2016年04月30日

2016 May

ジャズとウイスキーを愉しみ、大人の時間をくつろぐ空間

< 5月 定休日 > 1日 (日) 5日 (木) 8日 (日) 15日 (日) 22日 (日) 29日 (日)

GW期間中 3日 (火) 4日 (水) 通常営業いたします。  

住所     新潟市中央区 東大通2−9−5 
電話     025−247−1644
営業時間   19:00 ⇒ 26:00 (平日・祝日) / 27:00 (週末・祝前日)
定休日    日 曜 (連休の場合、後日に振替) 
客席数    カウンター10席  ボックス席あり (電話予約をお勧めします)

 取扱いメニューの一部をご紹介いたします

 【チャージ】  ¥600 

 【ビール】 ・ハートランド ・クワーズ ・コロナ ・ギネス ・シメイ ・デュベル ・ヒューガルデン 他

 【アイラ】 ・ラフロイグ ・カリラ ・ブナハーブン ・アードベック ・ラガヴーリン ・ポートシャーロット 他

 【スペイサイド】 ・クラガンモア ・マッカラン ・グレングラント ・ロイヤルロッホナガー ・ダルモア 他 

 【ハイランド】 ・グレンモーレンジ ・タリスカー ・オーバン ・スキャパ ・グレンドロナック 他

 【ローランド】 ・オーヘントッシャン ・トバモリー ・グレンキンチー ・レダング 他

 【キャンベルタウン】 ・スプリングバンク ・ヘーゼルバーン ・ロングロウ 他

 【スコッチ】 ・デュワーズ ・シーバスリーガル ・バランタイン ・オールドパー ・グラント 他

 【アイリッシュ】 ・ブッシュミルズ ・ジェイムソン ・カネマラ ・ターコネル ・ダニーボーイ 他

 【バーボン】 ・ブッカーズ ・ベーカーズ ・ノブクリーク ・バッファロートレース ・エズラブルックス 他

 【ジャパニーズ】 ・知多 ・余市 ・宮城峡 ・伊達 ・山崎 ・白州 ・響 ・イチローズ 他

 【カクテル】 ・ミントジュレップ ・ゴッドファーザー ・ラスティネール ・ロブロイ ・アレキサンダー 他

 【フード】 ・オリーブ ・オイルサーディン ・ピクルス ・レーズンバター ・ピザ ・パスタ 他

                              メニュー表 ご用意しております。
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2016年04月29日

空想旅行

28日 降水確率90%の寝覚めは、12時40分。

気温は19℃、雨は静かな立て降りなので、外出をしやすい日だった。
毎週、父親の療養病院へ面会に行くことが、最後の奉公だと思っている。

雨日のわりには、バスの乗客が少なく、道路の交通量も空いていた。
心なしかスーパーの買い物客も少なく、生鮮食品の品出しも加減をつけている様子。
また、雨天の買い物は荷物がかさばるので、駐車場完備のスーパーへ自家用車を出す人も多かろう。

さあ、10連休のはじまりである。
交通渋滞の予想ピークは29日と3日で、一週間予報によるとハッキリしない天気が続くらしい。
今夜、ゴールデンウイークのファンファーレが鳴ったかのように、解放感に包まれた店内だった。

もし、ボクが10連休とれたら、腕時計を外すであろう。
欲求にならえば、サイパンの浜辺でハンモックに揺られながら、ボサノバを聴いて過ごしたい。
夜はホテルのプールサイドに場所を移し、バドライトを飲みながら、静かな会話を楽しむんだ。

海や空を満喫する遊びはおちついたし、理屈とはちがう感性で、何もしない時間に魅力を感じる。
年々、過ごし方はシンプルになるし、休みだから海外旅行だの、ぜいたくに固執しなくなるもの。
他人からしたら、つまらなく思われそうだが、半世紀という節目がけじめをつけたのかもしれない。

数行書いただけで、好きだったサイパンに出かけた気分にひたれるから、原価ゼロの空想旅行だ。
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2016年04月28日

無題雑記 36

目覚まし時計を4回止めて、セットした時刻の15分遅れで起床した27日。

ベッドの中では、夢見心地の状態が、すこぶる気持ちがいい。
一瞬、窓に吹きすさぶ強い風の音を感じながら、これからの予定を頭の中で整理する。
大した用事があるわけではなく、起きがけの習慣にしかすぎない。

適当にテレビをつけた。
東京都の舛添知事は週末になると、神奈川県の湯河原の別荘で過ごしていることを、一部のマスコミにすっぱ抜かれ、立場上の危機管理意識が欠落していると、自称 「有識者」 に問われていた。

バカバカしい‥
求められていることは、24時間の緊急体制のもと、有事の判断を間違わないのが責務のはずなのに、その際、現場に早く到着することが知事の仕事ではあるまい。

じゃあ、副知事や周辺参謀は、田んぼの真ん中に突っ立っている、案山子 (かかし) なのかよ。
本質を取り違えているだけでなく、作為的な感情論を好みがちな、日本人のチャンネルはおかしい。
マスコミの行政監視は認めるけど、ああいう 「あら探し報道」 を見せられると、最近はうんざりである。

夕方の買い出し前後、コーヒーショップを利用することがある。
その際、本を読みながら、20〜40分ほど過ごす時間の中に、平日の気分転換をはかっている。
思えば、深夜に看板を消して、飲みに行ける店はないので、開店前に気力をチャージしているんだ。

個人的な酒のアテ用に、また 「ほたるいか」 を買った。
調理法は酢味噌であえるのが好きで、旬を食べ逃すことはないが、もしボクが富山湾を遠泳してたら、ほたるいかの大群に襲われそうだ。

そろそろ、GWの営業日をインフォメーションしなければならない。
個人的に気軽に遠出できない理由もあるが、いつも通り看板を灯して、お客さんと他愛のない会話で、まったりと過ごしているほうが、妙にホッとくつろげたりしてね。

まあ、どこか一日ぐらいはハメをはずしたいとは思うが、連休中はブルーな気分で過ごしているから、 だれかうるおいを与えてくれ (笑)  
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2016年04月27日

かわいげ

情報化した社会では、著名人がSNSなどで発信したコメントがすぐに取り上げられ、周りもさらに輪を かけるもんだから、泥仕合の様相を生み出すことがある。

時代の寵児 (ちょうじ)と呼ばれた 「ホリエモン」 の発言は、知で相手を論破できる反面、情の部分で損をするタイプにも思える。

それは、だれもが認める論理的な思考だが、情の世界で 「それは言わない約束」 もあり、その機微を理解できないと、かわいがられないんだ。

彼の魅力は、前提条件を理解しようとせず、ただ精神論でひた走る傾向のある 「団塊世代」 に対し、武器としての理論でバッサリと論破できるから、スカッとすることも多いのも事実だ。

しかし、理論的過ぎてつまらない一面もあり、勝負に全て勝ちたがるタイプとも思える。
世の中 「これは譲っておこう」 「ここは相手の顔を立てておこう」 など 「一日の長」 もある。

そのうち、ディベートで相手を打ち負かすことを快感にしていると思われたら、だれも接しようと思わなくなるもので、コミュニケーションは、グレーゾーンも含まれていることも理解しないといけない。

「かわいげ」 も過ぎると媚びになってしまうけど、人つきあいにおいては意外な効果を発揮する。
どんなに頭脳明晰でも 「かわいげ」 がないと、人から敬して遠ざけられるからね。

選挙がいい例で、普段はユーモアのひとつも言えない堅物の候補者も、街頭演説になるとガラにもない笑顔でアピールしたり、似合わないパフォーマンスもするけど、あれはあれで傾聴をしてもらうためには有効性はあるんだ。

それをわからずに 「無駄は悪いこと」 で育った世代は、せっかくいいことを言っているにも関わらず、拒絶されるどころか、大して記憶には残らないんだ。
時の総理大臣 「田中角栄」 や 「小泉純一郎」 がウケたのは 「無駄話の楽しさ」 だったでしょ。

人の言動が他人にどのような影響を及ぼすか判断する 「メラビアンの法則」 と同じで、無駄を省いた言葉の上手さだけでは、相手には伝わらないからね。

「ビートたけし」 が、何であんなにウケるかって言ったら 「おちゃめ」 も会話の内で、話の中にキチンと 核心があるから、聞きやすいばかりか、話が飲みこみやすい。

単に本質だけを威勢よく理詰めで突きまくるだけでなく、少し回りくどそうだけど、理解するには近道であったりするから、あれこそ頭のいい人ができる 「伝え方の技術」 なんだと思える。

それに 「人は近くにいる人」 「自分と似た人」 を好きになる傾向があるといわれるが 「ホリエモン」はすごいと思うけど、人間的な距離は遠い存在であると感じてしまい 「ビートたけし」 は、まるで近所のおっちゃんみたいで 「この人の前では素直な自分でありたいな」 と思わせてくれるオーラがあるんだ。

だから、同じ伝えるにしても、その 「かわいげ」 の違いは大きいよね。
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2016年04月26日

Blue Week

4月も実質、あと3日間となり、5月の稼働は、9日からであろうか。

待望のゴールデンウイークと言いたいところだが、あいにくボクは昔から大型連休が嫌いだ。
個人的に、ゴールデンウイークならぬ、毎年 「ブルーウイーク」 なのである。

今年のGWは、5月2日と6日に休日をぶちこめば、最大10連休になるけど 「そんなに休んで、何しているのかな」 と思ってしまうあたり、ボクは貧乏性なのだろうか。

当番制の出勤日もあろうが、大して電話も鳴らず、閑散としたオフィスで 「ネットサーフィン」 している休日出勤が関の山だろう。

周りが休んでいるとき、自分だけ本気でがんばる人はそうそういない。
元気よく 「得意先へ行ってきます」 と言っても、海沿いの駐車場で 「フンガー」 と寝ていたリさ。
休日出勤なんて体裁はいいけど、半分以上の人は 「身はあれど、心そこにあらず」 じゃないのか。

それに率先して休日に出勤すると、変な誤解をされてしまうもの。
そのうち、会社の書類をかき回しはじめたり、同僚のデスクの引き出しを開けてみたり、本筋とは異なる行動をしていたりするもんだ。

会社は休みだが、ヒマがもたらすたくらみがうごめき、出来心が生まれるのが、大型連休の正体さ !
5月9日の朝、あなたのデスクまわりに、休み前とは違う何かを感じるであろう‥ 

だから、ゴールデンウイークは、5月病を引き起こす、悪のシステムなのである  ( `ー´)ノ
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2016年04月25日

Polis Man

週末、G7 (農相会合) の警備のため、万代周辺は警察官だらけで、物々しい雰囲気が続いていた。

近年、頼りなさそうな目をした警官が多くなったが、もう少し眼光に力があっていい気もする。
チンピラ風情の 「ガン飛ばし」 とは違い、目の奥にひそむ 「凛とした闘志」 とでも言おうか。

ボクのスポーツ歴は 「ヘボ柔道」 だけど、道場の合同稽古で、警察官志望者も参加していた。
経験がなければ、立っては投げられ、寝ては押さえられ、極められ、締められ‥  ボロ雑巾になる。

そのうち、あっちが痛い、こっちが痛いと言い出して来なくなるが 「しごき」 「特訓」 なんてものでなく、基本的な反復練習のあとに行われる、乱取り稽古の一環でしかないのだが。

一緒に稽古をしながら 「この人、本当に警官になるのかな」 と思わざる得ない、弱々しい目をした  道場生もいたけど、これから法律を学ぶよりも、ノンキャリアなら実戦で資質や意気地がわかる。

警察は治安維持の立役者だから、必要不可欠は使命感のある強さで、眼光は勇ましくあるべきと思う。

出どころは同じ汗を流した分、警察に敬意こそ持っているが、プライドを失った警官に魅力はない。
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2016年04月22日

ナチュラル

「意外だな」 と思いながら、そのランニングフォームは、最近はじめたことじゃないのはわかった。

午後2時、バスの窓から、今年で50歳になる、旧知の飲食店オーナーがスポーツウェアを身にまとい、サングラスをひたいにかけながら、淡々と 「ランニング」 している姿を見かけた。
年甲斐もなく、後部座席から手を振っても、気づかないほどの入れこみようであった。

トレーニングは、根気がいる。
車に例えるなら、初心者はギアが重いから、心肺機能や筋肉が悲鳴をあげるけど、持久力がついて  苦痛が薄れてくれば、肉体の性能はオートマチック運転できるようになる。

42歳のとき、万代のスポーツジムへ、5か月ほど通った。
当時 「85キロ」 の体が重くて、4か月の自主トレーニングで減量前の下地を作り、1か月で一気に 「73キロ」 まで絞りこんだ。

最初の3か月は、地道にトレーニングを繰り返すしかない。
当然、ギアが重くてどうしようもないが、肉体に感覚を覚えこませ 「サーキットトレーニング」 に重点を移してからは、スタミナとスピード、少しパワーがついたことも実感できた。

こうなれば、体をオートマチック運転できるから、トレーニング中 「スーパーで何を買おうかな」 とか、別なことを考えられる余裕さえ生まれてくる。
ランニングと同じで、自動運転できるところと、ハンドリングを必要とする、コツがわかってくるんだ。

精神的な部分も影響してくるが、上級者なんかを見ていると、年齢に応じて肉体を賢くする充実感に、 よろこびを得ているどころか、トレーニングを生活の基本にしているようであった。
その点、ボクの動機なんて、青春の搾りカスみたいなもんだったから、ジムの閉鎖とともにやめた。

正直、50歳も過ぎれば、スポーツのやり方においては、ムダに肉体を痛めつけていることもある。
ボクは、もう体を鍛えるつもりはないし、健康維持も 「ナチュラル」 なままでいい。
健康不安はキリがないから、いっそのことあれこれ考えず 「あるがまま」 に身をゆだねている。

妻は相変わらず 「へんてこりん体操」 をしているが、ボクは 「街中サイクリング」 をして、昼下がりはカフェイン、夜はアルコールを補給していれば、体調管理はゴキゲンである。
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2016年04月21日

無償の品格

連日、熊本地震の関連ニュースが、速報として伝わってくる。

考えるべきは、正確な情報を得た上、被災地への想像力かと思える。

優先は人命救助で、直情的に動かれたら困るし、そんなとき臆面もなく絆を説く人の気が知れない。
「今はそんなときではなく、現実を見るときだろ」 とも言いたくなる。

被災者の辛さは、仮に何百人亡くなろうと大切な人を一人亡くした、悲しみの方がよほど深い傷なのに、それを表に出さずに黙って助け合っていた姿に心を打たれたのが、あの東日本大震災だった。

そういうとき 「歌や笑いを届けて勇気をあたえたい」 と叫ぶ人は、震災の解釈がおかしいと思えるし、復興支援は5年、10年と続く活動になるから、当初は募金、おちついてから、よきにはからえでいい。

現実問題として 「ライフライン」 と 「最低限の衣食住」 が整ってから、ようやく心から笑えるように  なるんだから 「元気の押し売り」 も考えモンだよな。

テレビのバラエティーも自粛すべきと問われているが、そこまでの自粛は必要ないだろう。
見たければ見ればいいし、見たくなけりゃ見なくてもいいだけの話で、別に規制されることではないし、人なりの倫理で判断すればいいだけのこと。
そうしないと共感に値しないと言うのは、共感に名を借りた 「エゴ」 に近いかと思う。

日本人は集団になると、感傷的になりやすい。
共感性の部分では間違ってはいないが、いつまでも引きずりやすい傾向があるんだ。

ボクは一個人として、その間違いに気づいたのは、2004年の10月23日に起きた新潟県中越地震。

それまで毎年11月には、震源地からほど近い、小さな温泉宿へ夫婦で出かけていた。
しかし 「こんなとき、のんきに温泉なんて入れない」 と余震の心配もないのに予約をキャンセルした。

ここで考え直すべきは、現地は風評被害も含めて、個人事業主は死活問題にも陥っており、来てもらうことが一番の活力と支援なのに、ボクは感傷的になり、肝心なそこを理解していなかった、当時39歳。

被災地を思うことは大切だけど、実体支援の方がもっと大切であることに気がついた。
こうして、あらためて、1月に予約を入れ直した。

その考えで行けば、東日本大震災でも、安全なのに風評被害で苦しんでいる土地の農作物を買うとか、おちついた頃に見識を兼ねて観光に行くなど、時間と余裕があれば、それも立派な復興支援である。

それを物資が不足していると思いこんで、ボロボロのクソパンツをダンボールにぶちこんで送ることは 支援じゃないし、被災地はリサイクルショップじゃねんだぞ。

まして、ギターを背負って歌を聴かせたいとか、お笑いで笑顔にしたいなど、一体どういう了見なんだ。
今やろうとしていることは、早朝の枕元で 「勝手にシンドバット」 を歌おうとしているようなもんだ。

悲しみにうちひしがれている人が立ち上がることを、温かく見守るのもひとつの方法であり、それを理解できなければ、声高らかに絆を口にする資格はないんじゃないか。
それが、私的なSNSに投稿するための行動なら、無責任極まる偽善行為である。

それなら、情報を冷静に受け止めて行動するか、募金一つの方が、現地はよっぽどありがたいわけで、ボランティアも含めて、良いことは宣伝せずに隠れてすることが、本当の思いやりじゃないのかな。
そういうのが、奥ゆかしさであり、自分がやったことを吹聴することはないんだ。

絆を声高らかにしている人に、ボクならこう切り出すかも知れない。
「本当にその気持ちがあるんなら、被災した家族をしばらく、君の家に泊めてあげなよ」 と‥
それが、究極の絆と人助けだし、そこまでできたら、本物だと認めて君に謝るよ。

やるんなら、それぐらいの気概と覚悟をもたなきゃダメなんだよな‥   オレはできないな。
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2016年04月20日

Mimosa 2

街中はすっかりと桜の花びらが散り、これからは新潟を象徴する 「チューリップ」 が見ごろとなる。

毎年、桜と入れ替わるように、萬代橋の歩道には保育園児が育てたチョーリップがプランターで並ぶが日曜の強風で少しダメージを受けているようにも見えた。

花言葉を語る、ロマンチズムはないが、チューリップは 「素直」 を意味すると聞いたことがある。
その彩り 赤 白 黄 とあるが、白の花言葉は 「失恋」 を意味するらしく、繊細なタイプには贈ってはいけないのだとか。
そこまで考えて贈る人はいないだろうが、女心に明るい人に言わせれば、それも恋愛のかけひきらしく、天性の攻防らしい。

日曜の夜、妻がオーダーした 「ミモザ」 は、花の名称からついた食前カクテルで、花言葉を調べると 「秘密の愛」 とかで、おたがい初めて知ったこと。
正式なレシピは、シャンパンのオレンジジュース割りだが、シャンパンはショットで口開けできないから、たやすく提供できないし、仮に提供したとしても、街場のバーでは少しプライスアップになる。
ホテルだから飲める、代表的なカクテルなんだ。

正式ではないが、ミモザに似せたカクテルもある。
気分だけでも、手元に鮮やかな黄色を置きたいのなら、シャンパンの代わりにソーダを満たせば形式上ノンアルコールカクテルとして、ムードを壊さずに過ごせる裏レシピにもなる。
あのミモザは、キチンとシャンパンで割った本物であるが、花もカクテル同様に彩りを楽しむことは共通しているよね。

今夜 19日 妻の誕生日だった。
お店と長い人間関係になってきた 「Cーちゃん」 から、色鮮やかなフラワーアレンジメントが届いた。
いつも温かいまなざしを向けてくれるから、ボクにとっても特別な存在なんだ。
当面、甘い香りが満ちる夜が続きそうだ‥ 妻に代わって 「ありがとう」 心からお礼を申し上げます。

カラフルなお花をいただいたイメージをメロディーに託すなら、女性ジャズピアニスト 「妹尾美里」 の 「ローズバット」 (バラのつぼみ) が、自然と頭の中から鳴り響いてきた。
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2016年04月19日

神の存在

いやはや、この年齢になって、街中で 「神を信じますか」 と声をかけられるとは思わなかった。

今は、神は神でも、こっちの 「髪」 のほうが、心配なのにさ‥

20代の頃、街中でアンケートに答えたら、新興宗教の集会所に連れていかれたり、知人宅に食事へ 招かれたら、数人に取り囲まれて何かの勧誘がはじまったり。
原宿を歩けば、絵画を買わされそうになるわ、上野を歩けば、自衛隊に入隊させられそうになるし。

あの頃、よっぽどお人好しな顔をしていたのか、次々と声をかけられるんだよな。
あんまり人を疑わなかったけど、目的がわかればハッキリさせるから、その先の世界は知らないんだ。

今は笑顔で近づいてくるのは、選挙期間中の候補者ぐらいで、ここ何年かはネコにも無視されている。
それなのに 「神を信じますか」 と、近寄られてもなあ‥

人の見方には 「性善説」 と 「性悪説」 の両面あるが、どっちなのか単純なことではない。
神とは、性善説の象徴めいたところがあり、何か悪さをしても悔い改め精進すれば、だれでも救われる都合のいい曖昧さもある。

また、神の存在が人の自由を奪うこともあるし、そのくせ 「神様お願いします」 と無意識に拝んでいるんだから、宗教たり得るというか、何だかよくわからないよね。

ボクが思うに、生後まもない赤ん坊は 「善」 であり、生きていくために 「悪」 となってしまい、死期を悟ったとき 「善」 に回帰するのが、自然のプロセスなんじゃないかな。
性善説で命を授かり、性悪説で生きて、性善説で死ぬことで、心のモヤがスッキリするような気がする。

つまり、生きる動機の中で、悪が混じりこむのだろうし、人間は動物を殺めて生きる必要悪なんだ。
生き抜くための黄金比で考えれば 「性善説7割」 「性悪説3割」 が、精神バランスはとれるだろうし、かくなる上の7割があってこそ、3割が葛藤になるであろう。

神の存在も7割は信じて、3割を疑ってかかれば、身を犠牲にしてまで、狂信的にならなくてもいいから、宗教も詰まるところ、バランスなんだろうな。
まあ、目に見えない論争になれば、どうしても理屈のこね回しになってしまうからね。

「神を信じますか」 と聞かれたら、ニコッと愛想よく過ぎ去るけど‥  何でオレなのよ‥?
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2016年04月18日

Mimosa

今週末、中央区の万代島で、G7 (農業大臣会合) が開催されるため、周辺の主要なホテルでは、 参加7か国にちなんで、フレンチなコース料理が合同企画されていた。

ボクは 「ドイツ」 妻は 「アメリカ」 のメインデッシュをチョイスし、赤く澄んだコンソメスープから始まり、食後は香り立つコーヒーで締めた。

また、ホテルのレストランには 「ミモザ」 (シャンパンカクテル) もあるから、女性はうれしい食前酒になろうし、ボクはあまりこだわりのない 「ジントニック」 が、定番カクテルとなる。
初めてのデートで、妻がオーダーしたのが、鮮やかな黄色の 「ミモザ」 だったので、よく憶えている。 

あるテーブルでは、若いカップルの女性客が誕生日らしく、ウェーターとウェートレスが小さな輪を作り、ほのぼのとした拍手を贈りながら、二人だけの記念撮影に応じていた。
また、隣のテーブルでは、円熟味あるご夫婦が結婚記念日らしく、同じような対応を贈られていた。

二組とも早めに予約をして、記念日であることをお店に伝えていたから、素敵な演出を受けた様子だ。
たまには、非日常的な空間で、美味しい料理と雰囲気に癒され、心地よい緊張感にひたることもいい。

実のところ、今週は妻の誕生日なのだが、予約なしの 「ディナーコース」 だった。
ボクは先ほどの二組のカップルのように、サプライズをセッティングするタイプではない。
「行こう」 だけで、街に連れ出し、プレゼントを用意するでもなく、世間ではつまらんタイプの男だ。

せいぜい、乾杯するとき、グラスを顔の高さにまで持ち上げ、紋切型に 「ひとこと」 伝えるだけ。
それが、わが家のフォーマルであり、年に数えるほどながら身の丈で楽しめるし、何よりも末永くできることだけをモットーにしている。

でも、白状すると、街場でベロベロのほうがいいや (笑)
Happy Birthday to You‥  女性の場合、数字を思い浮かべないことがマナーだ!
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2016年04月17日

エイジング

過去、毎朝の洗髪後は水気を飛ばし、そのまま髪を自然乾燥させていた。

近年、髪を乾かさないと雑菌が繁殖して、抜け毛の原因になることを知り、洗髪後はドライヤーで手入れするようにしている。

年々、外出前の支度に時間が要するようになってきた。
若いときは、ス−パーマンの 「クラーク・ケント」 ばりに、パッと短時間で身支度をすませて、わずかな時間でコーヒーを飲みながら、新聞を広げていた朝があった。

今では、体のメンテナンスも多くなり、思わぬ時間を要してしまう。
抜け毛予防に頭皮のマッサージ、歯周病予防に電動ハミガキ、たるんだ皮膚を伸ばす部位もあり、体を洗うのにもひと苦労する。

それに顔のハリが失われてから、ひげのそり残しがないか、手鏡でチェックするあたり。
「あっ、鼻毛が‥」 とかいいながら、手入れをしていると、鼻の涙腺が刺激されて、大きなくしゃみをした瞬間、小さく腰がギクッとしたり、体がさびてきているのがわかる。

だからと言って、明日からランニングをしようとか、体を鍛えようなんて思わない。
あるがままを受け入れて、あるがままの体で生活をして、好きなことをやるのが健康維持。
ある意味、柔道で燃え尽きた肉体なので、燃えカスが再燃することはないのであろう。

しかし、加齢臭だけは困る。
まだ、押入れのようなにおいをまき散らしたくないし、香りのイメージは 「ウッディ」 でいたい。
それが、理想的な熟年世代の香りだし、若いサーファーみたいな香りじゃ、不自然極まりないからね。

クスリやサプリメントを服用したことはないが 「あるがままの精神」 であっても、身だしなみには気を 遣わねばとは思っている。
それに体裁が気力を作る場合もあるから、ジャージを着て街に外出しないなど心がけは少し高まる。

同世代 「おたがいに歳はとりたくねえな‥」 と言いながら、その変化を楽しんでいる自分たちの世界もあるわけで、それが若さや気力となり、刺激的な交友関係が 「顔の表情筋」 を鍛えるというものだ。
この年齢で感じることは、自分と相手を受け入れることの大切さであったりもするからね。

これが世間でいうところの 「エイジング・ケア」 (時を経た手当) のように思えるが。
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2016年04月16日

マイナンバー

個人を特定できる 「マイナンバーカード」 の手続きが終わった。

ひと頃、個人情報の流失をめぐり、慎重な取り扱いを義務づけた 「個人情報保護法」 が制定された。
必要に応じて伝えた個人情報なのに、いつの間にか第三者へ転用されてたり、個人的な興味を目的に情報を閲覧されたり、犯罪に使用されたケースも多かった。

ボクにも、特殊詐欺の仕掛けが及んだことがある。
そのときの個人情報が、どこから流失したものかは、すぐに特定できた。
情報が盗まれたのか、それとも第三者がその情報を売ったのかまでは特定できないが、その狙いは 「ランダムな金」 なんだから、こっちさえ反応しなければ、詐欺に引っかかることはない。

過去、ネットが一般的になった頃、ユーモラスな犯罪抑止活動を展開するサイトが話題になっていた。
若者が暴走族に憧れるのは 「暴走族」 のネーミングに、おのれの青春 (不良伝説) を重ねるからで名称を 「珍走団」 に変更してしまえば、カッコ悪いの代名詞となり、加入しなくなると主張。
暴走行為は珍走行為、ジグザグ走行も振り珍運転など、ダサい呼び名こそが、単純な特効薬となる。
そのウィットさを借りて、インテリな言い方 「特殊詐欺」 なんて名称は使わず 「珍芸泥棒」 あたりに改名したほうが、抑止効果があるんじゃないのか。

堀の中の受刑者の世界でも、暗黙の階級制度が存在している。
一番小ばかにされるのは、女や子供に手を出した 「性犯罪」 で、その次が 「泥棒」 だという。
詐欺だろうが、盗人やコソ泥だろうが、くくりは泥棒に違いないから、泥棒を死語にしちゃならない。
ついでの物言いながら、援助交際は売春、いじめは犯罪なんだと、高らかに表現しなきゃダメでしょ。

言葉は生き物だから、時代で名称が軽薄になったりするが、未成年売春が援助交際になったころから、うわべだけ取り繕った言葉が横行したようである。
詐欺なんて、口当たりのいい言葉改め 「どろぼう」 と、わかりやすい名称を呼び戻すべきだ。

「マイナンバー制度」 から、どうしてこんな書き出しになったのか、不思議であるが、お客さんと交わす 「バートーク」 同様、どこに話が向かうかわからない文脈の悪さもスリルである。 
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2016年04月15日

Jazz Talk Vol.72

「Jazz Talk Vol.71」 で紹介した、上原ひろみの最新作 「SPARK」 が、全米ビルボード誌のジャズアルバム部門で、日本人初となる第一位を獲得した。

過去 「グラミー賞」 にも輝き、そのすごさをあらためるまでもないが、これで 「プラチナチケット」 に なること間違いあるまいし、新潟公演があるとしたら、席がとれないかもな。

そんな彼女の武器となるピアノは、ホール用 「グランドピアノ」 と主に家庭用 「アップライトピアノ」 に大別される。

どちらもピアノの外観しか見たことがないと思うが、前面パネルを開くと音源を作る構造があらわとなり、芸術性に優れている楽器であることがわかる。

さながら、楽器の女王が 「バイオリン」 なら、王様は 「ピアノ」 であると称されるほどだ。

2016年 「本屋大賞」 第一位に選ばれたのが、49歳の女流作家が描いたタイトル 「羊と鋼の森」 という文芸作品で、若い調律師が失敗を重ねながら、夢に向かって生きるストーリーらしい。

創作の舞台は、ピアノの構造を 「森」 にたとえて、描いてあるという。
タイトルの 「羊」 は、鍵盤と連動するハンマーの素材となる、羊の毛を圧縮したフェルトで 「鋼」 とは弦であろうか、それともフレームなのか。

ボクが思うには、木の芸術品と名高いピアノでも、材木以外に羊や鹿のなめし革、鉄骨や金属に真鍮、象牙や黒檀、塗装に至るまで、いろんな素材 (登場人物) の組み合わせだから、ピアノの構造とは、大きな 「森」 であり、ひとつの小宇宙 (世界) なんだ。

それにしても、ピアノのメカニズムを題材に、いい着眼点で引き上げた感性豊かな作家であろう。

そんな 「森」 (ピアノ) を自由自在に操る、上原ひろみの今は日本が生んだ才能だけにとどまらず、世界の才能として、さらにジャズの未来を感じさせる、いやはや何とも頼もしい 「大和撫子」 である。
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2016年04月14日

OBJECTION ?

待機児童問題が、関心を集めている。

夕方のニュースでは、市川市で保育園建設をめぐり、住民から 「子どもでうるさくなる」 ことを理由に、中止せざる得なくなったという。

住民側が反対する理由はそれだけでなく 「行政の説明不足だ」 「交通の往来が増して危険」 など、あげればきりがないようだが、正直 「詭弁がはじまったな‥」 と思ってしまう。

合意のための条件交渉も怪しいモンだし、子どもが成長に必要なための声を騒音扱いしすぎるのは、社会の正しいあり方じゃないと思う。

何も商売敵が、隣近所に店をオープンするわけじゃあるまいし、もう少し寛大になれないのかな。
ボクは子ども嫌いだが、守るべきは守る、我慢すべきは我慢する限界点はあるつもりなので、見守りの考え方には賛同できるし 「身を捨ててこそ浮かぶ瀬もあれ」 なんて、ことわざもあるぐらいじゃん。

反対意見は高齢者に色濃くあり、もう少し誇り高き視点で物事を建設的に構えるべきだ。
今の高齢者は、総論賛成、各論反対の気質が強すぎるよな。
既得権も大切だけど、可能な限り手放す覚悟もそろそろ必要だと思う。

ボクは30年も40年も生きられないわけで、健康年齢を意識すれば、社会制度に世話になるんだから、所々で妥協することも必要になってくるはずなんだ。

それに、反対派はどのように説明しても、どこまでも反対の立場を崩さないような気もする。
二言目には 「説明責任が不十分だ」 「暮らしやすい地域社会」 を盾に、言葉争いにふけるだけの 「あら探し」 にしか思えない卑屈な連中もいるから、2年でできることも、5年や10年かかったりする。

会社勤めしている人なら、こんな経験はないかな。
仕事を早く済ませると 「本当に真面目にしたのか」 と言い出す困った人。
何も時間をかけたから、成果が出たというためしはなく、本筋さえ見失わなければ早くできるわけだ。
自然な熟成を必要とする、ウイスキー製法じゃあるまいし、時間をかければいいだけじゃないでしょ。

話し合いは、適正な時間で協議するのを決めておかないと、単なる暇つぶしになるか、それこそ真剣に協議されなかったと思われても、しょうがないんじゃないか。

一過去、会合などに参加して、その意見を黙って聞いていれば、中には大人げない物言いもある。
現状を捉えられないばかりか、理想や正論だけ飛ばし、ひどいのになると差別用語を口にする。
その品性は直しようがないし、そういう輩に限って、ふんぞり返った態度をしているから始末が悪い。

だから、中心バランスで考えられない人と、深くかかわると大変なんだよ‥ 以上、おやじの戯言終了。
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2016年04月13日

オムライス

時は10日にさかのぼり、妻と花見帰りに立ち寄った洋食屋で、オーダーしたのはオムライス。

ボクの世代では、チキンライスを卵でくるむだけのシンプルな料理ではあるが、後に好みが割れたのは 「ケチャップ」 か 「デミグラスソース」 の 「どちら派」 であった。

ボクは両方イケるクチだが、妻はオーソドックスにも、ケチャップだという。
黄と赤の配色に食指がそそられ、きちんと卵でくるんである、職人技が好きなようである。

ひところ、トロトロのフワフワなオムライスも流行ったが、男の好みだけで言わせてもらえば、ふんどしと同じで、卵を 「ビシッ!」 とまいてくれたほうが、気合が入るものだ。

かけるソースはどうあれ、右端からスプーンを入れて、左端でスプーンが止まるシンプルマナーだから、緊張いらずの洋食屋の代表格である。

当店はバーだが、小腹を満たせるように、オムライスやパスタ、ドライカレーも提供している。
だけど、ボクはピラフを卵2個でくるむ返し技ができないので、お店に妻がいるときだけの 「週末限定 オムライス」 になる。

ボクの得意技は、チョコレートにミックスナッツ‥  いわゆる 「乾きもの」 担当ね  (ー_ー)!!
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2016年04月12日

自由主義

月曜の昼下がり、自宅のポスト前で、新聞が休刊日であることに気づいた。

大した記事も読んでないが、長年の習慣というやつで、指に紙の感覚がない日は違和感がある。

その日だけは、コンビニの夕刊を待つか、あるいはスポーツ新聞を購読することになる。
そもそも、ギャンブルやゴルフもしないので、見出しは社会面かスポーツ面ぐらいではあるが。

しかし、スポーツ紙特有のアダルト面があると、やや目の焦点が変わるときがある。
若い女のエロ写真は、ハナから 「小娘」 あつかいしているので、パッとすっ飛ばせるし、風俗店の体験レポートをまじまじと読むほどの好色さはない。

だが 「熟女」 になると、やや同世代の近しさであろうか、そこが目の置き場になることがある。
だからと言って、年甲斐もない性の妄想を抱くことはないし、若い女が怖いとかの問題でもない。
性の対象は、同世代ぐらいにしておかないと、男の切実な悩みひとつ理解できないと思うんだ。

エロ写真に刺激を受ける年齢でもないし 「スッポンパワー」 の広告に心が踊ることもない。
だけど 「へー、こういう世界もあるのか」 と、男が男であるための興味は尽きないものである。

要するに紙面の 「論説文」 を読んで 「官能文」 にも目を通すことで、心身のバランスや自分自身の 「生」 と 「性」 が、正々堂々と格闘しているのだと、解釈できないだろうか。

女性誌でも、発行部数が伸びる号は 「セックス特集」 らしいが、脳内年齢にもよるであろう。
また、性を解放していかないと 「リベラル」 (自由主義) の原則からはズレると思うし、そこはそこで 倫理観との戦いだったリするから、アダルト紙面を脳がどのような性処理をするかである。

ボクがおちついたのは、割りと早い段階で、週刊誌の 「袋とじページ」 を破かなくなったときかな。
旧知に、袋とじページを手刀で 「ヤー!」 と豪快に切り裂く男がいて、ちまたの噂では裂いたページを食べているんじゃないかと思わせるほど、切り裂き名人がいたよな。

あれは男の 「リトマス試験紙」 みたいにも思えるね。
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2016年04月11日

白山公園

連日、気になっていたのは、日曜の天候。

風の冷たかった夕方。
妻と萬代橋を渡り、やすらき堤の西岸遊歩道を白山公園に向かって歩く。

時刻は、午後6時を少し回ったころ。
桜並木の下では、花見を引きあげるグループ、花見をはじめるグループが入れ替わっていた。
このタイミングを合わせたかのように、夜桜用のぼんぼりに明かりが静かに灯った。

大半はグループで、若者はジュースにお菓子、中高年はビールに焼き鳥を広げている。
大きなレジャーシートもあれば、新聞紙を敷いただけのグループもいる。
用意周到なグループもあれば、テキトーなグループもあり、どこでも花見客は玉石混交。

おやじが二人で缶ビールを片手にしながら、仲良くサキイカを分け合っていたりする。
その横では、若いカップルが無言で肩を寄せ合い、花見の姿形にはおもむきがある。
そんな光景を横目にしながら、フッと頭上を見上げたら、桜の花がユラユラと揺れていた。

花見に心が癒されたころ、白山神社の鳥居の前にある、老舗の洋食屋でオムライスを食べた。
その気になれば、遠出の花見にも行けるが、近場の花見を喜びとするのも、またそれも楽しや。

最後は手荷物を持ったまま、萬代橋のたもとにある交番わきの桜を眺めて帰宅した。
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2016年04月10日

LOSE

これって、ちょっとした喪失感だったのかなあ‥

お客さんが引けたあと、好みのジャズをチョイスして、一服の清涼剤にしているときがある。

しかし、この一か月ほどそんな気は起きず、聴いていても上っ面だけで、音が耳に届いていなかった。
むしろ、うるさいとすら感じて、ボリュームを絞ることもあった。

常連客 「N塚さん」 の訃報を知ってから、一か月ほど経過した。
きっと、ひとりでいるときの気分も、ふさがっていたのであろうか。

彼はボクと同じで 「インスト」 モノから入ったので 「歌」 モノはあまり聴いていなかった。
だけど、彼は映画 「 Monica Z 」 に魅了されて、次第に 「ヴォーカル」 に興味を示し出した。

その意味で、ジャズへの魅力は尽きなく、新しい話題も増えて、趣向もほどよく合っていたと思う。
また、つきあいが成長していたから、突然の別れはなおさら残念であった。

ジャズの情報を気軽に交換して、気軽に対話を楽しんで、気軽にののしりあった (笑)
今はジャズの話ができない、言い知れない寂しさだけが残っている。

「コレ、いい」 と感じて、N塚さんに教えよう思っても 「ああ、そうか、いないのか」 とわれに返る。
こういうのが、小さな喪失感なんだろうな。

これからの人生、得ることよりも、失うことが多くなるから、タフに生きなきゃな。

今は大丈夫さ‥
モニカ・ウィズ・エヴァンス 「ワルツ・フォー・デビィ」 を聴けるし、心のすきまを埋めてくれるようでね。
  
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2016年04月09日

追 憶

新潟 Tジョイ万代で 「午前10時の映画祭」 と題し、年間を通じて往年の名作が上映されている。

GWでは 「ロバート・レッドフォード」 と 「バーブラ・ストライザント」 の共演で知られる映画 「追憶」 (73) が上映されるそうだ。

あの映画は、中学2年のとき、古町の名画座 「ライフ」 で、リバイバル上映で見た記憶がある。
バーブラが歌う 「追憶のテーマ」 だけがひたすら美しく耳に残ったものの、内容はチンプンカンプンだったし、何度か見直したことで、生き方 (政治的思想) の違いで、別れた理由が理解できた。

ボクに政治思想はない。
右や左、タカにハト、与党だ野党だの、一方に肩入れすることもない。
まず、両者の意見を聞いてから、自分の考えで決めるようにしている。
そうじゃないと考え方が偏重するし 「社説世代」 に、一方的な傾向が強い気もする。
だから、同じ思想とばかり群れていると、同じ教科しか学べないから、定点思考に陥りやすいと思う。

映画 「追憶」 には、人生のヒントが描かれており、これは決して答えであってはいけないんだ。
生まれ持った家柄、生涯通用してしまう学歴社会など、理不尽だらけで理想的な平等などなく、凹凸を理解し合うことでしか、人と交われないわけだ。

時には、行き過ぎた思い入れが自由や恋愛すらも束縛することがあり、その意味で考えれば信仰心だって怪しく思えるし、自分を一つの枠に限定していると生きづらさを感じるからね。
青年の主張みたいになったが、自分なりに感じたことが自由の源になるし、これが映画の魅力である。

「午前10時の映画祭」  ボクにとって真夜中の上映だから鑑賞はムリだ‥
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