2016年07月07日

七夕短冊

今日 7月7日は、七夕である。

七夕の夜、短冊に願いを書いて笹の葉に飾ると、その願いが叶う言い伝えがあるが、本当は書道の 腕前を上達させるための寺小屋教育の一環だったとか。

ボクが教わったのは、夜空に流れる天の川をはさんで、年に一度だけ 「ひこぼし」 と 「おりひめ」 が会えるチャンスをむかえるが、晴天な夜空でないと二人の想いは成就しないとか、ロマンチックな物語を聞かされたけど、今夜の夜空では会えないかもね。

無論、子ども心で信じたわけでもないが、今の時代はどうあがいても男と女の出会いはないはずはなく異性の存在に気がつかないのか、それとも出会いを活かしきれていないだけであってさ。
だけど七夕伝説に遊び心を抱ける人は、きっと魅力的になるための努力は怠ってないんだろうな。

短冊に話を戻せば、どんな願いを書くであろうか。
今は、少し願う姿勢が変わってきて、自分以上にだれかに想いをはせて、丹念こめて願いを綴るようになるのは、それまでの経験が少しずつ煩悩を断つからじゃないかな。

もし短冊の願いが叶い、宝くじで有り余る大金を手に入れたとしても、これからの余生で豪邸や高級車、ブランドを身にまとい、可愛いおねえちゃんをはべらせていいモン食って、酒池肉林なんて思わない。
仮に、夢の生活環境を手にしても、自分の分際は自分がよく知っているから、絶対に浮いちゃうもん。

実際、短冊に願いを書くことはないが、もし書くとすれば、家族の幸せや健康祈願、闘病中の友人への想いなど、次第に視点を変えた願いにおちついてくるし 「私だけの欲」 が少なくなってくるんだ。
コレ、大切なことでさ、私利私欲は人相に現れると言われるのは、真実をついているような気がする。

経験にもよるが、晩年ほど、粋と不粋の違いが分かるようになるだろう。
御年67歳のお客さんから、この2年ほどで 「禅問答的な心の持ち方」 を学ばせてもらった。

人は人の中でしか生きられない、もう自分よりも人のことを短冊に描きたいね。
posted by GIG at 00:00| Comment(0) | TrackBack(0) | Diary & Social | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする