2016年04月07日

すずめ

下町の海辺にほど近い町に育ちながら、今は川の流れが緩やかな信濃川沿いに愛着を持つ。

水辺には、リラックス効果があるから好きだ。
気候がほどよくなると、川辺のベンチでぼんやりとたたずみたくなる。

自転車で川沿いの東岸を走っていたら、初老の男性がベンチに座りながら、ハトにエサを与えていた。
ボクも以前、ベンチに座って西岸の景色を眺めていたら、ハトが2羽足もとに近寄ってきたことがある。
人に慣れてはいるようだが、エサになるものは持ち合わせてなく、自然と離れていくハトを見ていたが、エサを与えたくなる人の気持ちはよくわかる。

近所の猫やハトに無責任な餌付けを続けて、地域問題になっていることがある。
それは愛情かといえば、その答えはない。

小学校へ登校するとき、見た光景がある。
老人が朝方に自宅の垣根に米を数粒置いておくと、やがて 「すずめ」 がどこからか飛んでくる。
すずめは警戒心の強い鳥で知られるが、窓辺から米をついばむ様子を見て心が癒され、慣れた頃には話し相手にしていた姿があった。
老人が米粒にこめた気持ちはわからなかったが、この年齢になるとわからぬままにもしみてくる。

人はだれもが平等であるは建前だ。
だけど動物はエサを与えておけば、こんな自分にもなついてくれて、その愛情を裏切ることはない。

貯金を切り崩して、年金で生活をまかなう身の丈の老人にとっては、それが残された小さな生きがいだったりして、生きていく上では孤独は宿命だと思えるが、社会が孤立無援にしたらダメなんだよな。

ハトにエサをやっている老人の姿を横目にしたら、幼きころに見たすずめを待つ老人を思い出した。
posted by GIG at 00:00| Comment(0) | TrackBack(0) | Diary & Social | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする