないと、進展させられないのも事実だろう。
理想だけでは、ムダに時が流れるだけだし、火は火で消せぬように、武力行使は野蛮人の行為だ。

交渉は 「あの件は持ち出さない代わりに、この件は認めろ」 と思しき、交換条件 (司法取引) しか、道筋がつかない気がするし、国家間の縛りもあるだろう。
正攻法が通用しない北朝鮮だから、可視化できるわけもなく、どうしても 「グレーゾーン」 ができる。
72年、米国が沖縄を返還した際ですら、日本に見返りを求めなかったとは考えにくいし、密約があったことは、40年後に明かされた。

世間は、即座に可視化を要求するが、全ての開示は解決に至らないことを、往々に理解してない。
それこそ、毒蛇の毒は殺傷力あるが、血清として人の命も救えるため 「毒をもって毒を制す」 ぐらいのグレーゾーンも、使い方次第かと思える。
そんな、清廉潔癖 (せいれんけっぺき) でないことの中にも、真実があったりするもので、解決しないじゃなくて、もう解決させなきゃいけないんだよな。

知人の女性にも、一体いつまで 「翼をください」 を、歌わせるつもりなんだろうか‥
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2016年11月15日

無題雑記 59

14日 14時20分上映 「ミュージアム」 を見てきた。

主演は、刑事役の 「小栗 旬」  妻役に 「尾野真知子」  犯人役には 「妻夫木 聡」 が固めた、 「サイコ・サスペンス」 で、96年 ブラッド・ピット主演 「セブン」 を彷彿させる力作だった。

事件は決まって、雨の日に起きるところは、韓国映画 「殺人の追憶」 をにおわせられ、未解決事件になりそうな、後味の悪い予感と思いきや、ボク自身 「勧善懲悪な世代」 なので、刑事と犯人が対峙し、カタルシスを発散できる結末を期待するから、犯人を許しきれない感情がくすぶる。

余談だが、アクションシーンでは 「万代シティ」 「旧大和デパート」 など、新潟がロケ現場に使われていたけど、撮影の噂すら、耳にしたことはなかったけどね。

劇場をあとにしたのは、ほぼ日の入りと同じ、16時50分。
今夜は63年ぶりに、月が地球に最も近づき、通常の満月より明るく大きい 「スーパームーン」 とか。

道すがら、万代から夜空を見渡すが、この時間では観測がむずかしく、空は一面雲におおわれていた。
時間が許せば、メディアシップの展望台からの観測も考えたが、この様子じゃ、期待できないだろうし、今夜23時ころが、最も地球に近づくらしいが、新潟ではどうだろうね。

映画のよいんが冷めないうちに、妻とコーヒーショップで感想を交じり合わせ、さあ、これから、実務上の一週間がはじまる。
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2016年11月14日

やじろべえ

13日 大相撲九州場所、15日間の熱戦がはじまった。

今場所、千秋楽が終われば、いよいよ年の瀬である。
しばらくしたら、胃腸薬のCMも増えてくるだろう。

萬代橋、東詰めの袂 (たもと) では、マンション建設のくい打ちがはじまっている。
十数年前、この場所には 「大正レトロ風のビアホール」 があったんだよな。
今は周辺、メディアシップがランドマークとなり、マンションも立ち並び、すっかり景観が変わった。

今年で、萬代橋は 「生誕130年」 を迎えたという。
ボクらの周辺残像は、古くは 「キャバレー香港のドーム型の屋根」 「田中ホテルの屋上の提灯」 が、目に焼き付いており、足を向けられなかったぶん、それだけ汚れのない記憶になっていると思われる。

新潟人にとって、萬代橋は 「父性」 である。
軽やかな気持ちでいるときも、重い気持ちを引きずっているときも、萬代橋はその想いを包みこむような風格を感じる。

その、萬代橋がなかったら‥
利便性だけでなく、心のやすらぎひとつ、違ったものだったかも知れない。

万代と古町の行き来が多い者として、萬代橋は 「やじろべえ」 の支点の役割を果たしてくれている。
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2016年11月13日

夜を止めて

夜明け前、自宅で一杯つけながら、何の気なしにテレビのチャンネルを変えていた。

その中に、新潟市の各所、定点カメラで四分割の風景画面に、BGMをのせてるチャンネルがある。
主に 「ナツメロ」 歌謡曲なんだけど、たまにハッとさせられるほど、いい曲が流れる。

20代、ポピュラー音楽はあまり知らず、どこかで 「聴いたことがある」 程度でしかなかった。
たまたま、流れていたサビの歌詞 「もう一度だけ、夜を止めて」 だけを覚えて、検索をかけたら、ほぼそのままの 「もう一度 夜を止めて」 1987年の曲名だった。

この曲は聴いたこともなかったし、歌手もしらないが、今さらながら、そのシンプルさがいいと思った。
料理ならヘルシーで、あれこれ素材を加工したりせず、節回しがストレートだから、伝わりやすい。
それに二人、部屋の中で 「別れの理由」 が描けるような、余情を感じさせられる。

今の音楽ウンヌンじゃなく、新しい味つけにこだわりすぎて、どこかシンプルさが失われている。
ジャズも原曲をいじりすぎると、何を演奏して、聴かせどころがわからなくなる演奏もあるからね。
それと同じで、技巧的で節回しの巧みな曲を耳にしても、意外にもテーマやリフがシンプルであるほど、聴き手を惹きつけてやまない、説得力があったりするんだ。

わかりやすさだけが、音楽ではないが、共感の多くはシンプルさにあると思える。
Bサビの 「過ぎた日はナイフのように、美しいほど傷つけるものさ」 の歌詞に、失恋の傷ついた心情が描かれているが、ただ 「寂しい」 で、かたずけないところがいいよね。

まあ、色恋を語れるほどの経験はないけど、テレを捨てれば、少しは自分の言葉で表現できるものだ。
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2016年11月12日

Get Out Of Here

理性と感情が衝突したら 「感情が勝る」 ことを証明したような結果だった。

今、全米各地では、群衆による 「反トランプ抗議デモ」 が勃発している。
一部のデモでは、暴力的な言動も伝えられており、これでは 「言論を暴力的な圧力で封殺している」 のと、何ら変わらない。

トランプは、まだ事実上、何ひとつ仕事をしてないから、ここはまず 「お手並み拝見」 から入るのが、民主政治の在り方である。
暴力的な言論を嫌っていたのは、奇しくも 「ヒラリー支持者」 だったはずだ。

こう書くと堅苦しくなるので、少し文体を変える。

ビジネスの現場でも、小さい組織ほど、感情でモノが決まるケースがある。
だが 「会議で提案が却下されたので、会議室で部長が泣き叫んで、椅子を振り回して暴れています」 なんて、話は聞いたこともない。

この場合、内面的にたぎる想いはあれども、年齢と経験を積んでいけば、自然と感情を抑制しながら、冷静に進められるようになるもので、そういう考えになれないときは、土壇場に立たされたときだけ。

それに、土壇場に立たされるなんて、しょっちゅうあるわけでもなく、まだ何もはじまってないじゃん。
これだと、負けた腹いせのデモと思われても仕方ないし、本当は志の低い有権者だったんじゃないか。
近年、そういうタガが、外れっぱなしなんだよな‥

トランプ自身、まさか自分が大統領になるなんて、思っても見なかったんじゃないか。
70歳、冥途の土産に 「勝てないまでも、俺の存在を歴史に刻みたい」 最初はそんな程度だったが、思いのほかに 「過激な言動がウケてしまい」 引くに引けず、気がついたら 「勝っちゃったよ」 そんな見方もできなくはない。

実は今、一番おどろいて、あわてているのは、他でもない‥  トランプ本人であると考えられないか。

言葉が重要な役割を果たす現代なのに、おたがいの 「生々しい感情」 を見せられている気分である。
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2016年11月11日

キンモクセイ

普段、何気なく通る道や場所などで、自分の存在と相対するモノを感じるときがある。

ラブラ万代の正面に、3本の木が立っている。
何の木か知らないが、そんなことは別にいい。

それより、それぞれの木が円型ベンチに囲まれるように、一年を通して四季を感じさせてくれるほうが、日常生活にうるおいを与えているというものだ。

自転車を止めて、頭上を見上げると、四季で木の葉の彩りが変化をもたらす。
背景のメディアシップも視界に映ると、街は自然と建造物のコントラストで機能しているのがわかる。

