2015年12月02日

Monica Z

原題 「モニカ Z」  邦題 「ストックホルムでワルツを」

時は 1960年 スウェーデン ストックホルム

電話交換手を生計にするシングルマザーで、ジャズシンガーを夢見る 「モニカ」 は、ジャズの本場 ニューヨークのクラブで、デビューのチャンスを得ることができた。
しかし、本場のステージでは、実力不足で観客に受けいれてもらえず、ひとり苦汁を味わっていた。

そんなとき、一流ジャズシンガー 「エラ・フィッツジェラルド」 を街場のバーで見かけた。
彼女はいい機会と思い、その場で自分のアカペラ (歌) を聞いてもらい、エラに感想を求めたものの返ってきた答えは、素っ気ないものだった。

「だれかのマネじゃなくて、自分の気持ちを素直に歌うべき」 と、鼻にもかけてもらえなかった。
しかも 「あなたに、ビリー・ホリディーは歌えない」 とまで言われ、それがコンプレックスとなるが、後にその言葉が実ることにもなる。

物語のはじまりは、いったん切らせてもらい、ここからは 「ボクの感想」 に入りたい。

そもそも、歌のうまい、へたの分かれ目はどこであろうか。
音程、リズム、読譜力、絶対音感以上に、その人の 「個性」 が出ていることじゃないだろうか。

多少の音程を外しても、リズムに乗り切れなくても、その人らしさが出ていれば、引き込まれてしまう。
だから、コピーありありでは興ざめだし、音楽学校の平均点をとるための音楽 (歌い方) ではなく、  好きを好きと言い切れるだけの 「オリジナルティー」 にあると思う。

それまでの音楽の勉強は、好きを表現するための努力でしかないから、やっぱりステージでは、本当の自分を出すべきだし 「テクニック」 は後からついてくるものだ。

物語の後半、不本意な経験を積みながら、ある日、モニカに一本の国際電話がかかってきた。
声の主は 「ビル・エヴァンス」 で、電話の内容は、ニューヨークでの 「共演オファー」 だった。

ステージで歌うは 「ワルツ・フォー・デビィ」

客席には、あの 「エラ・フィッツジェラルド」 が温かい視線で見つめており、確執中の父親からの電話で涙し、気持ちのすれ違いをおこしていた彼とも結婚した。

「春 秋 そして冬‥ あなたと暮らす季節」   生きざまを歌った、個性が人の心を打ったのである。
posted by GIG at 00:00| Comment(1) | TrackBack(0) | Jazz & Music | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする