2014年12月29日

年越しそば

うー 寒い…  今冬は寒すぎるぞ。

寒さには強いと自負する僕でも、はじめてインナーの上下を身につけたほどだ。
これで、もう肌身離せなくなるだろう。

帰省ラッシュがはじまった。
いまさらだが、故郷のある人は幸せである。
そこに、愛しい気持ちがあるからだ。

89年12月30日 夕方の山手線内回りでの車内。
あのときの心境は、一生忘れることはないだろうなあ。

その年、忙殺されそうな仕事量を抱えており、わずかな帰省すらあきらめていた。
空席が目立ちはじめた車両の所々には、これから海外旅行に出かけるカップル、羽田空港に向うと     思われる家族連れ、ボストンバック片手に東京駅に下車するであろう学生風。

それぞれ、同じぐらいの年代が土産を手もとに、帰郷を楽しみにしている表情がうかがえた。
そのときだったかなあ… 自分の境遇がうらめしく、家族の温もりをうらやましいと感じたのは。

まあ若かったから、そう頻繁に実家に帰省するタイプではなかった。
その代わり、アメ横から海産物など送ることで、親不孝を棒引きしていたところもあった。
帰省できないのなら、帰省できない代わりに、ちょっとした敬意は示していたつもりだけどね。

僕は新潟が故郷であれ、もう実家は形骸化している。
それに妻の故郷を神戸から新潟にした以上、東京から連れてきた責任というものがある。

正月に自宅を訪ねてくる血縁者はいないが、故郷に腰を据えてくれたからには、これからの人生を     共有するあらゆる意味においても、「年越しそば」 は、一緒に食べるようにしている。

正月とは、少し甘えが許される、家庭という安らぎの場なんだ。
posted by GIG at 00:00| Comment(0) | TrackBack(0) | Bar & Human | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2014年12月27日

9連休

サラリーマンにとって、目覚まし時計をセットしなくてもいい夜ほど、気が楽なことはないだろう。

今年は仕事納めが金曜日、来年の仕事始めは月曜日と、9連休が大半である。

その間、キッチリした時間より、何となく時の流れに身を委ねる人も多いようだ。
そろそろ、故郷へ帰る仕度でもしようかとか、年末年始のあいさつに顔をだそうかなど気の向くままに。

僕はそれでいいと思う。
一年間の仕事から、やっと解放されたひとときなんだから、結構なことではないか。

9連休、何もすることがなくても、本人が楽しければそれでいいんだ。
家庭をかえりみずでは困るが、それが 「男の本音」 である。

つまり、休日とはプライバシーなんだから、その味つけは自分ですればいい。
それに、「予定がないから空しい」 と思うようでは、まだ、仕事の延長気分で過ごしているんだろうね。

せっかく、拘束されない時間を得たんだから、休日は自分の都合で楽しむべきだと思える。
posted by GIG at 00:00| Comment(0) | TrackBack(0) | Diary & Social | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2014年12月25日

ありがとう

24日 午前9時30分 気温3℃ 小雨降る新潟市万代バスセンター前。

昨晩、古町界隈で  「コーヒー&ジャズ」  「ビール&焼き鳥」  「ウイスキー&ナッツ」 
そんな、組み合わせを早巻きにして、今年最後の 「ひとり飲み」 をしてきた。

だけど、そのあとのニンニクラーメンは、余計だったかもしれない。
アルコールよりも、翌朝のニンニク臭のほうが少し気になった。

バスの車窓から、朝の街並みを眺めながら、「あー、今日で、この景色は見なくてもいいんだ…」 と   思ったら、少し気持ちが軽くなった。

クリスマス・イヴ
夕方の万代では、ファッションに赤や緑を配色した、若い女の子の姿を多く見かけた。

この雪のせいか、流通にも影響が及んでいるらしく、野菜や果物が品薄で軒並み高い。
足回りがぬかるむ中、徒歩でスーパーを2店舗回ることにした。

店内には、山下達郎 「クリスマス・イヴ」 が流れていた。
シンプルなメロディーとリズム、文学的な歌詞が魅力である。

はじめて、ドラゴン・フルーツ を買った。
酸味の中にほんのりと甘みがあり、見た目ほどあとを引かない、淡白な味わいだった。

今年もあと一週間…
しかし、早く雪にみまわれたせいで、冬は気分的に長く感じるんだろうな。

そして、今日から、普通の日常を取り戻すことができた…   ありがとう!
posted by GIG at 00:00| Comment(0) | TrackBack(0) | Bar & Human | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2014年12月24日

実はさあ…

ひとまず、今週26日で世間は仕事納めとなる。

ここまでは会社あげての忘年会だったが、これからは残務のある課単位で寄り道する夜もあるだろう。

僕はほどよい人数で、静かに飲むのが性に合っている。
大人数だと挨拶に回ったり、会話も忙しないし、逆に話相手にあぶれることもある。
注ぎに回って、自分の席に戻ってきたら、周囲はおたがいの話に夢中になっており、しょうがないから、ひとりで手酌酒をしていたりさ。
そういうとき、注ぎに来る人がいると、なんか親近感がわいたりするよね。

飲むのなら、偶数の4〜8人ぐらいで、全員が共通の話題ができれば、会話が途切れることもなく、    だれひとり見捨てられることはない。
悪気はなくても、そこに見ず知らずの第三者を同席させてしまうと、共通の 「秘密談議」 で笑い飛ばせなくなるから、その場の方向性が変わっちゃって少し白ける。
そうなると、CM代わりにしか話を振れないから、本人も居たたまれなく、逆にかわいそうなんだよね。

だから、顔なじみのほどよい人数で、「実はさあ…」  そんな話題が一番おもしろかったりする。
形式として、忘年会は会社の小規模宴会、新年会は旧知の友人と小規模宴会。
役職で呼ばれる輪、呼び捨てで呼ばれる輪、ふたつの友好の輪はもっていたいよね。

公私の人間味を回復させる意味でも、どちらも実りのあるコミュニケーションであることには違いない。
posted by GIG at 00:00| Comment(0) | TrackBack(0) | Diary & Social | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2014年12月23日

ありのまま

50歳から、40歳を見ると 「若いなあ」 と感じる。

10年区切りで、時の心境を振り返れば、「まだ30歳」 「もう40歳」 その感想は自分次第。
だが、年代が変われば、見える景色はこうも違うものなのか。
どこか、「50歳の新入社員」 になった気分である。

体力の衰えは仕方あるまいが、まだ気力は充実している。
肉体が疲れを記憶してるから、「肉体制御装置」 も機能すると思える。
僕自身、何年店を続けられるか考えれば精神面含め、トータル的な性能は少しでも維持していたい。

潔さも大事になってくる。
同い年ぐらいなら、社内で思わずぼやいてしまうことが、「老眼で字が読めない」 とかであろう。
それを毎日聞かされている部下は、「年はとりたくないなあ」 と、ウンザリしているかも知れない。

つまり、現役である以上は、老化現象をいちいち口にしちゃいけないんだ。
もう、黙って受け容れる年代だし、それこそ、今年の流行語 「ありのまま」 古くは 「レット・イット・ビー」 の精神である。

43歳、男性ホルモンが強すぎるお客さんがいてね。
5〜6才のわが子が、不思議そうに 「ねえ、どうして、パパはおけけ (頭髪)がないの…」 と聞かれ   「パパはねえ、これから、おけけが生えてくるんだよー」 と説明したという。
あー、なんて、チャーミングなお父さんであろうか…   これが大事なんだよなあ。

年齢にふさぎこまず、甘えず、グチらず、前向きでユーモアのある人が近くにいると、なんだか自分まで前向きになれる気がするから不思議だ。

朱に交われば赤くなる。

posted by GIG at 00:00| Comment(0) | TrackBack(0) | Bar & Human | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2014年12月22日

神様教育

人は怒りのスケールによっては、それまでの魅力を失ってしまうことがある。

最近では、大韓航空機の 「ナッツリターン事件」 のように、分別のわかる大人が公共性のある場で、鬼の形相で感情を爆発させている。
乗務員は謝っているのに、あそこまで人を追いこむ、しつこさは常軌を逸しているわな。
ぜいたくな生活を気取り、自分の権限を利用して、従業員を奴隷のようにこきつかうんだからさ。
まあ、今にはじまったことじゃないけど、社会的にとりあげられるようになったのも、耐え難き限界点まできているからなんだし、日本社会でも対岸の火事ではない。

個人的には、こういうことも理由にあげられると思う。
一つ目は感動をウリにした、過剰なサービスの提供。
二つ目には早さをウリにした、せっかちなサービスの提供。

スーパーに貼り出されている、「お客さまの声」 など読むと、「お辞儀をしなかった」 だの、どうでもいいようなことまで、つぶやいているんだよなあ。
まあ、用紙に書く手間を考えれば、ネットに投稿するより、まだマシなのかも知れないが。

商品のリクエスト、耐え難きクレームなら別だが、はしたない 「いちゃもんレベル」 なんだ。
皮肉にも、お客さんを 「神様教育」 したのは、まぎれもなく 「行き過ぎたサービス」 だと思う。

そんなの、CS (顧客満足度) じゃないし、お客もクレームを探しているようで不健康だよ。
このあたり、何度か書いたことがあるので省くが、これから問題となってくるのが三つ目。

病院へ行くと、「院内で暴力や暴言おことわり」 なんて、貼紙を見かけることがある。
スーパーでも、中高年の男が店員を大声で、怒鳴り散らしている場面を見かけたことがある。
中高年の女にもなると、ネチネチと店員の首を真綿でしめつけるようにしてクレームを出している。

よほどのことかと思いきや、「自分に対する接客がなっていない」 ほとんどそんなレベルである。
そこで共通しているのは、過去の肩書にあぐらをかいているような、社会性のない高齢者なんだ。
ご立腹と言えば聞こえはいいが、「ハードディスクが壊れている」 だけであろう。

つまり、「神様扱いされたサービスに慣らされた世代」 が、問題を起こしだしたと思える。
対して、近年の若者は内向的になっているから、昔ほど手におえないガキは少なくなっている。

若いころ、1日24時間は長かった。
しかし、高齢になると思いの外、時間が過ぎていくのが早く感じてしまうようになる。
残された人生、言い知れない焦燥感が生まれて、それが引き金になってしまい、つい短気をおこして    しまうのかもしれないし、何よりも怒りには人格がひそんでいるものだ。

だけど、本当に怒らざる得ないときがある。
そのときはイヤミなジャブを当てるより、一発のストレートを浴びせたほうが、クレームに真実味はある。
このあたり、「チンピラ」 と 「任侠道」 の違いで、任侠的な怒りを忘れてしまうと、相手に憎悪の念を  抱かれてしまうから、伝え方に注意を払いたいところである。

ようするに、公共の場で 「チンピラ劇場」 を見せられる庶民の立場にもなれであり、本当の怒りには  気品とか気高さがあるんだよな。

だから、「木枯し紋次郎」 を見るべきだ ?
posted by GIG at 00:00| Comment(0) | TrackBack(0) | Diary & Social | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2014年12月20日

本物の宝物

夕方4時の市内バスに乗っていたら、後部座席から若い女性の会話が聞こえてきた。

「クリスマスプレゼント… (彼に) 何あげるの 」 とか、なんとか。
女が男に高価なモノをあげるのは、そうないことだが、その逆はあること。

婚約でもしてない限り、プレゼントの内容次第では、相手にプレッシャーを与えることもある。
ほどよいモノならまだしも、身につけるモノとかになると好みがあるだろうし、高価であればあるほど
深読みされてしまい、同等な返礼を抱かせてしまうもの。

結婚を視野にしているのなら話は変わるが、その見返りに寝たいのか、それとも金持ちの気取った趣味またはパトロンであったり、思惑がこめられたりしているときもある。

親和欲求で結ばれていれば、勘ぐりは無用であるが、男の純愛と呼べるものは少ない。
されど高価なプレゼントは、愛情に置きかえられるのも事実。

それを理解しようともせず、消費マインドを一切持たず、ただお金を貯めることしか頭にないようでは、  「プレゼントセンス」 は、磨かれるわけはあるまい。
意中の人がいれば、好きな色や好物などを何気に観察しながら、大まかに絞りこんでいくだろう。

そういう過程を経験してないと、「どん引き」 されるモノを贈ったりするんだ。
つまり、相手は社会距離でいるのに、自分は密着距離で迫るから、適正な距離が合わないことがある。

バブル期の終盤、職場の後輩が 「クリスマスイブ」 に意中の女のアパートにアポなしで、「もみの木」を持って、サプライズ訪問したという。
しかし、彼女は不在のため、もみの木のプレゼントを玄関の前に置いて、そのまま帰ってきたという。
その夜、実は京王プラザホテルで恋人と宿泊しており、それをあとから知ってショックを受けたとか。
後輩は彼女に一方的な想いを寄せていただけで、別につきあっていた間柄ではなかったらしい。

それより、玄関に突然 「もみの木」 を勝手に置かれた、彼女の方がドン引きするに決まっている。
僕はその話を聞いて思わず、「じゃあ、おまえ何か 正月は玄関に、門松でも置きに行くんか」 と。
腹を抱えて笑い転げた思い出があるんだけど、別の意味で 「ビッグサプライズ」 である (笑)
でもさぁ、流行をコピーして、その通りに演出するぐらいなら、彼独自の主体性があってもいいだろう。

もしかしたら、こういう無垢な男ほど、「本物の宝物」 を持っていたりするのかも知れないね… 
あのときの彼に、「メリークリスマス」 である!
posted by GIG at 00:00| Comment(0) | TrackBack(0) | Bar & Human | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2014年12月19日

自分の時間

マンションのエレベーターで、乗りあわせた男の子。
顔見知りなので、物怖じすることなく、会話のはじまりも自然である。

降り際、「小僧、まっすぐ生きろよ…」 と、おちょくると、「おじさんもな!」 と、きたもんだ。
この子、将来は大物になるよ…

東京の同い年の友人から、久し振りに電話があった。
奥さまは少々ご不満かもしれないが、ひとり息子に自分の時間を捧げられる、父親の子煩悩さは      相変わらずのようである。
子どもにお金をかけることだけが愛情ではなく、こうして自分の時間を捧げられることのほうが、     伝わりやすい愛情だったりするものだ。
きっと、こういう親に育てられた子であれば、多感期にグレる心配もないだろう。
たとえグレたとしても、自らの意思で戻って来れる、勇気がそなわっているもんである。

中高年の自殺が増えている。
ここ、新潟県の自殺率は全国的に高いという。
理由はどうあれ、人に時間を捧げてみたら、思いとどまるんじゃないか。

だれかを支えることが、自分を支えることとなり、それが生き甲斐になるときもある。
だってね、人はだれかの役に立ちたいと思っているから、生きる気力が湧いてくるんだからね。
役に立つ人間は、だれからも愛されるから、まずはボランティア活動なんかでもいいんだ。

それはつまり、自分の時間であって、相手の時間でもあるということ…   明日も早い、寝る。
posted by GIG at 00:00| Comment(0) | TrackBack(0) | Bar & Human | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2014年12月15日

ピロートーク

今冬のお天道さまは、しつこい変態である。
「気象テロ」 改め 「スノーストーカー」 だ。

自然界は、コントロールできない。
人間は自己防衛しながら、無条件に降伏するしかない。

四季でも、寒さは最大の敵となる。
しかし、寒い日ほど、使い方によっては、男女にとって最大の喜びにもなる。
そんな夜は、お風呂でからだをゆっくりと温めた後、ベッドのなかで会話をすればいい。

若いときのように、勝負パンツをはいて、エロティックなアピールをすることはない。
性的な妄想にナニを立たせて、暗闇の部屋で眼をランランと光らせることもあるまい。
女性も、「待ちながら誘う」 こともしなくなる。

ベッドの中には、2人だけの温もりと安心感がある。
時には、からだが反応しあい、「オッシャー!」 とか叫んで、おおいかぶさることもあるだろう。
だが、年甲斐もなく、「ヘンテコリンな秘技」 をしかけることは、もうやめたほうがいい。

人生の折り返し点をとうに過ぎれば、淡い初恋に似た、プラトニックな気分を取り戻せるようになる。
動物は本能的な交尾だけでいいが、人間には感情とか相性というものがある。
肉体本意な関係はあっても、結局は心を許しあった相手としか、「ピロートーク」 できないだろう。

その会話力が一致すれば、エクスタシーにも近い、うるおいが生まれるような気もする。
だから、会話で相性を見極めるには、寒い夜のベットの中では、絶好の空間になるといえるのでは。
つまり、気負わずに会話が合えば、気持ちも合ってるから、摩擦のない会話が楽しくできると思える。

寒い夜も使い方であろうが、「ガラスの50代」 の気持ちはわかるかな…   
posted by GIG at 00:00| Comment(0) | TrackBack(0) | Bar & Human | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2014年12月14日

Jazz Talk Vol.52

東京在住時、妻とジャズの演奏会を聴きに、渋谷のオーチャードホールに出かけたことがある。

渡辺貞夫さんが奏でる 「ワルツ・フォー・C」 の、やわらかいメロディーに目を閉じていたら、寝ていると勘違いされ、からだをゆすられたことがあった。
どうやら、背伸びをして、エスコートしたと思われていたらしい。

それまで、ジャズは個人的な趣味なので、相手が関心がないと思われることを語ることはなかった。
車の助手席に乗せているときも、東京FMを流していた程度だし、部屋のCDも雑然としまっていた。
それに、ジャズをゆっくりと聴く時間もなかったころで、耳に刺激を与えていない時期でもあった。

たまの休日でも、掃除をしたばかりの澄んだ部屋で、「キース・ジャレット」 を聴いていても、妻は     「奇妙な声が入っている音楽」 ぐらいにしか、思っていなかっただろう。
それでも、時間がないなりに聴き続けてきたんだから、ジャズは麻薬としかいいようがない。

店をはじめて、しばらくたったころかな。
お客さんとジャズ談議をしているところに妻が居合わせ、それまで僕の口から聞いたことがないような   名称や用語が飛びだし、どうでもいい雑学におどろいたとか。
私生活は干渉し合わないから、何年たっても意外性があるのかもしれない。

紆余曲折…  ジャズは年代によって、時代背景が見えていたことが特徴でもある。
長髪でジーパン、くわえタバコの若者が、学生運動の合間にジャズ喫茶の片隅で ジョン・コルトレーン「至上の愛」 のように、抵抗と破壊をイメージさせる、どこか尖った世界に卒倒した世代があった。
それが、白髪の似合う 「おじさま管理職」 になると、OLをエスコートして、「エヴァンス系」を聴きながら「ワインとナイフにフォーク」 という、時の移り変わりを示すようになった。

かつては少数派を純粋な証とした若者も、大衆性に気持ちを開示して順応性を身につけたと思える。
それを、時の流れの成長とは認めないが、ボキャブラリーが広がったことは確信であろう。
僕も大台の年齢になったが、ジャズをうさんくさく語るおやじにならなかったことは自負している。

いずれにせよ、「フュージョン世代」 だからこそ、見えた世界があったと今では思っている。
posted by GIG at 00:00| Comment(0) | TrackBack(0) | Jazz & Music | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2014年12月12日

Jazz Talk Vol.51

85年 「イッツ・アバウト・タイム」

夕方のかけ足の最中、中古CDコーナーで、迷いなく手にした一枚。
「マッコイ・タイナー」 と 「ジャッキー・マクリーン」 の、リーダー格同士の共作である。

それに、僕の好きなセッションドラマー 「アル・フォスター」 が全曲叩いているんだからね。
しかも、ボーナストラックでは、「ジャック・ディジョネット」 も収められているのが魅力だ。

去年の再リリースを買い逃したアルバムながら、マクリーンのベテランならではのソロ、マッコイの抜き出るようなハードタッチさながら、意外にもバラードの 「ユー・トート・マイ・ハート・シング」 のメロディーラインに魅了されてしまったあたり。

このところ、クリスマスシーズンのため、ゆるめなメロディーに耳が慣らされてしまい、キチンとした   ジャズバラードは、なんだか久しかったから、余計にしみたのかもしれない。

名実ともに、「70年代のマッコイが一番ノッていた」 とよく耳にしたけど、この一年半ほど何枚かの
アルバムをプレイバックで聴いたが、その意見は同感だったな。
でも、こうして、85年 (80年代) も聴くと、剛直な一貫路線だけではなく、叙情的なタッチにも溢れ  リラックスした心で取り組んでいるようにも聴こえた。

僕が18歳のころ、マッコイはハードなピアニストの印象が強く、何年も遠巻きに眺めていたんだけど、  クリエイトさせていく点では、スタイルの領域が変化するだけで、良し悪しじゃないと思ったね。
だってさ、「ビル・エヴァンス」 とは、全く対極なんだからさ。

その左手のリズム感の強さなんかは、「これぞ、マッコイだぜ!」 と思わざる得なかった。
posted by GIG at 00:00| Comment(1) | TrackBack(0) | Jazz & Music | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2014年12月11日

50歳の気分

先日、お客さんから、「50歳の気分はどうよ…」 なんて、笑いながら冷やかされた。

こんな経験はないだろうか。
職場の仲間と居酒屋で飲んでいるとき、周りを見渡すと自分が一番年上じゃないかと感じたこと。
シンプルにいえば、そんな感じかな。

いつまでも、年下の和に交じって、ムリに話を合わせることもなくなる。
「あとはおまえら好き勝手なやれよ」…  そんな言葉が板についてくる年齢。
そのあと、どこへ行こうと自由だが、若手を解放するのも、上司として健全な成長かと思える。

いつも一緒に行動することが、おたがいの団結心や忠誠心などでなく、上司が部下離れしないことには部下も上司離れできなくなるんじゃないかな。
僕もサラリーマン生活が長かったから、まだ歯切れは残されていると思うけど、会社以外の人間関係が機能しない私生活はどこか空しいものだ。
それで休日まで、会社の仲間と一緒にいるなんてメリハリ上、僕には考えられなかった。

年賀状を書き上げながら、フッとこんなことも思った。
儀礼上、遠距離の方は別にしても、近距離で何年も凍結している関係はどうなのかなと。
これから先、その人数にきちんと対応していけるだろうかとか。

もしかすると、人間関係の棚卸しも必要になってくるのかな。
他意あってのことじゃなくて、そうしないと対応が行き届かなくなる気もする。
つまり、きちんと機能しているつきあいだけが残されていくのが、自然な流れになるかも知れないね。

これからの人間関係、見識を得るためには広いほうがいいけど、実際のところは次第に守りに入るから逆に狭くなっていくとも考えられる。
わかりやすく言えば、結婚披露宴に招いた友人のうち、いまだにつきあいが続いているのは何人いるか考えれば、本当の友人は3人もいれば、 コレ… 上等なんじゃないかなと。
まじまじ考えているわけじゃないけど、この先の流れからすれば、そんな方向じゃないかと思えるんだ。

そんなことを感じたのは、半世紀がもたらした、ひとつの節目にさしかかった証拠かも知れないね。
posted by GIG at 00:00| Comment(0) | TrackBack(0) | Bar & Human | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2014年12月10日

期日前投票

9日 朝日新聞社の衆議院選挙における、世論調査に電話で答えた。

連日、新潟日報でも、候補者の政策や素顔について掲載されていた。

大筋の政策はわかったが、実行するのはマンパワー
このあたり、将棋の 「飛車」 「角」 と同じで、「政策」 「人柄」 のバランスであろう。

政治はメディアによって、もたらされた情報だけではない。
周囲の環境、知る側の思い込み、少ない情報による決めつけ、組織の偏りによるところも影響する。
政策によっては、「総論賛成」 「各論反対」 な、おもむきもあるであろう。

僕は、特定政党を持たない中立派である。
予め、各党の政策を前段とするので、選挙前から支持する政党はない。
政治は時代で意見が移ろいやすいし、政治家をアイドルで見ることもない。
「どこにも、属さないこと」…   本来、有権者はそうあるべきだと思っている。

それに、重箱の角は突くが、重箱全体を見ている政策なのか、判断上のこだわりでもある。
つまり、この政策なら某党であるが、これについては某党の主張することに一理あるとか。

また、自営業だから、関心と主張を持つようになり、松下幸之助の水道哲学に学ぶべき点も大きい。
庶民の日用品は安価で、時には優雅な時間で情操を磨き、教養を持ちながら夢は大きくであろうか。

僕は期日前投票をしたので、当日は結果を眺めているだけだ。
posted by GIG at 00:00| Comment(0) | TrackBack(0) | Diary & Social | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2014年12月09日

買い忘れ

寒い日には、温かい豚汁を食べたくなる。

夕方、材料となる、大根 人参 ごぼう 長ねぎ コンニャク 油揚げ、主役となる 豚のバラ肉 などを、買出しにスーパーへ。

いつも紙に書いたリストを見ながら、ダラダラとカートを押しているのだが、このダラダラ感が後の祭り。
まず目的とする品を、テキパキとカゴに入れていかないと、道中であれこれと衝動買いをしてしまう。
一番いいのは、カゴを手にもつことで、その重さが体に伝わり、買物量を制御できるという。
だが、商品を眺めているときは、気分転換にもなっているから、あまり真剣に買物をしてないのも事実。

レジでは、カードに現金をチャージして、マイバックに商品を詰めて、メイド・イン・イトーヨーカドー の  自転車で帰宅すること早8年…
台所で商品を仕分けして、レシートを妻に渡して精算してもらう。

ほどほどの時間になると、わが家のまな板がいい音で鳴りはじめる。
だが、妻が 「あれっ」 っと、ひと声発した後、折り曲げたレシートを広げる。
すると、「ねぇ、ちょっと… お肉を買い忘れたでしょ」 と、呆然としている。

「あっ、いけね、忘れた!」
何か考えごとをしていて、精肉売場を素通りして、牛乳を買ってから、そのままレジに並んだんだ。
このあと仕事だから、今から肉だけを買いに行く、気力は残されていない。
こうして、帰宅してから、温めるはずだった豚汁は、肉抜きの 「味噌野菜汁」 に変わってしまった。

主役の豚肉を買い忘れるなんて、あー、痛恨の極みである。
代わりに、トロトロに煮えた長ねぎと味噌がしみた大根を食べるから、年内はカゼをひかないだろう。
posted by GIG at 00:00| Comment(0) | TrackBack(0) | Diary & Social | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2014年12月07日

純白な雪だるま

自宅マンションの敷地内で、子どものはしゃぐ声がこだましていた6日午前…

今朝の大雪に、おどろいた人も多かったであろう。
土曜日が幸いして、午後になってもあらゆる駐車場で、雪かきをしている人が目立っていた。

夕方の万代は、とても静かだった。
雪は音を吸収するので、雑踏のけたたましい高音部が響かなくていい。

天候次第では、早じまいする店もあるだろうし、週末にしては人通りも少ない。
近代化とは言え、雪ひとつで身動きがとれなくなるんだから、都市機能なんてもろいものだ。

7日 深夜の帰り道、暗闇に浮かぶ 「純白な雪だるま」 を見かけたとき、何となく気分が和らいだ。
posted by GIG at 00:00| Comment(1) | TrackBack(0) | Diary & Social | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2014年12月06日

気象テロ

6日 深夜2時30分  店の前をチリトリで雪かきをして、帰宅するとは思いもよらなかった。

今週、5日続けて、暴風雨に時々雷雨。
5日、みぞれの後には、なんと雪である。

この一週間ほどの天候は、店にとって営業妨害どころか、「お天道さまによる気象テロ」 だ!

雪が降れば、足元はぬかるみ、交通は混乱するし、時には電車も止まる。
雪国である以上、そんなの折りこみ済みであるが、それにしても雪が積もるのは早すぎねえか。

また、こんなに荒れ模様の週なのに、お越しになっていただいたお客さまは、「雨天の友」 ならぬ、   今日明日に限れば、「雪天の友」 である。

本来なら、「雪見酒」 と、洒落こみたいが、まだ、そんな気にはならないよね。
それにしても、今冬のお天道さまは、せっかち、いや、変態である。

仕方ない…  今から、煮かげんに注意しながら、「湯豆腐」 で、一杯やるとするか。

午後に起床したら、窓の外の雪景色が、今以上にスケールアップしてそうだ。
そうなら、明日は早めに店入りして、小回りが利く 「チリトリ」 で、雪かきをしなければ…
posted by GIG at 00:00| Comment(0) | TrackBack(0) | Diary & Social | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2014年12月05日

クロスポイント

4日続けての雨  いつ、やむのやら…

そのせいで、ご自慢の メイド・イン・イトーヨーカドー の 自転車に乗れずにストレスがたまり気味だ。

先日、万代の街を歩いていたら、偶然に知人と出くわした。
開口一番、「自転車じゃないの」 と冷やかされたので、「車検に出してる」 と答え、そのまま笑いながらそれぞれの方向にすれ違った。
こういう、小粋なすれ違いを気軽にできると、人と接することを楽しめる。

昨日の続きのようになるが、「もし今、20歳の自分が目の前に現れたら、どうなんだろうか…」 と、   漠然と考えてしまった。
若者文化になじんでいるかな…  それとも、実在しない個性を追い求めているのかな。
それか、先の見えないやるせなさに便乗して、青春の渇きを理由にウサ晴らしをしているとか。
そんな、20歳の自分に対して、50歳の僕はどう対応するんだろうか…  とかね。

20代…  体力にみなぎる自信があり、現場の荒っぽい世界で怒鳴り散らす時代もあったし、      ときには上司にも平気でかみつくから、ほどほどに手を焼かれた存在だったと思う。
でも、本気でやりあった相手とだけは、自然と修復能力が働き、今でも関係が続いてるから不思議だ。
あとから聞いた話では、手は焼かれたけど、嫌われた存在じゃなかったらしいとか。

今の20〜30代を見ていると、それなりに頭も行儀も良くて、真面目なんだけど、少子化の影響なのか、 人つきあいを苦手にしているように思える。
一見、表面上は仲良く見えるが、どうも個人的なつき合いは避けているようで、用件はスマホみたいな   間接的なツールで用いて、何でもかんでも済ませてしまう感じなんだ。
つまり、人つきあいが不器用な上、実は臆病なんじゃないかと思わざる得ない。

何も、この年代に限らず、40〜50代であっても、似たような傾向を感じる。
それに、「昔は、こんなことはなかったと…」 と、嘆いている世代からして、同じなんだからね。
そういうのもあいまって、手本となる人間関係が身近になかったから、若者だって見て覚える機会が    少ないのであり、年の功だけでとやかく意見をたれるのも、少し矛盾してるわな。

僕自身、試験に合格して50歳になったわけじゃないから、偉そうなことを言っているつもりはないけど、この年齢まで来ると、今までぼやけていたことが、何となく見えてくるとでもいうのかな…
当然、正解、不正解ということじゃなく、こうだから、還暦への楽しみが湧いてくるという意味でね。

僕なんか、思惑ある関係や大した人脈もないが、これまでつきあったタイプを時系列で整理すると、    変に力んで人と構えず、おたがい 「ヨォ」 「オゥ」 なんて風に、気軽に自分をさらけ出せる相手とは 割合に上手く行った気がする。

50歳は、年齢や性別、立場など関係なく、自然な 「クロスポイント」 に、なるかも知れない。
posted by GIG at 00:00| Comment(1) | TrackBack(0) | Bar & Human | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2014年12月04日

50 Now`s The Time

12月4日  50歳になった…

半世紀という時の流れは、僕の生活をずいぶん変えた。

男は、父親の年齢をどこかで意識しながら生きている。
父が50歳のとき、僕は20歳の成人式を迎えていた。
半世紀を節目にすれば、ようやく同じ目線になれた気がする。

はじめて口外するが、僕の父親は 「ジャズドラマー」 だった。
その関係もあり、幼いころから、東京と新潟を行き来していた。
破滅型の父ではあったが、その腕一本で2人の子どもを育て上げ、母は縁の下の力持ちであった。

子どものいない人生だが、もしも20歳の息子がいたら、きっと感慨深いだろう。
だから、50歳の誕生日は自分の姿ではなく、むしろ、50歳だった父の姿を思い起してしまう。
もちろん見た目の比較でなく、そのときの教えや考え方など、内面の部分であったりするわけで、     価値観の違いこそあれ、次世代に受け渡していくことだったりする。

日本が世界に誇る、サックス奏者 「渡辺貞夫」 さんが、音楽番組のインタビューでこう答えていた。
50年代、モダンジャズの原点にして世界最高峰とうたわれながら、1955年に34歳で死去した、    「チャーリー・パーカー」 に憧れていたという。
現在、81歳で現役の貞夫さんは、彼の倍以上の年齢を生きているが、超えられない存在だという。
周りはそうじゃないと思っていても、本人からすれば、メンターは超えることはできないんだ。

だれでも、かけだしのころ、お世話になった諸先輩方がいると思う。
それと同じことで、ある種 「父性のあり方」 に近く、男の視座である。
いつまでも超えられない、敬した免罪符と共存して、いつも心の中にいるわけだ。

20歳の記念に、父が出演するジャズクラブへ連れて行ってもらい、少してれくさそうな口調で 「コレ、飲んでろ」 (一人で来ることがあったら) と、息子の名前で、ボトルキープをしてくれた。
そのときのラベルが、「I・W ハーパー」 であり、今も変わらぬ、愛飲酒の一本である。

50歳は、ちょうど登山口の2方向に、さしかかった気分だ。
ポジティブなコースへ進むか、ネガティブなコースへ進むか、自然と意識すべき分岐となる。
僕はまだまだ、ポジティブな登山口に立ちながら、あまり負担にならず、できるだけ平坦なコースを、   自分のペースで歩んで行けることが望ましいと思っている。

その反面、「人生なんか、なるようにしかならん」 そんな、いい加減な精神も共存している。
人生も後半、どちらのコースを歩んでも、人としての生理現象は必ずおとずれる。
トイレがなかったら、野ぐそをするしかないし、紙がなければ葉っぱで拭くしかない。
山道では、カッコつけていられないし、恥かしがってなんかいられないんだ。
ならば、覚悟を決めて、楽しく歩んだほうがいいだろう。

50歳の誕生日を 「野ぐそ」 と表現した、僕は前途多難であろうか…  まぁ、行きゃ、わかるか!
 
posted by GIG at 00:00| Comment(1) | TrackBack(0) | Bar & Human | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2014年12月03日

寒冷前線

自宅の冷蔵庫は、ほぼ空っぽ…

この荒れ模様の天気では、ひとりで買物に出かけたほうがよさそうと思った、2日の正午。
近年、「マイバック」 を推進するスーパーも多くなり、手ぶらで行くことはなくなった。

最近、知ったことだが、ペットボトルのキャップを集めてリサイクルすると、世界の子どもたちに      「ワクチン」 を支援できるとか。
自店で使用する分も含めれば、結構な数になりそうなもの。
これぐらいなら、ものぐさの僕でもできそうなので、ちょっとは人の役に立てるかな。

毎週恒例の火曜市だが、突風に暴雨のせいか、普段より客足が少ない。
傘を片手に徒歩なので、必要最小限の食材にとどめておいた。
今週は、小まめな買物が続きそうである。

それにしても、今夜は冷えた。
3日は、もっと冷えこむらしいが、「新潟の冬らしくなった」 と思えば、この寒さにも慣れるであろう。

深夜、「ヨハヒム・キューン」 のアルバム 「ナイトライン・ニューヨーク」を聴きながら、客待ちしていたが究極の営業妨害になるこの荒れよう、後半はだーれも来なかった。

その代わり、年末の大掃除に向けて、少しずつ店の掃除がはかどった…  かな?
posted by GIG at 00:00| Comment(0) | TrackBack(0) | Diary & Social | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2014年12月02日

犬の十戒

「ジャズバー」 は、年齢の高い男性客が占める。

昔から、「女性客が来ない店は流行らない」 と、ハンコを押した言われ方をするが、そんな        「甘味菓子」 のようなコピーに迎合したくはない。

それでも女性がひとりで飲んでいる夜、身を硬くしてしまうのはきわめてまともな男だと思う。
恋愛相談をされるほどの経験はないが、たまに女性から至極前向きな相談を受けるときもある。

僕の個人的な見方である。

「男に評判の悪い男は注意しろ」
それを言う男にもよるが、同性に評判の悪い男は、何か欠陥がありそうに思える。
男の交友関係とも、つきあうことになるからだ。

「公共マナーを知らない男はやめたほうがいい」
マナーの悪さが何かの拍子で、彼女に矛先が向くおそれがあるからだ。
一緒に生活をすることを考えれば、冷静さを持つべきところであろう。

「金を貸してくれ」
そういわれたら、もう疑ってかかったほうがいい。
男が女に貸せども、女に貸してくれでは、プライドはあるまい。

これだけは言えるが、 DV (ドメステックバイオレンス) されたら、サッサと逃げろ!
その後、やさしくされるが、心理的な操作をされただけで、DVは繰り返される。
手をあげる男は、常習性が高い。

有名な 「犬の十戒」 を知っているだろうか。

「私 (犬) は、あなた (飼い主) の手をかみくだけるほど、強い犬歯とアゴをもっていますが、     愛する人の手は絶対にかみませんから」 という、行があるではないか。
「犬を男」 「飼い主を女」 に、名称を入れ換えれば、女には手をあげちゃいけないんだ。

他人の恋愛など、知ったこっちゃないが、そんな機微に触れる夜もある。

そう思えば、夫婦や恋人、両想いのふたりは、奇跡かもしれないね。
posted by GIG at 00:00| Comment(0) | TrackBack(0) | Bar & Human | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする