2015年09月22日

ぼかし言葉

若者を中心に 「ぼかし言葉」 が、流行しているという。

知るところによると 「やばい」 は 「素晴らしい」 意味にもなり、他にも使い方次第では、どちらの意味にもとれる、ハッキリしない言葉があるようだ。

日本人は 「行間を読む」 や 「察して立てる」 など、物事を相手にハッキリと伝えることを得意とせずあいまいな部分を残しておくことを美徳にしてきた。

ぼかし言葉のひとつ 「微妙」 も、判断がつきにくいときに使われ、裏を返せば面子をつぶさないように否定も肯定もしない、社交上の巧みな言葉にも聞こえる。
そんな、ぼかし言葉は国民気質のひとつとして、不自由はしないのだろう。

しかし、顔の見えない空間では、どうもそうとは言い切れないようだ。
ボクは、ツィッターなどの 「つぶやき」 を、一度もしたことはない。
気分を吐き出すための、書き込みはしない主義だ。

折々の心情をつぶやくことは否定しないが、感情的な言葉の吐き捨て場は好きになれない。
しかも、妙な琴線に触れてしまい、議論の往復でも始まった日にゃ、論理が破綻することは間違いない。
だったら、最初から巻き込まれそうなことには、顔を突っ込むことはせず、そういう展開では傍観する。

年齢的に、ぼかし言葉は使わないから、人から辛く聞こえるかも知れない。
だけど、ぼかし言葉が 「かんちがい言葉」 として取られると、ちょっとした 「コミュニケーション崩れ」 をおこしやすいから、やっぱり本来の物言いとは違うのだと思える。

ジャズなら 「奴はクレイジーだぜ」 = 「アイツすごい」  「ゴキゲンだね」 = 「最高にいい演奏だ」 という具合に、芸人の世界でも 「どうでもいい」 は、最高の褒め言葉だという。

昔から、その世界なりの 「隠語」 はあったけど、ぼかし言葉は 「公用語」 ではないんだよな。
posted by GIG at 00:00| Comment(0) | TrackBack(0) | Diary & Social | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする