2015年03月10日

ほたるいか

職業上 「夜行性」 だから、今年の夏に 「ホタル鑑賞 日帰りバスツアー」 なんて企画があったら、 ぜひ参加したいと思っている。

そんな、ホタルはホタルでも、今が旬の 「ホタルイカ」 が好きだ。
食べ方はいろいろあるが、酢味噌と和えてプチッとした歯ごたえの後、甘みが広がるのがいい。
旬なだけに、この時季は鮮魚コーナーをめぐる回数も増してくる。

だけど、ショーケースを眺めていると、意外にも売れ残りが多い気もする。
名産地の富山と同じ、日本海の新潟でありながら、あまり食卓に並ばないのかなあ。
生のホタルイカは、ワタに寄生虫がいるから、ボイルしないと危なっかしいという。
それとも、プチッとする食感がイヤだとか、食べごたえが物足りないのだろうか。
旬ながら、食べた話はあんまり聞かないね。

ボクが居酒屋で最初に注文したくなるのは、「ぬた」 である。
それも青柳にやりいかに長ねぎ、わかめやわけぎを和える。
ようするに、酢味噌で和えている小鉢料理が好きなんだろうな。

その小鉢なんだけど、「お通し」 のイメージがつきまとい、若いときは注文することはなかった。
だけど次第に食が細くなるにつれ、少量ながら味わい深いものに変わってきた。
酒を飲みながら 「ボリューム」 なんてキーワードはないから、前ほど大味は求めなくなっている。

食卓の小鉢に高く盛りつけるホタルイカであるが、いつまで鮮魚コーナーに並んでいるのかな。
夕方のスーパーで、ドリップ(汁)がたまったラップの上に、割引シールが貼られているのはイヤだから、選ぶときは少し 「目利き」 が必要となる。

その次は、春キャベツで 「揚げ春巻き」 を食したい。
posted by GIG at 00:00| Comment(0) | TrackBack(0) | Diary & Social | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2015年03月09日

新しい過去

昭和の大相撲をけん引した、横綱 「大乃国」 横綱 「若乃花」 大関 「小錦」 の三人に、好角家芸人で知られる 「はなわ」 も加わり、当時の名勝負を振り返りながら、今の角界を斬るトーク番組を見た。

これが思いの外、おもしろくてさ…

大相撲には、伝統的な沈黙の美があるから、あんまりペラペラしゃべることを潔しとしない。
そんな寡黙なイメージだが、しゃべらなかっただけで、意外と弁の立つ力士も多かったりする。
あのときの場面を回想しながら、時おりユーモアを交えて語る姿は、イメージと異なる親近感を抱いた。

プロの世界であれば、名勝負を記憶にとどめているファンを前に語るんだから、とうぜん語彙 (ごい) は豊富だし、戦った当人同士じゃなきゃわからない心境もある。
何も大相撲だけに限らず、プロスポーツやオリンピック競技においても、勝敗の本質は理解してるから、わりあいに性格はカラッとしていると思う。

今のボクらの世代、日常スポーツは娯楽と健康を兼ねた、せいぜいマラソンレベルでしかない。
それに人と競い合わないスポーツだから、内面の語彙はそんなに出てくるものでもない。
そうなると、好敵手がいた時代を振り返っているときのほうが楽しいかと思える。

ボクの実戦スポーツは、柔道と相撲なんだけど、柔道は13年も続けていたので、大小それなりの大会に出場した経験はある。  (大した記録もないんだけどさ…)
そのときの肉体の記憶だとか、刻まれた心情などもあるわけで、当時の対戦相手がいたら 「あの技は狙っていたのか…」 など、勝敗抜きに 「プロセス談議」 で語れるであろう。

だけど、自分はそう思っていても、相手はそう単純に思っていない場合もある。
「締め技でおとされた」 とか 「関節を極められた」 など 「やったやられた論」 で、しこりが残ってたりするから、実戦経験が似たもの同志じゃないと、少し触れにくい場合もあるんだ。
それに負けたことを執念深く、いつまでも根にもっている男もいるからね…  (笑)

理想はセピア色の思い出を、酒を交わしながら語れる関係なら、過去が豊かに感じたりするものだ。
それこそ 「新しい過去」 だと思える。
posted by GIG at 00:00| Comment(0) | TrackBack(0) | Bar & Human | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2015年03月08日

演歌大関

大相撲を暦代わりにしているわが家。
夕方、音声を流しているだけでも情緒を感じる。

「今場所は、白熱するよ」

先場所 「白鵬」 が歴代最多優勝回数33回を記録した後、例の 「やぶへび発言」 で一転、心情的にヒール (悪役) と化した。   (優勝インタビューでも、次の目標を見失ったような発言もあった)
方や、ヒーロー (正義) は、物言いの一番だった相手 「稀勢の里」
この因縁めいた構図が、荒れる大阪 「春の嵐」 をひきおこすんだ。

昔から、ヒールがいて、ヒーローの存在が光る。
ライバル対決にも、おきかえられるだろう。
一過去、白鵬がヒーローになれたのも、「朝青龍」 の存在があったからだ。

古くは、初代 「貴乃花」 や 「千代の富士」 が初優勝を決めたとき、「北の湖」 の存在がある。
今の大相撲人気を探れば 「遠藤」 という華麗なヒーロー役を狙うようにして、ヒール役の 「逸ノ城」 「大砂嵐」 が迫り 「照ノ富士」 の ワルっぷりが板についてきた。

黄金期には、正義と悪役が対立した。
転じてなれあいでは、闘いの臨場感が薄らいでしまう。
人気商売であればあるほど、憎悪と嫉妬は紙一重となるから、ヒートアップするわけだ。

ヒール役は、テレビのバラエティ番組に出演するもんじゃない。
軽々しく笑顔を振りまいたり、媚びを売ることなく、あからさまに素顔を公開しない、ミステリアス力士。
ボクがプロモーター (仕掛け人) なら、ダンディズムなヒールを作りたいね。

先月、節分コラム 「泣いた赤鬼」 と題して、ブログをアップした。 (2月4日参照)
今場所の役柄こそ 「青鬼が白鵬」 「赤鬼が稀勢の里」 であれば、壮大なドラマだよな。

稀勢の里は、相当な爆発力を秘めてはいるんだけど、どこかスネている印象がある。
純粋すぎる意味では好きだけど、爆発力を発揮できるお膳立てが必要というのかな。

目標を見失った白鵬は阿修羅で神格化され、稀勢の里はワビサビある 「茨城の演歌大関」 となる。
時代は後進の遠藤や逸ノ城らに花道を譲る形となり、今後は次世代抗争がヒートアップすればいい。
今場所、稀勢の里が優勝したら、日本中が大いに盛り上がるだろうね。

ボクは、角界のクイズダービー 「はらたいら」 になりたい…
posted by GIG at 00:00| Comment(0) | TrackBack(0) | Sports Fan | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2015年03月07日

小さな食堂

6日 妻と午前と午後をまたにかけて予定があり、正午の1時間を持て余していた。

一緒に 「小さな食堂」 に入った。
このお店は15歳のころ、通学途中のバスから見えていたので、おぼろげに覚えていた。
こうして、35年後に 「ラーメン」 の赤いのれんをくぐるのは、初めてのことである。

奇遇にも、お店を切り盛りしていた 「おっかさん」 は、学校違いの同窓生だったこと。
つながりをたどると、小中時代の友人と再会できたり、だれかと具体的な会話をすると、まただれかに   つながるのが、地元ならではのリアリティーになる。

その当時から、外観が変わらない店があることは、不思議と自分の存在をささえてくれる気がする。
変わらないという、新しい気持ちにさせてくれるというか…

年季の入った店内では、味噌チャーシューをいただいた。
変哲もないのだが、麺とスープに具のバランスと、昔懐かしい個性がある。

ひところの 「グルメブーム」 がおちついたら、今度は 「コストパフォーマンス流行り」 だ。
顧客満足度の原点とは 「シンプルにこめられた一杯」 だったりすると思う。
だから、星がいくつ、点数がどうたら、個人的な嗜好判断はあまり気にしない。

軒数が減りつつある小さな食堂は、食の素朴さを根本から問い直してくれる…  ごっちゃんです。
posted by GIG at 00:00| Comment(0) | TrackBack(0) | Diary & Social | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2015年03月06日

Jazz Talk Vol.55

ジャズギタリストの代表的な巨匠をあげれば…
「ジョー・パス」  「ケニー・バレル」  「ウェス・モンゴメリー」 といったところか。

ボクらの世代になると、フュージョンがかっているので…
「ラリー・カールトン」  「リー・リトナー」 などが真っ先にあげられるだろう。

もっと数多くの名もあげられるが 「この一枚」 の影響で言えば 「ジョン・スコフィールド」
80年代 同じ 「マイルス・デイビス」 のところにいた 「マイク・スターン」 とは、また違ったアプローチながら、アルバムは 「ピック・ヒッツ・東京ライヴ」 (1987)

ドラマー 「デニス・チェンバース」 の参加によるところも大きいが、重量級のファンクビートに迫力あるジャズのテクニックが合わさった名盤だと思う。
バスドラの連打にあおられて、ギターの切れ味が増してくるあたり。

発売当時、わざわざ知人のオーディオで聴かせてもらったことがある。
そのとき、一緒に聴いていた人が 「ドラムがうるさい」 ともらした。
ドラムは手数が多いだけで、すぐに 「ジャマ音扱い」 されるがそんなことはない。

ファンクのグルーヴ感、ジャズのタイト感、何と言っても、ヘッドヒットさせるタイミングに驚かされた。
こうして聴いていると、ドラムがガンガンと刺激を送り込むことで、ギターがダイナミックになっていくのがわかったし、そのおかげで 「ドラムの奥深い役割」 もわからせてもらった。

総じて 「この一枚」 になると、やっぱりライヴ録音に快感が向いてしまう。
あらためて 「ジャズはライヴだな…」 と痛感させられた内の一枚なのである。

posted by GIG at 00:00| Comment(1) | TrackBack(0) | Jazz & Music | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2015年03月05日

Simple Pleasure

売り手市場と呼ばれる就職戦線。

連日、企業説明会が開催されているらしい。
夕方、あるバス停留所から、リクルートスーツの就活生が車内を満席にした。
席の詰め方、カバンの置き場所、吊り革や握り棒の使い方、立ち位置などで、判断力がわかるあたり。
仮面がかった面接よりも、公共での自然なふるまい方のほうが、本当の資質がわかるというもんだ。

その昔は 「人事をだまして天命を待つ」 みたいなことがささやかれていた。
近年は 「やる気 元気 前向き」 今年に限れば 「ありのままの自分」 なんだとか。
まあ、親に大学まで行かせてもらったんだから、土台の強い会社から内定をもらいたいのは情だろう。

20年前 「企業懇親会」 で人事担当者に 「学生採用の決め手はなんですか」 とたずねた。
「学生時代、勉強以外に何かひとつ、本気で打ち込んだことを大いに語ってもらう」 という。
そのあとも矢継ぎ早に質問をしたが、どうやら 「打ち込めることが本当にその人が好きなこと」 となり、その結果 「プラス面」 が見えてくるという。
つまり、「マイナス評価」 よりも 「プラス評価」 を積み重ねていくようなことを語っていた。

その考え方は、シンプルだよね。
頭の良さや育ちをアピールするより、「こいつ、なかなか味わいがあって、一本筋が通ってそうだな」   なんてほうが、結果として採用されていたりする。
その人材がどう成長するかは、企業の体質や風土にもよるが、人との巡り会わせが大きな鍵になろう。

ボクが面接官であっても、考え方はシンプルだ。
「この人と仕事をすることになったら、人生が楽しくなりそうだ」 と感じた人を採用したくなる。
その人生とはイコール 「会社」 と指せようが、1日24時間の3/1以上、週5日は一緒にいることに なるんだから、あたりまえのことなんだ。

女性の経営者ともなると、もっとハッキリしている。
「この人を恋愛対象としても、好きになれるかどうか」 というからね。
本当の好き嫌いや割り切りは別にしても、基本的には自分にウソをつかないのが女性の感性。

あらためて思えば、同じ条件で一斉にゲートからスタートできるのは、大学卒業時の特権だろう。
それに所属する組織の性質を抜きにしても、気軽に会ったりコミュニケーションできるのは若い特権。
それが30代も後半になると、コミュニケーションに 「私情や意図」 が絡んでくるから 「本音と建前」の板ばさみに合い、自分という自分らしさに憤りを感じるようになる。
その意味では、真っ白な就職戦線は、若いときだけかも知れないね。

この数ヶ月、週末の数時間だけ、40代の女性にお手伝いしてもらっている。
彼女にお願いした動機だって、わかりやすいものだ。
「この女性と仕事をしていると楽しいから」 または 「気軽で話しやすいから」 もある。
ありきたりな男性意見なら 「若くて見かけの容姿」 にこだわることになるだろうが、お店の基準は  「ボクが楽しいと思える女性」 なんだ。

仮にどんなにかわいくても、評判の良かったのは最初だけで、次第に愛嬌や笑顔がなくなり、内面が    蝕まれている女性より、安心感とも言い換えられる女性のほうが、仕事をしていて楽しいわけだ。
そうすれば、お店の雰囲気だって楽しくなるだろうし、楽しい場所にはいい人が集うようになる。
イベント屋じゃないから、人格に魅せられた人と、末長く仕事をしたくなるのは成り行きである。
お店も会社も、平たく言えば同じことなんじゃないかなあ…

シンプルであることが、真っ白なコミュニケーションなんだと思うね。
posted by GIG at 00:00| Comment(0) | TrackBack(0) | Bar & Human | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2015年03月04日

バスの車窓から

バスを乗り継いで、妻と二つの病院をめぐったが、よくある面会と検査なので心配するなかれ。

暦の上は春ながら、バスの車窓から眺める街は冬枯れしている。
バスに乗る機会が多くなってから 「世界の車窓から」 のナレーター 石丸謙三郎の気分である。

テレビのアナウンサーは、車窓から街並みを見ながら、ナレーションの訓練をすると聞いている。
単純ながら、座席後方で、ボクも頭の中でトライした。

「前方の横断歩道の信号が点滅していますが、あわてて横断しようとする歩行者はいません」
「左のバックミラーと内輪の死角を確認して今だ! ハンドルを大きく左に回した オリャー!」
「その遠心力で、優先座席のおばあちゃんたちもご一緒に、オリャー!」

ネ、バカだろ…
こんな具合に頭の中で実況中継していたが、そうかんたんにすんなりと言えるはずもない。
ましてや、即興で言葉を発すると正式名称が出てこなかったり、接続語がおかしかったり、ときには    噛んじゃったりすることもあるだろう。

あらためて、眺めている街並みを自分の目線に置き換えると、無意識に多くのことを頭の中で瞬間的に処理していることがわかる。
いかに見ている場面を、言葉にするのが難しいことか。
だから、声に出す日常会話は、優秀な言語能力なのかも知れないね。

そんなバスの車窓から、変なナレーションをしていたら、隣に座る妻に肘で体を突かれた。
「ねえ、さっきから、何ブツブツ言ってるの…?」 と、聞いてきた。
「いや、別に… 今日は曇っているなあと思って」 と、すっとぼける。 
頭の中のひとり言が、いつのまにか口先へ伝染して、言葉を発していたようである。

これじゃ、怪しいおやじだ。    「きをつけろ  あたまのなかの  ひとりごと」  (川柳) 
posted by GIG at 00:00| Comment(0) | TrackBack(0) | Diary & Social | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2015年03月03日

大人の別れ方

歓送迎会シーズン到来!

そう、声高らかに言いたいが、今の地方経済のあり方じゃ、少々シラケ気味かなあ。
いや、景気が良くなることを信じよう。

2日 月初めの営業初日。
いつもなら、無造作に選ぶネクタイも今日は意識して、ピンクのペイズリー柄を締めた。
意味こそないが、立春が近づいているので、日が長くなるのを感じたのだろうか。
春めくにはまだまだ遠いが、春の気分だけは先取りしておきたいものだ。

先月の7周年記念にお客さんらから、色とりどりの生花を頂戴した。
まだ、店に飾らせてもらっているが、色あせて枯れていくありさまに風流がある。
生花は、自分の世界にどっぷりとはまっている印象こそあるが、その一瞬の役目を終えたあとに、     花本来の価値が見える気もする。

毎年のことながら、来週あたりから 「送別会流れ」 のお客さんがお見えになるであろう。
少し赤らめた顔で、花束と記念品を小脇に抱えて、にこやかに見送られる人は幸せだと思う。
なかには 「何で、俺が…」 と恨み節を残して、赴任先に行く人もいるわけだからね。
このあたり、早く切りかえたモン勝ちじゃないかなあ。

お店であれば、おたがいの計らいで接点をもった間柄も多い。
だけどいつのまにか見えなくなり、あとになってから転勤した、引っ越したなんて、風の便りで耳にする  ことも少なくないが、知らない顔じゃないんだから、ひとことぐらいあってもいいものだ。
「去る者は追わず」 ながら、後味の悪さを残すことは、後々の評判につながるから感心できない。
一朝一夕ではない、お店の相関図をイタズラにかき回して去ることは、もってのほかであってさ…

「大人の別れ方」 を知らない人は、かんたんに人と親しくなるべきじゃない。
男女の恋愛でも、交際がうまくいかない理由は、こういうところにあるんだと思う。
もしかしたら、お店の人脈ネットワークを利用して、出会いが舞いこむかもしれないのに、その思いに   考えが至らないんだから、質の良い出会いはめぐって来るはずもなかろう。

別れの3月…
「あの人、良かったね…」 そんな言われ方をされた人なら、どこへ行っても活躍している気がする。
posted by GIG at 00:00| Comment(0) | TrackBack(0) | Bar & Human | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2015年03月02日

少年犯罪

「中1殺人事件」 容疑者18歳の父親が代理人を通じ 「息子は殺害とは無関係」 とコメントした。
真相は明らかになろうが、心を閉ざしている被害者家族には、心ない言葉に聞こえたんじゃないかな。

子どもの愛し方 (かばいかた) が、屈折しているんだ。
気が動転しているのか、冷静さに欠いているのか、保身ゆえの他人事に聞こえてしまう。

女子高生コンクリート詰め殺人事件 (1989) 栃木リンチ殺人事件 (2003) にも匹敵する今回の少年犯罪は、加害者側の親の常識が欠落しているのも共通項。
数年前の少年法であれば、無期懲役であっても最低5年、最高でも10年すれば社会復帰が可能とされ過去の事件の首謀者は釈放されても、今度は別件で再逮捕をされた事実がある。
刑務所暮らしでハクをつけて、シャバに出てきたぐらいにしか思ってないのかも知れない。
少年法は犯罪をオブラートに包む性質もあり、被害者家族や無抵抗な子どもには複雑な思いであろう。

新たに被害者の知人少年らが、加害者に暴力はやめるように押しかけた経緯があった。
気骨のある少年らがいたにもかかわらず、大人社会の鈍感さによる責任は大きいと思える。
薄々何か起きてるのを知りながら、地域が機能性を発揮できないんだから、ワルガキになめられるのはあたりまえのことである。
そのワルガキ連中だが、強いものにはからっきし弱いけど、弱いものにはめっぽう強いのが特徴だ。
いや、強いというよりも、弱い者を見せしめにして、自分を等身大に誇示しているだけだろう。

力だけの世界に限れば、自分より強い存在だとわかれば、単純におとなしくなる。
しかし、それだけでは、教育的な見地に欠けてしまう。
ならば 「こういうことをしたら、こういうことになるんだ」 という、現実的な罪状を具体的に教育すべきで 「こわいものがない」 と豪語しているのは、教育が行き届いてない者の常套句である。
「少年いじめ」 の中に、犯罪を犯している自覚がないんだから、罪状で追及するべきだと思う。

具体的なことを言わないのに、社会問題を理想論だけで横やりを入れる人がいる。
しかし、犠牲となった少年の周囲にいた 「固有名詞」 は議論されるべきじゃないかな。
教育は知識にかぶれることじゃなくて、あたりまえの感受性なんだと思うけどね。

今回の事件は、暴力の上塗りで日本人である心まで、暴力を振るわれたようなそんな気持である。 
posted by GIG at 00:00| Comment(0) | TrackBack(0) | Diary & Social | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2015年03月01日

夕方の朝刊

日曜の朝 (とは言っても、昼すぎね) つけっぱなしだった、テレビの音声に反応して目覚めた。

窓の外は雨…
いつもなら、目覚めのシャワーを浴びて、コーヒーを飲むところから、その日がはじまる。
しかし、この雨に外出する気が削がれて、ぬくもりがさめないベッドに戻る。
男の休日なんて、予定がなければ、惰眠をむさぼるか、思いつきで行動するもんだ。

再び目が覚めたのは夕方。
寝覚めのパターンを済ませ、夕方の朝刊に目を通していると、日が暮れてきた。
部屋の灯りをつけて時計を見ると、まだ午後5時を少し回ったほどの宵の口前。

雨は降り止まない。
それでも、どこかへ外出しないと、気持ちをリフレッシュした気分にならない。
それにわが家の日曜ルールながら、台所は稼動させないのが夫婦生活の慣わし。
外食するか、買物に出かけるか、それとも冷蔵庫の食材を寄せ集めてしぶしぶ作るか。

ぐずぐずと無気力に過ごしているうちに、次第に強烈な退屈感にかられてくるあたり。
自転車には乗れないので、結局はスーパーのお惣菜で済ませることにした。
これもすべて、降り止まない雨が引き起こした気持ちである。

ボクの夜は長い。
週一度の休みは、スーパーの往復だけでいいのか。
先週、妻と沼垂西の寿司処で過ごしていたから、今宵は単独行動に出ようか。
ひとりで飲みに行こうか、銭湯へ手足を伸ばしに行こうか。
DVDでも借りに行こうか、レイトショーも間に合いそうだ。
それとも、書籍を購入し、コーヒーショップで50ページほど読み飛ばそうか…

日ごろの夜にできないことを小さな楽しみにしているが、やっぱりこの雨が外出をためらわせている。
思い悩んだ末、窓越しの雨だれを眺めながら 「二度寝」 ならぬ 「二度出」 することはなかった。

ハッキリしていることは 「万代」 に住んでいること。
posted by GIG at 00:00| Comment(0) | TrackBack(0) | Diary & Social | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする