2015年07月06日

心意気の町

本ブログを見つけたお客さんから 「マスター、東京の人かと思っていたけど、バリバリの下町 (新潟のしもまち) 育ちなんだ」 といわれた。

「バリバリ」 という言葉からして、もう年代はわかるよね。

東京からの転校生だから、正解は二つあるけど、今じゃもう、完全な 「新潟人」 である。
人それぞれ、親の生き方や生活環境、土地の人間関係など、多少は性格に影響をおよぼしたであろう。

ボクの知る下町は 「心意気の町」 だった。
地元で消費できるなら、なるべく地元を利用する。
今みたいに、スーパーの割引シールだけを狙って、事務的に買いに行くことはなかった。
買物で自然と店と客が顔見知りになるから、親しさはなくても、町の治安維持には貢献していた。

その代わり、礼儀知らずの新参者はよそ者あつかいするから、下町の人情味は知っている者同士の     世界だったりする。

カンタンな話 「おぬし、何者、名を名のれ」 それができないと、心意気とは無縁な環境で過ごすことになるから、どこか任侠道に通ずるところもある。

昭和の新潟下町。
ここから、少し具体的なことを書いていく。

新潟駅万代口を背中にして、東大通りから萬代橋を渡り、古町の柾谷小路を仕切り線にすると、左右    大まかに南と北の地域に分けられる。

南は優秀な進学校が多く、新潟付属小中学校、寄居中学校に関屋中学校、新潟高校に新潟中央高校など、まあ、不良とは縁がなさそうな上品な地域だから、北から編入していった生徒もそこそこいた。

北は大型の造船所や中小の鉄工所が多く立ち並び、ワイルドなブルーカラーが目立つ地域。
下町最北端の入舟小学校、舟栄中学校に二葉中学校、市立工業高校など、ヤンチャ坊主も多い。

それに、昼間から酒臭いおやじがそこらじゅうにいて、だれかまわず話しかけるんだけど、そういうのも  下町の個性として、迷惑をおよぼす人物でなければ 「よしよし」 と容認している雰囲気なんだ。

南の人の話によると、柾谷小路から先 (北) の下町には、遊びに行くなと言われていただとか。
特に入船地区に迷いこむと、カツアゲされるわ、自転車は盗まれるわ、身ぐるみはがされて信濃川に    放り込まれるわなど、まあいい加減なウワサも流れていたらしい。

オレが言うのもなんだが、誇張されていた部分はあったよ。

そんな下町には今でも、新潟県で一番強かった 「北部柔道クラブ」 の道場がある。
新潟市内には、いくつも道場があったけど、ここの稽古はどこか荒くれた雰囲気があった。
道場生の人数も多く、レギュラーになろうにも、カンタンには選ばれず、大会の団体戦でも一軍と二軍の2チームでエントリーして、少年の部の代表は一般と合同稽古していたから、それは強かったはずだ。

これだけ人がいれば、交友関係ができる反面、敵対関係もできる。
その代わり、親しくなると食べ物を分け与えるような、どこか村社会にも通じる部分もあったね。

ボクは下町に強いつながりはもたなかったけど、大人からは人懐こいタイプと思われていたようだ。
あまり臆することがなかったから、割合と年齢差かまわず、だれとも会話ができたほうだったと思う。

こんなことがあったなあ…

23歳 夏の夜、ひとりで古町通りを歩いてたら、今もある老舗の寿司屋から、酔っぱらいのおっさんが店の主人から、半強制的に締め出されていた。
おっさんは顔見知りのボクを見つけると 「おー、聞いてくれよ」 と路地裏の飲み屋に連れて行かれ、  イカの姿焼きをつまみに愚痴を聞きながら、八代亜紀をBGMに飲んでいたりさ。
すると勘定が足りなくなり 「わーり、少し貸してくれや」 とか言って、それっきりだったはず (笑)

下町の子は、あまり人見知りをしないところがある。

こんなこともあったなあ…

居酒屋のカウンターで、ひとりで飲んでいたら、隣に年金暮らしと思えるおばちゃんが座った。
しばらくすると 「刺身をおごってくれたら、あとで好きなところを触らせてやるよ」 と言われた。
「食べかけでよければ、コレどうぞ」 と、揚げ物の皿を滑らせたら 「血圧が上がる」 だとかさ。

東掘の路地裏を酔って歩いていたら、突然おばさんに抱きつかれたことがある。
だけど、体がえらくゴツゴツした感覚で、目を凝らしてみると女装した男だった。

いなせは返さなかったけど、古町は下町と道一本で通じており、その雰囲気は玉石混交。
こんな風に、いろんな人々の心意気があり、昔は元気な町だったんだけどね…

5日 日曜日の夕方、自転車で下町から、古町6番町あたりまで、のんびりとサイクリングした。
下町は日常のにおいがどんどん失われていて、どこか味噌汁の香りが漂ってくる雰囲気はなくなった。

家の跡地には売り地の看板、いつまでも降りたシャッターには貸し店舗の看板、今では大竹座プレイ    コールの1階が空いているんだから、当時の活気を知る者としては、もう巻き戻せない時間であろう。

何が貴重なのかは、当時の仲間が、がんばっている町だからね…    場所は違えど、ボクもさ。
posted by GIG at 00:00| Comment(1) | TrackBack(0) | Bar & Human | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする