2015年02月02日

間の作法

日曜 午前11時の万代で待ち合わせた。
Mちゃんの車に妻と同乗して、一路 「小千谷」 まで 「うなぎ」 を食べに出かけた。

のれんをくぐると、うなぎの甘辛いタレの香ばしい煙が、店内の空気と雑じり合っていた。
うなぎは焼き上がるまでの 「間」 と 「和」 の大切さを実感できるごちそうだ。

テーブルにタイミングよく運ばれてきた、重箱のふたを三人で同時に開ける。
ほどよく蒸らされたごはんの上には、ふっくらと焼きあがったうなぎが香ばしい。

うなぎのリポートを書くつもりはないが、食指と作法についてちょっとだけ…

食事は人と作法を合わせてこそ、心が通じ合う 「団らん」 かと思える。
ひとりが食べ終わっているのに、ひとりだけ食べ続けているようなことはあまりない。

和のドレスコートとして考えれば、動物的な食べ方であってはならないし、仕える人に横柄な態度で店の団らんムードに水をさすようなことはできない。

今はこう書いているけど、独身のころは違った。
むさい体育会系なところがあり、一緒にいる相手のペースなどおかまいなく、独りよがりでガツガツ食べ終えるタイプだったと思う。

20歳のころ、自分次第でつきあいがはじまるかも知れない、女の子と食事へ出かけたことがある。
基本的に早食いなのでサッサと食べて、手酌のビールを注ぎながら、タバコを吸って待っていた。
食べ終わっていない彼女が、寂しげな上目遣いしていたが、鈍感なので目の訴えがわからなかった。

あれから、数年たったころ、何かのきっかけで、その時の場面を思い出した。
僕はあのとき、食事をエサのようにして平らげ、彼女の食事のペースに合わせなかったんだ。
これでは、おいしいものもおいしく感じられず、あの日が最後の食事になったことは言うまでもない。

味覚の合う男女の関係は上手くいくといわれるが、僕はあれは 「ちょっと違う」 と思っている。
関東と関西の味つけが違うように、それまでの食文化だから仕方ないところはある。
だけど食べるスピードやリズムは、相手に対する思いやりであったりするから、むしろ 「食べ方」 に、ふたりの相性が表れるような気がする。
もしかして一緒に生活する上で、味覚よりも作法のほうが大事なんじゃないかなと…

僕がゆっくりと味わうようになったのは、女性と向き合って食べるようになってから。
経験が欠しければ、学生がどんぶり飯をむさぼるような食べ方が続いていたかも知れない。
だから、いつでも気軽に一緒に食事ができる、異性関係は大切だと思える。

相手を知りたければ、うなぎやフルコース系などの 「間の作法」 で、相性が図れるかもね。
posted by GIG at 00:00| Comment(0) | TrackBack(0) | Bar & Human | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする