2015年10月30日

美人薄命

29日 夕方のローカルニュースで 「ミスインターナショナル」 の美女軍団が、新潟市を表敬訪問した 様子が映し出されていた。 (残念だけど、男は見かけの容姿に影響されてしまうもの)

昔の美人コンテストは、生まれつきの顔とスタイルで選考されてたと思えるが、今は人間としての魅力もイコールしてないと、ミスインターナショナルの候補にはなれないという。

だから、そんなに美人には見えなくても、本人と接触すると人間的な 「フェロモンの虜」 になってしまい惹かれてしまうことは大いにあるだろう。

若いときは美貌であるがゆえ、収入や地位は多少保てるが、必ず外見は目減りするものだ。
しかし、内面の魅力はそれまでの経験が有無を言わさぬから、知性は劣化することはない。

今日だけは 「男権論者」 となり、ハッキリと口にしていきたい。

男性からモテる女性の割りには、どういうわけか度々、別れを切り出される女性は少なくない。
おそらく、女性としての魅力はあっても、残念ながら、人としての魅力に欠けていると思える。

男が女と一緒になりたいと感じるとき、もしくは 「プラトニック」 でもいいから、人としておつきあいをしていきたいと思わせられるのは、やっぱり内面的な魅力に他ならない。

男女は性的な欲求からはじまることもあるが、大人のつきあいはおたがいの内面に負うところも大きく、熟年に向かえば、なおさら強まるであろう。

もう少し具体的な部分を語れば、男が何かに苦しんでいる状況で、そのときに最善のことをできる女が、その男にとって 「特別な女性」 になるんだと思う。

男女がつきあうとなれば、四六時中一緒にいることもありえる。
ひとときのセックスがうまくても、それ以上の魅力がなければ、つきあいは続かないものだ。

つまり 「人生が楽しくなりそうだ」 と思わせられる女性としか、男は一緒に暮らせない。
そう考えれば、見た目の美人は3日で飽きるといわれるが、内面の美しさに飽きることはないわけだ。

そこを勘違いすると、本末転倒になると思う。
男と女を語れるほどの経験はないが、50年も生きてりゃ、それなりに女性を見る基準は決まってくる。

それが正しいか正しくないかは、だれにもわからないが、あくまでも男性論者の立場でいえばこうなる。
posted by GIG at 00:00| Comment(0) | TrackBack(0) | Bar & Human | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする