2016年09月28日

Runner

夕方、川沿いをランニングする人の姿を、多く見かけるようになった。

ある休日、夜8時。

妻と徒歩で、萬代橋の中ほどにさしかかると、後方から 「ヤッホーなノリ」 で声をかけられて、そのまま走り去ったひとりの 「ママさんランナー」 にボクも思わず 「ガンバレー」 と背中にエールを贈った。
来月 「新潟シティマラソン」 にエントリーした女性のお客さんで、この時季になると調整に入るようだ。

マラソンに興味はないが、30歳の節目のとき 「突発性ランニング症候群」 にかかったことがある。
字の如く、突発的に 「走りたい」 と衝動にかられるのが、決まって涼しい夜。
専用ウェアやシューズもなく、ほとんど部屋着 (スウェット) のままで飛び出し、コースは行き当たりばったり、距離も気分次第、タイムなんてどうでもよく、その頃、住んでいた東京三鷹の街を走るだけ。

また、これがきつくて、走るとすぐに呼吸が乱れて、足に鉛がついたように重く、とてもじゃないが10分も走り続けられないほど、パワー以外のスピードとスタミナを失っていたことを自覚した。
それに、たばこを吸ってたので、空咳は出るわ、嘔吐感はするわ、ただ肉体に負担を強いてるだけで、高校生並みの思いつきなど続くはずもなく、あえなく3日間で終了。

そのとき、頭の中で描いてたのは、テレビ 「太陽にほえろ」 で見たジーパン刑事こと 「松田優作」 が犯人を追いかける、がむしゃらな疾走感だった。
モーターボートで逃走する犯人を追い、堤防を走って先回りして、海を背景に追いかける名シーン。
堤防の先端に立ち、慎重に銃を構えて、威嚇射撃で確保する、迷いを表現していたあのシーンである。

人は走りながら何かをイメージしたり、日頃のたまった怒りを走りで散らしたくなることもあるだろう。
マラソンランナーの多くは、時間内の完走を目標にしてるが 「フローレンス・ジョイナー」 をイメージした女性ランナーもいれば、ワンマンアーミー 「ランボー」 の気分で走る、おやじランナーもいるだろう。
そこで、沿道からの声援を受ければ、少しは実力以上の走りは可能になる。

人にはそれぞれ、イメージするキャラクター、モチベーションがあり、映画 「ロッキー・ザ・ファイナル」 のエンディングシーンにあったように、多くのランナーたちが、フィラデルフィア美術館の階段をかけあがってきては、両腕を大きく上げて一周して、また階段をかけおりていくシーンが、印象的だったよね。

あの日、萬代橋をかけぬけた女性は 「どういう私」 で走っていたのか、今後も興味は尽きない。
posted by GIG at 00:00| Comment(0) | TrackBack(0) | Diary & Social | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする