2014年07月24日

Jazz Talk Vol.47

不慣れなジャズの雑文も、いつの間にか 「130本」を越えていた。

ジャズの評論家ではないので、規定の文字数におさめる器用さはない。
CDのコレクターではないので、杓子定規なカタログページも作れない。
プレイヤーでもないので、ステージパフォーマンスのこともわからない。
書いてきたことは、どこにでもいるジャズファンの見識、プラスアルファの経験でしかない。

89年7月 新宿の東口で、休日を過ごしていた。
新宿伊勢丹の裏通りにある地下階段を下り、まだ客がまばらな店内の最前列に腰をおちつけた。
ステージには、ジャズファンなら、多くの人が知る手練がスタンバイしている。
これからはじまる演奏に期待をふくらませ、店内はどこか独特な緊張感に包まれている。

ピアノが指でテンポを示すと、強力なリズム隊をバックに、若手のトランペッターが徐々に、ハイノート  まで上りつめながら、額から流れ落ちる玉の汗を構うことなく、新主流派をアピールしてるようだった。
そんな意気を後押しするかのように、ドラマーが彼のパワフルなソロをシンバルであおっていた。

前半はまだ緊張がほぐれてない様子だったが、後半からのヒートアップぶりは鳥肌モンだった。
最後の曲が終了すると、メンバーがステージ中央の彼の元へかけよってきて、握手で敬意を示した。
ハツラツな笑顔で握手に応じながら、客席からも惜しみのない拍手が送られた。
この会場の拍手は特別な真実がともなっており、どこよりも拍手のステータスは高いものがある。

そのときのトランペッターは、日本ジャズ界の第一人者にまで成長した、原朋直だった。
僕の記憶が正しければ、彼が大学を卒業して晴れて、プロデビューした瞬間だったんじゃないかな。
場所は新宿ピットイン ステージの彼に最初に手を差し出したのは、ピアニストの益田幹夫さんだった。

ひところ、ジャズミュージシャンが、タレント化されてる時代もあった。
それにより、ジャズの楽しさを分け与えてもらい、近道でファンになった人も多く知る。
それはそれで、気軽にジャズを楽しむ文化として、認められてもいい現象だったはずだ。
その半面、地下のジャズクラブから派生した、硬質な連中がいたことも特徴的だったと思う。

日本のトップドラマー 奥平真吾も、11歳でのデビューはセンセーショナルながら、実践では      益田幹夫 辛島文雄 山本剛 大森明 本多俊之…  正統派に育て上げられたひとりなんだよね。
posted by GIG at 00:00| Comment(1) | TrackBack(0) | Jazz & Music | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする