2016年07月24日

わりきる

スマートフォンのアプリで遊べる 「ポケモンGO」 が、更なる 「歩きスマホ」 や 「ながら運転」 などに結びつくとして、社会的な注意喚起がうながされている。

ボクはスマホなどのゲームに興味ないが、率直に 「そこまでして、やりたいものか」 と思えてしまう。
だが、若い人に講釈はおろか、説教をするつもりはない。

日中、バスの吊革につかまり、座席の乗客に視線を落とすと、ほとんどがゲームやラインに興じている。
ラインはともかく、仕事の移動中と思えるサラリーマンが、公共的な場所でゲームをする姿を見かけると 「この人、仕事できるのかな」 と心細い存在に思えてしまう。

東京で生活してる頃、電車の中でいい大人がマンガに夢中になってたり、週刊誌のエロページをなめるように見ていたりすると 「あーわ、なりたくないな‥」 と人のふり見て公共のたたずまいを意識したが、そういう風に変わるもんじゃないか。

こんなこともあったなあ。
職務上、面接する立場だった頃、順番待ちの席で、堂々と少年ジャンプを読んで待つ応募者がいた。
その姿を見かけて 「ああ、この人とは、いい仕事できないな‥」 と直感が働き、面接をすることもなく、 お引き取りしていただいたことがある。

今、そんなことで応募者を帰したら、クレーム問題にされそうだが、その学生は帰された理由をとことんわかっていなかったらしく、程度問題こそあれ、いいかげん人前では、やめなきゃいけないことはある。
それら決めるのは本人だが、それでもやるんなら、だれもいないところでやるべきだし、見方を変えればパチンコ台を持って出歩いているようなもので、おもちゃに公私を振り回されたくないもん。

世の中、年齢的に割り切る (こういうことはしない) ことも必要になろう。
社会発信でもなければ、行動様式が文化にもならない、そんな 「ポケモン」 に迎合してなるものか。
posted by GIG at 00:00| Comment(0) | TrackBack(0) | Diary & Social | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする