2016年04月27日

かわいげ

情報化した社会では、著名人がSNSなどで発信したコメントがすぐに取り上げられ、周りもさらに輪を かけるもんだから、泥仕合の様相を生み出すことがある。

時代の寵児 (ちょうじ)と呼ばれた 「ホリエモン」 の発言は、知で相手を論破できる反面、情の部分で損をするタイプにも思える。

それは、だれもが認める論理的な思考だが、情の世界で 「それは言わない約束」 もあり、その機微を理解できないと、かわいがられないんだ。

彼の魅力は、前提条件を理解しようとせず、ただ精神論でひた走る傾向のある 「団塊世代」 に対し、武器としての理論でバッサリと論破できるから、スカッとすることも多いのも事実だ。

しかし、理論的過ぎてつまらない一面もあり、勝負に全て勝ちたがるタイプとも思える。
世の中 「これは譲っておこう」 「ここは相手の顔を立てておこう」 など 「一日の長」 もある。

そのうち、ディベートで相手を打ち負かすことを快感にしていると思われたら、だれも接しようと思わなくなるもので、コミュニケーションは、グレーゾーンも含まれていることも理解しないといけない。

「かわいげ」 も過ぎると媚びになってしまうけど、人つきあいにおいては意外な効果を発揮する。
どんなに頭脳明晰でも 「かわいげ」 がないと、人から敬して遠ざけられるからね。

選挙がいい例で、普段はユーモアのひとつも言えない堅物の候補者も、街頭演説になるとガラにもない笑顔でアピールしたり、似合わないパフォーマンスもするけど、あれはあれで傾聴をしてもらうためには有効性はあるんだ。

それをわからずに 「無駄は悪いこと」 で育った世代は、せっかくいいことを言っているにも関わらず、拒絶されるどころか、大して記憶には残らないんだ。
時の総理大臣 「田中角栄」 や 「小泉純一郎」 がウケたのは 「無駄話の楽しさ」 だったでしょ。

人の言動が他人にどのような影響を及ぼすか判断する 「メラビアンの法則」 と同じで、無駄を省いた言葉の上手さだけでは、相手には伝わらないからね。

「ビートたけし」 が、何であんなにウケるかって言ったら 「おちゃめ」 も会話の内で、話の中にキチンと 核心があるから、聞きやすいばかりか、話が飲みこみやすい。

単に本質だけを威勢よく理詰めで突きまくるだけでなく、少し回りくどそうだけど、理解するには近道であったりするから、あれこそ頭のいい人ができる 「伝え方の技術」 なんだと思える。

それに 「人は近くにいる人」 「自分と似た人」 を好きになる傾向があるといわれるが 「ホリエモン」はすごいと思うけど、人間的な距離は遠い存在であると感じてしまい 「ビートたけし」 は、まるで近所のおっちゃんみたいで 「この人の前では素直な自分でありたいな」 と思わせてくれるオーラがあるんだ。

だから、同じ伝えるにしても、その 「かわいげ」 の違いは大きいよね。
posted by GIG at 00:00| Comment(0) | TrackBack(0) | Bar & Human | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする