2015年10月31日

2015 November

ジャズとウイスキーを愉しみ、大人の時間を寛ぐ空間

(11月 定休日)     
       1日(日) 8日(日) 15日(日) 23日 (月) 29日 (日)

       ( 3日(火) 22日 (日) 営業致します )

 住所     新潟市中央区 東大通2−9−5 
 電話     025−247−1644
 営業時間   19:00 ⇒ 26:00 (平日・祝日) / 27:00 (週末・祝前日)
 定休日    日曜 (連休の場合は営業致します) 
 客席数    カウンター10席  ボックス席あり

 取扱いメニューの一部をご紹介いたします

 【チャージ】  ¥600 

 【ビール】 ・カールスバーグ ・クワーズ ・ハイネケン ・ギネス ・シメイ ・デュベル 他

 【アイラ】 ・ラフロイグ ・カリラ ・ボウモア ・アードベック ・ラガヴーリン 他

 【スペイサイド】 ・クラガンモア ・マッカラン ・グレンリベット ・グレンフィデック 他 

 【ハイランド】 ・グレンモーレンジ ・タリスカー ・オーバン ・スキャパ 他

 【ローランド】 ・オーヘントッシャン ・トバモリー ・グレンキンチー ・レダング 他

 【キャンベルタウン】 ・スプリングバンク ・ヘーゼルバーン ・ロングロウ 他

 【スコッチ】 ・デュワーズ ・シーバスリーガル ・バランタイン ・オールドパー 他

 【アイリッシュ】 ・ブッシュミルズ ・ジェイムソン ・カネマラ ・ターコネル 他

 【バーボン】 ・ブッカーズ ・ベーカーズ ・ノブクリーク ・バッファロートレース 他

 【ジャパニーズ】 ・知多 ・余市 ・宮城峡 ・伊達 ・山崎 ・白州 ・響 ・イチローズ 他

 【カクテル】 ・ミントジュレップ ・ゴッドファーザー ・ラスティネール ・ロブロイ 他

 【フード】 ・オリーブ ・オイルサーディン ・ピクルス ・レーズンバター ・ピザ 他

                              メニュー表 ご用意しております。
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2015年10月30日

美人薄命

29日 夕方のローカルニュースで 「ミスインターナショナル」 の美女軍団が、新潟市を表敬訪問した 様子が映し出されていた。 (残念だけど、男は見かけの容姿に影響されてしまうもの)

昔の美人コンテストは、生まれつきの顔とスタイルで選考されてたと思えるが、今は人間としての魅力もイコールしてないと、ミスインターナショナルの候補にはなれないという。

だから、そんなに美人には見えなくても、本人と接触すると人間的な 「フェロモンの虜」 になってしまい惹かれてしまうことは大いにあるだろう。

若いときは美貌であるがゆえ、収入や地位は多少保てるが、必ず外見は目減りするものだ。
しかし、内面の魅力はそれまでの経験が有無を言わさぬから、知性は劣化することはない。

今日だけは 「男権論者」 となり、ハッキリと口にしていきたい。

男性からモテる女性の割りには、どういうわけか度々、別れを切り出される女性は少なくない。
おそらく、女性としての魅力はあっても、残念ながら、人としての魅力に欠けていると思える。

男が女と一緒になりたいと感じるとき、もしくは 「プラトニック」 でもいいから、人としておつきあいをしていきたいと思わせられるのは、やっぱり内面的な魅力に他ならない。

男女は性的な欲求からはじまることもあるが、大人のつきあいはおたがいの内面に負うところも大きく、熟年に向かえば、なおさら強まるであろう。

もう少し具体的な部分を語れば、男が何かに苦しんでいる状況で、そのときに最善のことをできる女が、その男にとって 「特別な女性」 になるんだと思う。

男女がつきあうとなれば、四六時中一緒にいることもありえる。
ひとときのセックスがうまくても、それ以上の魅力がなければ、つきあいは続かないものだ。

つまり 「人生が楽しくなりそうだ」 と思わせられる女性としか、男は一緒に暮らせない。
そう考えれば、見た目の美人は3日で飽きるといわれるが、内面の美しさに飽きることはないわけだ。

そこを勘違いすると、本末転倒になると思う。
男と女を語れるほどの経験はないが、50年も生きてりゃ、それなりに女性を見る基準は決まってくる。

それが正しいか正しくないかは、だれにもわからないが、あくまでも男性論者の立場でいえばこうなる。
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2015年10月29日

幼い飲み方

ボクはつきあいではない限り、日本酒を飲むことはない。

キライじゃないが、こういう理由が考えられる。

18歳 就職が決まった友人の祝いに、二人でジュースの一升瓶 ? を空にした。
このあとの状態は、想像がつくだろう。

21歳 大宮駅からほど近い屋台で、友人とさんま焼きを食べ、翌朝二人とも食あたりで悶絶した。
そのときに飲んだ、安いコップ酒の甘ったるい香りが、全身にまとわりついている感覚が続いた。

26歳 友人との再会に気をよくし、酔っておたがいの顔に、マジックでとんでもない落書きをした。
しかも、油性だったから、朝起きて皮膚があかぎれするほど擦り、大変な一日のはじまりだった。

日本酒を交えた体験談は、この三つの出来事が印象深い。
今振り返れば 「幼い飲み方」 をしていたとしか言いようがない。

東京在住時、新潟というだけで、越乃寒梅 八海山 「お酒が強いでしょうね」 と社交辞令は続く。
飲むなら 「新潟系」 と呼ばれる、淡麗辛口がいいが、自ら飲まないのは、こんな理由があるのかも。

それに、日本酒は度数が低く、飲み口があっさりしていると、ついつい飲みすぎてしまう。
その点、ウイスキーは度数が高く、口当たりがパワフルなだけに、そう浴びるほど飲めるものではない。

ボクはビールで乾杯後、ウイスキーにシフトするのが、スタンダードになっている。
だけど、安くて硬いウイスキーは避けるようにしているし、ストレートで飲むことは少なくなった。

余談だが、無類派の作家 「坂口安吾」 は新潟県出身でありながら、日本酒は嫌いだったと聞く。
酔うために強い酒を好み、アルコールであればなんでもいいタイプらしかったとか。

その真偽はわからぬが、日本酒もウイスキーも行きつくところは 「大人の美意識」 で飲むと思うね。 
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2015年10月28日

カフェイン

月曜日は、カフェイン中毒になりそうなほど、コーヒーを何杯も飲んだ。

先週の木曜日から、午前中に小用が多く、睡眠のローテーションが少し狂っていたからだ。

いけなかったのが、日曜日は夜の9時前に寝てしまい、目が覚めたのが深夜の1時。
そのまま、ラグビーワールドカップの準決勝を見ていたら、案の定、目がさえて眠れなくなった。

夜の仕事に従事している人なら、この心境はわかると思うが、サイクルを戻すのに苦心することがある。
お客さんの前で、時差ぼけの顔はできないし、営業がはじまれば眠れない。

この場合、カフェインを気付け薬に使うから、日に何十杯も過剰摂取してしまう。
するとマラソンの 「ランナーズハイ」 な状態となり、緩やかに気分が高ぶる。

人は歳をとると寝覚めが早くなるというが、ボク自身は仕事的に例外でありたい。

エスプレッソはカフェインが少ないので、コーヒーのストレートなら、何でもOKである。
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2015年10月27日

秋晴れに

日曜の夕方 古町十字路を自転車で横断したら、突然後輪がフニャフニャし、ほどなくゴロゴロと振動がサドルに伝わり、パンクとわかりつつも、意地で自宅まで乗って帰った。

翌日の午後、自転車店に持っていくとタイヤが強い摩擦をおこしているので、パンク修理のレベルでなく前輪も含めてタイヤ交換をお願いすることにした。

そのため、一時間半ほどあずけることになったので、歩いて南万代のブックオフで文庫本を一冊購入    してから、秋晴れに気をよくし、川べりのベンチに腰をおちつけ、読書をしながら仕上がりを待つ。

昨日に続き肌寒いが、太陽の光が角度よく体を照らしていたので、いい具合に体温が守られた。
少し活字に飽きたころ、対岸の風景と水面が緩やかに流れる信濃川をぼんやりと眺めていた。

目の前に広がる変色した芝生の上では、若い男女のグループがはしゃいでたり、仲睦まじいカップルが肩を寄せ合っていたりしている。

手前のランニングロードでは、老夫婦がウォーキングをしていたり、犬をわが子のように見立てて散歩をする、主婦が横切っていく。

だれも、ボクを気にする人はいない。

秋晴れの空の下、ベンチで大きく背伸びをしてから、自転車を取りに戻った昼日中。
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2015年10月26日

ナビゲイター

仕事前の夕方、ちょっとフラリとお茶でも飲みたくなるときがある。

ぼんやりとBGMに耳を傾けていると、流れている音楽にお店のカラーがあったりする。

ある日、小さく聴こえてきたのは、ユーミン 「ベルベットイースター」
「小雨の朝」 からはじまる歌詞は 「いつもと違う日曜日」 で終わる。

だれから知らされたわけではなくて、いつのまにか憶えてしまった歌が名曲なんだろうね。

ヒット曲 「中央フリーウェイ」 も 「右に見える競馬場、左にはビール工場」 など、車の座席から見た日常の様子をとりあげるから、リスナーの共感を生むんだと思う。

それに、空や海、雨や雲、月や光など、季節と自然をおりまぜながら、恋愛観を浮き立たせた歌詞は    非凡すぎるセンスを感じてしまう。

ユーミンの歌詞に、若きころの恋愛の思い出をダイブさせるほど 「ファニーなおやじ」 ではないけど、たまに耳にする歌謡曲は気分がやわらいでいい。

狭い選択肢でしかないが、その昔、カセットテープのCMのサビに使われていた曲 「ナビゲイター」 は車の中から、空をながめて時間がまったりと流れていく様子が映り、ユーミンの中では一番好きかな。
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2015年10月25日

格好と代償

朝のワイド番組で 「和食のカリスマ」 と呼ばれる有名料理人が、弟子に暴行をして逮捕されたとか。

テレビや雑誌で活躍していた料理人だが、容疑者となると一転、それまでの扱われ方がウソかのように辛辣な言葉で攻め立てられる。

取材班は30年以上も前の知人を捜しあて 「どういう人でしたか」 なんてインタビューしているんだから負の誘導尋問でしかない。

是々非々はハッキリとさせた上だが、有名人になりたがるのも考えモンなんだよな。
ひとつ間違いをおこせば、存在感があるからこそ、格好な代償となるからね。

ボクは存在感のある人生なんて、まっぴらごめんである。
なまじっか存在感があると、どこか考え違いをして、浮足立ってしまったり、私生活は静かに暮らしたい。

テレビや雑誌の露出に関心を抱く人がいるけど、その先におもしろいことがあるのかなと思ってしまう。
人から見られることで、自分自身を律するのは大切だけど、実写されることで私生活まで興味の対象にさらされすぎると、いずれストレスになるでしょ。

少し顔の知られた有名人になると、夜の街で静かに飲んで疲れを洗い流してるのに、無断で顔写真を撮られてフェイスブックにアップされたり、私生活も切り売りしなきゃいけなくなるからね。

だから、和食のカリスマは今ごろ、調子こいて有名人になってしまったことを、内心後悔しているとともに存在感は代償もでかいんだよな。

つまり、公私自他ともに認める 「エンターテイメントタイプ」 でないと、有名人にはなれないと思う。
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2015年10月24日

ドラスティック

「ドラスティック」 だ。
今朝の新聞で、巨人の高橋由伸 (40) が、12球団最年少で、次期監督を引き受けたことを知った。

昔から、男が憧れる職業が3つあるといわれる。
オーケストラの指揮者 軍隊を指揮する長官  そして、プロ野球の監督だと聞く。

最近では、監督を経営者に置き換えると 「そこまでの職責は担いたくない」 のが、世の現状らしい。
まあ、資質や適正、実績があればの話だが。

経営者のタイプは、大きく二つに割れると思う。
経営の理論は優秀だが、人柄に魅力を感じないタイプ。
人柄に魅力を感じるが、経営理論には心許ないタイプ。

実際、理論と人柄のバランスが保たれているタイプは少なく、最も言えばどちらかの能力が抜きん出て、利益を誘導することをできるのが、一般的な経営者であると考える。
企業経営に関わる民間の調査報告書でも、実績以外に経営者の人柄は定性的に分析されている。

経営者は全部の能力が優秀である必要はない。
能力に 凹凸 (デコボコ) があっても、自分に不足している 凹 の部分を、だれかの 凸 で補えば いいんだから、優秀な経営者ほど 「マネジメント」 を通じて、成果をあげられる。

男の世界、権力を欲しがり、ロマンに憧れる生きもので、部下から 「ボスを男にしよう」 と思われてこそ経営者の器 (カリスマ性) があるんだと思う。

ボクは 「アンチ巨人」 だが、高橋由伸の胆力はどれほどのものか、来季注目していきたい。
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2015年10月23日

本町市場

22日 朝8時から、妻の健康診断につきあった後、本町市場で買い物をした。

本来、寝ているはずの時間帯に買い物するのはめずらしいことだが、これが新鮮な気分になれるんだ。
行商のおばさんたちの新潟弁を小耳にしながら、のんびりと目利きできる、のどかな下町風景がある。

スーパーで事務的に買うのとはちょっと違い、高齢化した庶民の台所事情が見えてくる。
それに少しだけ、いい加減な塩梅がある。

値札がついていない青果の値段をたずねると、正規な相場の2倍を示された。
この区画で気前よく買うことはしなかったが、市場と名がつくところではよくあること。
普段から、つきあいのある客とそうではない客とでは、少し待遇に差が出るものだ。

昔から、市場でいい品を安く手にするためには、そこそこの頻度で足げに通い、顔を覚えてもらうのが、ちょっとした信頼関係になったりする。
市場には市場、商店街には商店街、人間と人間の仁義あるつきあいが存在してるんだろうね。

市場の楽しみは 「システマティック」 ではないところ。
商売上、口八丁な店もあれば、ど偏屈な店もあり、スーパーのマニュアルとは違い、店との相性もある。

一見客がなれなれしく 「まけてよ」 というのは、はばかれる雰囲気があったり、逆に顔見知りであれば 「一個、おまけしておくわ」 になったり、マニュアルが存在しない個性を 「不平等」 と感じるのであればスーパーで購入するべきだろう。

「消費マインド」 が細かすぎる人は、時価がともなう寿司屋のカウンターには座れないのと同じことで、台所は分かれると思う。

ボクはスーパー、たまに市場だけど、高校生のときにスーパーの鮮魚コーナーでアルバイト、それから   しばらくは鮮魚センターや魚市場に出入りしていたので、買い方にはあまり抵抗がないのかも。

まあ、本町の朝市の雰囲気は好きだけど、めったに行けないから、どうしても 「夕方市」 になるんだ。
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2015年10月21日

My Back Pages

秋の夜長 お客さんと緩い音楽談義をしていた。

1964年 ボブ・デュランの名曲 「マイ・バック・ペイジ」 をピアノトリオでカバーしたアルバムが耳に残っているというが、もう30数年前に聴いた曲なので、だれの演奏だったのか思い出せず、しばらく  会話が宙をさまよっていた。

「きっと、探しているのは、このアルバムだな…」
67年 キース・ジャレット・トリオ 「サムホエア・ビフォー」 の一曲目を流して、ジャケットをカウンターにおいた。

本作 若かりし頃の チャーリー・ヘイデン ポール・モチアン との実験的な試みを思わせられる。
ベースのソロテーマから入り、次第にリリカルな展開となり、絶望と哀愁、今を生きる希望を抱かせる。
いろんな人の想いが、かけめぐるナンバーであろう。

このアルバムの魅力は、少し耳障りで粗っぽい演奏の中に、まぎれもない青春の香りがするところ。
学生時代の飢えと渇き、政治的な批判や社会を風刺しながら、次第にスーツを着てネクタイを結ぶ頃、自己との対話をすることになる、そんな若い日々の心境に戻れるんだ。

「マイ・バック・ペイジ」 と 「バーボン」  少しお疲れの 「フリーカメラマン」 がくつろいでいた。
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2015年10月20日

Jazz Talk Vol.65

毎年9月 東京丸の内で開催される 「東京ジャズ」

今年で、第14回目を迎えた東京ジャズの模様は、10月にダイジェストとしてBSでオンエアされるので、いつも楽しみに見ている。

魅力は、従来からあるジャズのスタイルだけにこだわらず、レジェンド (巨匠) はもちろん、国際色が豊かな若手プレイヤーたちの 「今」 を感じさせるステージである。

別番組のインタビューで、新進気鋭のジャズピアニスト兼プロデューサー 「ロバート・グラスパー」 は こう語っている…    「音楽という広いジャンルの中で、いつの間にかジャズは孤立的になった」

そんな投げかけに、既成のスタンダードをより現代風にアレンジした、若手が名のりを上げてきた。
ビッグネームでは 「上原ひろみ」 好みは分裂すると思えるが 「マッド・リブ」 男性ボーカルなら   「ホセ・ジェームス」 であったり。

今、若者の主流であろうジャズは、ロックビートではじまったり、俗に ヒップ・ホップ・ジャズ であったり、いろんな音楽的要素の複合体なので、ひとつのノリだけでは収まり切れなくなっている。

それにムリにジャズを名のることもないだろうし、ジャズのスタイルにも選り好みがあるだけに、開かれた気持ちで聴かないと、どうしても狭い世界だけにおちいりやすい。

ジャズは、既成概念を壊してきた音楽だ。
こうして、壊してきた先人たちが、今壊そうとしている若手たちをとやかく言うのは、お門違いであろう。
自分の好みでないからと言って、否定してはいけないし、可能性のためにも好きにやらせりゃいいんだ。

物わかりのいいことをつづったが、ボクの軸足は伝統的な 「アコーステックジャズ」 にある。
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2015年10月17日

Jazz Talk Vol.64

中古CDショップで、廃盤  「エルビン・ジョーンズ・スペシャル・クインテット」  (至上の愛/新宿ピットイン・ライヴ 92」 を手にできた。

本作、トランペット 「ウィントン・マルサリス」 がゲスト参加したことで、注目されたアルバムである。

当時、前評判では、録音の悪さを指摘されてたようだが、ボクは演奏そのものに耳をこらしているから、あまり気にならなかった。

それより、エルビンの強烈なグルーヴ感に対し、ウィントンの完璧なまでの安定感と構成力の豊かさを感じた。

あらためて 「マイルス・デイビスを批判しただけの腕前はあるわな」 と思いつつも、小憎らしいまでの 「インテリジェンス」 を感じるところがある。

つまり、パーフェクトなんだ…  だけど、何かとっつきにくいんだ。
うまく説明できないけど、すべての音を正しい位置におきたがるような…
この話は、少しデリケートなので、ここでやめておこう。

今、再販に限らず、廃盤や中古が多く出回っている。

買って、聴いて、記憶に残らず、また買ってのスパイラルは避けたいから、コレクション目的で飛びつく  ことはせず、あくまでもジャズを聴くことを重点においている。

往年のジャズファンが 「お宝」 を手放すようになってきたから、中古ショップのラックは在庫が豊富で、何も見ずに素通りすることはできなくなった。

こう書くと、いずれボクもすべてを手放す年齢が来るだろうし、他者へ譲ることもおとずれるであろう。
そのとき 「これだけは手放せないな」 と思う、アルバムは何だろう ?
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2015年10月16日

品位と禁忌

来年の干支は、申 (さる) か…  今年も自宅に早くも 「年賀状印刷」 の案内書が届いた。

幸いなことに、これまで年賀状を出せなかった年はなかったが、これからは毎年同じように出せるとは   限らない年回りになっている。

例年、迷いが生じるところだが、お店 (個人事業主) としての年賀状 (挨拶状) はどうするか。
職業上、企業の方々の名刺は、自然と手にすることが多い。

バーやスナックは、食事をする場所とは一線を画し、中高年の 「隠れ家」 ニーズを含んでいる。

仮に、企業の役職に宛てたとしても、総務部が仕分けして各部へ配られるので、個人宛にはならない。
期限が切れた名刺もあれば、宛名不在もあるはずで、転勤は世の常。

バーは、仕事で疲れた心と体を休める場所でもあるから 「あの店で飲んでいるのか…」 など、あまり外部の人には知られたくない、デリケートな心理が働いている。

だからと言って、メールでご挨拶など特別な距離でない限り、軽々しくてためらいもある。
そうすると受身になるが、扉を開けていただいたときが 「時節のご挨拶」 でいいかなと思ってしまう。

それでも毎年、名刺を交換する所作は、少なくなっている。
もしかすると、名刺交換は 「消えゆく文化」 のひとつかも知れない。

職業上、本音を言えば、身元のハッキリしない人の前では、あまりうかつなことは語れない。
ボクは逃げも隠れもできないが、バーカウンターには、マナー (品位) と タブー (禁忌) がある。

そんな思いをめぐらすと、お名前を知らされるということは、胸襟を広げてくれた証でもある。
きっかけができれば、ボクもそこそこ安心するし、名刺はその時々の身分証明証代わりとなる。

対面商売、オープンにはオープン、クローズにはクローズ、オープンとクローズが交わることはない。
よほどのことがない限り、人に障壁を作ることはしないが、お顔が名刺代わりのお客さまも多くなった。

まあ、ご来店が挨拶代わりとなり、ちょっとした頼まれごとに協力したりするなど、マスターとお客さんは惰性でつきあっているとしか思えない仲でも、意外と不思議に信頼関係ができていたりするんだよね。
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2015年10月15日

桜の勇者

子宮がうずいた女性も、多かったんじゃないかな…

久し振りの 「ニューヒーロー誕生」 である。
ラグビーワールドカップ日本代表チームの祝福ムードが続く中、人気の渦中にいるのが 「FB 五郎丸」

均整がとれ、引き締まったボディに厚い胸板、燃え立つ情熱。
クールで甘いマスク、ピュアなハート、男の清涼感がただよう。
既婚であることも、おちつきのある男として、映っていると思われる。

肉体をぶつけ合う、ラフなスポーツ (格闘系) では、一般常識や社会的な教養がないと、ただ図体がデカいだけの野蛮な男ぐらいにしか見られない。
残念ながら、世間とはそういうものだ。

だが、別な言い方をすれば、今求められているスポーツマンシップは、強くて品格のある硬派である。
基本軸は、いつの時代であれ、男は硬派であるべきだと思う。
彼ら 「桜の勇者」 たちからは、気高さを感じた。

今の若い世代、汗を流すのか、知恵を出すのか、どうもハッキリしないところがある。
少しはラグビーを見て 「集団行動の中での個人とはなんぞや」 考えてみてはどうだろうか。
あのスクラムの中には、いろんなドラマがあるんだろうし、スポーツをどういう視点で見るかだよね。

五郎丸はこう締めた。
「自分たちはトップじゃないので、勘違いしてはいけない」  あたりまえだが、浮かれてない。

ご当地、新潟からも、快進撃の立役者であり、郷土の星となった 「FW 稲垣」
しかし、言いたいことがあるぞ   早よ、床屋へ行けてば ! 
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2015年10月14日

庶民の雑文

予定のない休日、平日の空いた時間 「本屋」 にいることがある。
お店の規模、書籍の構成、新刊や古本問わず、フラリとながめているだけでも、気持ちがおちつく。

小難しい本は読めない。
文豪作品や長編文学、古典など、ボク程度の読解力では、到底理解におよばない。
個人的には、大衆娯楽小説、ノンフィクション志向である。

「人間」 にスポットをあてた、ヒューマン小説が好きだ。
好きな作家は、人間なら誰にでも隠されている内面の怖さを見事に描いた 「吉村達也」 
奇想天外な人間の新感覚を描いた 「原 宏一」
女の隠された嫉妬や情念を描いた 「新津きよみ」 「小池真理子」
作品にもよるが 「中島らも」 のような、気楽に活字と触れ合えるのもいい。

また、作家としてではなく、タイトルとテーマで、目次と文体に目を通し、手もとにおくこともある。
中には、文才のある一般人が出版社の力添えを背景に執筆した、渾身のドキュメンタリーも好きだ。

最近なら、元書店員が描いたタイトル 「傷だらけの店長」 は、一気に楽しめた。
あえなく閉店により、退職を余儀なくされた店長の苦悩が描かれたリアルさが読み手の心に響く。
よく使われる常套句  「好きなことを仕事にできていいですね」
その言葉に対する現実が、ここに生々しく描かれている。

著名人であれば、職業 「著名人」 であるがため、真実と粉飾をおりまぜながら、第三者の介入による 「口述筆記方式」 の出版が目立つ。
著名人というだけで、ありがたられる本もあるが、人の目を曇らせてしまうものもある。
表紙と中身が異ならないように、実際の現物を手にして 「ななめ読み」 で判断する。
ネットで本を購入しないのは、そういう意味であり、本はなるべく本屋で購入するようにしているんだ。

本の著者の魅力は 「名もなき文才」 にある。
完全な匿名性ではないが、今までに得た経験と知識が息づいている 「素人文章」 がおもしろかったりするのは、普通に商店街の八百屋で隣り合わせになれる庶民性があるからだ。
木で鼻を括ったような著名人よりも 「庶民の雑文」 のほうが、リアリティーがあったりするからね。

本との出会いは、人との出会いに似ている。
偶然の積み重ねの中に、大切な探し物をしているようなんだ。
本屋めぐりは、生涯終わることのない、楽しみの一つである。

夕方、閉じた本の 「人の短編集」 (原田宗典) 130ページに 「しおり」 が挟んである。
明日、医療型介護施設の静かな部屋で、続きのページをめくっていることになりそうだ。
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2015年10月12日

イベント

イベントが満載だった、新潟の三連休。

決して広くはない中央区で、毎回こんなにイベントをぶつけ合って、どれほどの効果があるかは疑問だ。

イベント自体はいいんだけど、人は飽きる生きもの。
だから、少し待ちわびたり、たまのイベントだからいいんであって、三連休や週末のたびに、こうまで   連発されると、逆に忙しなくて行こうという気にはならない。

街の活性は集客ありき、人の選択肢も増えるという点では、いいのかもしれない。
だけど、恒例行事だから仕方なくやるでは、長い会議をやりたがる輩と同じである。
むしろ、内容に乏しければ、企画を吟味して規模を縮小したり、別にしなくてもいいかと思う。

ボクは、わざわざ混雑しているところに出かけて、やすらぎを求めようとは思わない。
求人誌に年中、求人募集の広告を載せている企業のページは、サラッとめくり飛ばされるのと同じで、人の心理なんて、慣れてしまったことには、素っ気ないものである。

新潟の町おこしは否定しないが、同時期に限られた時間の中でボリュームが多すぎるから、どこで何をやっているのか、整理つきにくいことは事実だよね。
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2015年10月11日

スポーツドリンク

「体育の日」 をはさんだ三連休。

スポーツを観戦したり、健康イベントに参加したり、特別な休日の人もいるだろう。

ボクは30年近く、スポーツらしいことはしていない。
したと言っても、せいぜいスポーツジムに通っていたぐらいで、競技の特定をしたことはない。
だけど、勝敗にとらわれない、スポーツの楽しさは知っている。

過去、今でいう 「クラブチーム」 で、細々と柔道を続けていたが、現役の学生柔道を退けば、公式の試合はほとんどなくなり、あるとしても国体予選や道場で後進の指導にあたるぐらいだ。

週に三日、一般の部の練習は、午後9時に終了していた。
たまに先輩の号令で、道着を肩にかついで、そのまま 「スポーツドリンク」 を飲みに行くことがあった。
スポーツドリンク = お酒のことね

今みたいに、お盆や正月じゃあるまいし、仲間内で 「家飲み」 なんてしたことはなかった。
儀礼を済ませば、発汗した体にビールを急ピッチで流しこむから、そのうち好き勝手に酔っぱらいだす。

師範クラスは 「柔道とは」 の講釈がはじまるが、それとは別にセックスから風俗店の話題に至るまで 「夜の寝技話」 はとどまることを知らない。

酒に強い先輩も多く、時間と場所は変わり、二次会はカラオケスナックへ。
大まかなレパートリーといえば、水前寺清子 「365歩のマーチ」 西城秀樹 「ヤングマン」 お決まりは 「柔道一直線」 となり、明日につながる ポジティブソング を歌うことがお約束となる。

先輩の中には、強面でいかつい体格なのに、松田聖子 「渚のバルコニー」 を振りつきで熱唱したり、おちゃらけているようだけど、実は礼儀をわきまえており、何よりも強いことが魅力である。
さっきまで、道場で乱取りをしていた好敵手なのに、素に戻ればやすらぎをあたえてくれるんだ。

スポーツを愛する 「健康志向」 の人たちも、たまには口上抜きに、スポーツドリンクを楽しむべきで  あろうし、飲めなくても一緒に楽しめるのが、ランニングでいう伴走能力であろう。

親が子供に 「たまには外で遊んで来い」 と言うのと同じで、スポーツドリンクを飲まないスポーツマンなんて、どこか融通が利かないようで、大らかさに心もとないんだ。

つまり、活力源のための 「スポーツドリンク」 である。
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2015年10月10日

無題雑記 16

三連休の前日にあたる金曜日の昼下がりは、街がにわかにざわめいていた。

万代や古町では、連日となる街中イベントの準備で、周辺関係者が奮闘しているようだった。
万代と古町の大きな違いは、集まる人であろうか。

万代は学生や若者を中心に、主婦や仕事中のサラリーマン姿が目立ち、ボクのように平日の昼間からブラブラ ? しているような人は少ない。
別におしゃれな街を歩きたいとか、余興を求めてさまよっているのではなく、単純に徒歩の圏内でコトが足りる街に住んでいるだけのこと。

その反面、古町は定年間近とおぼしき中高年、差し迫ってやることがなさそうなご老人の姿が目立つ。
その姿、日常の買い物ついでにお茶でも飲みたいのだが、話し相手が見つからず、街のベンチ椅子でぼんやりとたたずんで、すごしているようにも見える。

ボクの見る気分にもよるが、万代と古町は本格的に 「すみわけ」 されてきた印象である。
その際、それぞれの思いや背景はあるだろうが、地域の異文化をぶつけ合うことは、結構大きなロスにつながりかねない。

地下の西堀ローサ、旧噴水広場の真ん中に立つと、30年前の活気みなぎっていた残像がよみがえる。
若いころ、デートした思い出をなぞりに中高年が訪れるような、ノスタルジーな空気もただよっている。
このあたりの甘酸っぱい、心情的な物語を 「まちおこし」 のヒントにできるのではないかと思える。

懐古趣味はないが、だれの心の中にも 「セピア色のレトロ感」 は閉まってあるから、それを引っ張り  出せるイベントがあったら、有効ではないだろうか。
万代橋を渡り廊下にして、二つのエリアを見比べると、たがいの 「街のスタイル」 はハッキリしている。

コーヒーを持つ左手の時計を見たのが 「16:10」 古町通りの喫茶店。
店の開店7時に向けて、若者で賑わう万代へ戻り、徐々に段取りをはじめた。

そんな金曜日、店の口開けは、お寿司屋さんの経営者だった。
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2015年10月09日

ルーティーン

朝、目覚めたとき、人それぞれ 「気持ちがいい」 場面があると思う。

カーテンを開けたら、秋晴れが広がっていたとき。
洗いたてのシャツに、袖をとおしたとき。
ネクタイの結び目が、一発で決まったとき。
朝の定番 「今日の運勢」 がよかったとき。

ボクの場合、目覚めは朝ではなくて、昼になるけど、それなりに気持ちのよさもある。
一日のはじまりは、シャワーを浴びてコーヒーを飲み、空をながめてリラックスするのが長年の日課。
早い時間に用事があっても、このパターンを崩さないのは 「かくありたい気持ち」 で外出したいから。

30代のころは、出勤途中の車内で、シェーバーをあてたり、決まりの悪いネクタイの結び目を直したり。
習慣の動作と気分に余裕がないと、一日のはじまりが出遅れたようで、時間が恨めしい気持ちになる。
前日の疲れが残っている朝などは、少しあわただしい時間になっていた。

気持ちの上では、自己満足だろうが、朝の 「ルーティーン」 (決まったこと) は、変化を要する日常に対応するためにも、一日のはじまりとしては、気持ちのいい習慣となる。

今話題のラグビー日本代表 「五郎丸」 のゴールキックも、最たる ルーティーン。
集中力を高めるために、リラックスできる時間を作るのと、本質的には何も変わりのないことである。

バーでも、オーダーの仕方に 「ルーティーン」 を持つ、こだわりのお客さんもいるからね。
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2015年10月08日

60歳オーバー

還暦を過ぎた男性が、自分よりひとまわりもふたまわりも、年下の女性をエスコートしてくることがある。

娘…  それとも、どこかの店のおねえさま、元上司と元部下、いや…  先生と教え子かな。
想像は膨らみ、謎は深まるが、共通していることは、二人とも知的なおちつきを醸しだしていること。
バーカウンターでは、年の差の男女は珍しい光景ではなく、逆に雰囲気に華を添えてくれることもある。

男性には、共通点がある。
清潔な身なりで、金払いがスマートで、社会性に富んでいる。
高価な服をおめしになっているではなく、誇らしげにしているのでもなく、自然に溶け込んでいるんだ。

女性は安心して、寄り添っていられる。
ふたりは置物じゃないから、これだけでは間が保てない。
相手の言葉をキチンと聞いて、楽しい会話で時を過ごせるか。

「聞き上手」 + 「何か」 を持っているんだ。
その 「何か」 こそ、熟年への憧れや尊敬だったり、楽しさや安心感、男の艶やかさであろうか。
セックスは自由と責任だが、共通していることは、聞き上手に加えた 「何か」 があるんだよね。

その 「何か」 が 「男のオプション」 のような気がする。
男盛りは成人式の倍がけ 「40歳オーバー」 とは聞くが、50歳のボクからすれば、女性をエスコート している 「60歳オーバー」 を見ていると、40歳や50歳など、まだまだ青いと感じざるを得ない。

長年連れ添った、奥さまの悪口を言わない。
他の女性と時間を共にし、思い余って触れ合うことになろうとも、決して奥さまの悪口は言わないだろう。
これが最低限の 「異性間ルール」 であり、もしかすると + 「何か」 は、これかも知れないよね。

若いときは、外見だけを飾りがちだが 「60歳オーバー」 になると、経験値がうなるんだよな… 
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