2014年12月14日

Jazz Talk Vol.52

東京在住時、妻とジャズの演奏会を聴きに、渋谷のオーチャードホールに出かけたことがある。

渡辺貞夫さんが奏でる 「ワルツ・フォー・C」 の、やわらかいメロディーに目を閉じていたら、寝ていると勘違いされ、からだをゆすられたことがあった。
どうやら、背伸びをして、エスコートしたと思われていたらしい。

それまで、ジャズは個人的な趣味なので、相手が関心がないと思われることを語ることはなかった。
車の助手席に乗せているときも、東京FMを流していた程度だし、部屋のCDも雑然としまっていた。
それに、ジャズをゆっくりと聴く時間もなかったころで、耳に刺激を与えていない時期でもあった。

たまの休日でも、掃除をしたばかりの澄んだ部屋で、「キース・ジャレット」 を聴いていても、妻は     「奇妙な声が入っている音楽」 ぐらいにしか、思っていなかっただろう。
それでも、時間がないなりに聴き続けてきたんだから、ジャズは麻薬としかいいようがない。

店をはじめて、しばらくたったころかな。
お客さんとジャズ談議をしているところに妻が居合わせ、それまで僕の口から聞いたことがないような   名称や用語が飛びだし、どうでもいい雑学におどろいたとか。
私生活は干渉し合わないから、何年たっても意外性があるのかもしれない。

紆余曲折…  ジャズは年代によって、時代背景が見えていたことが特徴でもある。
長髪でジーパン、くわえタバコの若者が、学生運動の合間にジャズ喫茶の片隅で ジョン・コルトレーン「至上の愛」 のように、抵抗と破壊をイメージさせる、どこか尖った世界に卒倒した世代があった。
それが、白髪の似合う 「おじさま管理職」 になると、OLをエスコートして、「エヴァンス系」を聴きながら「ワインとナイフにフォーク」 という、時の移り変わりを示すようになった。

かつては少数派を純粋な証とした若者も、大衆性に気持ちを開示して順応性を身につけたと思える。
それを、時の流れの成長とは認めないが、ボキャブラリーが広がったことは確信であろう。
僕も大台の年齢になったが、ジャズをうさんくさく語るおやじにならなかったことは自負している。

いずれにせよ、「フュージョン世代」 だからこそ、見えた世界があったと今では思っている。
posted by GIG at 00:00| Comment(0) | TrackBack(0) | Jazz & Music | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする