2015年07月14日

PRO WRESTLING

プロレスとは 「強さ」 あっての 「ショー」 であることは、公然の事実だ。

今さら、強さ云々を求めているのは、一部のエキセントリックだけで、プロレスとは汗と涙に裏打ちされた 「上手さ」 や 「気持ちを前面に出すこと」 というべきであろう。
その、上手さの先にあるものが、人にあたえる 「何か」 であってね。

さて、12日 同年代の男女5人で、新潟市体育館で行なわれた 「センダイ・ガールズ」 主催興行  「女子プロレス大会」 (里村明衣子 デビュー20周年記念大会) を観戦しに出かけた。

われわれの世代 「プロレスとは、なんぞや…」 と、何通りもある答えに一喜一憂していた。
「本気」 それとも 「ショー」 …  半信半疑なところだらけだった。
だけど、疑惑の部分を見破って、熱弁をふるうほど、せこいマネはしなかった。

なぜなら 「自分が見たものが真実」 であると思っていたから。
それに、純粋にプロレスを見ていたほうが、見せるほうも好意的に演出してくれるもんだ。

プロレスを見る目は、人を見る目に似ていると思う。
たとえば、お店ではお客さんと親しくても、職場で働いている姿まではわからない。
もしかすると激情タイプかもしれないし、それともクレバーなタイプなのかもしれない。

では… 仮にそうだとしても、お客さんにとってお店は、プライベートなやすらぎの時間であるから、   社交的に穏やかにすごしているもの。
こちらも好意的に思っていれば、お客さんもお店の雰囲気に合った 「いい人」 でいてくれるだろう。

だが 「どういう人なの…」 と、あまり猜疑心で見すぎると、おたがいに疲れてしまうものだ。
職場や家庭ではどうあれ、お店では 「いい人」 でいてくれるんだからね。

ならば、話はカンタンで、短所はほっといて、長所とつきあっていればいいんだ。
つまり、感情的な部分には深入りせず、共通する部分とつきあえば、その関係はうまくいくと思う。

プロレスは 「本気かショー」 か、この人は 「敵か味方」 か、その答えは 「イエスかノー」 か、ばかりこだわっている人の姿って、融通の利かない、かっこ悪さを丸出しでしょ…
プロレスを見る目とは、あいまいさやユーモアであり、少し人を見る目に役立つのではないだろうか。

試合終了は午後7時。
一行は歩いて、本町の居酒屋へ移動し、午後11時に解散。
ボクはニンニクの臭いをただよわせて、深夜2時に帰宅。

「楽しかった」 そう思わせてくれた 「ヒューマン・パワー・ショー」 女子プロレスに未来はある!  
posted by GIG at 00:00| Comment(0) | TrackBack(0) | Sports Fan | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする