2014年06月30日

2014 文月

【7月定休日】     
     6日(日) 13日(日) 21日(月) 27日(日)
      20日(日) 通常営業いたします。
 住所     新潟市中央区 東大通2−9−5 
 電話     025−247−1644
 営業時間   19:00 ⇒ 深夜3:00
 定休日    日曜日 
 客席数    カウンター10席  ボックス席(5〜7名)

【一部メニューご紹介】  カバーチャージ ¥600

[ビール] ¥750〜¥1.100
  ・クアーズライト ・カールスバーグ ・よなよなエール ・ハートランド ・シメイ ・ヒューガルデン

[バーボン] ¥700〜¥900
  ・I.W.ハーパー ・オ−ルドチャーター ・ファイティングコック ・ブッカーズ ・ノブクリーク

[ブレンデッド] ¥700〜¥1.050
  ・デュワーズ ・オールドパー ・シーバスリーガル ・バランタイン ・ベルス ・フェイマスグラウス

[アイリッシュ] ¥700〜¥850
  ・ターコネル ・タラモアデュー ・ダニーボーイ ・ブッシュミルズ ・カネマラ ・ジェイムソン

[ジャパニーズ] ¥800〜¥950
  ・竹鶴 ・余市 ・宮城峡 ・山崎 ・白州 ・響 ・イチローズモルト ・伊達

[スペイサイド] ¥850〜900
  ・クラガンモア ・ベンリアック ・ストラスアイラ ・ノッカンドオ ・トミントール ・スペイバーン

[ハイランド] ¥850〜900
  ・グレンゴイン ・アランモルト ・クライヌリッシュ ・ダルモア ・グレンドロナック ・シングルトン

[アイラ] ¥850〜¥1.050
  ・ブナハーブン ・ラガブーリン ・ブルイックラディ ・ラフロイグ ・カリラ ・アードベック

[ローランド & キャンベルタウン] ¥850〜¥950
  ・オーヘントッシャン ・グレンキンチー ・リトルミル ・スプリングバンク ・ヘーゼルバーン

[カクテル] ¥730〜¥950
  ・モヒート ・ミントジュレップ ・ラスティーネール ・ゴッドファーザー ・ロブロイ ・カミカゼ

[フード] ¥500〜¥1.000
  ・自家製ピクルス ・あんずチョコレート ・レーズンバター ・ミックスナッツ ・カマンベールフライ
  ・クラブサンド ・ソーセージ ・オムライス ・ドライカレー ・カルボナーラ ・オーブン焼きピザ
「サマージャズ」 っていうノリで、楽しめたころもなつかしいなあ…
posted by GIG at 00:00| Comment(0) | TrackBack(0) | Infomation | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2014年06月27日

チームメイト

サッカーワールドカップ 日本の敗退が決まったコロンビア戦の直後。

失意の長友にかけよってきたのが、同じインテルでプレイする選手で、その写真がネット上で話題に    なっているとか…  (ツーショット写真は見たけど、その選手の名前は覚えていない)

あの場面に感動した人は、男が男を見る目に心を打たれたからであろう。
プロチームでのつながりは、精神的な絆があるようだが、所詮 「ライバル関係」という側面もあるから、同じチームでも真の友情は成り立ちにくいと思える。
腹の底では、「こいつをつぶしてやる…」ぐらいは企んでいるから、いくら仲のいいチームメイトとはいえ、一定の距離をおいていたほうが無難だ。
それでも仲良くなりたいのなら、どちらかがチームを辞めたときのほうが、何かとしっくりするだろう。

チームメイトでありながら、W杯では敵陣で戦うことになるのはプロ選手の定め。
そのとき、同じチームメイト意識にとらわれていると、フェアな戦いができなくなってしまう。
人情的には割り切れないが、こうした毅然とした態度をとるから、後々に真の友にもなれるんだ。
試合終了後、長友にかけよった選手はピッチに安っぽい情を持ち込まなかったかわりに、友情の証を   態度で示したのだと思う。
男同士、思い切りやり合った関係であれば、こうして気持ちよく健闘を称えあえるんだよな。

その意味では、あの写真は男同士の友情をとらえた、実に奥行きのある一枚だといえるだろう。
posted by GIG at 00:00| Comment(0) | TrackBack(0) | Sports Fan | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2014年06月26日

ありえない言葉

都議会でのセクハラヤジは事実上、後味の悪い幕引きとなった。

人の人生には、余計な口出しはするもんじゃない。
自分では順風満帆、絵に描いたライフプランだと思っている人ほど、他者に対してお節介をやくもの。
それが悪気のない親切心であっても、受けとる本人からすれば困惑させられるときもある。

過去、こんな場面に居合わせた。
部下の結婚披露宴に招かれ、歓談時間に親族の円卓へ祝辞を伝えに出向いた。
挨拶を済ませ、同じ卓の親戚と思えるふたりのご婦人にもと、呼吸を見計っていたときの双方の会話。

「今が、人生で一番いいときよね」
披露宴の真っ最中、傍目からは結婚が最高潮に思えるが、よく聞く言葉にしてはどこか変だよね…
僕もささやかな披露宴を経験した身でいえば、式典とは自覚を要する共同作業ぐらいにしか思ってなく結婚後に夫婦のギャップを埋め合うことに、少しずつ幸せが見えてくるんじゃないかな。
じゃあ、結婚後は下降線を描いていくのかってことで、言葉を解けばそういうことになる。
もちろん、ご婦人らに悪気などなく、ただの式場会話のひとコマにしかすぎない。

不適切な言葉は人によっては聞き流せるが、陰険めいていれば気分のいいことではない。
言葉の勢い(流れ)とはいうが、普段からそう思っているから、口走るわけであってさ。
その言葉に嫉妬や悪意が含まれていれば、押し並べてセクハラヤジと同じ類であろう。

「ありえない言葉」が、降りかかってくることは社会生活上で避けられないが、降りかかる火の粉をはらう意味では、自分が凛とした態度でいればいいと思っている。
posted by GIG at 00:00| Comment(0) | TrackBack(0) | Diary & Social | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2014年06月25日

紫陽花

雨が降りそうで降らない日が続くので、近所の庭先に咲いている紫陽花が引き立たない。

あろうことに、午後の日陰となる庭先の境界線を乗り越えて、重たそうな真ん丸い花房を空に向けながらひたすら雨が降るのを恋しがっているようにも見える。

花房の色彩は青紫と薄いピンクだが、水分を十分に浴びてないから、少し煙った色合いで映えない。
やっぱり、紫陽花のコントラストは雨なのだ。

同情して空を見上げると、小さい雲が風に流されていくだけで、薄い青が広がっている昼下り。
人間には適温適湿だが、紫陽花は今が辛抱の真一文字。

思わず散水したくもなるが、そうすると人工栽培化してしまい、自然のたくましさを失う。
だが、もうじき紫陽花の願いがお天道様に届き、心地よい雨を降らせてくれるであろう。

そうすれば、アマガエルやカタツムリも姿を現すはずだ。
posted by GIG at 00:00| Comment(0) | TrackBack(0) | Diary & Social | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2014年06月24日

セクハラヤジ

ヤジはヤジでも、このヤジには不快感が先に立った。

日中にテレビをつけたら、都議会で少子化問題について質問した35歳未婚の女性議員に対して、    「結婚しろ」 「産めないのか」とヤジった、51歳の議員が謝罪会見している姿が映しだされていた。

当人は既婚で、子どもが3人いる典型的な家庭らしい。
察するに裕福な家庭で育ち、大学まで進学させてもらい、名高い企業に就職後、都議会選挙に当選した手合いで、地位と名誉で生活に困らない高所得水準で暮らしながら、表の顔では 「弱者の味方」をしているのが、偽善的に感じてしまうんだ。

もしかして、神妙な顔で頭は下げてはいるが、腹の底では 「早くほとぼりがさめないかな」ぐらいにしか思ってなく、過去の同様な問題発言も含めて、共通した欠陥があるとしたら、自分が生きて来た標準を相手に押しつけるからなんじゃないかな。

それまでのテレビインタビューでは、一貫して 「私ではない」と饒舌に否定しており、その顔に動揺なく、後ろめいた沈黙もなく、むしろ感情を荒げることで国民に信憑性を植えつけようとした気がする。
自ら謝罪の整理をするため、後日公式の場を用意するための取材拒否ならまだわかるけど、ドサクサに紛れて第三者になりすまし、コトの行方を探っていたんだから、これはタチが悪すぎる。
そこに反省の色があるかと言えば、本音はどうかなと思う。

個人的には、誤りは誤りでまずは謝罪して、責任は公務で趣旨返しすればいいと思っている。
しかし、ウソが通用しなくなったら、コトもあろうに保身戦術に切りかえだしたあたり。
政治家が、うそつき呼ばわりされているのは、なにを隠そうこういうことだ。

今度の一件、見た目と中身は違うことがわかっただろうし、そこを見抜けずに投票して当選させたのは、われわれ国民や都民であり、当人は地位にしがみつくばかりか、ついに責任逃れをはじめだした。

性根がこれでは、なにも期待できない…   辞任すべきだ。
posted by GIG at 00:00| Comment(0) | TrackBack(0) | Diary & Social | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2014年06月23日

夜の書店

大型書店の閉店一時間ほど前になると、だんだん店内が静かになっていく雰囲気が好きだ。

店内はまばらな足音しか響かず、騒々しい学生もいないから、ゆったりと本を眺めていられる。
それが日曜の夜ならば、なおさら適した空間となる。

日曜の夜、書店で過ごしている人たちは、どんな人々なのであろうか。
なにげなくあたりを見渡すと、意外にも若い女性が多いことに気づく。

仕事で少しお疲れぎみのOL (どこかの販売員さんかな)
月曜休みが多いと思われる、美容師さん
友だちが少なそうな、細身でメガネの文学少女風
無気力に雑誌をめくっている女の子は、バスの時刻でも調整しているのであろうか。

ひとりひとりが素顔で、思い思いの本を手に取りながら、ぼんやりページを眺めている姿を見かけると、人にはそれぞれストーリーがあると思わせられる。
その中にはひとり寂しく、だれも待つ人のいない部屋に帰りたくないので、知らないだれかと過ごせる  この書店で、少しでも身を置いておきたいのかも知れないね。

夜の書店、閉店が近づくにつれ会話が遠のき、足音をひそめた人の気配が消えていく雰囲気が好きだ。
posted by GIG at 00:00| Comment(0) | TrackBack(0) | Bar & Human | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2014年06月22日

精神注入棒

街中を自転車で走行中、タイヤの空気圧が気になり、周辺の小さな自転車店で修理をお願いした。

年配の店主に状態を伝えて、パンク修理を待つこと10分ほど。
お世辞にも広いとはいえない店内を見渡すと、「親父の小言」めいた達筆な文章が所々貼られていた。
山本五十六 「男の修行」をはじめ 「海軍五省」など、社会人なら目にしたことがあろう数々の教訓。

おもしろいところでは、「いつまでも あると思うな 親と金」
それから、「うそつきは 泥棒のはじまり」 なんて訓示もある。
これら、だれもが教訓として、一度は聞かされたことがあろう。

あっ、なるほどな…  学校が近くにあるので、自転車通学している生徒への戒め(いましめ)か。
極めつけは太い毛筆で、木製バットに 「精神注入棒」と、書かれて立てかけられてあるところ。
今どきこういう、教育的で気概のある親父がいると思ったら、なんだかうれしくなってきた。

正面の額を見ると、元内閣総理大臣の森喜朗から送られた感謝状が飾られている。
文面によると日本海軍にいた経歴を持ち、大正25年生まれというから御年89歳の店主である。
勘ながら、元日本海軍のパイロットかもしれない。

第一印象は怒れる店主の形容がふさわしく、非礼な客には容赦なく喝を浴びせる気骨が漂っている。
それでいながら、人として当たり前の礼儀を知り、礼儀には礼儀で返す資質も備わっている風格。
僕は昔の日本男児が、そのまま晩年をむかえているような人が好きだ。

それこそ、日本のために敵国と生死をかけて戦い、仲間を失った悲しみに暮れ、自分が生き残った   辛さに苛まれ、ここまで生きてきた長老に敬服するのは、「誉れ」のようなものを感じてしまうからである。
うまくいえないんだけど、精神注入棒に本物のプライドを感じるとでもいうのかな…

自転車がパンクしたら、またここまで修理をお願いしに行くだろう。
posted by GIG at 00:00| Comment(0) | TrackBack(0) | Bar & Human | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2014年06月21日

試合結果

20日 サッカーワールドカップ 日本対ギリシャ戦は、朝7時のキックオフだった。

朝方に飲んだ酒の回りがほどよくなったので、思わずソファーに横になりながら、チャンネルだけを    合わせて寝てしまった朝6時30分ごろ。

薄いタオルケットもかけずに寝入ったので、体が冷えたせいか、こむら返りの痛みで飛び起きた正午。
試合終了に気づきながら、「試合結果は逃げない…」からと、またソファーで二度寝をするお気楽さ。

僕の場合、スポーツに対する意識はひとりの娯楽でしかないので、見れたら見るという曖昧タイプ。
妻はリアルタイムで見ており、二度寝の起きがけに闘志ある実況とともに試合結果を知ることになった。

時は寝たのか寝ないのか、わからないような夕方近く…
生あくびを押し殺しながら、万代で買物をしていると、すれ違った若者らが、「勝てた試合だったよな…」とか、思いの丈を吐き出していたのが印象的だった。

それにしてもスーパーはワールドカップにちなんだ、特売やフェアはしないのかな。  まっ、いいか!

まだ、ふくらはぎが痛む 午前3時45分 自室にて…
posted by GIG at 00:00| Comment(0) | TrackBack(0) | Diary & Social | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2014年06月19日

Jazz Talk Vol.46

ジャズ喫茶が全盛だったころ…

どこでも、キース・ジャレットの 「ケルンコンサート」  ビル・エヴァンスの 「ワルツ・フォー・デビィ」  ばかりがリクエストにかかっており、それがもとで 「名盤嫌い」になったという人を知る。

僕がジャズ喫茶に出入りしたのは、一時のピークが過ぎ去った80年ころかな…
ちょうどレンタルレコード店が話題のころだったから、そんなに頻繁に通ったわけでもないのだが。
初めてリクエストしたのが、高校1〜2年のときにドキドキしながら、えーと、なんだったけなあ…    ほら、あれ… マイルス・デイビスの 「フォア・アンド・モア」だったと思う。

それまでは、自宅のステレオ装置で近所に気を遣いながら聴いてたが、ここでは気にすることはない。
金属の火花が飛び散ってくるような、トニーのシンバルレガートにビビらされ、手元のキューブアイスにスライスレモンが一枚添えられたグラスに、今では懐かしいビンコーラを注いでいた。
そのお店は、西堀の老舗 「スワン」である。

本作も名盤に違いないが、僕の若さゆえ、シャープなスピード感でテンポよくノリ飛ばせるジャズを好みこれこそがジャズと思い込んでいたから、バラード曲はすっ飛ばしていた。
それが今ではバラードにこそ、その人の温もりがあるようで、アルバムの注目曲にしているほどだ。

実は冒頭の体験談に、我が身が陥らないよう、好きなアルバムほどあまり聴かないようにしている。
このあたり、「空腹は最高のごちそう」と言われるように、恋しくなってきたときに聴いてこそ、思いの外に敏感に聴きこめるのである。

その意味でアルバム、ビル・エヴァンスの 「ユー・マスト・ビリーブ・イン・スプリング」
マル・ウォルドロンの 「オール・アローン」 など、好きなアルバムほど聴かないようにしている。
楽曲に絞れば、ジャコ・パストリアス作曲の 「スリー・ヴューズ・オブ・シークレット」からは、人生の物語を感じずにはいられない。
キース・ジャレットが奏でる 「ビー・マイ・ラブ」は傷ついた心を癒してくれるようで、思わず涙がスッーとひとすじ流れてくるようだ。
今の時季なら、小野リサが歌うボサノバ 「カント・パラ・ナナン」は、仕事で疲れた体を聖母にやさしく  抱きしめられているような、特別な感情に包まれるようである。

これらの曲は、あんまりカバーされていない気もする。
あるピアニストが、「隠れた名曲(名盤)ほど演奏しずらい」と言っていたことがある。
真意はたずねなかったけど、料理にたとえるなら、自然の素材にあれこれ調味料をまぶしこませ過ぎ、肝心の味を台無しにしてしまうことが、あまりにもおそれ多いためであろうか… これいかに。
こうして好きなアルバム(楽曲)は、やたらと聴かないのは、気持ちのしみいり方によるもの。

深夜、お客さんのいない時間にひとりで聴いているアルバムこそ、本当のお気に入りなのである。
posted by GIG at 00:00| Comment(0) | TrackBack(0) | Jazz & Music | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2014年06月18日

スクランブル・サポーター

「2014 サッカーワールドカップ」 日本代表戦で盛り上がっている今週。

サポーターと呼ばれる連中には、わけのわからんのも含まれている。
渋谷のスクランブル交差点で、バカ騒ぎしているようなのは、アレ本当にサポーターなんかな?

初戦に惨敗しながら、ハイタッチで盛り上がってるんだから、彼らにとって勝敗はどうでもいいわけだ。
つまり、何も考えず、「ギャー」だの、「ピィー」やら、騒いでいるにしか過ぎない。
試合終了を告げるホイッスルが鳴ると、あたかも落胆した表情を浮かべるが、しばらくするとハイタッチで騒ぎ出すメンタリティー。

公務執行妨害で連行された奴なんて、サポーターの風上にも置けないんであってさ。
テレビに向って、「こいつら、白昼夢でも見てるのか…」と、つぶやいたのは僕だけではないだろう。
あの場面、日本代表が見たら泣くぞ…

日本は世界を相手に戦うときは、総じて 「サムライジャパン」を名のる。
だが、サポーターが 「武士の情」や「沈黙の美学」という、いたわりの心を持ち合わせていない。
境界線はあれど、少しでも理解していれば、たしなめなくても蛮行には走らないはずだ。

日本は恥じらいを知る国だ。
スポーツの勝敗で暴動を起こしたり、日本の国旗を焼き破ったり、日系企業を襲撃したり、言論の弾圧を受けている国ほど、恥じらいのない集団的な暴挙を仕掛けてくる。

日本はそうじゃない。
世界発信されるこの時代、行動を制御できないサポーターのプライドなんて、高が知れていると思える。
勝負は時の運もあるが、応援側に時の運などないから、応援の仕方で日本に恥をかかせたらダメだ。

第2戦は20日、朝7時からのギリシャ戦。
その前夜は早寝する人が多いから、お客さんはいつも以上に早く引けるんだろうな…  (o´_`o)
posted by GIG at 00:00| Comment(0) | TrackBack(0) | Sports Fan | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2014年06月17日

Fathe's Day

えっ、15日は 「父の日」だったんだね…  「母の日」に比べると盛り上りにかけるなあ。

近年、理想の父親像は、「ともだちのような父親」らしい。
いつもやさしくてユーモラス、一緒に遊んでくれてタメ口感覚のマイホームパパ… その理想は最もだ。

僕らスポ根時代にかかっていたので、劇画 「巨人の星」飛雄馬の父、「星一徹」ばりの頑固者も多く、  逆に理想とする父親像はともだちタイプと思えるのだが、今は規格外の父親は少ないからね。
規格外の質にもよるが、昔は近所に1人や2人、「あそこの親父は怒るとこわい」存在があった。
暴力的なこわさではなく、普段はやさしいが風紀を乱すものには、にらみが効く無言の貫禄である。
それが見守る力で、強さは人に構えない腰の低さでもあり、その姿に親父の風格が漂ってたりする。

今の一部の父親を見ていると、その規格外への憧れはもっている気はする。
だけど、その表情ひとつ表現ひとつとっても板についていないせいか、ムリに貫禄の個性にとりつかれているようにも思えるんだ。
貫禄は経験の裏づけで仕上がるが、最初から地にないキャラクター全開だと親子共々疲れてしまう。

僕が父親を理想とするなら、普段はともだちのような父親でありながら、いざとなったら 「スパルタ力」で愛情を注げるのが、「父性の絶対条件」だと思う。
暴力は認めないが、そのときの状況や質に応じては予てから 「ある一定の理解は示さねばならない」と言っているのはそのためである。

芸能人でいえば、「ビートたけし」 「泉谷しげる」あたり、この部類に入るような気がする。
なによりも少年っぽさを持ち続け、どこか牧歌的であり、極めつけは真のやさしさを感じさせるところ。

素行は不良っぽいんだけど、実は粋と野暮の違いを知っているような、そんな父親像も理想である。
posted by GIG at 00:00| Comment(0) | TrackBack(0) | Diary & Social | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2014年06月16日

新潟地震 50年

1964年 (昭和39年) 6月16日  新潟地震から、今日で節目の50年となる。

僕は新潟地震の年に命を授かった。
そのとき、妊娠4ヶ月ころの胎児で、東京渋谷で誕生を控えていた。

この世で一番大切なことは命だ。
震災による崩壊被害、火災被害や津波被害でもなく、守るべきは命なのだ。

妻は阪神大震災で母親を亡くしている。
だから、余計そう思うのかもしれない。

人は日ごろから、防災のことばかり考えて生きてはいられない。
教訓を年がら年中報道されていたら、逆に関心は薄れるだろうし、節目だから考えさせられるもの。

東日本大震災で、死者行方不明合わせ2万人規模と知ったとき、自然の猛威には呆気ないと思った。
今この瞬間、下から突き上げる衝撃と大きな揺れで、あっさりと逝っちゃうこともあるんだからね。

そうすると地震への備えは備えとして、命の使い方について考えてしまうもの。
幸いにも大きな災害現場に居合わせたことはないが、五体満足であるからには、いざというときこそ  逃げる側より助ける側でいたいし、地域の 「バケツリレー」に参加できるメンバーでありたいと思う。

天災への備えの中には、なにごとにも変えがたい意気もある。
posted by GIG at 00:00| Comment(0) | TrackBack(0) | Diary & Social | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2014年06月15日

My Fantasy

しばらくは、本屋に行かなくてもいいかな…

ノンフィクションで、書籍を三冊購入した。
長年、寝室のスタンドで本を読むのを日課にしていたが、視力の低下にともなう老眼が進行してきたので薄暗いところは避けるようになった。
それに就寝前は目も疲れているせいか、たいしてページも進められず、そのまま寝てしまうこともある。

そうなってくると、朝の時間にあたる午後の陽射しを浴びた部屋で、まだクリアーな頭で読むようになる。
または、介護施設で寄り添っているひとときを利用したり、夕方の空き時間を見計って光源のいい     コーヒーショップなどで、明るい場所を好むようになる。
前のように一冊にこだわることはなく、その日の気分に合わせて乱読している。

僕は、本を丁寧に読むタイプではない。
カバーや帯を外し、ところ構わず読みたいときに取り出せるよう、ポケットへ突っ込んでいることもある。
それに読み終えた本を売りに出す目的もないから、テーブルマナーのような読み方もしない。
特に心を豊かにしたいなど、情操や学問にしていないので、肩の凝らない気楽な趣味である。

この三冊には、類似していることがある。
ほとんど知られていない無名の筆者が、独自の視点でありのままの経験を執筆した作品。
面識はないものの、読んでいるうちに共感したり、納得させられたりすると、まるで友だちのような錯覚にひたれるのが、読書の魅力ではないだろうか。

きっと似たような体験をした人を見つけ出して、どこかで安息を求めているんだと思える。
だから作り物よりも、ノンフィクションに惹かれるのはそのためで、それがドキュメンタリーなんだ。
読後、素朴に筆者と会いたくなるのは、心情に共感したからであろう。

自身のブログは赤の他人が見れるのを考慮し、写真やプライバシーなんでもかんでもとはいかない。
だけど書くからには、仕事や私生活の一部、過去の罪状 (?)を暴き立てなければ、文章にそれほど 意味を持たせられなくなる。
ややこしい話だが、守秘は守秘として、「それを知られたところでなんなの…」という開き直りもある。

堂々としていたほうが生きやすいし、読み書きとは整体みたいなものだと思う。
読むことで筋肉をほぐし、書くことで骨格を動かし、公開することで体の歪みを矯正するような作業。

心の整体といえば体裁はいいが、年齢を客観視する意味では、無意識に活字づくのかも知れないね。
posted by GIG at 00:00| Comment(0) | TrackBack(0) | Bar & Human | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2014年06月14日

Jazz Talk Vol.45

ジャズ好きには、お節介が多いんだ。

悪気はないが、「教えたがり屋」なんだ。
実のところ、僕にも自覚症状がある。

ある日、街のCDコーナーでのこと。
某レーベルから、リマスタリングされたジャズのシリーズが、アーティスト順に並べられていた。
タイトルを眺めていたら、僕とわりあい近い年齢と思える男性も、膝を折り曲げ熱心に見ていた。

その人が伸ばした指先を追うと、ビル・エヴァンス。
「リバーサイド3部作」は飛ばしたから、どうやら晩年のアルバムを探しているのであろう。
一枚一枚表裏のクレジットに目を通して、手が止まったので決めるのかなと思うと棚に戻す。

この人、何のアルバムを手にするのだろうか興味津々となる。
頭の中では、「多重録音だぞ」とか、「オリジナル色が強いぞ」など、好き勝手につぶやいている。
おっ、いいアルバムに手を止めた。 絶対にそれは聴くべきだ。 それこそ、アタリだぞ。
さあ、どうするか…  あー 戻した! 君は 「歴史的な名盤」を手放してしまったのだ… 残念
まあ、こんな具合に人の指先を追っては、頭の中で 「わけのわからん実況」をしているのである。

僕も隣の手練から指先を追われて、「アホ、これはアカン」とか、「ソレ、やめときいな」など、実況されているんだろうな…  きっと!
posted by GIG at 00:00| Comment(0) | TrackBack(0) | Jazz & Music | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2014年06月12日

愚問愚答

男女(夫婦)の日常会話は、愚問と愚答でつながっていると思う。

会社であれば、具体的でわかりやすい報連相になるが、私生活では言葉の手間を省きがちになる。
名称出さずも、「あれ」 「これ」 「あの人」で聞き返さずとも、何となくわかる特別な会話。

スーパーから、妻に電話をした。
「アイス食べる?」の問いに、「おいしいアイス!」と口早に答え、「あー、わかった」で切る。
ちょっとおかしいが、意図してマズイものは買わない。
こういう愚答のときは、家事の最中か、ドラマを見ているときであろう。
口調も忙しそうなので、満足にアイスの好みも聞きづらいもの。

それで買って帰ると、「まだ肌寒いから氷系は早い」とか、「このアイス飽きた」だの勝手である。
補足するが、昔から男に媚びる女ではなく、思ったことを断片的に口にするタイプ。
僕への警戒心がないから、好き勝手なことを言えるのだろう。
まあ、答えのいらない会話で過ごせるので、楽といえば楽ではある。
他の夫婦はわからぬが、言葉を省略できるのは、ある種の安心感なのであろうか…

普段から、いい加減な会話で成り立っている。
しかし、真面目な話のスイッチが入ると、妻は饒舌(じょうぜつ)になる。
それこそ、地図を読めない女どころか、地図に載っていない裏道まで、説明できる論理性を発揮する。
口論したら、知的に反論してくるから、僕なんかより数十倍は強いだろう。
とは言いながら、めったに口論することはないが。

知的な会話だけで、つながるものではない。
どうでもいい会話があってこそ、真剣な会話が引き立つんであってね。
それに言葉は受け容れるもので、相手に求める性質でもないであろう。

男女関係 「何をしゃべろうか…」 そう考えているうちは、まだ硬い関係かもしれないね。
posted by GIG at 00:00| Comment(0) | TrackBack(0) | Bar & Human | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2014年06月11日

命の行方

厚木市のアパートで、当時5才の子に食事を与えず放置して白骨化させた、バカ親の自供が明らかになってきた。

パンの袋も開けられないほど衰弱した子どもが一生懸命、「パパ、パパ…」と懇願している姿を尻目に、 女のもとへ転がり込んでいたという。
報道に感情を荒げたりしないが、父親になりそこねた身としては、静かな怒りがわきおこっている。

10年ほど前、こんなCMが話題だった。
ペットショップのケージにいた、寂しそうな目をしたチワワに熟年男性は心を奪われ、そのまま置き去りにできず、自宅で飼うことにした… 15秒物語
チワワにしたら、「この飼い主なら、きっと幸せにしてくれる」と、視線を送ったに違いないだろう。

小学4年のころ、捨て犬の視線に気持ちが揺れ動かされ、親にムリを通して飼わせてもらった。
僕が学校から帰宅する姿を見つけると、一目散にかけよって来る、かわいいメスの雑種犬であった。
子ども心に、「この犬は、俺のことを慕ってくれているんだ…」と感じていた。
愛犬との別れは前に記したので省くが、そのときのトラウマがあるせいか、犬と触れ合うと思い出すのでいまだに犬を飼えないんだ。
責任を持って犬を飼うと約束したのに、不注意な放し飼いをして失ってしまった。
子犬を拾ってきたことを、やさしさだと思ってないが、命を預かる責任はあった。

子どもと子犬では、ケースの比較にはならないが、命を見守ることでは同じ。
親に頼るしか生きる術のない5才児の尊い命を、見て見ぬふりした36歳の冷たい殺意。
尊い命を奪われた子どもの無念さは、耐え難き事件として厳しく裁かれるべきであろう。

命を守ることが親であろうに。
posted by GIG at 00:00| Comment(0) | TrackBack(0) | Diary & Social | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2014年06月10日

新聞休刊日

9日 新聞の休刊日に気づいたのは、玄関でサンダルを履いた午後2時。

僕の生活サイクルでは朝刊が夕刊になるので、世間よりも半日遅れで見出しが飛び込んでくる。
一足早く、ネットやテレビニュースで時事を知ることもあるが、どうも紙媒体じゃないとおちつかない。
ネットは情報が氾濫しすぎて記事が散見しがちだし、夕方のニュース番組は尾ひれのついた報道が   鼻につくからあまり見ない。
地元の情報番組は楽しいのだが、グルメ取材のオーバーアクションがインチキ臭くていけすかない。

新聞に書かれていることを鵜呑みにすることはないが、手元に残せるという点においては一定の信憑性には近い媒体かと思う。
だが、地方紙は地元の有力者同士のつながりが見え隠れしていることもあるので、あまり肯定しすぎる記事には感性をもちいることもある。
全国紙が空中戦記事だとしたら、地元紙は地上戦記事のようで、用途に合わせて読むのも楽しいんだ。

起床の日課である 「シャワー」 「コーヒー」 「新聞」がないと、どうも1日のはじまりが悪い気がする。
そんな、朝刊のない昼下りにPCを立ち上げたら、トップ画面に出てきたのが “便所でキングコブラを  捕獲した” とかいう台湾発の記事。
エンターティメント溢れる、あんがいネット記事も楽しいかも。

明朝、ポストに朝刊が投函される時刻にて執筆…
posted by GIG at 00:00| Comment(0) | TrackBack(0) | Diary & Social | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2014年06月09日

The Japanese Way

英会話には、知的な風潮があるが…

18年前、東京三鷹の住まいから品川の会社まで、車で1時間20分ほどかけて通勤していた。
都内の移動も兼ねていたので、出張や飲み会でもない限り、電車で移動することは少なく、過ごし方にムダを感じていたころ。

聞くだけで英会話が身につく触れ込みの、「スピードラーニング」を通勤時間にはじめた。
脳内アルファー波が出るようなクラシック音楽をBGMにして、英語の文法のあとに日本語の訳が入る  テープをひたすら聞き流すだけ。
それを1日何十分でも繰返し聞いているうちに、自然と英語が身につくというのだが、数ヶ月たっても  僕の 「くそみそ」(のうみそ)では、効果は得られなかった。
寝ている間に暗記できる 「睡眠学習」みたいなもんで、土台 「中1英語」が身につくはずもない。

語学は身近な環境で 「まずは話す」で吸収するものだから、ネイティブじゃないと難しいと思える。
ならば一掃のこと、不確かな文法など無視して、限られた 「英単語」の並べ立てでも通用するはず。
だけど、それは海外旅行や日本国内しか通用しない理屈で、海外で暮らすとなると絶対に言葉ありき。
文法でしゃべれないと、国際人として 「文化的教養がない」と小バカにされるから、英語を学ぶ目的はハッキリさせておきたいだろう。

25歳のころ、英会話の堪能な上司から、「海外事業も視野に入れてるから、少し英語を勉強しておけ」と
言われたことがある。
事業は叶わなかったが、そのときの言葉を思いおこして、なんとなくはじめたことで目的などなかった。
必要に迫られないと語学はダメだと思うし、リズム感と同じで 「英語脳」って、持って生まれた才能の ような気もしないでもない。

聞くところによると、日本の小学校教育において、英語を義務化する計画があるらしい。
時代よりなことだが、その前に 「日本語だろう…」と、あまり感心できない。
記憶力の盛んな時期には国語力だろうし、英語力は 「好きこそ物の上手なれ」でいいと思う。
英会話を口当たりのいいワインのように、知的なファッション志向とされているが、母国語の怪しい奴が英語にとりつかれると、南アフリカの大統領追悼式でオバマ大統領の隣で 「デタラメ手話通訳」した  男のようになるもんでさ (笑)

僕の経験上、英会話の上手い人は、日本語の習いもしっかりしていた。
posted by GIG at 00:00| Comment(0) | TrackBack(0) | Diary & Social | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2014年06月07日

おいしい水

新潟県内、平年より1週間も早く、梅雨入りしたという。

恵みの雨は貯水後に浄水され、日常生活から体内に浸透していく。
最初に 「水をおいしい」と感じたのは、少年時代に炎天下のグラウンドで野球を終え、水のみ場の蛇口から、のどにいきおいよく流し込んだあの感覚。

生温い水ではあったが、本当に体が欲しているときの水は、なによりも変え難いほどおいしい。
今みたいに 「ミネラルウォーター」や、「どこどこで採取した水」などなく、素朴で誰でも飲める水道水は多くの人に親しまれていた。

仕事がら、水とは縁が切れない。
ウイスキーの水割りは、一度煮沸させて冷ました水を、ペットボトルに移し替えて使用する。
仕込みにこだわれば、今の値段では提供できないけど、できる限り手間を惜しまないようにはしている。

僕は、ウイスキーの水割りからはじまった。
次第にソーダ割り、ロック、ストレートと飲み方は変化したが、きれいに酔えるスタイルは水割りである。
水のおいしい、日本ならではの飲み方であるが、やわらかい味わいになるから飲みやすい。
posted by GIG at 00:00| Comment(0) | TrackBack(0) | Diary & Social | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2014年06月06日

風の形

部屋の窓を開けると、葉桜の木が横並びになっているのが見える。

葉が覆い茂っている枝は、日中の強い風にあおられ、木が乱舞しているようにも見える。
風でめくれ上がった、淡い緑と濃い緑の葉の色が合い雑じり、緑の光沢を描いている。

木の並びに風が吹き込むたびに、葉と葉が擦れ合う音があたりを包む。
耳を済ませると、風に雑じって雨が葉を濡らしている音に気がついた。

その姿、まるで感情を持っているかのように、木の枝葉を通して 「風の形」が見えた気がした。
雨風が止んできたころ、中学校の体育館から、万代太鼓の音色が響いてきた。

6日金曜日 開店前の買出しへ出かけるとするか…   時刻は16時20分
posted by GIG at 00:00| Comment(0) | TrackBack(0) | Diary & Social | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする