2014年10月19日

早熟な美学

中央区で仲むつまじく、同棲生活をして3年ほどたつ、20代のカップルを知る。

そのころ、どこでこの店を知ったのか、今でも忘れかけたころに、2人で扉を開けてくれる。
そんなカップルは、2年前の花火大会のとき、「一緒にやすらぎ堤で、花火を鑑賞しませんか」 と、   僕ら夫婦との年齢差に臆することなく、素直な誘いがけをしてくれたふたりである。

ある日、店で彼女が会話の中で、「わたしたち、あまり友だちがいないんです」 と、小さくつぶやいた。
その言葉を聞いて、「自立したカップルなんだな…」 と少し感心した。
今の若者は、人から友だちがいないと思われるのが、もっとも辛いという。
これも通信型のコミュニケーションの影響であろう。

だいたい、手元の通信機に保存されているリストの、約9割は単なる知り合いレベルだろ。
何年も連絡してないリストまで、何かあったときのために保管しておいても、実際は何もないって!
それを9割の仲間で紹介されるから、若い子ほど、言い知れない孤独感におそわれるんであってさ。
これって、青春時代の群像が抜け切れてなく、相手がどう思っているかはともかく、自分から見て    「あいつは友だちだ」 「あいつは戦友だ」 と思える人間なんて、数人しかいない。
つまり、最初から友人じゃなく、ウイスキー樽と同じで、熟成 (育てていく) させるもんだ。

急接近した人間関係ほど、いともかんたんにヒビが入る。
気に入らなければ、さっさと消去できる性質なんだから、こっちの方がよっぽど非情だよ。
それに、心の狭さをぶつけ合う道具なら、そんな気味の悪いコミュニケーションはやめるべきだ。
これじゃ、ますます孤立するし、最初の意気投合で友人になろうとするほど、結局はだれとも友だちに   なれないのと同じで、すぐ近くにいるのに何年も連絡してない奴を、友だちなんて呼べないでしょ…

だれにでもいい顔してつき合うなら、いっそのこと目の前にいる交際相手と真剣につき合っていたほうが まぎれもなく恋愛として成就すると思う。
僕らの世代でも、結婚披露宴で呼べる友だちが少ないことを、体裁的に恥じるのが何人かいた。
しかし、「おまえ、どこ見ているんだ」 って話でさ…   友だちなんか3人もいれば十分だろ。

だから、彼女は彼女でいいんだし、友だちがいないことをうしろめることもない。
この20代のカップルからは、早くから自立した 「早熟な美学」 を感じるのである。
posted by GIG at 00:00| Comment(0) | TrackBack(0) | Bar & Human | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする