2016年07月30日

2016 August

ジャズとウイスキーを愉しみ、大人の時間をくつろぐ隠れ家

< 8月 定休日 >  7日 (日) 11日 (木) 16日 (火) 21日 (日) 28日 (日)

※ お盆期間 14日 (日) 営業 / 11日 (木) 16日 (火) はお休みさせていただきます。

住所     新潟市中央区 東大通2−9−5 
電話     025−247−1644
営業時間   19:00 ⇒ 26:00 (平日・祝日) / 27:00 (週末・祝前日)
定休日    日 曜  
客席数    カウンター10席  ボックス席あり (電話予約をお勧めします)

 取扱いメニューの一部をご紹介いたします

 【チャージ】  ¥600 

 【ビール】 ・ハートランド ・クワーズ ・コロナ ・ギネス ・シメイ ・デュベル ・ヒューガルデン 他

 【アイラ】 ・ラフロイグ ・カリラ ・ブナハーブン ・アードベック ・ラガヴーリン ・ポートシャーロット 他

 【スペイサイド】 ・クラガンモア ・マッカラン ・グレングラント ・ロイヤルロッホナガー ・ダルモア 他 

 【ハイランド】 ・グレンモーレンジ ・タリスカー ・オーバン ・スキャパ ・グレンドロナック 他

 【ローランド】 ・オーヘントッシャン ・トバモリー ・グレンキンチー ・レダング 他

 【キャンベルタウン】 ・スプリングバンク ・ヘーゼルバーン ・ロングロウ 他

 【スコッチ】 ・デュワーズ ・シーバスリーガル ・バランタイン ・オールドパー ・グラント 他

 【アイリッシュ】 ・ブッシュミルズ ・ジェイムソン ・カネマラ ・ターコネル ・ダニーボーイ 他

 【バーボン】 ・ブッカーズ ・ベーカーズ ・ノブクリーク ・バッファロートレース ・エズラブルックス 他

 【ジャパニーズ】 ・知多 ・余市 ・宮城峡 ・伊達 ・山崎 ・白州 ・響 ・イチローズ 他

 【カクテル】 ・ミントジュレップ ・ゴッドファーザー ・ラスティネール ・ロブロイ ・アレキサンダー 他

 【フード】 ・オリーブ ・オイルサーディン ・ピクルス ・レーズンバター ・ピザ ・パスタ 他

                              メニュー表 ご用意しております。

つれづれなるままに‥

今年8月から、新たな国民の休日となる 「山の日」 が、11日に設けられた。
お盆休みと重なるが、カレンダー通りに仕事をする人にとっては、使い勝手のいい休日となるだろう。

当店は連休でもない限り、祝祭日は営業しているが、今年は休日に代えさせてもらうことにした。
休日の不確かな客入りを期待するよりも、夏バテ対策もかねて、家族の時間も大事にしたいと思えた。

この夏、公私に忙しない日が続くが、その間をくぐってでも、夏の気分に触れてはいたい。
しかし、若いころの休日とは根本的に違い、遠出をしなくなり、近場の休み方を覚えるようになる。

今になって、海や山、ドライブに行楽地、都会の喧騒など、ボクに帰る故郷があるわけでもない。
日常 「来週、一杯 どう‥?」 そんな誘い合わせができる仲間がいれば、気分はリセットできるさ。

閑話休題 

リオ五輪開催中、店内はテレビ中継を、はさませていただきます。
気分だけでも、ブラジルへ‥  「マシュ・ケ・ナダ」 (最高さ)

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2016年07月29日

都知事選挙

日本の首都、東京都知事選挙まで、あと2日。

連日、ヒートアップしている、最有力候補3名の他、18名が名乗りを上げ、大枠21名の争いとなった。

民主主義の基本原則であれば、多くの物事は多数決によって決められる。
勝つために姑息な手段を使おうが、多数派を占める工作をできれば、大抵のことは通るのが政治だ。

そうなると、少数意見はいずこへとなる。
そのため、選挙は供託金を払えば、だれでも立候補できるが、今回の都知事選の候補はひどすぎる。

少数意見をないがしろにしないため、政見放送を見るが、杓子定規にあんなのを許してもいいのか。
討論会に出席させろと権利を主張するが、仮に話を振っても、ピンボケした横やりな意見を入れられて、ひっかきまわされるのが関の山であろう。

また、理論的になるほど、相手はおもしろがり、どうにも対処できない厄介者まで、少数意見化したら、常識まで理屈にされてしまうし、それなら仕事帰りの赤提灯で政治を放言をしてる、おっちゃんの方が、まだモノ (道理) をよく知っている。

その立候補者の資質を知るためにも、一般常識試験や面接を義務化にして、公僕のコミュニケーション能力や倫理観に一定の基準を引かなきゃダメじゃないのか。

これは差別とかではなく、将来を左右する選挙なんだから、候補者は政治に必要な知識や知能などを有しておくべきで、これが民主主義の選挙と考えるし、大学入試も入社試験も原則の資質は同じだ。

だから、公平を期すためにも、ふさわしくない一票は投じられない。

ボクの選挙権は新潟だが、その見方は 「新潟」 と 「東京」 のカードを差し替えるだけである。
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2016年07月28日

許しがたい

26日 早朝にテレビをつけたら、どこの局でも、緊急ニュース速報で紛糾していた。

一夜明け、障がい者施設殺人事件の全容が明るみになってきたが、気持ちをどう表現していいものか。
犯人は綿密に凶行を企て、経歴はその施設の元職員だというから、国民の頭の中は真っ白であろう。

この事件で人間の尊厳を破壊されて、差別感情や強い偏見に心を折られた気持ちである。

ボクは今でも、医療介護施設へ面会に10年ほど通っている。
特別養護施設や医療介護病院では、残された時間やプライドを見守り、人間の尊厳と一緒に歩むことになる、職員の仕事ぶりは胸を張れるものだ。

そんな現場で働く人の仕事を見ていると、重労働で精神的苦痛のわりには思ったほどの給与ではなく、人手不足とストレスに悩みながらも、きちんと職責を真っ当している人の方が断然多い。

ハードなわりには、面と向かっては感謝をされにくい仕事かも知れないが、見返りを求めない医療介護、名を告げぬ手助けは本物だと思うから、人から敬意を持たれているんだ。

それなのに、凶行は障がい者だけでなく、別な障がい者や家族の心を奪い、その仕事に誇りを持つ人にまで、大きな傷を負わせたのに、犯人は英雄気どりの元職員だから、たまったもんじゃない。

じゃあ、どうしたらいいか。
人の心を知るには、その人の気持ちになるしかないわけで、啓蒙活動が届かなければ、障がい者を 永遠に理解できるはずなかろうし、行きつくところは本人の心だからね。

これでもまだ 「罪を憎んで人を憎まず」 と言わなきゃいけない世の中なのか。
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2016年07月27日

おもてなし

近年、新潟でも、外国人観光客が増えているようだ。

日曜、古町の大衆居酒屋を皮切りにして、長い夜をひとりで過ごそうとカウンターについた。

途中、同じ年の女友達にダメ元で電話したら 「今から行く」 と快諾してくれ、気長に手酌をしていた。
しばらくしたら、ガラス戸の入口付近で、北欧系の中年カップルと日本人女性が、この店に入るか否か迷っている様子が見てとれた。

すると、日本人女性がのれんをヒョイとめくり、ボクを見つけると一直線に席へきて、挨拶もそこそこに 「英語で安い店のことを何て言えばいいの」 と早口に聞かれたが、この女性こそが、これから一緒に   飲むはずなのだが‥ おいおい。

ボクの教養では、英語はムリであるが、それでも 「チープ・エクスペ‥」 (Cheap Inexpensive) と、適当な英単語を合わせたにすぎない言葉をさえぎり、また入口へ戻ったかと思うと、今度は日本語で 「どうぞ、どうぞ」 と店員顔負けの手招きをほどこし、カップルを同じ並びのカウンター席に座らせたが、ボクを夫と勘違いしているのか、仕切りにボディランゲージされるが、友達だし (笑)

日本人はシャイだけど、観光客への対応は誠実である。
その女性、実家が商売をされていただけあって、迷っている人を放っておけない 「おもてなし精神」 が自然な気立てとして、幼い頃から養われていると思う。
そんなかんやで、乾杯には時間を要したが、楽しい夜を過ごせた。

この年齢ともなると、隠し立てすることのない、異性の友達は成り立つものだ。
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2016年07月26日

生音花火

25日 夜半過ぎに雨模様となったが、花火のシーズンが到来した。

去年は、柏崎の水上花火を見てきたが、今年はどこも予定がつかない。
せいぜい、新潟まつりの最終日に、近場を散歩しながら、気分転換に眺めているだけかな。

年々、花火大会の演出は趣向を凝らされており、今や花火と音楽のコラボは定番になってきた。
そんな、花火の魅力は、音 (シズル感) の迫力にもある。

だが、演出も過ぎると、スターマイン級の強い打上げシーンで 「ここは感動する場面です」 とばかりに壮大な音楽を流されたりすると、少しシラケてしまうもの。

むしろ、迫力あるシーンでは、人それぞれの思いが如実に表れる場面なので、決めつけられた音楽で気持ちを支配されたくないときもあろう。

だから、花火の臨場感は 「ヒュー」 「ドーン」 「ドドーン」 「パン・パン・パン」 「シャラ・シャラ・シャラ」 など、本来は生音が夏の情緒を満開にしてくれるんだ。

演出に頼らない、告白的な気持ちにさせてくれるのが、また、花火の魅力だと思うけどね。
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2016年07月25日

Jazz Talk Vol.74

幼い頃、奇妙な音楽を聴いたのが始まりだった。

あれは、1970年 (昭和45年) だったと思う。
職業 「ジャズドラマー」 の父親に手を引かれて、新宿の薄暗い楽器店に入った。

父は店主に 「上の坊主 (長男) だ」 とサラッと紹介した後、慣れた様子で新品のスティックを平坦な机の上に転がして、バランスを確かめた後、パットの上で目にも止まらぬ、小刻みなダブルストロークを繰り返して、2本のスティックを店主に手渡した。

子どもの目で周囲を見渡すと、いろんな楽器が店内を埋め尽くしていた。
小麦色に日焼けした白人女性のヌードポスター、玉汗を流した黒人ジャズメンのモノクロポスターなどもところせましに貼られており、幼稚園しか知らない澄んだ目には、とても異様な光景に映った。

黒いスピーカーからは、奇妙で低音に迫力のあるサックスの音色が響き渡っており、トップシンバルが打ち鳴らされたと同時に、音の洪水を浴びたような感覚にさらされたことは憶えている。
「あれが、ジャズだったんだ‥」 そんな印象である。

それから、10年後‥
あやふやな記憶のまま、あのとき聴こえていたサウンドは 「ジョン・コルトレーン」 のような気がした。

「16歳の夏」 である。
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2016年07月24日

わりきる

スマートフォンのアプリで遊べる 「ポケモンGO」 が、更なる 「歩きスマホ」 や 「ながら運転」 などに結びつくとして、社会的な注意喚起がうながされている。

ボクはスマホなどのゲームに興味ないが、率直に 「そこまでして、やりたいものか」 と思えてしまう。
だが、若い人に講釈はおろか、説教をするつもりはない。

日中、バスの吊革につかまり、座席の乗客に視線を落とすと、ほとんどがゲームやラインに興じている。
ラインはともかく、仕事の移動中と思えるサラリーマンが、公共的な場所でゲームをする姿を見かけると 「この人、仕事できるのかな」 と心細い存在に思えてしまう。

東京で生活してる頃、電車の中でいい大人がマンガに夢中になってたり、週刊誌のエロページをなめるように見ていたりすると 「あーわ、なりたくないな‥」 と人のふり見て公共のたたずまいを意識したが、そういう風に変わるもんじゃないか。

こんなこともあったなあ。
職務上、面接する立場だった頃、順番待ちの席で、堂々と少年ジャンプを読んで待つ応募者がいた。
その姿を見かけて 「ああ、この人とは、いい仕事できないな‥」 と直感が働き、面接をすることもなく、 お引き取りしていただいたことがある。

今、そんなことで応募者を帰したら、クレーム問題にされそうだが、その学生は帰された理由をとことんわかっていなかったらしく、程度問題こそあれ、いいかげん人前では、やめなきゃいけないことはある。
それら決めるのは本人だが、それでもやるんなら、だれもいないところでやるべきだし、見方を変えればパチンコ台を持って出歩いているようなもので、おもちゃに公私を振り回されたくないもん。

世の中、年齢的に割り切る (こういうことはしない) ことも必要になろう。
社会発信でもなければ、行動様式が文化にもならない、そんな 「ポケモン」 に迎合してなるものか。
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2016年07月23日

夏キライ

梅雨明け宣言された22日。

美容室で髪をショートに仕上げた妻と、万代のコーヒーショップで待ち合わせた。

リニューアルオープンしたスーパーへ向かい、店内をくまなく回ること40分ほど。
開店初日だけに、まだ空気はおちつかないが、自宅から一番近い台所に気分は高揚した。

かれこれ、ダイエー時代から通っている手前、フロアーの距離感覚には慣れてるが、売場の花形となる青果売場が正面口から遠のき、しっくりしないものの、新しいお店に客として喜びを感じる。

近日、ビアガーデンやリバーサイドのイベントなど、複数で繰り出す人が多いであろう。
梅雨明けとは言え、例年ほどクソ暑くはなく、意外と過ごしやすい夏になりそうな気がする。

「夏嫌い」 のボクとしては、願ったり叶ったりだが、夏の残り香は嫌いではない。
夏の終わりに響く曲はいくつもある中、サザンの 「EMANON」 (83) サビの歌詞が好きだ。

「砂の浜辺でくちづけた ひとときを思い出せば 面影が目の前をかすめて 胸の痛みに変わる」
そんな、酸っぱい経験はないけど、過去形の男女の情景に少し胸がキュンとする。

きっと、海を活かしきれなかった青春に、どこか思い残しがあるんだろうな。

色気も何にもなかった、あの 「窪田町海岸」 だけどさ。
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2016年07月21日

理想郷

ある日、お客さんに 「酔っぱらいのあしらいも大変だろ」 と言われ 「これも仕事ですから」 で笑う。

数年前、駅前の居酒屋で飲んでいたら、泥酔客を上手にあしらっていた店主の姿に親しみを込めて 「手慣れたもんだね」 と対応をねぎらうと 「もう、慣れるしかないんです」 とおどけて見せる。

話の続きでは、その泥酔客は同業者らしく、残念なことに同業者ほど自意識過剰になりやすく、中には 「俺を知らないの」 という横柄な態度で、いさかいになりやすいんだとか。
まあ、そんな小さなことで、地域の笑いモンにはなりたくないわな。

お客様商売、大なり小なりストレスはあるだろう。
また、それが成長となるから、ストレスから逃げてばかりはいられないが、中には 「言いがかり」 や 「いちゃもん」 レベルもある。

何が大変かといえば、どんなときでも、人間らしい対応をせざる得ないこと。
生々しくも、酒乱であれば救いようないし、それが老醜であれば、哀れみの感情さえわいてくる。
そんなとき、人間性が豊かなお客さんに接すると、少しささくれた気持ちが癒されるときもある。

店と客は、常識と教養で成り立っているから、物事に悲観することなかれ。
店は、相応な人格が多くなることで 「理想郷」 になっていくんだからね。

人は人の醜態を見て学び、人は人の優しさに癒されると思える。
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2016年07月20日

おしゃべり

体を休めることに終始した、休日の甲斐もあり、心身スッキリとして、スタートを切れた19日。

午後3時すぎ、自宅のソファーに横たわり、十両の相撲を眺めてたら、固定電話のメロディーが鳴る。
妻が事務的にでると、声のトーンが少し上がった。
トーンは感情を表すから、親しいプライベートな相手であることはわかった。

それにしても、女性同士はよくしゃべる。
大抵、時候の挨拶からはじまり、それから身近な話へと続き、次第に仕事や家庭の話になる。
近年では、健康ジャンルも、幅を占めるようになってきた。

そのうち、「そういえば、あの人、今何してるの」 とか 「最近、あの人に会ってさ」 など、人の相関図に話は及び、よくもまあこんなに次から次へと、ネタ (話題) がつながるものだと感心するが、会話には聞き耳を立てず、周波数を間違えたBGMとして、部屋で聞き流していた。

次第に子機をもちながら、手元の小物を整理したり、財布のレシートを分けたり、同時に何かをしながら何かをする動きは、ずいぶん手慣れている。

例えば、料理を作りながら、新聞に目を通したり、洗濯をしながら、集金のお金を支払ったり。
今であれば、大相撲の好取組になると、台所から調理器具を片手に持って、すっ飛んでくるからね。

女性は、そんな日常のパーツとパーツを瞬時に組み合わせた、行動や会話ができるようだ。
限られた時間で、複数のことを処理して、同時に仕上げるというか、家庭の中の女性は器用である。

冒頭の会話に戻れば 「それでさ」 「そうしたら」 「だってね」 「やっぱり」 などの接続語は、まるで 「聖火リレー」 の如く、次から次へと話題がバトンタッチされていく。

ボクは、近くに居づらくなって、別な 「パーソナルスペース」 を求めて、小さく移動を繰り返す。
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2016年07月19日

一足早く

うなぎの旬ではないが、夏に食べたくなるのがうな重。

わが家は、土用丑の日にあたる30日を待たずして、やや早めに食べることが定着している。

18日 老舗のうなぎ屋で緑茶をつなぎに、気長に焼き上がりを待っていた。
うなぎは歯ごたえがないのに、心なしか 「精がついた」 そんな気分になるから不思議だ。
市販のうなぎとは違い、ブヨブヨと硬くてギトギトと脂っぽくなく、肉厚の香ばしさに力強さがある。

お店は、新潟三越レストラン街の一角にある。
毎年 「夏バテ対策」 で食べに行くが、天然の漁獲量が年々減少し、価格の高騰ともども庶民の味とは言えなくなったが、素材に食のありがたみを感じる。

店内には、小さな子連れが目立つが、今の事情を知る上で言えば、ガキが食するには早い気もする。
最早、絶滅危惧種だから、年齢制限を割り当てるべきで、二十歳までは、アナゴだ、アナゴ!
もしくは、うなぎに似せたサンマ丼でも十分だが、店は選びようである。

お腹も気分も満喫した後、まだ日中の排気熱が冷めきらない、柾谷小路を歩きながら家路へ。

エンゲル係数が上がったので、夜更けは部屋で焼鳥をつまみに、バーボンソーダで過ごすことにした。
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2016年07月18日

清 貧

先週は公私に忙しない日が続いたせいか、7日ぶりの休日にホッとしている。

若い頃のように自分のことだけを考えて、遊びで忙しかったことが今では懐かしい。

数日前、バスの車窓から、高校時代の同級生を見かけた。
当時、彼は夏の甲子園のアイドル、早実の荒木大輔投手を思わせる風体で、野球部だったこともあり、秘かに女の子に人気があった。

卒業後、地元新潟の食品会社に就職し、主に配送業務を任されていた。
そのため、たまに街中で出会しては言葉を交わしたが、ほとほと顔見知りの関係でしかない。
そのあと、3回ほど見かけたが、おたがい車の運転中だったり、交わるに適さぬタイミングだったり。
あれから、30年以上経つが、今も同じ社名の小型保冷車に乗り、食品を配送をしている姿があった。

ボクが感心するのは、当時は職業を選べた時代なのに、高卒で30年以上も同じ会社に勤務し、本人の希望はどうあれ、今も配送業務を主にしている継続性である。
そこには、仕事を継続できる 「平凡こそが幸せ」 であるという価値観を感じるからだ。

あくまでも一般的なレールなら、結婚して家庭を持ち、毎朝定時に出勤して、夕方宵の口に帰宅する。
子どもが生まれると身の丈でマイホームを持ち、いづれ子が巣立つころになると 「晩年の生き方」 を考えるようになり、そのときの家庭状況においては、いろんな選択肢が見えてくるだろう。

彼の人生の歩みは一切わからない。
だが、その姿からは経済的な幸せより、家族がいつも肩を寄せ合っている、仲のいい光景が浮かぶ。
1日の出来事が食卓で交わされ、おかずを取り分けあったり、会話と笑顔が交差するような家庭だ。
何も金銭的な愛情だけでなく、どこか牧歌的で、世でいう 「貧富の差」 なんかに惑わされず、人として根源的な満足感を得ているような気がする。

やれ、勝ち組だ、ほれ、負け組だ、あそこのダンナの肩書や年収を噂し、高級車で子どもは私立とか、眉をひそめたくなるような、イヤらしい話には一切関わろうとしない、気持ちに 「清貧さ」 があるんだ。
つまり、わが家にはわが家の生き方があると、凛とした家族の姿勢が幸せの基準になっていると思う。

彼のことを想像でこう書いたら、心外に思われるだろうが、ボクは少なくてもそう感じた。
いろんな仕事で自分の可能性を試すのも人生だが、仕事を一貫する姿勢は現実的なロマンでもあり、それは人それぞれ良し悪しの問題ではない。

ボクの愛車は、メイド・イン・イトーヨーカドー製の自転車だが、たとえその脇を知人が運転する高級車が颯爽とすり抜けても、何とも思わないね。

人と比べない生き方も大切である。
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2016年07月17日

Eye of the ‥

近場のスーパーが改装休店のため、今は他のスーパーへ買物に出かけている。

地域のマクロ経済で言えば、そこを利用してた消費者の流れが変わるので、生活圏にあたえる影響は大きく、数日間はどこへ行っても 「こんにちわ」 で、知る顔と出会す機会は少なくなかった。

あらためてわかるのは、スーパーは数あれど、それぞれに強みと弱み、そこならではの特色がある。
A店は精肉、Bは鮮魚、Cは惣菜、Dは価格、Eは接客という具合に、全て均等に優れてるのではなく、その店独自の品質、衛生、品揃え、サービスに雰囲気など、それぞれの魅力は異なっている。
だから、自転車を転がしてでも、その店に買いに行くことは、感覚的に自然なのである。

それに、近場の商店 (個店) と距離 (導線) が近いと便利だ。
あそこで 「きんぴら団子」 ついでに 「シュークリーム」 買い物が済んで 「コーヒー飲んでいこうか」 など、街にとけこめる雰囲気があると過ごしやすい。
また、気分転換に散歩を兼ねていることもあるので、徒歩や自転車が楽しく感じる街並みが好きだ。

頭の中には、納品伝票という買い物リストが入っている。
だけど、その先の作ることに関しては無頓着だから、はなはだノー天気である。
主婦は真剣な表情で品を定め 「何を作ろうか」 頭を痛めているのに、我ながら気楽なモンだよな。
その代わり、目利きもできる、買い物のエキスパートを目指さねば。

趣味はもはや買い物‥  今日も冷蔵庫の中身と新聞の折込チラシを見る目が鋭く光る。
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2016年07月15日

無題雑記 49

14日 父親が余生を過ごしている医療特養病院で、御年82歳の誕生日を耳元で祝ってきた。

最近の様子を看護士から伺った後、限られた時間の中で、父を穏やかに見つめる目も養われてきた。
帰り道、市役所で複数の書類を申請してきたが、かれこれ数十年間は、介護や医療の窓口ばかりだ。

近所のスーパーが、今日から一週間の改装休店となる。
買物は食材の用途を分けて、当面は自転車行脚になるが、今からリニューアルオープンが楽しみだ。

急に雨が降りだした、夕方5時に荷物を抱えて帰宅。
テレビをつけたら、風雲急を告げる都知事選挙の候補者らが、街頭演説をする姿があった。
都政論議に大差なければ、我先にサッと手を挙げた、小池百合子の心意気に浮動票は集まるだろう。

チャンネルを大相撲に変えたら、優勝候補の稀勢の里と白鵬が共に土俵を割った。
足が揃って上体が浮いたとき、バランスを崩されて体に入られたら、形勢を立て直すのは難しい。
朝が早かったので、アップルパイとアイスコーヒーを飲んでから、3連休前の木曜営業に入った。

今日、最初の一枚は、富樫雅彦の 「プレイズ・ビ・バップ・VOL.1」
スウィンギーなノリで、これぞ自分たちのビ・バップ、そんなオリジナルティーを感じさせる1枚だ。

営業中は会話を妨げないジャズを意識するが、一人で本気に聴く分には、4ビートが好きだな。
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2016年07月14日

綱引競技

13日 一日中降り続いた雨が夕方6時にあがると、近所の立木から一斉にセミの鳴き声が響き渡った。

聴覚で、真夏の到来を感じた。
真夏のスポーツイベントといえば、開催まであと20日あまりとなる、リオオリンピック。
代表的な競技は、陸上や水泳だろうが、個人的には柔道が好きだ。
それも、軽中量級クラスの多彩な技の応酬には 「柔よく剛を制す」 精神が宿っている。

今回、野球はないのかな。
まあ、サッカーやバスケットボールなどの団体競技は、ステータスの在処が別のステージに用意されているようだから、五輪は団体競技よりも 「個人競技の祭典」 に見えてしまう。
テニスもそうだけど、人気面からすると、高貴な別枠競技にも思える。

五輪はいっそのこと、プロとして確立されているメジャーな団体競技は外して、その代わりにマイナーな団体競技を増やした方が、新しい楽しみ方が拡充するんじゃないか。
例えば 「綱引き」 「ドッチボール」 などは、アドレナリンとスリルが交わり、ルールもシンプルでお金のかからないスポーツだから、すぐに世界基準にできると思える。

このあたり、マラソンのようなアナログ競技の方が、原始的な気合いがみなぎるのと同じ。
そう考えれば、日本の文化である運動会の競技には、多くのヒントがありそうで 「棒倒し」 のような清々しさを覚える競技は見ていてわかりやすいし、見方においては無類な種目になるであろう。

正式に団体競技として推薦するなら、奥歯がすり減りそうな 「綱引き」 は見るべき成果がありそうで、勝敗はアナログ的ながら、今の時代であれば、選手の特徴や強化戦略など、より科学的なモノとなり、必ずしも体がデカい方が勝つ、そんな単純競技にはならないと思うけどね。

とは言いながら、別な意味で男になりそうなのが 「シンクロナイズドスイミング」 なんだよな。 
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2016年07月13日

やすらぎ

12日 まだ空気がなじんでいない店内で、離れて暮らす母親と妻の三人でよもやま話をしていた。

たまに電話で近況を交わすが、こうして三人で会うのは久し振りだ。

近年の母は、カラオケを趣味にしたという。
それも、ご近所のお茶飲み友達を連れ添って、昼から夕方にかけて過ごしているんだとか。
変わろうと思えば、変われるものだ。

もう30年ぐらい前、親孝行を兼ねて、カラオケスナックに連れて行ったことがある。
息子の前だから、テレちゃったのか、へたっぴなのかわからないが、人前で歌わないシャイな母親だ。
そのため、ボクひとりだけがステージで熱唱して、母は客席でにこやかな表情で細かい拍手をしながら、時おり小さい声で 「ワァー」 とか声援を贈ってくる。

そんな母は、人づきあいはいいのだが、決して主役になろうとはせず、人を陰で見守るタイプなんだ。
とても、古町のクラブを数軒ほど任されていたタイプには思えないが、実は 「出しゃばらない」 これこそ 「ママ職」 として最大のコツだったのかと、今さらながら納得させられる。

それに、女性バーテンダーが走りになったころ、新潟から東京の赤坂にあったバーテンダースクールに通い詰めて覚えたほどだから、昔の人はひとりで何役もこなしていたんだ。
「ねえ、ジンベースでショートカクテルを作ってよ‥」 と言われたが、74歳にもなる母親に飲ませるのは怖くなり、ぶっきらぼうに断ったが、母には生きる喜びを実感して、余生を楽しんでもらいたいと願う。

財布から、いろんなカラオケ店の会員カードをカウンターに並べて、その特典を説明するうちに、次第に妻のテンションも上がったのか、急に二人して 「今から、歌いに行こう」 と繁華街に消えて行った。
妻の体調はまだ完全ではないが、人の健康観は違うし、遊びに戸を立てるつもりはないから、たまにはストレスを発散するのはいいことだと思う。

それも、母と妻、ふたりでひとり、少しやすらぎの場所があれば、これでいいんじゃないかな。

ボクは、最初のお客さんが来るまで 「ホリー・コール」 の気怠い歌声を聴いて過ごしていた。
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2016年07月12日

シン・ゴジラ

11日 映画 「インディペンデンス・ディ・リサージェンス」 (96年の続編) を見てきた。

SF映画はほとんど見ていないが、なぜか 「謎の地球外生物」 「未確認飛行物体」 「侵略の魔の手」「ツチノコを捕獲した」 など、まやかしモノには弱く、奇妙な存在に興味をひきつけられる。
幼少期に 「ウルトラセブン」 で描かれた宇宙人の侵略的な恐怖と 「矢追純一のUFOシリーズ」 の奇想天外な編集に、少なからず影響を受けたのだろう。
来月は日本映画 「シン・ゴジラ」 を見に行く予定だが、これこそ 「ウルトラマン」 の怪獣シリーズ然り 「川口浩の探検隊シリーズ」 のような、うさんくさい期待を持ってしまう。

しかし、この手の特撮娯楽超大作を見ても寂しいかな‥  喜んだり感動することがなくなった。
若いときなら、その映画 (物語) にダイブして、すばらしき空想に酔いしれたが、今はどういうわけか、「覚めた目で見ている」 そんな自分に少しガッカリしている。
昔は、そうじゃなかった。
それはつまらないとかじゃなくて、今は映画が豊富にあるから、相対的な楽しみのレベルに慣れ親しみ、時代と年齢にズレがおきたんだと思う。

その傾向、1986年以降、軒並みにビデオショップが町の至る所に開店すると、作品は頻繁化するし、大量生産すれば質を維持することは厳しくなり、文化も様変わりした。
昔見た映画こそ、名画であると思いがちなのは、圧倒的に作品が少なかったからだ。
ボクの中で 「これだ!」 と、素直に感動できる映画も少なくなった。
慣れてしまったことに加え、映画を見る年齢的な色彩調整が変化したとも思える。
それでも、見るのなら、清らかに澄んだ 「シンプルな映画」 を欲したくなる。

近年、ハリウッド映画でも 「ネタ切れ」 が叫ばれているが、その分SFXの傾向は強まる。
そうすると、ドキュメンタリー、ヒューマニズムに、わが身を感動にひたしたいところだが、いい映画とは、後にフッと思い出す映画なんだろうね。

日本が誇る怪獣 「シン・ゴジラ」 を見たいのは、純朴な味わいを取り戻したいからである。

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2016年07月11日

無題雑記 48

10日 テレビをつけたら、行事の軍配が返った。

立ち合い、頭からぶちかまし、一発張り手をかましてからのハズ押しで、一気に土俵際まで持っていく。
「勝負あったな」  軍配が大きく東に上がった今日から、大相撲名古屋場所の初日。
これから15日間、大相撲ダイジェストを見ながら、リビングがボクの正面さじき席となる。

参院選挙の投票日は、少し涼しくなってから、妻と投票所に出かけた。
妻は帯状疱疹が顔に出てしまい、こうして一緒に外出するのは、実に12日ぶりである。
このまま、のんびりと自分たちのペースで萬代橋を歩いて、ゆっくりと本町で買物とお茶を済ませた。

自宅で一旦、開票速報を横目にした後、ひとり自転車でブックオフへ。
欲しい古本があるわけではないが、たまに書棚をあさりに行かないと、掘り出し物を見落しそうでね。
今夜は、ノンジャンルを3冊手にしたので、当分はひまつぶしができそうだ。

そんな、ありふれた日常に、背中を押し続けられているような気もする。
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2016年07月10日

2000

今投稿で、ブログの更新が 「2000本」 となった。
開始年月、8年と2か月ほどながら、駄文は自宅のPCからアップしている。

ここまでの記事はその時の心情の移り変わり、良し悪しではない自由な景色が書き残してある。
また、手探りで書いていた頃を読み返すと、今の感覚で手を入れたくなるから、あまり過去は読まない。
今でさえ、読むに耐えがたいのに、過去を読み返せば、うちひしがれた気持ちになるだろう。 (笑)

こうして文章にしてしまえば、多くのことは終わったようにもなる。
じゃあ、なぜ書くのかと言えば 「生きているから」 としか、他ならない。
しかも、正式に文章を学んだこともないから、庶民感覚のネイティブな雑文、個人の駄文でしかない。

書くことにコツがあるとすれば、上手下手は二の次として、書く、書く‥ 止めずに書くこと。
テーマを固定せず、セオリーは後付けでもいいから、ただ、ただ‥ 前に前に書き進めるだけ。
すると不思議とモヤモヤした気持ちがおちつき、それまで自分も知らなかった自分に出会すことを知る。

大抵のことはさらけ出せるが、だれにも話したことのない奥底の秘密を思い出しては 「あれを書ければ気持ちもスッキリするんだけど」 と、躊躇とためらいが交錯するときもある。
だが、ペン先の公開は慎重にならざる得ないから、個性や感情には責任を持たねばいけないからね。

こんな具合に記憶を描写するのは、自分自身のための 「頭のクリーニング」 でもある。
まあ、一向に思考は上達しないが、日々の再発見の意味では、ブログはリフレッシュできる優れものだ。
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2016年07月09日

おしぼり

梅雨時は、洗濯物が生乾き状態になりやすく、除菌剤と香りつきの柔軟剤を併用することになる。

お店なら、おしぼり。
来店人数を見込んで、同じような下準備をして、ホットボックスで温めておく。

少なすぎると提供のタイミングが遅れるし、常温でため置きしておくと除菌効果が薄れて、蒸れた臭いが発生してくるので、少し神経を使うところでもある。
それに暑いときには、熱いおしぼりのほうが気持ちは良いもんだ。

おしぼりの使い方は、人それぞれに個性が出る。
今は、おしぼりで顔を拭いたついでに、耳の後ろや首まで伸ばす人は少ないもの、手を湿らせたあとの置き場所やたたみ方に、その人が表れるときがある。

無造作に投げ散らかしている人もいれば、きれいに折りたたんで手元に置いておく人もいる。
結露したグラスの底に敷く人もいれば、ランチョンマット代わりに使う人もいるし、几帳面な人になると、いつもカウンターをきれいに拭く習慣の持ち主もいる。

中には、おしぼりで動物を作ったり、お座敷遊びさながら、生々しい 「男根」 を作って場を和ませたり、手持ちぶたさになってきたとき、お茶目な働きをしてくれる。
しかも、巻いた状態のまま、女性が軽く握っていたりすると、アホなことを思い浮かべたりさ (笑)

欧米では、おしぼりを出す習慣はないから、日本文化は用途が広くて柔軟な優れもの。
飲み方や食べ方で、お里が知れるといわれるが、慣れたはずのおしぼりは意外と素が出やすいんだ。

ボクはしばらく目に充てて、右下にたたんで置くようである。
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