ただ、日常が習慣で流されていくと、暑い寒いの体感的な語彙だけで、原風景の移ろいを見落すことがあるから、たまに立ち止まって街を見渡すと、数日前とは違った変化に気がつくときがある。

夜道の帰路、女性の香水と思いきや、秋の 「キンモクセイ」 の香りだった。 
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2016年11月10日

勝利の女神

赤と青が入り混じる、アメリカ大統領選挙は、NBA (プロバスケット) のゲームを見ているようだった。

予想ははずれた。
第45代 アメリカの大統領は 「ドナルド・トランプ」 に決定した。
アメリカらしいと言えば、確かにアメリカらしい結果である。

米国は劇薬を求めた。
往々に経済が安定しているときは、人格面を重視される。
だが、不安定なときほど、能力面を重視する向きがある。

人格と能力は別とする考えもあるが、そのバランスが極めて欠けていると、オーナー経営にありがちな 「利益は一族のもの」 (アメリカ第一主義) な体質が、労働者の夢を奪う場合がある。

勝因には、トランプはジャズの 「ビッグバンド」 のように、選挙遊説が大音量 (パフォーマンス) で、会場 (州) の 隅々 (国民) まで、音 (主張) が、届いていたように思える。

一方、クリントンはクラシックの 「オーケストラ」 のように、抑揚を抑えて、優雅に奏でたことが災いし、会場の聴衆が耳ざわりのいい音に気持ちよくなりすぎて、眠ってしまった印象を受けた。

このあたり、ジャズと似ており、うるさい演奏は耳ざわりだが、不思議と耳に残ってしまう。
しかし、優等生の演奏は上手すぎて、次第に気持ちが良くなり、うっかり居眠りをしそうだ。
こんな選挙戦術の違いも、否定できないであろう。

両者、知識、経験、気力 の三拍子が揃っていた。
だが、従来の政治経験者と政治経験のない経営者 (ビジネスマン) の手腕と着眼の違いに、国民は 「4年任期」 に、思わぬ期待を寄せた。

それが、仮に日本の国会議員であっても、国を変えたい気持ちはだれにでもある。
その能力もあり、できる立場にあるのに、志半ばで挫折する理由を考えれば、本音で生きるのはいかに難しいことかわかるもので、見方を変えれば、これこそ 「アメリカンドリーム」 なんだろうな。

「金持ちケンカせず」 なる言葉があるが、逆に 「金持ちだから、困ることなく、ケンカをできる」 そんな本音で生きられる立場に、貧困層の期待が集まったとも考えられる。

こんな経験ないかな‥
最初は 「いい人」 だと思い、つきあったが、道連れで本性が見え透いて 「イヤになる」 パターン。
それよりも、最初は 「とっつきにくい」 と思いながらも、つきあっていくうちに、スルメを噛むかのように 「味わいのある人」 がわかったときの方が、その感動は大きいでしょ。

トランプは 「後者」 であるべきで、新大統領をサポートする 「知的な側近の力」 に期待を寄せたい。
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2016年11月09日

自由の女神

今の時刻は、日付の変わった9日、午前3時50分。

午後には、第45代 アメリカ新大統領 「ヒラリー・クリントン」 が誕生しているだろう。

米国の国民は 「自由の女神」 を象徴にしている。
ゆえに、自由のための自由な考え方が根強く、それだけ 「好戦的な国」 ともいえよう。

それも、米国は世界を支配下に置こうとする、マーケット論理が根本にあり、経済的な発展のためなら、戦争も辞さない国でもある。
大義名分、自由のための犠牲者を英雄視する向きもあるが、本音では使い捨てにする非情さもある。

82年、ベトナム戦争の帰還兵を題材にした、S、スタローンが演じた映画 「ランボー」 シリーズでは、作品という形で、正義の裏側をアクション映画だけにとどめず、社会風刺も先鋭的だった。

つまり、だれも正義の戦いなんて、しちゃいなかったんだ。
自分を正義と位置づけて、自由という正義をふりかざしたことにより、秩序まで失ってしまった。

実は、 「正義なんてない」 と思っていた方が、身は安全であるし、おたがいが正義を主張し合ったら、どこに落としどころがあるのか。

ボクの思考に、右も左もないが、飾らずに感じたまま書けばこうなる。
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