2016年04月08日

ソメイヨシノ

夕方、朝霞の伯母に電話をかけると、その一声に違和感を持った。

「どうしたの」 と聞くと、固定電話に不審な電話が入ることがあるという。

以前、身内を装う不審な電話があってから、ボクに確認をする手はずにしているので、そんなに心配はしてないが、なにぶんにも高齢者のひとり暮らしだ。

体調がよくないときでも、家事をしているときだろうが、たくらみに遠慮はないから、健康状態においては迷惑この上ない、時なる犯罪行為である。

本来の固定電話は高齢者の命を守るホットラインのはずなのに、その固定電話に疑惑の眼差しを向けなきゃならないんだから、皮肉な世の中になったもんだ‥

話を変えて、老朽化した団地に住む伯母の楽しみは、窓から見える桜の開花だという。

関東では、花は散ったようだが 「今年もまた見れたわ」 とため息ひとつ。
春夏秋冬、高齢者は風情を生きる糧にして、余生を暮らしているんだ。

そうだ、ボクの部屋から見える 「ソメイヨシノ」 は、去年の開花を最後になぜか半分に伐採された。
春の時計台の代わりにしていたが、木にも樹齢があることを今さらながら感じた。

知るところによると、ソメイヨシノの寿命は60年〜70年ほどらしい。
その間、用地開発や自然環境、伐採の理由もあろうから、間近で見る桜の開花は奇跡の賜物である。

暮らす場所は離れていても、おたがいの窓辺から 「ソメイヨシノ」 を眺めて、遠くを思い合っていれば、桜が気持ちをとりもっている気がする。
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2016年04月07日

すずめ

下町の海辺にほど近い町に育ちながら、今は川の流れが緩やかな信濃川沿いに愛着を持つ。

水辺には、リラックス効果があるから好きだ。
気候がほどよくなると、川辺のベンチでぼんやりとたたずみたくなる。

自転車で川沿いの東岸を走っていたら、初老の男性がベンチに座りながら、ハトにエサを与えていた。
ボクも以前、ベンチに座って西岸の景色を眺めていたら、ハトが2羽足もとに近寄ってきたことがある。
人に慣れてはいるようだが、エサになるものは持ち合わせてなく、自然と離れていくハトを見ていたが、エサを与えたくなる人の気持ちはよくわかる。

近所の猫やハトに無責任な餌付けを続けて、地域問題になっていることがある。
それは愛情かといえば、その答えはない。

小学校へ登校するとき、見た光景がある。
老人が朝方に自宅の垣根に米を数粒置いておくと、やがて 「すずめ」 がどこからか飛んでくる。
すずめは警戒心の強い鳥で知られるが、窓辺から米をついばむ様子を見て心が癒され、慣れた頃には話し相手にしていた姿があった。
老人が米粒にこめた気持ちはわからなかったが、この年齢になるとわからぬままにもしみてくる。

人はだれもが平等であるは建前だ。
だけど動物はエサを与えておけば、こんな自分にもなついてくれて、その愛情を裏切ることはない。

貯金を切り崩して、年金で生活をまかなう身の丈の老人にとっては、それが残された小さな生きがいだったりして、生きていく上では孤独は宿命だと思えるが、社会が孤立無援にしたらダメなんだよな。

ハトにエサをやっている老人の姿を横目にしたら、幼きころに見たすずめを待つ老人を思い出した。
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2016年04月06日

上司と部下

日付が変わった4日 飲んだ帰りのタクシーで、あたりさわりのない会話をドライバーと交わした。

先週末は歓送迎会などで、新潟の夜は賑わっていたが、さすがに日曜は静寂だった。
まだ、新人社員の歓迎会など続くであろうから、もうしばらく街中が活況づくとうれしい。

この10年ほどで、若者がお酒を飲む頻度が激減した。
仕事が終われば、家でSNSやゲームをいそしみ、イヤなことがあれば悪口でもつぶやいてるのかな。
「オレは違うぜ」 と骨太な若者もいると思うが、世間の流れとしては間違ってはいないであろう。

そんな新人歓迎会の一次会は一次会として、今どきの二次会はどこに行くのかな。
解散、または次も居酒屋、それともカラオケボックス、果てはファミリーレストラン‥ なんじゃそりゃ。
最近では、牛丼店で二次会もあるらしく、もう流れは何でもありだよな。
だけど、最初に連れていかれたところは、生涯の記憶として残るから、油断するなかれ。

ボクが新人の頃、思い出せる場所の一つに、大宮駅前のビジネスホテルの地下ラウンジがある。
そこは生バンドつきのいわゆるクラブで、ステージ上でピンスポットを浴びて歌えるフロアー。
しかも、われわれ零細企業だったから、支店長と事務の女性とボクの3人だけの二次会だった。

記憶をたどって、切り出して行こう。
ステージ上では、ロングヘアーでドレス姿のMCのお姉さんがサイドについて、曲紹介をしたり手拍子を贈ってくれるんだけど、逆にそれが恥ずかしいったらありゃしない。
それに1番と2番の間奏で間が持てなくて、真っ赤な顔をして下を向いていると 「さあ、がんばって」 と言われ、タンバリンを振られるんだけど、できればそっとしておいてくれたほうがありがたかった。

それに浅い時間だったこともあり、閑散と広いフロアーには、ボクら3人だけが独占していた。
支店長は 「志賀 勝」 しか歌わないし、同い年の事務の女性は 「松田聖子」 ばかりだし、ボクは 「近藤真彦」 で場をつなぐが、次の客が来ないから、延々と3人が交代でステージに上がっていた。
さすがにお姉さんもバンドマンも、内心は 「カンベンしてくれ」 と思っていたに違いないけど、ボクらは 不粋でもワルノリしているつもりはなくて、セット料金以外に一曲いくらで加算されていたはずだ。

それが証拠に数日後、支店長は本社の経理部にそのときの領収証の金額のことで、必死に電話口で釈明していた朝の姿があった。

あの日があって3人の結束感が増し、その1年後に支店長が元々の実力を別な世界で試すことになり、大宮支店は閉鎖されボクは新潟支店に配属されたが、志はそこにあらず22歳で2回目の転職をした。

現在、神奈川県の藤沢市に住む76歳になった支店長とは、今も年賀状と電話挨拶を欠かしてないが、今年の正月は電話口で 「不摂生がたたってよお」 と笑って自戒しながら 「ああ、支店長らしいな」 と毎年変わらぬ個性を感じながらも、30年前の濃かった1年を思い返していた。

そんなわけで、上司とのつきあいや歓迎会の類は、後々いい思い出となり、素直に胸襟を広げた方が、おたがいにいい仕事もできるので、大切にしたほうが充実すると思う。

若手時代の感覚で言えば、逃げるから相手にされなくなるんだよ‥  言いたいことはそこである。
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2016年04月05日

春キャベツ

時節の中で、桜は春の代表格なので、それ以外の風物や旬の食材は話題として取り上げられにくい。

ゆえにボクは 「春キャベツ」 を語る。
日曜の一軒目で、先客が春キャベツに味噌をつけて食べていたので、店主に同じものを注文した。

春キャベツには、塩や醤油も合うが、やっぱり味噌がいいな。
それと芯の部分がやわらかいだけに、甘みが豊富で食指が止まらなくなる。

キャベツつながりで、無性に食べたくなるのは、辛子味噌で炒めた回鍋肉。
同時に白飯も食べたくなるので、また一段と腹回りがふくよかになってしまう。

ならば、オリーブオイルをかけようかなど、満足に料理も作れないのに、頭の中では妻にリクエストすることばかり考えている、無遠慮なボクがいる。
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2016年04月04日

無題雑記 35

飲んで朝帰りした4日。

息抜きの時間は、自分へのご褒美にしておく必要がある。

個人事業主は字のごとく、会社とは切り離された存在であるから、その職業選択はどうあれ 「個」 を  楽しめないとやっていけない。

会社なら、仕事帰りに会社用語で交われる連れもいるが、個人ではそういう連れは少ない。
そのぶん、気が合う人とつきあえるし、ストレス解消にもなるから、それだけでも働く活力が生まれる。

午後はゆっくりとしていられた。
霧がかった雲におおわれ、小雨も降り続く空の下、酔い覚ましになる一杯目のコーヒーが美味しい。

週の初日は、晴天よりも雨天の方が好きだ。
それも風が吹かない、小雨がシトシトと降る街を、傘をさして歩くだけで気分はすこぶる。

今は、桜がタイミングよく、日曜に満開になることを祈っている。
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2016年04月03日

いかのおすし

最近、児童の身を犯罪から守る、いわゆる 「いかのおすし」 という標語を知った。

知らない人に声をかけられてもついて 「いか」 ない。
知らない人の車には 「の」 らない。
それから、うーんと‥ 「お」 おきな声で 「す」 ばやく、周囲の人に 「し」 らせる。
これらをまとめて 「いかのおすし」 と簡略して、自らの身を守る安全指導をされているのだとか。

数日前の社会ニュースでは、面識もない少女を誘拐して、自宅で2年間も拘束していた、23歳の男が捕まった事件が大きく取り上げられていた。

今は地域の防犯も機能していないから、変質者が普通になりすましやすい環境にある。
言葉を巧みに使い、時には不安につけこんだり、不幸な作り話で気を動転させたりする。
その顔は、至極まっとうのように見えるが、よーく見るときっと目だけは笑っていないだろう。

つまり、いつの世の中も悪の顔で近づくことなく、むしろ普通を演じて近寄ってくるから厄介である。
しかも、自らが犯している悪行に、自らが気づいていないから始末に困る。

それが証拠に、これまでの誘拐犯が素直に 「ごめんなさい」 と謝ることはないし、謝って許せることじゃないんだけど、謝れないというのは、人間として根本的に欠陥があるように思える。
揚げ句の果てには 「社会が悪い」 と犯行動機をすりかえるでしょ。

そういう事件が後を絶たないから、少し関心を持って声をかけたり、見守るべき規範を持とうとしても、 周囲の目が 「子どもに声をかけるのは誘拐犯か変質者」 になるから、おちおち声もかけられない。

普通は外で泣いている子がいたら 「どうしたの」 ぐらいは常識的に声をかけるが、それをした瞬間 「いかのおすし」 を思い出され、大声をはりあげられたんじゃ、たまったもんじゃねえわな (笑)

世の中には 「何かおかしいぞ‥」 と思うこともあるが、味方までも敵方あつかいされたり、さもすれば 安全と危険の境界線も、むずかしい社会なのかもしれないね。

ボクも初老になったら 「いかのおすし」 を思い出して、わが身を守ることにする!
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2016年04月02日

無題雑記 34

1日 先週からバスのダイヤが変わり、いつもより早く自宅を出て、療養病院に向かうこと片道50分。

風は冷たかったが、街の雰囲気は春めいており、行き交う人たちに初々しさを感じた。
オフィスビルを見渡すと、館内を案内されている若い小集団、OJTを受けていると思われる新人社員。
新メンバーとのミーティング、会社に営業車が多く止まっていることから、新年度のあいさつであろうか。

街角で信号待ちをしていると木や花ないし、新潟特有の西風に乗ってくる潮の香りなど、幾重の薫りが交じり合い 「風薫る」 とはこのことであろう。
花粉症ではないので、やや匂いには敏感なのかも。

春秋、気分転換に新しい香水を軽くつける。
若者が好む柑橘系は避けたいし、お線香のような煙いトップノートもイヤだし、少しチョイスがむずかしい年代ではあるが、迷ったときは 「エンポリオ・アルマーニ」 にしている。

朝刊の折込チラシの量が多かった。
週末は新生活用品を求めに、多くの人はホームセンターへ行くのであろう。
その点、わが家はモノを買わない生活に切り替えたので、最小限であれこれ欲しがることはない。

その分、少しの交際費に幅を持たせている。
ひとりのとき、夫婦のときもあれば、学生時代の仲間、その時代で親しさや集う個性も変わる。
交際範囲を広げるつもりはないけど、やっぱり酒がないとつまらないものである。

だけど、酒の量には年齢や個人差がある。
飲めないことを気にして、世間とのかかわり合いに委縮して、場を避けているのはもったいない。
飲めなくても引け目を感じず、その輪に入って楽しめることは個性だと思えるし、自分が飲めない分、 他の人にお酒をさりげなく勧めてくれるんだから、実はお店にとってはいいお客さんなんだよな (笑)
まあ、人は酔いを通じて和らいでいく性質もあるから、飲んで味方を増やす交友術もあるからね。

これからの人生、耐えうるべき覚悟は孤独かも知れないが、持つべきは利害関係に執着することのない誠実な人間関係と、普通に食べて暮らしていけるだけの少しのお金じゃないかな。

「断捨離」 はするが 「交際費」 には代え難いものがある。
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2016年04月01日

無題雑記 33

31日 ボクが目を覚まさないように、妻が物音に気を遣いながら、部屋の掃除をしていた昼下がり。

もうベットの中で目覚めていたのだが、掃除機の音がキリよく止まるまで少し待っていた。

ケータイの着信メールを開くと、三年ぶりの転勤で、新潟市を離れることになったSさんからだった。
今日赴任先へ引っ越し、早速明日から勤務がはじまるようで、略式のあいさつ文も添えられていた。

「気を楽にして、いいこともたくさんあるから」 と返信した。
会社の暦上、今日が決算の締日で明日から新しい期に突入するので、人の気分もまちまちであろう。

センバツ高校野球の決勝戦は好ゲームの末、奈良の智弁学園が香川の高松商業を延長11回「2−1」サヨナラゲームで下し、初優勝を決めた場面を見てから、外出前のシャワーを浴びた。
一発勝負は何が起きるかわからないし、実力が拮抗してれば、クレバーな方が制するのがスポーツだ。

24歳の頃、ネクタイをハチマキにして、新宿歌舞伎町のバッティングセンターで大声をはりあげて空振りばかりしていた姿は、とてもクレバーには似つかわしくなかったが (笑)

東京で何をしたいのかわからなくなり、やみくもに汗を流して気持ちをまぎらわせたく、若さゆえの飢えと渇きを満たす自慰同然、その行動は恥ずかしながら高校生並みであった。

消したい過去はないが、こうして気づけば 「50歳」 越えだから、月日が経つのは早くても困る。
最近、年齢相応な会話も多くなってきた。

先日、中学時代の女子のクラスメートが、近くのホテルで会合のあと、店にひとりで顔を見せてくれた。
話すことと言えば、更年期障害や夫婦関係、仕事と家庭の両立など、現実的なことに終始してしまう。
今宵も答えを求めちゃいないから、何となくおたがいの立ち位置を確認し合っている感じだ。

それに半世紀も生きてりゃ 「隣の家の芝生の色」 なんて、どうでもよくなる。
人は知識がありすぎることで考えすぎたり、いつまでも人と比べて生きる人生を歩んでいたりしすぎると 「バカ」 になってしまうからね。

身の丈に合った日常でいいし、せまいわが家で 「じゃま、じゃま‥ シッ、シッ!」 と、妻から掃除機の先端で部屋のすみに追いやられている方が、どこかホッとした気分になれるもんだ。

日付は変わり、今日1日は父親が余生を過ごしている病院へ面会に出かける日だが、今春も穏やかな気持ちで 「桜の開花」 を見れそうである。
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