2016年09月30日

無題雑記 55

父が死去し、一ヶ月がすぎて、わが家の生活環境も次第に変わった。

それまで面会へ行くため、寝覚めは正確だったが、もう行く必要がないので、惰眠をむさぼっている。
遮光カーテンのすきまから漏れる、弱い日射しをぼんやりと見て 「ああ、そうか‥ 終わったんだ」 と、また眠りにつく日が続いていた。
最近は、日暮れが早くなったので、日光を浴びる時間も短くなり、長い夜に感じている。

人参が、高かった。
9月は、日照不足や台風の影響もあり、全体的に野菜が小ぶりで品薄のようだ。
そうなると価格は上がるから、手にかけた野菜を棚に戻す、買い物客を目にするようになる。

今夜、わが家の献立は 「ホットサラダ」
人参と玉子はゆでるが、椎茸と山芋、ブロッコリーとパプリカはグリルで焼いてから、塩を軽く振るだけの 低カロリーメニューと、鶏のもも肉をタレにつけておき、片栗粉で揚げた鶏の唐揚げ。

ビールで口を湿らせながら、締めは茶碗一膳で済ませるが、訪問先から頂いた 「大葉の醤油漬」 が白飯と合い、このところ 「茶碗二膳」 になっている。

秋の夜長と実りの秋のせいで、飯量に加えて、酒量も増えて、体重計に困惑する今日この頃である。
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2016年09月29日

婚活支援

地元新聞の社会面 「婚活支援、成果見えず」 の見出しが目を引いた。

新潟県が婚活対策として、イベントに補助金を支援し 「少子化・晩婚対策」 につなげる試みらしいが、それは 「県が支援することなのか」 疑問である。

あるアンケート調査によると 「結婚は自然な出会いを理想」 としている人がほとんどらしい。
だが、結婚意思があるのに、ほとんど外出をしなければ、出会いのチャンスを逃しやすい。
中には、いろんなお店や会合に参加をして、出会いのチャンネルを増やす人もいるが、その多くは   「私にはまだ、どこかにいい出会いがあるのでは‥」 と煮え切らない気持ちで 「出会いの渡り鳥」 になっているようだ。

大きく二つに、分けられると思う。
出会いを求めているのに、外の世界を知らない。
そもそも出会いまで、ネットスーパーで済ませるような、浅ましい感覚で恋愛が成就するわけなかろう。
次に、婚活イベントへ参加するが、理想に基準がなく、決め所がないまま、出かけるようなもの。
絵に描いた理想 「白馬に乗った王子様」 「馬車に乗ったお姫様」 と会えるわけない。

婚活応援大使の女性芸人が 「男性はもっと笑顔で女性に話しかけて」 と会場を盛り上げたらしいが男の立場で言えば 「哀しい男」 あつかいされているようで、ちょっとバツが悪いわな‥
それが上手くできないから、こうして参加してるのであり、口下手な男に 「何で、しゃべらないの‥」 とあおるとますます意固地になる 「男性心理」 を理解してないようだ。
気軽な社交でいいと思うが、やはり 「自分の相手は、自分の基準で、自分が決める」 べきであろう。

当店をご存知の方は、恋愛や婚活に脂ぎった雰囲気はなく、男女にお節介を焼かないのがモットー。
また、誠実な男女の関係だけが、お店の常連客に残るのも、自然な成り行きだからね。
それに、恋愛や結婚に 「勝ち組」 も 「負け組」 もなく、独身は自由さを手にしてるんだから、大らかに構えて気軽にすごしてれば、出会いは自然と広がるもの。 (女っ気の少ない、ジャズバーだけど)
不自然にカッコつけて、自分からは何もしないで、相手に告白されるのを待つのは、少し悪い癖だよな。

もし、隣に女性が座ったら、男から気軽に声をかけて、少し反応を探ることから、はじめたらいいと思う。
コーヒーショップじゃないんだし、そのために 「ほろ酔い」 しているんだから、少しもったいない。
だってさ、相手を知って、自分のことも知らせることが、コミュニケーションの一歩なんだからね。
ただ、それが 「男と女」 というだけのことであり、人間関係の仕組みなんて一緒のようにさえ思えるし、「異性の友人に気持ちを癒される」 ことも多くなった。

冒頭の話に戻せば、もういい加減、新潟県は過保護な婚活支援から手を引き 「自分で狩りをしろ」 と突き放す時期だし、いずれ家庭を持つ現実が控えているのに、それで大丈夫なのかなと思う。

来月は真っ昼間から、男女が仮面をつけて、非日常の出会いを夢見るイベント 「婚活仮面舞踏会」 が県の補助金を受けて開催されるらしいが、おいおい、今度は仮面だよ‥  仮面 !?
何かエロチックで気になるし、服は着ているのかな‥  オレ、代表で参加しようかな‥  (-_-;)

そのうち、婚活支援どころか 「ひとつ屋根の下の結婚教室」 なんて、バカな話になってくるぞ。
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2016年09月28日

Runner

夕方、川沿いをランニングする人の姿を、多く見かけるようになった。

ある休日、夜8時。

妻と徒歩で、萬代橋の中ほどにさしかかると、後方から 「ヤッホーなノリ」 で声をかけられて、そのまま走り去ったひとりの 「ママさんランナー」 にボクも思わず 「ガンバレー」 と背中にエールを贈った。
来月 「新潟シティマラソン」 にエントリーした女性のお客さんで、この時季になると調整に入るようだ。

マラソンに興味はないが、30歳の節目のとき 「突発性ランニング症候群」 にかかったことがある。
字の如く、突発的に 「走りたい」 と衝動にかられるのが、決まって涼しい夜。
専用ウェアやシューズもなく、ほとんど部屋着 (スウェット) のままで飛び出し、コースは行き当たりばったり、距離も気分次第、タイムなんてどうでもよく、その頃、住んでいた東京三鷹の街を走るだけ。

また、これがきつくて、走るとすぐに呼吸が乱れて、足に鉛がついたように重く、とてもじゃないが10分も走り続けられないほど、パワー以外のスピードとスタミナを失っていたことを自覚した。
それに、たばこを吸ってたので、空咳は出るわ、嘔吐感はするわ、ただ肉体に負担を強いてるだけで、高校生並みの思いつきなど続くはずもなく、あえなく3日間で終了。

そのとき、頭の中で描いてたのは、テレビ 「太陽にほえろ」 で見たジーパン刑事こと 「松田優作」 が犯人を追いかける、がむしゃらな疾走感だった。
モーターボートで逃走する犯人を追い、堤防を走って先回りして、海を背景に追いかける名シーン。
堤防の先端に立ち、慎重に銃を構えて、威嚇射撃で確保する、迷いを表現していたあのシーンである。

人は走りながら何かをイメージしたり、日頃のたまった怒りを走りで散らしたくなることもあるだろう。
マラソンランナーの多くは、時間内の完走を目標にしてるが 「フローレンス・ジョイナー」 をイメージした女性ランナーもいれば、ワンマンアーミー 「ランボー」 の気分で走る、おやじランナーもいるだろう。
そこで、沿道からの声援を受ければ、少しは実力以上の走りは可能になる。

人にはそれぞれ、イメージするキャラクター、モチベーションがあり、映画 「ロッキー・ザ・ファイナル」 のエンディングシーンにあったように、多くのランナーたちが、フィラデルフィア美術館の階段をかけあがってきては、両腕を大きく上げて一周して、また階段をかけおりていくシーンが、印象的だったよね。

あの日、萬代橋をかけぬけた女性は 「どういう私」 で走っていたのか、今後も興味は尽きない。
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2016年09月27日

黒子の型

先日の茶席で、茶室の入口が人ひとり屈んで、ようやく通れるほどの四角い間取りが不思議だった。

次の日、その由来を調べると 「にじり口」 と呼ばれ、あえて入口を狭くしていることで、茶席の出会いを平等にあつかう、和の精神があるそうだ。

茶道の精神は、一説で 「サムライ文化」 らしく、武将たちが明日の戦で生死を分けるべくとき、今宵 「今生の別れ」 になるかも知れない契りのもと、お茶をたてるのだと聞いたことがある。
一般的な 「一期一会」 は、人との出会いは一生に一度とされてるが、一会に解釈を加えるのであれば 「貴重な出会い」 と訳した方が、理解されやすいかと思う。

人生50年も過ぎれば、冠婚葬祭の 「婚」 よりも 「葬」 が増える。
婚礼は儀式というより、若い男女の門出を祝う自主イベントだから、気軽に参加しやすい。
しかし 「葬」 にもなると 「型」 が大きく異なり、それまでの 「人の成熟度」 がわかると思う。
「黒子の型」 というか、こればかりは中高年にならないと、たどり着けない領域かも知れない。

茶室という、コンピューターのない空間を味わったことで 「型を考えさせられる」 キッカケとなった。
そんな 「六十代のご夫婦」 に茶会へお招きにあずかり、その経験が意味するかは、ボク次第である。

この場を借りて、お礼の言葉を記録として述べ添えたい。
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2016年09月26日

一期一会

日曜の夜、かねてから懇親にさせていただいている、御歳六十代のご夫婦のご自宅に妻と招かれた。

いや、こちらからお伺いしたと言った方がしっくりするが、人の家を夫婦で訪れるのは何年ぶりかな。
やや緊張したのは、先方は経営者であり自由人で、文化的な教養と経験が豊富な年長者である。
そして、粋と野暮の違いを知り、何よりもその生き方に艶があること。

ベテランの古町芸妓に 「夜の古町、イイ男はだれ」 そんな質問をしたら、名前が挙がるんじゃないか。
その男前をささえているのが奥さまで、こんなに 「おたがいを信頼している夫婦」 は他に知らない。
自身の出会いは同好の士ではなく、お店がもたらした数年来のご縁であり、貴重なお時間を頂戴した。

茶席に通されたのは、午後6時。

人生初となる茶道の 「もてなしの心」 に、もう一方の正座ご夫婦の所作を見よう見まねで追いかけ、人の心を厳粛にさせる思いに身が締まるも、気後れをして赤っ恥もかいた。

その後、隣の和室に招かれ、慣れない緊張を水の音で洗い流し、心のこめられた 「もてなし料理」 で長幼の序をなごませてもらい、作法のありようを感じて、気がつけば深夜0時に近かった。

帰りのタクシーでは、人の心の温かさを感じたのか、静かな寝息を立てていたらしい。
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2016年09月25日

びびり相撲

大相撲秋場所は、大関 「豪栄道」 が、初優勝を飾った。

13日目の 「日馬富士」 との一番では、土壇場で体が反応していたよな。

「稀勢の里」 のことは、そっとしておくのが、武士の情けである。
かねてから、横綱はムリだとしても、一度だけ優勝してもらいたい、気持ちには変わりはないけどさ‥

それより、序の口 「服部桜」 の本気の 「びびり相撲」 が、今ネットで話題になっている。
コレ、花相撲 (地方巡業) の 「初っきり」 (相撲漫才) より、可笑しい。

負ける手段に、ルールやプライドを捨てきれるんだから、史上最強の敗者ともいえよう。
対戦相手は首をかしげていれば、勝負審判もやれやれな表情であきれてるし、異次元な力士である。

朝から弁当持参で、序の口の取組から見る、好角家の好奇心を、この一番は満たしている。

中途半端でなく、ここまで負けに徹してれば 「喝」 どころか芸術 「あっぱれ」 だよな (笑)
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2016年09月24日

動物愛護

26日まで 「動物愛護週間」 だという。

近年は 「セラピー犬」 として、老年期に犬を飼う人が多いとか。
犬は好きだが、マンション暮らしの上、少年期に不注意で保健所の野犬狩りに遭い、愛犬を失ったことがあるので、あれ以来、犬は飼わないと決めている。

初夏、川べりのベンチで、対岸の景色を眺めていた。
目の前を二組の老夫婦が、わが子を可愛がるように微笑ましく、子犬を連れて散歩をしていた。
どこでも見かける光景だが、少しだけ疑問に思った。

人間と動物では、寿命が違う。
いくら獣医学が進歩しようと、統計上の寿命は15年らしい。
責任を持って、最期まで飼うのであれば、飼い主本人の年齢と犬の年齢も考えるだろう。

つまり、犬を看取るのは飼い主であり、老年期の犬の世話をする覚悟がなければ、飼ってはいけない。
最初は大丈夫と言うだろうが、人の考えや思いは絶えず入れ変わるから、数年先まで変わらぬ愛情があるかは、はなはだ疑問である。

大きくなれば散歩の世話から、エサ代や医療費もかかるだろうし、私生活でも遠出できなくなる。
犬が主人を看取るのは本末転倒だし、主人についていったんだから、主人が看取るべきであろう。
犬は主人に忠誠を誓っているのに、裏切るのは主人なんだ。

その考えのなさが、今でもひっきりなしに 「殺処分」 が行われている。

犬が好きならば 「犬を飼わない愛情」 があってもいいだろう。
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2016年09月23日

鎮 魂

22日 秋分の日 お彼岸である。

わが家に墓も仏壇もないが、春と秋のお彼岸は、遺影に切り花と和菓子を添え、亡き人を偲んでいる。
それ以上の形式や心得はないが、心の中では生きているので、本気で手を合わせるのは自然なこと。

早いもので、常連客だった 「よっちゃん」 が亡くなってから、24日で 「丸5年」 となる。
彼は気の小さな優しい不良で、破滅型の憎めない男だった。

そりゃ、あいつは、女にはモテたさ‥
気前が良くて、色気があり、性格がわかりやすかったからね。

「便りがないのは、元気な証拠」 と言い聞かせながら、彼が生きていれば、同い年の51歳。
きっと今でも、日曜の夜に一緒に飲める仲間のひとりだったと思う。

命日には、キンキンに冷やした 「ズブロッカ」 をショットグラスに注いで、キュッとあおるだろう。
そんな、透明なビンに入っている、まっすぐな草の茎は、もう何十本つきたしたであろうか。

それを見るたびに、時が過ぎたことを感じつつ、例年の 「鎮魂の儀式」 となる。
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2016年09月22日

焼き豚

東京でひとり暮らしをしていた頃、好奇心が旺盛だから、街の心地よさに定住をせず、遊牧民がテントで暮らすような環境でも、あまり苦にはしてなかった。

それでも、住んだ先々で一軒、なじみの中華料理屋を探すことにしていた。
休日、ビール大瓶一本に餃子一皿を注文してから、腸詰か焼豚も追加し、炒飯で〆れる街の台所。
少しこだわりがあったのが、おつまみの焼豚 (チャーシュー) だった。

飲食店で口にする、あるいわ、スーパーなどの焼豚は、ほとんど 「ハム」 っぽいんだ。
それだったら、タレで煮込んだ 「煮豚」 でいいが、お肉屋以外、本格的な焼豚にはめぐりあわない。
いや、最近はお肉屋でも、見かけない気もするが。

先日、本町のスーパーで、トレイに煮玉子とパック詰めにされた、焼豚のカットを見つけた。
やや割高だが、これなら 「カニカマ」 のような類似品ではないだろうと、すぐにカゴへ入れた。
その食感、本場の炒飯の中に、サイコロカット状に混じっている、焼豚に近く 「こんな感じだったな」 と辛子と醤油を添えて、秋の夜長を楽しんだ。

あー、何だか、今度は 「豚足」 を酢味噌につけて、食べたくなってきた。

食欲の秋、今年もわが体重 「80キロ」 のボーダーラインを下回ることはなさそうだ。
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2016年09月21日

Portrait

父の遺品を整理していたら、現役だったころの、八つ切り写真を見つけた。

85年、某ピアノトリオのドラマーとして、レコーディングしたときの、ジャケット用 「ポートレート」 である。

店の片隅に、申し訳ない程度に、飾らせてもらった。
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2016年09月20日

三連休反対

「三連休はいらん!」

「また、あのおやじ、何を言い出すんだ」 と思われそうだが、ボクの意見はこうなんだ。

19日 月曜日は 「敬老の日」 だが、どうせ敬老なんかしてないだろう。
そもそも、国が定めた敬老の日は、15日だったはず。
なのに、三連休にするため、19日に振り替えたが 「余計なことするな」 である。

それでまた、22日 「秋分の日」 で休んで、週末の二連休が訪れる。
二連休は制度としても、今週は実質3日しか仕事をせずに、有休をあてがえば、コレ何連休よ。
その意識 「チンタラ・モード」 になるし、休みすぎると悪い形で、揺り戻しが大きかったりする。

それに 「残業はするな」 「有休は消化せよ」 では、やる気がある人の足かせとなる場合もある。
労働基準やブラックとか、倫理的な問題でなくて、資質を開花させる建設的な部分を指しているわけで、前向きな意見はここから。

実際 「仕事をがんばった、自分へのご褒美が、夜の時間なんだ」 と言ってたお客さんは、見るからにお金は使うが仕事もできる、すなわち 「使える経費は使うが、それだけ会社にも貢献する」 タイプだ。
不況をこぼすなら、働いて世間にお金を循環させるべきだから、どおりで‥  オレ 貧乏だもん。

よく言われることで、仕事ができる人は定刻に退社して、休日出勤しないとか、正論を振りかざされるが 「そういう理想論は通用しない」 と、ハッキリさせる場面もあるだろう。
今は、仕事をして稼ぎたい人も、半強制的に休ませられるが、これは経費じゃなくて、意欲でもある。

それを 「あれはダメ」 「これもムダ」 そんな声ばかりが大きくなりすぎている気もするが、労働意欲は美徳であり 「まだまだ、日本のマンパワーは強いぞ」 と思わせる国民的な財産にも考えられる。

某アンケート調査の結果によると、シルバーウイークの過ごし方は大半が 「家にいる」 回答を占め、 休みの過ごし方もままならず、手持ちに余裕がないから、そうそう旅行や外食もできないんだ。
それに、働き盛りの男なら、3〜4日も家の中でゴロゴロしてられないでしょ、イモムシじゃあるまいし。

今の風潮は、余裕資金がないのに、「ゆとり」 ばかりを押しつけられていると思う。
「ゆとりの論理」 は一見すると、耳さわりはいいが、冷静に受け止めれば、ゆとりを仕向けておけば、  景気回復の仕組みを考えずに、国民の不満を封じ込めて、諸問題に気づかせないようにしている。
あの愚策 「ゆとり教育」 で、学んだはずであろう。

本来、不況を乗り越えての 「ゆとり」 なのに 「働いて稼いで、潔く使い、経済を循環させる」 社会の経済サイクルを曇らせる、どこか矛盾した理論なんだ。
「働きたくないが、休みは欲しい。 けど、先が不安だから、とりあえず家で巣ごもろう」 そんなんじゃ、ゆとりの意味ないじゃん。

もう、いいかげん、気づいてもいいんじゃないかな‥  と、ボクの勝手な意見ではあるがね (笑) 
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2016年09月19日

無題雑記 54

三連休の中日だった18日。

雨だれを耳にしながら、自然と目が覚めたのは、午後12時40分。
シャワーの温度を高めに調整すると、浴びている時間も長めとなる。

部屋で新聞とネットニュースを併読していたら、専門店のホットコーヒーを飲みたくなってきた。
乾燥機から洗濯物を取り終えた妻に 「飲みに行こうよ」 と誘い、近くのコーヒーショップまで歩いた。

ガラス越しの窓辺から、舗道の人の流れをぼんやり眺めていたら、雨にもかかわらずに通行量が多い。
色とりどりのメイクと衣装をまとった、今年で15回目となる 「にいがた総おどり」 の参加者らだった。

軽いステップを得意とする、ボクら 「ディスコ世代」 からすると 「ソイヤー」 「ホイサー」 と叫ぶ姿は、「キツネに憑依でもされたのか‥」 と思うほど、息の合った熱気が凄まじい。

今 「あれをやれ」 と言われたら、フラフラのヘロヘロになって、途中で抜け出すだろうな。
若いときの肉体であれば、筋肉に動きを記憶させて、別なことを考えながら、オートマチックな状態に 仕上げられたけど、もう体力の低下は、精神力だけでは補えないからね。

夕方のスーパーは、やっぱり混んでいた。
差し迫った買い物はなかったが、習慣というやつで、つい足を延ばしてしまう。
手にしたメロンの網目が浮き立っており、そこそこ重かったので、自宅用にひとつカゴに入れた。

夜、ホテルの宿泊客は多いらしいが、周辺の駐車場が空いてることから、県外客が占めた街の様子。
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2016年09月17日

Relax

ある調査機関によると、若い男女の交際が消極的になっているらしい。

調査対象は、18歳〜34歳の未婚者の内、結婚の意思こそ9割の男女にあるが、男性7割、女性6割は交際経験がないとの回答とか。
また、性体験に至っては、4割強が未経験だと言うが、冷やかしではなくて‥ 本当かな ?
原則、交際あっての性関係になるが、アプローチから低温すぎると困っちゃうよね。

人つきあいは、切っても切り離せないもんだから、もう少し気軽に考えていいかと思う。
まず、女性とつきあう前に、男友達と気軽なつきあいができるか、そこを点検すべきじゃないかな。
「たまには、飲み行くか」 そんなノリと同じで、声をかける対象が、女性になるだけであってさ。

その気軽さをおろそかにして、恋愛に小理屈を重ねても、女性を意識するあまり空論めいてしまう。
それまでの友人つきあいを生かして、それと同じように女性とつきあえばいいんじゃないかな。
あんまり、男と女にわけて、個別に態度を変え過ぎると興ざめしちゃうからね。

自分の時間を大切にするあまり、交際に積極的になれない理由も多いが、それって安っぽくないか。
それとお金がない、お金は好きなことだけに使いたい、次いでそんな理由も多いが、お金がないときは、身の丈でつきあえばいいし、今の時代は見栄を張る必要もない。

ボクらの時代、男が女の子にお金を出させるのは恥じらいがあり、次の日がカップラーメンになろうが 「武士は食わねど高楊枝」 そんなプライドがあった。
だけど、今のご時世、よっぽど世事に 「うとい女」 ではない限り、ごちそうになる加減は知っているし、末永い社交を続けられるためにも、また会いたくなる残り香を置いていくものだ。

また、好きなことだけにお金を使うのは自由だが、見える世界は決まるし、考えが偏重しやすい。
その年齢が高くなるほど、同時に恋愛に理想が高くなりすぎて、理屈っぽくなるから、せっかく近くにある出会いを見過ごしやすい。

がんばる必要はないが 「気軽さ」 と少しの 「積極さ」 があれば、自然と出会いは広がるもの。
もしかしたら、友人のネットワークで 「いい人がいたら、紹介してもらえる‥」 ことも、なきにしもあらずなのに、そこに思いが至らず、意思表示もせずに、ひたすら理屈で待機しているように見える。

何も恋愛にこだわらなくても、普通の人つきあいだと思って、自分の感情を素直に表に出していれば、  そのうちに出会いの中で愛着がわいて、気がつけば恋愛関係になっていると思う。

友人と恋愛は同じと考え、ラベルが男か女かの違いだから、気軽に話すことが第一歩じゃないかな。
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2016年09月16日

Kenny Drew (P)

春先は 「オスカー・ピーターソン」 秋口には 「ケニー・ドリュー」 を聴き流したくなる。

ご存知の通り、ピアノの名手だけど、スタイルは異なる。
ピーターソンの魅力は、テクニックと歯切れの良さが特徴的で、粒立ちのいい躍動感があるので、春のようなイメージがある。

ケニーは 「パド・パウエル」 の流れを汲んでいると言われながら、あまり派手さを感じさせない。
パウエルは気軽に聴けるタイプでなく、アクの強い早い旋律で、共演者泣かせのような気もする。
それなのに、ケニーはスタンダードを親しみやすく弾き流し、さりげなく奏でる余裕があるんだ。
このあたり 「ハンク・ジョーンズ」 のスタイルにも似ている。

プロである以上、技巧に優れているのは当然だが、そこを強みにアピールをすると、頭打ちになることを嗅ぎ取っていた気がする。
そのため、BGMでも楽に聴けるし、耳を凝らしても聴き応えがあり、気分次第でチャンネルを選べる  スマートなフィーリングがおしゃれだよね。

若い耳には、聴き応えに物足りなさを覚えるだろうが、そこそこジャズを聴く耳に年数が加わってくると、音の間に心地よさを感じ出し、思わず指を鳴らしたくなるだろう。

91年 「原宿キーストンコーナー」 で行われた 「ニールス・ペデルセン」 「アルヴィン・クイーン」 とのクラブ公演での映像はおさめられている。
そこには、ピーターソンとも共演していた、ペデルセンの存在感が大きい。
ピッチの安定さは一番、時々のセットリストにもよるが、強靭なバッキングには驚かせられた。

ペデルセンは、あるインタビューで答えていた。
「私を引き上げてくれた恩人は、ピーターソン。 ジャズを教えてくれたのが、ケニュー・ドリューだ」
だから、この二人の巨匠には、最後まで誠実に歩み寄って、音楽人生を捧げていたよね。
やっぱり、名ピアニストには、名パートナーがいるんだ。

そろそろ、ケニーがサラリと奏でる、アーバンスタイルな 「枯葉」 を流そうかな。
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2016年09月15日

月見散歩

今日 (15日) は、一年で最も満月が映える 「中秋の名月」 である。

名月は必ずしも満月だけでないが、本ブログのデザインも 「満月とファンタジー」 「温もりのある夜景と自然なススキ」 が調和されており 「夜の静けさを表現するブルー」 が気に入って、表紙に採用した。

ボクは、夜型タイプ 「月派」 だから、月がもたらす心象風景が好きだ。

幼い頃、世田谷区に住んでいた。

家の近くに小さな公園があり、その脇を環状七号線 (通称・環七) が通っていた。
きっと、今頃の季節だと思うが、母親に手を引かれて、夜の外灯が少ない公園で涼んでいた。
夜空を見上げると、満月の月明かりが公園の遊具を照らして、静かに遊んだ場面がよみがえる。
この幼き記憶は、あのとき満月ではなかったら、きっと忘れていただろう。

山下達郎の曲 「メリーゴーランド」 の歌詞が好きだ。

「真夜中の遊園地を君と二人で、そっと忍び込んで行った」
「さび付いた金網を乗り越えて、駆け出すと月が昇ってきた」
「亜麻色の月明かりの下で、僕たちは笑いながら愛し合った」
「色あせた水玉のベンチは、滅びゆく時の匂いしみついてた」

この行 (くだり) が、月の持つ 「マジカルなフィーリング」 を感じさせられる。
恋愛に多感な年齢で聴いた曲だから、心のどこかに疑似場面や、懐かしさが収納されているのかもね。

地上に最も近づいた、満月は神秘的だ。
夜道の足元を月明かりで照らし、さりげないエスコートぶりがクールに思える。
もしも、月夜のない世界に暮らしていたら、コンクリートの壁に目が慣れて、味気なかっただろうね。

今夜、運良く月に恵まれたら、柳都大橋を渡りながら 「月見散歩」 なんて、シャレこんでみたら‥
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2016年09月14日

ゆるい空気

万代メディアシップの1Fロビーでは、多くの学生が勉強に励んでいる姿を見かける。

ある休日、妻と買い物ついでに、老舗のお好み焼き屋に入った。
年々、老舗の定食屋や寿司屋が閉店し、近頃はおしゃれな店ばかりで、趣のある店は少なくなった。
それに、新しい店で 「レトロ感」 をウリにしながら、接客がマニュアル的すぎると腰の座りが悪い。
これだと、どこぞの海外にある、怪しい日本料理店みたいに、ボタンを掛け違えた印象を受けてしまう。

ボクの感覚が変なのかも知れないが、学生のアルバイトが店の片隅でテスト勉強をしながら、ホールを手伝っている、ゆるい空気がただよう、小さなお店の方がおちつく。
客の中に 「そんな接客は失敬だろう」 と憤慨する輩もいるだろうが、ボクは 「注文する時、こっちから呼ぶから、それまで勉強してなよ」 という具合に、勉強に励む子どもを見るような親心になる。

だからと言って、生娘をかまう趣味はないし、若い子に好かれようとも思わないが、客商売にもコツがあって、自然な笑顔と愛嬌、返事が美しければ、大概の接客は許される特権を女性は持っている。
店の方針では、お客様の笑顔を第一に感動のシーンを生み出し、顧客満足度ナンバーワンを目指してなんちゃら‥ こういう目標や演出もいいんだけど、年齢的にはお腹が一杯なんだ。

もちろん、形式的な接客は大前提だし、サービスの原点を理解した上、対面ゆえの気遣いは大切であるから、それができてこその自分の夢 (将来) であり、理解してこその 「ゆるい空気」 なんだけどね。
それに、学生はお店の状況を見ながら、勉強と仕事を上手く両立してもいいけど、それが許されるのはお店に奉仕してこその対価 (給与) であることを、理解している子に限られる。

自分自身、昔と比べれば、寛容になったものだ。
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2016年09月13日

かぼちゃ電車

夕方、新潟の懐かしいローカル映像が、ニュース番組で流れていた。

17年前、白山神社の前 (市役所前) から、燕行きの路面電車が関屋方向に走っていた。
車体は黄色と緑色のツートンカラーで、通称 「かぼちゃ電車」 は、古めかしさに愛嬌があった。

高校時代、通学に利用してた電車で、陰では別名 「黒高電車」 とも呼ばれ、朝は上り、夕方は下りに緊張感を強いた車中である。
ボクは、校則違反でバイク通学をしていたので、電車に乗るのは冬に限られていたが、新潟市と黒埼町 (現・西蒲区) を一本の路線で結ぶ、牧歌的な電車であった。

それまで、東京の世田谷区から、新潟の下町育ちなので、黒埼の田園風景に降り立ったことがなく、 青春の期待と不安が高まる一方で、緑の匂いが 「15歳のいらだち」 におちつきをあたえてくれた。
冬場は下り電車で、終点の白山神社の前で降りてから、学ランを着たまま、夜の盛り場を徘徊しては、道すがらに興味を示して寄り道をする 「子ども性」 が全開な高校生だったと思う。
 
もくずな背景だが、最近は新潟交通が当時の 「かぼちゃ電車」 を再現する形で、BRTの路線に一台 「ラッピングバス」 を走らせたらしく、当時、冬の車窓から見た、寒々した風景を思い出すであろう。

そんな、ハロウィーンを前に、新潟市で少し話題になるかもね。 
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2016年09月12日

無題雑記 53

11日 遅めに起床して、朝刊を手にしたのは、もう夕方近く。

広島カープの優勝記事の中に、さかのぼること75年の初優勝当時、ピッチャーとして活躍していた   「三輪 悟」 氏 (新潟市在住) のコメント記事が載っていた。

三輪氏は、閉校した 「新潟市立工業高校」 出身で、当時は下町の附船町に住んでいたと聞く。
下町の有名人は、横七番町の 「小林幸子」 ばかりだと思っていたが、過去の経験が何かきっかけとなり、「下町出身者」 は意外と多かったり。
出生地を非公開にする場合もあるが、大して意味もなさないことだからね。

あっ、今日から、大相撲9月場所か‥ すっかり忘れていた。
毎年六場所開催される、大相撲を一年間のペースメーカーにして、四季を感じている。
大相撲を見てると和らいだ気分になれるのは、いつの時代も変わらぬ所作やしきたりがあり、日本人であることを意識させられるからだ。

息抜きに、本屋へ立ち寄り、グルメ小説を手にした。
洋食屋の名前をもじったタイトルに惹かれ、軽妙なペンタッチで、全17話の短編で構成されている。
作者は94年に逝去しているが 「こういう作品が、陽の目を見ないのはもったいない」 と、書評家らが推薦して、今年2月に発行された、初版の復刻版となる。

また 「お目当の背表紙」 を先送りすることになった‥
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2016年09月11日

広島カープ

10日 プロ野球 セ・リーグ ペナントレースは、広島カープが25年ぶり、7回目の優勝を果たした。

25年前の優勝は、あまり印象にないが、鮮明に覚えているのは、1975年の初優勝。
古葉監督が率いる 「赤ヘル軍団」 は、山本、衣笠、ホプキンスの 「打」 外木場、池谷、佐伯の 「投」 で、プロの存在感を植え付けられた。

当時、小学5年生にもなると、野球のルールにも明るくなってきたので、見る楽しさを知った頃だ。
この年、プロ野球公式戦 「広島ーヤクルト」 戦を、新潟鳥屋野球場の三塁内野席で観戦した。
記憶が正しければ、スコアはシーソーゲームの末 「5−3」 で、広島が勝利したはず。

そのとき 「赤い野球帽」 が多く陣取る内野の応援席で、ボクだけ、パ・リーグ 「ロッテ」 の野球帽をかぶって、球場内の輝きを見ていた。
広島ファンではなかったが、悲願の初優勝への破竹の勢い 「赤ヘル旋風」 を目の当たりにしたのだ。

また、同年、監督1年目の長嶋茂雄が率いる 「巨人」 が、球団初の最下位に確定した、ショッキングなシーズンで終えたが、本当の衝撃は日本シリーズだった。
シーズンの勢いが、凄まじかった広島を相手に引き分け2試合をはさんで 「4勝0敗」 でコテンパンに下した、上田監督が率いたパ・リーグの覇者 「阪急」 である。

民放2局の時代、テレビは巨人戦しか中継しなかったので、パ・リーグの実力は知らなかった。
巨人のV9が止まった、前年の日本シリーズの覇者も、パ・リーグのロッテだったから 「セ・リーグより、パ・リーグの方が、強いんだ」 と、底知れぬ不気味な強さに、子ども心がときめいた。

考察を加えれば、スター性も豊富だった 「赤ヘル軍団」 広島は強かった。
しかし 「影の軍団」 阪急は、それ以上に強かったことが、衝撃的だった。
それが、野球の面白さを重複させ、影になっていた、原風景を見せてもらった気がした。

時代は変われど 「日本シリーズ」 を制しないことには、本当の強さは認められないので、セ・リーグの覇者 「広島カープ」 は、今年が最盛期かどうかわかるだろう。

さながら、お酒のメーカーなら、セ・リーグ 「サントリー」 パ・リーグ 「ニッカ」 であろうか。  
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2016年09月10日

女心と秋の空

最近、食めいたことばかり書いている。
それだけ、実りの秋で 「美味しいモノ」 が出回るシーズンであろう。

やや、残暑がやわらいだ土曜日。
秋が近づくと、空が高く見えて空気も澄んでおり、気分もほぐれるもの。
また、秋の夜長というぐらいだから、ずいぶん日が暮れる時間も早くなった。

「早く日が暮れると、夜にドラマが待っているようで、ソワソワする」 と言った、40代男性。
「見せてもらいやしょう、男のメイクドラマ」 と冷やかすと 「紹介して」 と来たモンだ (笑)

でも、その感性は大切なんだ。

ソワソワ、ドキドキ、ワクワクもせず、会社から直帰ばかりしていれば、いつも気分が低温化する。
「つきあいは、めんどくさい」 と宣言しちゃうと、異性としての魅力は不思議と半減しちゃう。
これから、予期しない出会いがあり、街角を一緒に歩きながら、酔って気分も高揚して 「オレの部屋に来いよ」 と誘ったはいいが、ゴミが常態化した部屋だったら、興ざめされるだろう。

そうならないために、ある程度は 「異性を意識した住環境」 は維持していた方がいい。
それに、ダニだらけの布団で寝てれば、ダニすら気にしない女が横に寝るモンだ。
だから、勝負パンツをはいても、部屋が不潔すぎると、変態パンツになっちゃう。
程度問題、女性はそういうところに目が向くし、男のワイルドと怠惰は違うからね。

最近の事件で、福山雅治の家の合鍵を預かる、女のコンシェルジュが住居不法侵入でパクられたけど、それほど暮らしている部屋を見たがるのは、そこに 「素」 があるからなんだろうな。

それこそ、秋のことわざ 「女心と秋の空」 で、住環境を見て、心変わりされるときもあるだろうね。
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