2015年02月07日

Coffee Time

昼下りの万代で、キリマンジャロを…

コーヒーショップは、そのときの気分や状況に応じて利用する。
挽きかたやブレンドにこだわりはなく、寛げる空間でそこそこ美味しければいい。

キリマンジャロと記した。
時間に余裕があるとき、少し考えごとをしたいときには、豆を指定することがある。
そうじゃなければ、アメリカンでサッと済ませる。
どちらにせよ、体がカフェインを欲していることには違いない。

1986年前後…
バブルで大賑わいしていたころの古町を知る者として、今はあまりにも夜が静寂である。
僕の知る限り、繁華街の個性が色濃かった、古町8〜9番町周辺にあった喫茶店は消えた。
今では、7番町にチェーン店が一軒あるだけだろう。

それはなにを意味するかといったら、賑わいのある場所には喫茶店がある。
早い夕方であれば、店の仕込を終えた板前の休憩時間だったり、打ち合わせの場にしたり。
遅い夕方になると、同伴出勤のおねえさま、気力をチャージするマネージャークラス。
バーテンダー、バンドマン、も例外ではなかった。
夜の世界に生きる者は、19時には一斉に街中から姿を消して店入りする。

深夜2時も過ぎると、東掘にあった24時間営業のカフェが、ちょっとしたたまり場となる。
店を跳ねて緊張から解放された、俗に業界人の他愛ない雑談がはじまる。

「今度、店に入ったA子は生意気ね」
「あの野郎、ついに店の客にまで手を出したぞ」
「あのふたり、一緒に住んでいるウワサよ」
「ツケは、きちんと回収できてるのか」
「今度のコック、口で言うほどの腕はないぜ」
「あそこの板前、店をやめたがっているようだ」
「音楽性が違ってきたから、メンバーチェンジするか」
「今の店よりも、いい条件で引き抜かれているから、アンタも一緒にこないか」

普通に勤めをしている人とは、あまり遊べないのが、夜の仕事のライフサイクル。
過酷な日常の裏でおきている、人手不足や労働環境のことから、景況感や公私の悩み相談など、      下世話な会話とリアルな専門用語が飛び交っている深夜のカフェ…
生々しくも真剣に生きている、夜の面々が集う場所である。
だけど、早い段階から 「この人、そのうち街から消えるな…」 と、何となく感じたものだ。

僕は、夜の友好の和に入ることはしなかった。
「管理職」 という名の下、残業代なしで限界まで働いていたから、少しでも睡眠時間が欲しかったんだ。
深夜のカフェ、ひとりで食前のコーヒーを飲み干し、ミートソースをフォークで巻き上げ、セブンスターを灰皿にもみ消してから、バイクにまたがって帰る生活を送っていた 22〜23歳。
「飲む・打つ・買う」 に走らなかったのは、コーヒーで寛ぐわずかな時間を大事にしたからだろう。

過去、昼も夜も会社員か水商売かもつかなかったが、行けるなら 「GIG」 を人生の最後としたいね。
posted by GIG at 00:00| Comment(0) | TrackBack(0) | Bar & Human | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする