2016年01月17日

実名記事

音楽や小説に触れたあと 「どうしてこの人はこんな作品を描けたのかな」 と思うことがある。

心のどこかに心象風景があって、何かがきっかけで指先が走ったのだろうか。
音楽や小説に限らず、陶芸や書道、絵画も似たようなもので、なぜこの筆と色彩を使ったのかとか。

小説であれば、作者の感性に惹かれて、次第にその素顔に興味を抱くようになる。
その人のフィルターを通して、別な感受性にひたれる楽しみもわかるようにもなる。

どこか作者を通して、いろんな人生を知ることができて、身内感覚になれる魅力もあるんだ。

昔からボクは、年上の人の体験談を聞くのが好きだった。
若者はイヤがるようだが、時空を飛び越えて昔話を聞けるんだから、本来はおもしろいはずなんだ。

だけど、同じ話に歯止めが利かなくなったり、展開があっちこっちへ飛んだりするから、言語感覚の高い若者であれば、聞くに堪えられなくなるんだろうな (笑)

一部のマニアに有名なジャズ評論家で 「後藤雅洋」 氏は、自身が88年に執筆したジャズの書籍の   くだりに、こんなユニークな一文が書き残されていた。

「 (評論に) いろんな意見も反論もあるだろうが (論戦は) いつでも受けて立つ覚悟がある 」
1940〜50年代生まれの人たちは、活字文化と持論も強い世代なので、割りと個性的な人が多い。

現代は匿名で罵詈雑言を振りまく風潮なのに、当時は実名記事が主流で、本を購入してくれた読者まで敵に回すこともいとわないし、本が売れるように調子のいいことを書くはずなのに、あの頃の書き手は      ガンコでおもしろい人が多いんだよな。

ボクもコレ、実名記事みたいなもんだけど、あくまでも 「ブログ」 のスタンスでアップしているわけで、 意見を集める場所ではないから、そういうところは一線を画している部分となる。

まあ、書き手も読み手も、時代によって変わるべくして変わるところがあるからね。
posted by GIG at 00:00| Comment(0) | TrackBack(0) | Diary & Social | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする