2016年02月29日

2016 March

ジャズとウイスキーを愉しみ、大人の時間をくつろぐ空間

< 3月 定休日 >   6日 (日) 13日 (日) 21日 (月/祝) 27日 (日)

20日 (日) は 通常営業いたします。  

住所     新潟市中央区 東大通2−9−5 
電話     025−247−1644
営業時間   19:00 ⇒ 26:00 (平日・祝日) / 27:00 (週末・祝前日)
定休日    日曜 (連休にあたる場合、営業致します) 
客席数    カウンター10席  ボックス席あり

 取扱いメニューの一部をご紹介いたします

 【チャージ】  ¥600 

 【ビール】 ・カールスバーグ ・クワーズ ・ハイネケン ・ギネス ・シメイ ・デュベル 他

 【アイラ】 ・ラフロイグ ・カリラ ・ボウモア ・アードベック ・ラガヴーリン 他

 【スペイサイド】 ・クラガンモア ・マッカラン ・グレンリベット ・グレンフィデック 他 

 【ハイランド】 ・グレンモーレンジ ・タリスカー ・オーバン ・スキャパ 他

 【ローランド】 ・オーヘントッシャン ・トバモリー ・グレンキンチー ・レダング 他

 【キャンベルタウン】 ・スプリングバンク ・ヘーゼルバーン ・ロングロウ 他

 【スコッチ】 ・デュワーズ ・シーバスリーガル ・バランタイン ・オールドパー 他

 【アイリッシュ】 ・ブッシュミルズ ・ジェイムソン ・カネマラ ・ターコネル 他

 【バーボン】 ・ブッカーズ ・ベーカーズ ・ノブクリーク ・バッファロートレース 他

 【ジャパニーズ】 ・知多 ・余市 ・宮城峡 ・伊達 ・山崎 ・白州 ・響 ・イチローズ 他

 【カクテル】 ・ミントジュレップ ・ゴッドファーザー ・ラスティネール ・ロブロイ 他

 【フード】 ・オリーブ ・オイルサーディン ・ピクルス ・レーズンバター ・ピザ 他

                              メニュー表 ご用意しております。
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2016年02月28日

Jazz Talk Vol.70

ジャズのCDコーナーをながめていたら 「フュージョン」 レーベルの再販商品が充実していた。

コレクターではないので、聴くことを前提に、自ずと手にするアルバムは限られる。
懐かしさにうながされることもないので、耳の記憶を頼りにクオリティーの高さ、ひたむきさを感じさせたアルバムは、また聴きたくなる。

数年ぶりに、フュージョンの再販CDを一枚だけ買った。
ギタリスト 「増尾好秋」 と キーボード 「ヤン・ハマー」 の合作 「フィンガーダンシング」 (81)

ジャズとロックの融合がスピード感にあふれ、ソロテクニックの応酬が聴かせどころ。
一言で、ギターが主役の全6曲35分ながら、あっという間に痛快にノリ飛ばせるライヴアルバム。

リズム隊 (ベース&ドラム) が、火のつけどころを知っているから、アドリブの指が踊りまくる。
全体を通して、物語風にパッケージ (構成力) が高いから、プロデュース力もいい。

高校2年のとき、夢中で聴いた一枚だけに、アドリブも含めてほぼ口でなぞれる (歌える) ね。
それは 「大人買い」 できなかったから、一枚の味わいが今とは全くちがうんだよな。

正直、このアルバム、大して評判が高かったわけでもなく 「私が選ぶジャズ・フュージョンの名盤」   なんちゃらに出てこないが、他者の評価よりも自分が夢中になって聴いたのが、本当の名盤である。

個人的には、内なる美意識が高い音楽に惹かれるけど、時には切れ味抜群のアグレッシブな演奏を 「これでもか」 というぐらい、浴びせられたくなる。
それに人間には 「SとM」 の本能があるらしいから、シチュエーションで聴く耳も変わるもんだ。

このあと、前作 「マスオ・ライヴ」 (79) を自宅の棚から引っ張り出して、聴き比べてみたくなったが、本作は感情がむき出しで、その演奏は粗いんだけど 「1979」 を楽しんでいるようで、彼らの純粋な音に釘ずけにされてしまう。



だけど‥  メンバーを一新して望んだ 「フィンガーダンシング」 の方に、ボクの軍配は上がるな。 
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2016年02月27日

Jazz Talk Vol.69

何らかの原因で、手もとのCDにキズをつけてしまったことがある。

肉眼では、見えないほどのキズだが、その曲のある部分に来ると決まって再生不能をおこす。
しかも、好きなアルバムほど扱いが多いもんだから、盤面の劣化やキズもつきやすくなる。

だれでも、そんな経験があるだろうが、盤面のキズには苦い思い出がある。

高校2年の頃、西堀に 「貸しレコード店」 が開店して 「いろんなジャズを聴ける」 と喜んだ。
部活帰り、その店に行くことがささやかな楽しみで、一気にボキャブラリーも広がった気もした。

学生からすれば、レコードは高価だから、取扱いしかり、どのアルバムを借りるか気合いも入る。
そのジャケットは、楽曲を代弁しているようで、ダサいジャケットは楽曲に通じるようでもある。

大まかにダサいジャケットには、共通していることがある。
まず、ミュージシャンが全員で記念撮影するように、ポーズをとっているのは、あまり期待できない。
総じて、皆が笑顔で、割合的におちゃらけたポーズが一人、カッチョマンが一人、混じっている。

また、本人の顔がカメラ目線でドアップすぎるのも、うさん臭くて内容が怪しい。
それとタキシードを着て、花束を持っていたりするのは、少し危険である。
デビューアルバムにもなると、顔を知らしめるため、自己意識も高くなるものだ。

俗に 「お色気ジャケット」 をいいと思ったことも少ない。
このあたり、まだ 「ジャケット買い」 の年齢だから、貸しレコード店で少しコツはつかめた。
極力、これらのジャケットはセレクトから外し、入魂の一枚を選び、検盤後にレンタルをする。

しかし、ある時、どうしてもA面のこの曲の部分に来ると、音飛びをおこす個所があった。
こっちはテープを回して録音しているから、どうしても気になってくる。

返却の際、店に変な誤解をされて、行き難くなるのはイヤだから、音飛びがおきる場所を告げたところ、店主が入念な検盤をしながら 「おかしいなあ」 「いや、チェックしたけどなあ」 とか、独り言のように  小声でブツブツと文句をぶつけてきた。

当然、レコードにキズをつけたつもりはないから、堂々としてたが、最初から疑うように人の顔を横目でのぞきこむ視線が不快となり、それ以降はさっさとお店を変えた。

「素知らぬ顔して、黙って返せば利口だったかな」 と思いながら、当時のレコードは貴重品だったから、 よく貸し借りをめぐるトラブルはおきやすかった時代だったなあ。

そこで、冒頭のCDのキズだが、あれはボクしか触ってないから、ボクがつけたキズに間違いない。
そのCD キース・ジャレット・トリオ 「サムホエア」  (ファイナルアルバム)
2013 解散コンサートの東京公演で定価購入して、まだ聴きなじんでいないアルバムなのにさ。

こりゃ、あの貸しレコード店の 「おやじの呪い」 だな。
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2016年02月26日

気の強さ

23日 午前0時近く、ご常連の女性客が大学生の娘さんと、8周年の祝いにご来店していただいた。

会社の期末で忙しい中、かけつけていただいた、親子のはからいに感謝したい。

娘さんが東京の 「アナウンサー講座」 に参加したという。
講座は本業を目指す人もいれば、社会作法や面接試験に役立てたい人など、動機はさまざまだろう。
感想を聞くと、参加した女性は一様にフォーマルでエレガントな反面、気の強さが見て取れたという。

目的を定めた人の集合体だから、そりゃ、そうだろうな。
「みんなで仲よくやりましょう」 はテーブル作法みたいなもので、限られた席を目指す人は、相手を蹴り落としてでも、高みに上り詰める根性がないと、夢は叶わないんじゃないかなあ。

むしろ、他人からどう思われようが気にしないぐらいじゃないと、インスタントな結果になりがちだしね。

このあたり、女性の強さにおどろかされたことがある。
例えば、失恋で泣きじゃくったが 「次はもっといい男を見つける」 といつまでも失恋気分にとどまらず、切り換えの早さに魅力があったりする。

この前まで、ある男にキャーキャー言っていたかと思えば、自分に気がないのがわかった瞬間、今度は別な男にキャーキャー言うようになる、いわゆる 「ツンデレ」 である。

移り気な心理をわからず、男は 「あいつは俺に夢中」 なんて思っていたら、それは錯覚というやつで 「女心いつまでもそこにあらず」 なのに、鏡を見てカッコつけていたりするのが男なんだ。

その女性の気持ちの移り変わりは健全だと思えるし、最近は好きな男に 「私、待っています」 なんて、古めかしいことを言わないのは、欲しいから取りに行く、ストレートなタイプが多くなったからだ。

つまり、女性は 「待つことは手遅れになる」 ことを知ったから、切り換え早く狩りに行くんだ。

娘さんが感じた 「気の強さ」 (負けず嫌い) は、自分が崩れかけたらすぐに立て直すことができる、 女性の本能をまじまじと知ったように思えたね。
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2016年02月25日

男らしさ

男らしさは、女らしさでもあるかも知れない。

数年前、男性の常連客がよほど疲れていたのか、カウンターで寝息を立てていた。
しばらくすると連れの男性客もお見えになり、苦み走った表情で隣の席に座った。

一緒に飲もうと連絡を受けたのだが、呼び出した本人が酔いと睡魔に誘われ、呼び出された方がポツリ取り残された状態におかれた。

彼から 「こういうことはよくありますか」 と聞かれ 「たまにあるけど、見てるから心配ない」 と答えると 「お店にご迷惑をおかけするといけないので、こんな状態になったら、私に連絡をください」 と対面上の妻に自分のケータイナンバーを知らせて、男性をタクシーで連れ帰った夜がある。

ボクは、臨機応変なやさしさに好感を持てた。
今もそれぞれ、単独でお見えになる常連客でもあるが、お二人に共通していることは、どこかに意外な強さを感じられるところなんだ。

23日、彼が久し振りに来店してくれた。

男は不測な出来事を面倒くさがる生きものだから 「放っておけ」 とサジを投げがちになるが、女は 「放っておけないでしょ」 とムキになるところがある。

そのとき、男らしさは 「女性の視点で相手を見ることができる」 のではないかと感じたんだ。
もちろん、ボクの視点は定かではないが 「女の視点がわからない男らしさ」 はあるのだろうか。

男らしさは、態度がデカくて荒っぽく、肩で風を切る粗野なイメージを思い浮かべそうだが、男らしさは  そんな安っぽい 「見た目の支配力」 じゃないと思っている。

もしかすると、男らしくて、女らしい人が、本当の 「男らしさ」 を持っている人かも知れないね。

あの出来事を見てから、少なくてもボクはそう感じている。
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2016年02月24日

8 Anniversary

22日 「開店記念日」 は、サラッと過ぎ去った。

ある日、50代後半と思しきお客さんとこんな会話をした。

(開店して) 「まだ、8年ですよ」 と恐縮すると、日経新聞をコートにしまいながら 「いや、昔の8年と、今の8年は比べられないよ」 という。

「今の8年は、昔の15年ほどに相当する」 とも付け加えながら、自分も起業計画を立てたことがある  らしいが、収支に確実性が見出せず、断念した経験があるという。

「冷静な判断をしましたね」 と感じたことを返すと 「いや、度胸がないだけ」 と煙に巻くが、それをしたしないではなく、無謀な判断をしない冷静な決断に共感したんだ。

8年前にさかのぼる。

開店した2008年、世間は 「リーマンショック」 の影響をかぶり、翌年の2009年には、戦後最大級とうたわれた 「未曽有の大不況」 に、先行きが脅かされた。

2011年には 「東日本大震災」 で心を折られ、長引く自粛ムードに苦しめられた。
街は次第に業を煮やし、新潟市長が異例と思える記者会見を開き 「過度な自粛はやめるべきだ」 と、経済が立ち行かなくなる懸念を口頭で示した。

前年に政権は変わったことで、景気回復へ期待もしたが、決め手がないまま景況感は悪化する一方で気がつけば国民は 「マイナス思考」 に陥っており、今の個人消費の落ち込みが物語っている。
ポジティブな気持ちは儚いが、ネガティブな気持ちは長く陥りやすいものだ。

そこで、先ほどのお客さんとの会話を思い出したのである。

当日の口開けは、8年越しのお客さんとなる、30代のご夫婦であった。

オープン初日、最初のお客さんでもあり、公私に親しい関係になれたのも、その年齢差にたじろいだり、接し方に迷うこともなく、誠実以外は何者でもない。

奥さまは気の利いた社交を持ち合わせ、ご主人は素朴な反応が特徴的で、仲睦まじさは折り紙つき。
それに、ご主人の前職がオーセンテックなバーテンダーなので、バーのおもむきを理解して下さるから、心から謝意を述べたい気持ちは重なる一方である。

バーの魅力は、昨日までの見知らぬ人が、明日からの知り合いになれること。
一枚のカウンターをはさんで、おたがいつきあいたいときにつきあう、表現の空間が存在している。

このあたり、酔いたければコンビニでお酒を買って、自宅で飲んでいれば済むことなのに、つかのまの自由をひたりに来るのかを考えれば、あまりお酒を売っている感覚ではないんだ。

ボク自身の私生活は、飲みに行くというより 「あそこに行けばだれかいる」 そんな感覚も少しあるが、その場が一人だろうが、二人になろうが、気後れする年齢でもないし、バーなら意に介することもない。

開店9年目に入った。

来年もささやかに祝杯を上げれるように、19:00の街にブルーの看板を灯して行きたい‥ ありがとう。
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2016年02月23日

スポーツ刈り

最近、薄毛の原因が根本的に解明してきたらしく、近い将来 「毛生え薬」 も夢ではないというが。

タレントのそのまんま東が、女優のかとうかず子にプロポーズしたときのセリフはユニークだった。
「失いたくないのは、一つは君で、もう一つはボクの髪の毛」
それほど男にとって、髪は深刻なのである。

一般的に、男は42歳の大厄あたりから、やや抜け毛が目立ちはじめる。
これはイカンぞと、タワシで毛根をゴシゴシと刺激をしながら、育毛剤をぶっかけまくる。
しかし、その努力も空しく、アレ アラ アリャー の三段活用で、スキンヘッドになる人もいる。

ついには、人工ヘアーをかぶる人もいれば、ネタにする人もいて、その意識の差は大きい。
だれもが髪に執着心を持ちながら、この際、ハゲたら 「スポーツ刈り」 にしたで、笑い飛ばせるようになれば、気は楽だと思うけど、人は見た目もあるから、男は思いのほかナイーブな生きものでもある。

女性は、この深刻な心理を理解できるであろうか。
ボクも、気づけば50歳オーバーなので、洗面台の鏡を見るたびに目線は自然と前頭部に向いてしまい思わず床をながめては、抜け落ちた髪の本数を数えてしまうあたり。

今、抜け落ちた髪は、前頭部 後頭部 側頭部 それとも頭頂部か‥  どこの毛かあせる始末。
それが、コイル状の縮れた毛であれば、問題のない部位から抜け落ちた毛だから、まあ安心はする。

若い時、パンチパーマ アフロヘアー カーリーヘアー の過程を経たので、ずいぶん毛根を痛めつつ、今でも自称 「ソフトカーリー」 で、何とかヘアースタイルを保っている。
そのおかげで、実年齢よりも少し若く見られることも多いが、まやかしでしかない。

それに、30年以上 「ネコ毛」にパーマをあてて、2度ほどカットするのがサイクルだが、このスタイルはそろそろ限界に来ているようにも思える。

たまに妻から 「髪を切りに行けば」 と言われるが 「髪がもったいない」 とここ数年は、ギリギリまでの攻防が続いている。

リーゼントするボリュームはないし、パーマは自傷行為となりそうだし、ポマードをつけて、カッチリとした七三ヘアーにしたら、友人から大笑いされるから、これから、どうすりゃいいんだ、この頭 !

そのときは、いさぎよく 「スポーツをしないスポーツ刈り」 になるしかないんかなあ。
これ以上、男性ホルモンはいらないから、女性ホルモンが欲しいのよ。

そして、オレは、チャーになる !
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2016年02月22日

万代 Walker

長年、万代に住居を構えて、便利に思うことは、徒歩で過ごせること。

自家用車は必要ないし、雨が降ってもせまい範囲でコトが済むので、さほど外出には困らない。

ラブラ万代の正面入口から、万代シティを抜けて、伊勢丹やビルボードプレイスを折り返し、のんびりとウインドショッピングをしたり、雨の日には絶好の周遊コースになる。

小腹が空けば、伊勢丹のレストラン街もあるし、ちょっとした買物やコーヒーショップにも不自由はない。
気軽に映画を見てこれるし、紀伊国屋もあるので、時間をつぶそうと思えば、そこそこ時間もつぶせる。

遠出をしない、ものぐさなボクからすれば、徒歩と自転車でコトが足りる街でもあるし、時代とともに商業施設が変化を遂げたので、これまで飽きることもなかった。

薄っぺらい好奇心はないが、都会と田舎が混在した雰囲気もあるので、変則的な出会いも多い街だ。
自宅と店を行き交いながら、夕方の空いた時間をささやかな楽しみにして、日常をしみじみ感じている。

年季の入ったおっさんになるのは仕方ないが、自分の気分が作り出す 「老醜」 とは闘っていきたい。
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2016年02月21日

シズル感

二夜続けて、食卓に冬の味覚が並んだ。

一夜は湯豆腐で、トロトロの長ネギも入ったねぎま鍋。
煮えごろのネギを食べると、かぜ対策をしたようで、気分はすこぶるいい。

二夜はおでんで、大根は消化を助ける効果に加えて、更なるかぜ対策となり、安上がりな食材となる。
家庭料理はあれこれ言わず、黙って食べるのがいさぎよいが、作り手もちゃんと考えているはずだ。

独身時代の食生活は、それはひどいありさまだった。
今みたいに分別ごみではなかったが、ポリ袋の中はプラスチックの弁当容器ばかり。

ひたすら外食で偏ったものしか食べず、台所が稼働することもないので、床に布団を敷いて寝れるほどキレイだったが、考え方においては、これほどわびしい住まいはない。

それなら、まだパスタを茹でて、湯切りをするザルがないからといい、テニスラケットのガットを代用して、シンクを水垢まみれにしたほうが、生活にうるおいがあったりするだろう。

優秀な販売員は 「ステーキを売るな、シズルを売れ」 (肉を焼く鉄板の音や匂い) を実践している。
肉汁や風味を感じさせてこそ、ステーキの味わいが引き立つ、アメリカのビジネスモデルな考え方。

それと同じで、外食や美食よりも、家庭でまな板の乾いた音、台所から少し漂ってくる匂いがするから、料理は美味しく感じるのではないだろうか。

この年齢なら、ほどほどに美味しいものは食べてきた。
味覚の欲求もおちついているから、食の追求をすることもない。

くて美味しいのは当たり前だけど、街の小さな洋食屋のオムライスにカレーライス、定食屋のかつ丼などに、懐かしくも素朴な味わいを知ることができる。

ネギや大根の価値を見直せるように、本来の食生活なんて素食でシンプルなのである。
ひとりで高級食材を食べるよりも、ふたりで精進料理を食べたほうが、美味しかったりするからね。

その意味で 「シズル感」 は、料理の素材そのものだけではない。
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2016年02月20日

珈琲デビュー

夕方、街中の喫茶店で、熱いコーヒーを飲める時間があると気分が和む。

今さら 「どうして、こんなにコーヒーが好きか」 考えると、高校時代にさかのぼることになりそうだ。

若いときは、お金はないけど、部活動や趣味で多くの時間を費やしていた。
また、体力があるぶん、時間を持て余してしまうのも、これまた若者の共通点である。

ひと頃、コンビニやファミレスの前に、たむろしていた若者たちも、アルバイトで収入を得るようになれば少しはお金を使う遊びも覚えるので、自然と集合体は分散してしまうもの。

ボクらの世代、まだ店は少なかったけど、店頭でたむろするのは迷惑をかけるから、街路灯や自販機の周辺が何となくたむろする場所だったと思う。

そのとき、俗に 「うんこ座り」 ならいいが、地べたに尻をつけていたり、寝そべることは厳禁である。
それは、何かあったとき、腰を浮かせておけば、あらゆる事態に適応できるからで、尻をつけることは、犬が腹を見せるように、服従や喪失を意味することであり、それこそ 「ゴルゴ13」 デューク・東郷 の 「俺の背後に立つな」 の世界である。

自由なお金がないときは、たむろして孤独を癒すものだが、いつまでもそんなことはしていられない。
次第にお金を手にするようになると、いきなりお酒はムリだから、まずは喫茶店で大人の世界を知る 「肩慣らし」 をしていたと思うし、ボクの場合は、それがジャズ喫茶であったり、たむろしなくてもいい    場所を見つけた感じなんだ。

もちろん、手軽なコンビニカフェやコーヒーショップはなかったから、ウェーターかウェートレスが対応する喫茶店で、タイミングを見計らって、オーダーを伝える練習にもなっていた。

時は変わり、喫茶店はコーヒーショップに移行し、今はシンプルな接客の代名詞になった。
あの頃、ひとりで喫茶店に入れたから、わざわざ路上でたむろすることはなかったが、ジャズを浴びて、少しコーヒーの味がわかってきたのは、20代になってからだったんじゃないかな。

きっとコーヒーとウイスキーだけは、最後の嗜好品として飲み続けるであろう。
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2016年02月19日

Shy Type

過去のブログは、気恥ずかしいから、そんなに読み返すことはない。

読むと容赦なく添削、校正したくなるから、もう切りがないんだ。

個人的には、過去の自分の写真もあまり見ることはない。
この顔は修正できないし、変なポーズをして写っている自分がイヤなの。

自撮りをして、SNSにアップするなんて、考えたこともない。
人は鏡を見ないと無気力になるらしいが、ボクの場合は自分の顔を見ると無気力になる。

店でも、人と一緒に写真におさまったのは、何周年記念に常連客とのワンカットぐらいである。
何でも、真ん中で写ると魂を抜かれる言い伝えがあるから、なるべくすみっこで写るようにしている。

だけど、店でお客さんの写真を撮ることは、カメラマン気分になるから好きなの。
今夜を思い出に刻んでもらえるように、そういうことは気持ちよく協力するんだ。

例えれば、数日前に佐渡沖で捕獲された深海魚 「リュウグウノツカイ」 のように、めったに人前にその姿を現したくないタイプ。

だから、店のお客さんも謎のUMA 「ツチノコ」 タイプも多いから、どこか気が合うのかも知れないが、自己主張が控えめな 「シャイが集う」 ジャズバーかもね。

それに、過去に執着心をもたないから、その場こっきりの今も好きである。
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2016年02月18日

取締役就任

「そうか、あの会社の取締役になったのか‥」 
 
先日、PCで調べごとをしていると、そんな情報にヒットした。

彼とは、19歳のころ、取引先の担当者であり、同い年だったせいか、私生活もよく共にしていた。
ある日、ボクが転職することを打ち明けたら、仲が良かった分、友達感覚で 「ついていきたい」 みたいなことを言われ 「バカ言うな」 で別ちあった。

それ以来となる、10年ほど前に一度だけ、20年ぶりに新潟駅前で飲んだことがある。
そのときは、中間管理職としての姿で 「長いだけでさ」 とはにかんでいたが、今ではだれもが知る   地元企業の経営陣として、地場に貢献している立場になった。

高卒の学歴で33年間、同じ会社に勤務して、あどけなかった当時の面影を残しながらも、ふっくらとした満面の笑顔で若手と交じり、会社ホームページの集合写真の前列に収まっている姿があった。
「よかったなあ、あいつ‥」 と、当時を知るボクにすれば、ニヤニヤしたものがこみ上げてくる。

人生は紆余曲折ありながら、彼のようにひたすら真っすぐに生きて、今がある男もいる。
もちろん、良し悪しではなく、その時々の歩みでしかない。
ボクらの年代になると、そろそろ 「取締役」 の肩書がつく者も少なくない。
反面、男は肩書への執着が強いところがあるので、いつも他人と比べられずにいられない性質がある。
それが理由なのか、会ったら会ったですぐに昔の仲間に戻れるのに、体裁を気にするあまり、同窓会やかんたんな呼びかけにも応じなくなったり、それが本人のプライド (嫉妬) だったりするんだ。

本当にばかばかしいんだけど、よく耳にする話では、現在の肩書や地位などで人を判断する浅ましさに仲間は次第に離れていき、ともすれば50歳も過ぎて嫌われの対象にされてしまう。
30年後の再会は、相手に仕事の優秀さをアピールすることじゃなくて 「こいつとつきあうと楽しいな」 と思えるような、人としての誠実さを交換することであろう。
会社の人間関係は定年退職と同時に終わりを告げるから、そのときのために新しい人間関係を作っておかないと、孤立してからじゃ手遅れだからね。

だから、ボクは取締役の彼とつきあうつもりはなく、利害関係のない誠実な彼としかつきあわない。

つまり 「人は人、俺は俺」 で、他人と比べて生きないことが、後ろを振り返らない証だと思うけどね。
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2016年02月17日

三途の川

「私の真ん中はソナタ」  (By 元衆議院議員 宮崎謙介)

いやー 「センテンススプリング」 さえも凌駕する、偉大なる名言が生まれたよね。

育休議員が不倫相手に送った、想像を絶する謎の言葉に、人類は爆笑地獄に叩き落された。
早くも今年の流行語大賞に、ノミネートされるだろう。

それはウイットでも、ユーモアでもなく、ホラーメールだよな。
こうあからさまに、おぞましい二面性を見せつけられると、開いた口がふさがらない。

こんな話を耳にしたことがある。

妻子ある男性が、ある女性と食事をしたという。
その夜、何ごともなく別れたが、高揚した気分が静まらず、その女性に何通もメールを送ったという。

女性の反応はわからぬが、おちつきを取り戻したとき、自分が送ったメールを読み直したら、顔から火が出そうな文言だったようで、まだ気がついたからよかったというが。

ラインの会話も、ひとつ冷静さを見失うと、これと似たようなことがおきるんじゃないか。
浮かれて送った文言が、何かのきっかけでおおやけになったら、目も当てられないだろう。

それが、催眠術にでもかけられたかのように 「時には娼婦のように、淫らな女になりな」 とつぶやき、フラフラと 「三途の川」 を渡りそうになると、見境のつかない不倫に陥る危険性がある。

そのとき、男女の後ろ姿に向かって、ボクは大声でこう叫ぶだろう。
「おーい、そっちの世界に足をふみいれたら、帰ってこれないぞ、戻ってこーい」 とね。

異性への関心をもつことで、若さや精力を保てると思うが、やっちゃいけないことは、真のパートナーを悲しませることじゃないか。

不倫相手に、毎日何通もの奇妙なラインを送り続けていた、夫の見えざる奇行を知ってしまったときの、妻の金子議員はどんな気持ちだったんだろうね。

偉大なる名言 「私の真ん中はソナタ」 ‥ ボクの言う通り、やっぱり 「ちんぽこ議員」 だったでしょ。
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2016年02月16日

止まり木

彼は今年で30歳になる。

店のお客さんとして、4〜5年は経過し、遠路はるばる、月に一度は必ずひとりで来店される。

休日の過ごし方は、自分の好奇心に忠実である。

ある休日、午前中に電車で新潟入りして、映画を楽しんだ後、昼は寿司屋のカウンターで軽くつまむ。
昼下りから、街並みを散策しながら、ティータイムをしたり、雑貨店をのぞいたり、その足取りは軽い。

夕方になると、居酒屋のカウンターで晩酌をして、時にはビアパブだったり、寿司屋であったりする。
行先は都度変わるが、彼にとって月に一度、仕事の疲れを洗い流せる、充実した時間になるんだ。

そして、開店7時に看板の灯りをともしてしばらくすると、すがすがしい表情をした彼が今日最後の   「止まり木」 として、来店する場所となり、10時前後の越後線で帰宅する。

これができるのも、仕事をした見返りに、自分へのご褒美としているからだ。

それは、ポジティブな意味をもつ 「孤独力」 なんだと思う。
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2016年02月15日

無題雑記 29

毎年 2月14日は、9年前に死去した伯母の命日なので 「しも町」 の遺影に焼香へ出かける。

生前、本町市場で出くわすこともあり、今も道すがら 「会うんじゃないか」 錯覚するときもある。
長年、新潟に住んでいると、街が語りかけてくるような気分になるから不思議だ。

ガラッと話を変えるが、ボクのストレス解消法のひとつに、人と会うことがあげられる。
会話が刺激になれば、視野も広がるだろうし、何よりもつながりを深められるからいい。
なにも、大人数で騒ぐより、ほろ酔いで話題を対等に回し合える、少人数でのトークが好きだ。

また、ひとりで飲める店もあるから、断りを苦手にする知人を、あえて呼び出すこともない。
これは考え方だが、妻とも遊び、知人とも遊べれば、経験値も増えて、家庭が崩壊する心配はない。
それに遊び心があれば、自由なお金がなくても、工夫した遊び方ができる。

ご老人に、ヒントがある。

日中は公共の場で過ごし、夕方は気の合う者と買い物をして、夜の浅い時間になると、フードコートや   喫茶店でお茶を飲みながら、笑い声を上げていたりする。
家に閉じこもっていたり、朝の散歩や図書館の往復だけでなく、遊びの固定観念に縛られてないんだ。

それに夫婦の距離感を保ちながら、人と会話で情報交換をしていれば、孤立感を味わわなくてもいい。
しかし、残念なことに、その輪は女性ばかりで、男性は孤立している人が多いようだ。
もしかすると、いつまでも気持ちの整理がつかず、プライドが切り替わらないのかもしれないね。

先月、閉店した本町の 「ホクセイマート」 なんて、地域のコミュニティーになっていたはずだ。
商業施設のフードコートで、人が交わる光景を見ていると、遊び心さえあれば、どこでも遊び場になると思えたし、会話が痴呆の防止になるから、根暗な 「老人論」 ではないんだ。

いくつになっても、会話は人の幅を広げ、老人を見ていると 「幼少期の遊び方」 を思い起こせる。
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2016年02月14日

何だっけ

女性閣僚が職責担当である、北方領土のひとつ 「葉舞」(はばまい) を読めず、思わず 「何だっけ」と記者会見で漏らし、周囲から失笑された。

それを見て 「また、言葉狩りがはじまったなあ」 と思った。
資質や適性に問題があるようにイメージを作り上げ、失脚に追い込むことが政治の常態化である。
だいたい、糾弾を浴びせられるほど、ひどい間違いでもあるまいし、要するにヒマなんだろうな。

島尻大臣はボクと同学年になるが、この年齢になると知識や経験と対照的に瞬発力が衰えてくる。
人の名前や地名がすぐに出なくなり、人間だからド忘れもするし、だれにも身に覚えあるだろう。
それに老眼年齢だから、若いときのようにスラスラと黙読できないし、音読ならなおさらである。

もう少し大目に見て、笑い飛ばして、どんどんと核心に迫ろうという気にはならないかな。
ボクは不思議でならない。

日本人は会議が好きである。
何かひとつミスを見つけると、徹底的にそこを批判の矛先にしてくるから、核心部に話が及ばなくなる。

会社でも 「会議が長くて困るよ」 と嘆く人ほど、決めに行かないし、発言もしないから、実のところ  会議を長引かせている張本人だったりするでしょ。

そういう矛盾点に気がついていないから、会議のための会議でしかなくなる。
一連の歯舞バッシングを見ていると、日本人の思考回路はそれと変わらないよな。

それに 「何だっけ」 と素顔になれるなんて、人として親近感がわいて、かわいらしいじゃん。
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2016年02月13日

不倫議員

浮気癖は病とも聞くが、どうなんだろうね。

新潟四区選出の女性議員の夫である宮崎議員は、育児休暇の所得に名のりを上げたにもかかわらず不倫疑惑を報道されてしまった。
このところの不倫疑惑というか不倫列島、いや、不倫五輪でも開催した方がいいんじゃないか。

政治家と聖職者は、国家の威信や人間の尊厳を担ってるから、性的スキャンダルはダメージとなる。
そのために、高額な所得や保証もあるんだから、倫理観に反した煩悩は捨てなきゃいけなくなる。
それでも、興奮や快感を得たいのなら、辞職の覚悟があればいいが。

そこは異性関係、日常にも危ない橋はひそんでいる。
部屋に泊めたけど、男女の関係にはならなかったとか、AはしたけどBでとどまったなど、その言い訳は永遠のテーマであろう。

この年齢になると、一緒にお酒を飲んで手に触れるとか、挨拶代わりの軽いハグなんて親しみであり、別にイヤらしくも何ともなくなる。
ただ、今は何でもセクハラ扱いされて危なっかしいが、ボクが言っているのは対等な関係であってね。

人はあまり奥手すぎて、真面目一筋で生きてると、後になってからフッと目覚めてしまうことがある。

変な話、朝目覚めて、ベッドのシーツにくるまって泣いているおねえちゃんの脇で、全裸で土下座してるおやじの光景があったり、それとも妙な味をしめてしまい 「また、抱いてやるぜ、ベイビー」 なセリフを残して、ハードボイルドに変身しちゃったりさ。

中高年になって、遊びを覚えると、まずロクなことにならない。
昔から、下半身に人格はないと聞くけど、相手には感情があるから、だれでもいいってことはない。

公人は酒池肉林はできないし、清貧じゃなければできない仕事である。
だから、本来の姿は人から尊敬を得やすく、誇りある立場なんだよな。

それがだよ、育休宣言どころか、奥さまが身ごもっているときの出来事だというんだから、男の風上にもおけないこやつ 「ちんぽこ議員」 である。
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2016年02月12日

目で会話

建国記念日だった木曜日。

伊勢丹の地下では、多くの女性による 「バレンタイン商戦」 が過熱していた。
世の中のイベントは、如何にカップルを中心に回っているかわかる。

片隅から、その光景をながめていると、財布のひもが固い女性も、こういうときは童心に返るようだ。
でも、彼女たち、ボーイフレンドはいるのかな。

本音は 「本命チョコ」 があって、仕事関係の 「義理チョコ」 同性で交換し合う 「友チョコ」 などに、余裕が表れるんじゃないか。

アメリカの青春映画で、よく 「ダンスパーティー」 のシーンが出てくる。
当日にエスコートしていく異性を探し求め、たがいにパートナーを紹介し合う慣わしのようだが、そういう経験で 「デート」 のハウツーを覚えられるのもありだ。

だけど、それに合わせて恋愛対象をムリに作ろうとすると、いずれ 「私は本当にこの人を好きなのか」 わからなくなろうから、メリットとデメリットもあろう。

まあ、頑固にへそを曲げて、ムダないらだちをおこす女性よりも、男性への恋愛感覚を養う意味では、   バレンタインデーは、いい訓練になるんじゃないかな。
それは、ホワイトデーへの道にも、つながっているかも知れないが、女性として愛おしいじゃん。

オフィスで 「面倒くさい」 と白けているより 「ハイ、義理チョコ」 とか言って 「私に惚れちゃだめよ」 ぐらいのお茶目な冗談を言える子は、こざかしくて大人びて見えるもん。

このあたりの機微はわかっているんだろうが 「あの子だけ、いい子ぶってさ」 とか、周りの同性目線、特に、ボスママに準じるにらみが気になるんだろうな。

女性同士は、目で会話をするから、怖いんだよね‥   おわり
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2016年02月11日

無題雑記 28

最近の私生活をつれずれなるままに‥

中国の春節にあたる今週。
新潟でも、中国人観光客による帰国前日の 「爆買い」 がはじまったという。
2月は暇だから、当店で 「爆飲み」 してくれないかなあ (笑)

三越にお目当のトレーナーを買いに出かけたら、最大LLサイズが合わずに断念した。
そんなに体は大きい方じゃないが、XLサイズでないと、胴回りの着心地がきつい。
この脂肪のヨロイを何とかしなければ、着れる服が限られてくる‥ やばい。

ツタヤへDVDを借りに出かけたが、パッケージに書いてある物語のあらすじを読んでいるうちに、    鑑賞した気分になってしまい、ことごとくケースを棚に戻してしまった。
借りたら、2時間は制約されるので、何でもいい作品とは行かず、時間コストも考えてしまう。
大方、この年齢になると、時間を奪われたくないので、まとめてまで借りることはなくなる。

紀伊国屋で新刊を手にしようとしたが、読まずにほったらかしの本があることに気がついた。
未読の複数冊があるのに、次の本を買ってしまうことがある。
その時に買わないと損した気分になるけど、これが無駄の収集癖になるので律せねばならない。

西堀ローサの中古レコード店で、LPジャケットの美しさに惹かれ、思わず衝動買いをした。
映画 「モニカZ」 の実在モデルとなった、スウェーデンのジャズシンガー 「モニカ・セッテルランド」
サポートは 「ビル・エヴァンス・トリオ」 で、彼女の哀愁を帯びた気品ある歌声が響く。
店のボックス席にジャケットを飾ったら、ジャズバー特有の男臭さが少し和らいだ気がする。

当分、寒い夜には、モニカのアルバム 「ワルツ・フォー・デビィ」 を流しているだろう。
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2016年02月10日

相撲雑記

夜のトーク番組で初場所で優勝した 「琴奨菊」 と、敢闘賞を受賞した 「豊ノ島」 が出演していた。

彼らは部屋は違えど、仲のよい友人関係であり、ライバルでもあるという。
また先場所、全勝の琴奨菊に黒星をつけたのが豊ノ島で、好敵手ぶりを結果で示した。

その夜、負けた琴奨菊は悔しさのあまり、豊ノ島に 「今度は負けない」だか、メールを送ったというが、ああいうことは黙っておいて、自分の中に秘めておくべき闘志だよな。

裏話を公開するのもなんだが、勝った相手や負けた相手に、そんなことするかな。
スポーツの表現方法に 「そのパフォーマンスは必要か?」 と思ってしまう。
ライバル関係にしかわからない、折々の心情はあるだろうが、勝負事にSNSはなじめないなあ。

大体 「勝負師たる者、つぶやくなよ」 と思うし、テレビで友情物語を公開するのはいいけど、本場所でそんな交流をしていたことを知ると、手心を交換しあっているとさえ思われてしまう。

そういうことは、本場所が終わってから、好きなだけ交流すればいいし、個人的な感想を重ねれば、    過剰なる意思は勝負の世界において、ありがた迷惑に受け取れることもある。

それに地方巡業や大相撲トーナメントじゃあるまいし、本場所は寡黙な気迫に迫力が宿るんだ。
SNSで、感情をやりとりをしている姿は、何となく軽くて安っぽく感じてしまう。

だから、男のドラマは、モノ申さぬ好敵手となるべき。
それをわかっているのが 「稀勢の里」 であり、彼の風格と言い換えてもいいだろう。

ボクはあきらめの胸中で、稀勢の里を無視していると思われていそうだが、一度は優勝してもらいたい気持ちは、今も変わらないからね。

長年、大相撲を愛するがゆえ、辛口な部分はそれだけ力士に魅せられている証拠である。
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