2016年01月10日

出航式典

成人の日とは、一人前にあつかうかわりに、社会貢献してくれる期待と願望を意味する式典かと思う。

要するに、人的資源として、社会から正式に認められたのである。

だが 「大人になりたくない」 と願う 「ピーターパン・シンドローム」 は、いつの時代も存在しているから無下にできないが、最近の社会風潮は、その症候群が広まっている気がしてならない。

いずれ、若者の自我はいい意味で目覚め、今の居心地が良くてもその場から自然と離れていくもので、だれもが子どもの心を抱きながら、いつの間にか大人になっていくものだ。

ガキの頃の仲間とベッタリと顔をつけあわせている人はいないように、今の環境に適応して離合集散を繰り返しながら、経験を積んでいくわけで、それが社会を知る歩みだったりしたはずなんだ。

もちろん、それまでのつきあいを粗末にするのではなく、敬意をもっていったん解散はしたとしても、また懐かしくなったり、縁がめぐってきたときのために、歩み寄れる距離の工夫を保っておけばいいと思う。

つまり、成人式とは、解散式でもあるんだ。

日本中が、阪神タイガースの初優勝で沸き上がった、1985年
そういうボクも、成人式をきっかけに、見知らぬ土地でひとり暮らしをはじめたのが二十歳。

四畳半一間、風呂なし共同トイレの木造アパートで、これからは自分でやりくりすることを自覚しながら、苦労をかけた親のことを考えたりしたもので、メソメソしていたのは、いつの時代も母親であってさ。

世間でいわれる 「自分らしさ」 とは、ひとりになって経験してわかることのほうが大きかったりする。
なにも親元で暮らしていようが、その形にとらわれず、ひとつ屋根の下でもできることはあるからね。

それこそ、解散式があれば、出航式もあるわけで、そのための成人式なんじゃないかと思う。
posted by GIG at 00:00| Comment(0) | TrackBack(0) | Diary & Social | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする