2015年11月04日

五郎丸 歩

ワールドラグビーの年間表彰式で、南アフリカ戦での 「五郎丸 歩」 のトライが、ファンの得票数の末 「最高の瞬間」 部門を受賞した。

五郎丸の恩師である清宮監督は、メディアで 「ぼくとつで飾り気のない男」 と紹介していた。
彼は、昔からあった 「価値観を次世代につないでくれる」 そんな日本人らしいヒーローなんだ。
アスリートの自意識は、プロにおいては重要なメンタリティーだが、マスコミやファンにチヤホヤされると、それまでの自分とは異なり、次第におちつきを失いがちとなる。

野球やサッカー、ボクシングなど、インタビューひとつにしても、余計なひとことをつけてパフォーマンスを考えたり、スポーツアイドルになろうとしていると、思わせられる選手も少なくない。
スポーツ選手を 「サムライ」 に見立てたがるが 「こんなペラペラ、うるさいサムライはいるんかいな」 とも思うし、大げさな言い方をすれば、キャラクター重視で 「ヒーロー像」 を感じない。

そんな選手を見ていて 「おちつきのあるヒーローはいないのか」 と感じていたときの五郎丸。
エンターテインメントに慣らされたファンは、はしゃぐことが選手やファンへの褒美と勘違いしている。
キャラクター以前、自分の生き方の筋を通す男らしさが大事なんだ。
ヒーローは、その時代を映す。

そんな五郎丸からは、おちつきのあるサムライ 「日本男児の風格」 を感じさせられる。
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2015年11月03日

SESSION

遅ればせながら、ジャズドラマーを志す若者を題材にしたアメリカ映画 「セッション」 をレンタルした。

こんなエピソードを思い出した。

アントニオ猪木が率いたプロレス団体 「新日本プロレス」
毎朝10時、鬼コーチ 「山本小鉄」 のキャディラックが道場に到着すると、練習生は身が引き締まる  思いだったと、後のプロレスラーたちは証言している。
そのあと、お構いなしの 「地獄のトレーニング」 が待ち受けているからだ。
こうして、名実ともに 「プロレスラー」 になるのである。

まさに、そんな映画だった。

ジャズドラマーになるため、全米の名門音楽院に入学した主人公 (19歳) は、鬼教師の常軌を逸した 「スパルタ教育」 で、一流ドラマーへの足がかりができるストーリー。

映画の評価は割れるだろうが 「師弟ロマンを描いた」 と見る向きもあれば 「歪んだ愛の不条理な   パワハラ」 と見る向きもあるだろう。

このあたり、たかが映画、されど映画だから、目くじらを立てるなである。

ボクが知る、ジャズの現場は、少しわがままで手荒なイメージがあった。
だけど、いい音楽を聴かせようと、彼らには彼らなりの悩みがあったと思えた。

今はどうかわからないが、最近は自分たちグループの感動だけを優先しているような気もするね。

「反面教師」 という言葉がある。
映画の分かれ目は、鬼教師の人格をどういう目で見るかで、その感想は変わったものになるであろう。
 
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2015年11月02日

休日の合間

休日の合間となる2日 月曜日

暦通りに勤務している人は、今朝だけは少し気が和らいでいるかと思える。

土日月の三連休はありがちだが、月曜をはさんだ飛び石はそう多くはない。

人によって 「ちゃんねえ」 と待ち合わせで、心ときめく夕暮れだったり。

家族の団らんも小休止、勤め帰りに会社の仲間とほろ酔い談義するには、ちょうどいい合間かもね。

今夜、予定のある人は多いのでは…
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2015年11月01日

国民の休日

新聞屋からもらった、来年のカレンダーをめくっていたら、8月11日に 新しい休日 (山の日) があることに気がついた。

そういえば、祝祭日のない月に限り、徐々に国民の休日を増やす動きがあったっけ。
ということは、祝祭日のない月は6月だけになり、それも2年後にはここも何か制定されるのであろう。
祝日、祭日、どっちでもいいけど、国民はだれも祝っちゃいないし。

3連休を含めて1年に何回、大型連休があるんだろう。
喜ばしいことなんだろうが、働きたいと思っている人もいるんじゃないかなあ。
日本経済を活性化させたいのなら、大いに働いて、大いに遊んで、消費を循環させることだろう。

むやみに休日を増やしても、見てごらんよ、街中は締まりのない空気が蔓延しているだけだ。
手のかかる子どもがいる家庭や、介護を必要とする家庭は別だが、そうじゃない限り、連休は部屋で    何をして過ごしているのかと思ってしまう。

休日が増えても外出することなく、1日中部屋に閉じこもってPCいじくりまわしたり、ついでに自分の  局部もいじくりまわし…  あっー 失礼、でも、そんなもんだと思うよ。

人と会わなくても、どこかに出かけなくても、暮らしに困らない世の中になったけど、これって孤独力とかじゃなくて、創造性が欠落した暗さのほうに向いているんじゃないかな。

休日を増やしても、消費なんてしないよ。
人は忙しいから消費するんであって、時間に恵まれてしまい過ぎると人は消費しないからね。

「景気を良くしたい、だけど休みも欲しい」 では、人の欲求は尽きないし、その実態は矛盾している。
大手企業や親方日の丸は好景気とは聞くが、社会全体の縮図はまだら模様に見えてしまう。

その理由、大不況を経験した傷口が癒えてないし、あれで消費マインドを折られてしまったからだろう。
だから 「ゆとり休日」 とかいっても、余裕資金が動かないんだから、発想的に 「ゆとり教育」 のあの愚策と変わらない。

それに仕事をしていることが、なによりもストレス発散になっている人もいる。
そういう人は、仕事の中にロマンを見つけたのだろうし、景気に貢献している。

だらだら仕事している人は、私生活もだらだらすごしているだろうし、きびきび仕事をしている人は、   私生活もきびきび遊んでいるもんで、将来のオプションは貯金ですなんてのは、まず孤立するからね。

定年退職すれば、いやというほど時間ができるんだから、それまでは大いに働いて、大いに遊んで、    消費を循環させる、これしかない!
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