2015年03月09日

新しい過去

昭和の大相撲をけん引した、横綱 「大乃国」 横綱 「若乃花」 大関 「小錦」 の三人に、好角家芸人で知られる 「はなわ」 も加わり、当時の名勝負を振り返りながら、今の角界を斬るトーク番組を見た。

これが思いの外、おもしろくてさ…

大相撲には、伝統的な沈黙の美があるから、あんまりペラペラしゃべることを潔しとしない。
そんな寡黙なイメージだが、しゃべらなかっただけで、意外と弁の立つ力士も多かったりする。
あのときの場面を回想しながら、時おりユーモアを交えて語る姿は、イメージと異なる親近感を抱いた。

プロの世界であれば、名勝負を記憶にとどめているファンを前に語るんだから、とうぜん語彙 (ごい) は豊富だし、戦った当人同士じゃなきゃわからない心境もある。
何も大相撲だけに限らず、プロスポーツやオリンピック競技においても、勝敗の本質は理解してるから、わりあいに性格はカラッとしていると思う。

今のボクらの世代、日常スポーツは娯楽と健康を兼ねた、せいぜいマラソンレベルでしかない。
それに人と競い合わないスポーツだから、内面の語彙はそんなに出てくるものでもない。
そうなると、好敵手がいた時代を振り返っているときのほうが楽しいかと思える。

ボクの実戦スポーツは、柔道と相撲なんだけど、柔道は13年も続けていたので、大小それなりの大会に出場した経験はある。  (大した記録もないんだけどさ…)
そのときの肉体の記憶だとか、刻まれた心情などもあるわけで、当時の対戦相手がいたら 「あの技は狙っていたのか…」 など、勝敗抜きに 「プロセス談議」 で語れるであろう。

だけど、自分はそう思っていても、相手はそう単純に思っていない場合もある。
「締め技でおとされた」 とか 「関節を極められた」 など 「やったやられた論」 で、しこりが残ってたりするから、実戦経験が似たもの同志じゃないと、少し触れにくい場合もあるんだ。
それに負けたことを執念深く、いつまでも根にもっている男もいるからね…  (笑)

理想はセピア色の思い出を、酒を交わしながら語れる関係なら、過去が豊かに感じたりするものだ。
それこそ 「新しい過去」 だと思える。
posted by GIG at 00:00| Comment(0) | TrackBack(0) | Bar & Human | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする