2015年02月25日

傍観者達

川崎で発生した 「中1殺人事件」 は、容疑者が未成年の可能性が高いため、裏づけ捜査が慎重だ。

「事後証言」 が上がってきた。
思うことは、少年のSOSを見聞きした時点で、どうしてしかるべきところに伝えなかったのだろうかと。
また、満ち足りてるSNSなのに、どうしてこういうときに活用しなかったのだろうか。

くだらん文章のやりとりは得意だけど、不測の事態で知恵を合わせられなければ、今流行のラインは    「おバカのおもちゃ」 かと思えてしまう。

顔面をはらしていたり、迫り来る恐怖を友人にもらしていたにもかかわらず、彼の声はだれにも拾って   もらえなかったとしたら、こんなにかわいそうなことはないだろう。
仲間と称しながら 「だれも気にとめない」 「慰めもしない」 ボクはそんな風潮のほうが気になる。

親の正式なコメントは届いていないが、考えてみればイジメ (未成年犯罪) は、学校だけで解決できる問題ではあるまい。
思春期の子どもは、正直に話をしない。
言える相手がいるとすれば 「マン・ツー・マン」 で、向き合ってくれる人だけじゃないか。

つまり、信頼関係のことだ。
その信頼を得るための努力をすべき、親や教師、友人らがいるはずだが、彼から目を背けてしまったら他にだれを信頼すればいいんのかって話である。

グレーゾーンの言い方をすれば、クソ真面目だった男ほど、変化を見過ごしやすい。
むしろ、少し不良だった男のほうが、変化に敏感で見破るからね。

チクる (告げ口) ことは、裏切りの意味ではない。
有力な情報を提供することは、正義感の表れだから、知らせる意味で臆することはない。
コトと次第によっては、伝えるタイミングを逃してしまうと、生涯 「申し訳ない気持ち」 を背負って生きることにも、つながりかねないから 「思い立ったときに言わないと手遅れ」 だと思う。

事件の全容が解明されるまでは、そう時間はかからないだろう。
個人的には、つながりのない社会が引き起こした、悲劇であると思っている。
posted by GIG at 00:00| Comment(0) | TrackBack(0) | Diary & Social | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする