2014年05月14日

就職内定率

現在、学生の就職内定率が全体的に高まってきているという。

バブル世代の「青春エピソード」はおもしろい。
個人的には、バブルの恩恵には満たされなかったけど、今じゃ味わえない経験もした。
今晩、口コミでお見えになった、同世代のお客さんとの会話は、腹を抱えて笑わせてもらった。

あのころ、景気のいい時代だったから、軽い気持ちでアルバイトをしていても「社員で働かないか」と  誘われることも多かったのだが、その理由がおもしろいんだ。
「君は店を背負って立てる素質がある」とか、「十年にひとりの逸材だ」など、どこかから引用したような口説き文句で、買いかぶられていた「ヤングパワー」が必要な時代だった。

そのお客さんの場合、今はなき「カミーノ古町」内の喫茶店でアルバイトをしていたというが、高校卒業と同時に社員登用を勧められたという。
こういう話は多く、僕も高校3年生のときに年末商戦をむかえた本町の「イトーヨーカドー」で、アルバイトをしていたのだが、「進路が決まってなければ、卒業して社員にならないか」説かれたことがある。
誘いは光栄ながら、ひとつにおちつく気はなかったので、体よくお断りさせてもらった。

そこで先ほどの会話の焦点に戻るが、はたして仕事ぶりを認められた誘いだったのか、もしくは単なる人手不足を補うための誘いだったのか、見方が大きく割れるところである。
しかも、そんな短期間で、人の実力や素質を見抜けるものであろうか。
今、思い返せば判断を要するところだ。

そういえば、早くに名刺を持たされて、そこらじゅうに配りまくっていたアホも多かった。
名刺には、「アドバイザー」や「コンサルタント」なんて、怪しげな肩書がついているわけだ。
そこで、「おまえは何のアドバイザーなんじゃい」と、よく突っ込みを入れていたもんだ。

数年前に亡くなった、同年齢の「よっちゃん」もそうだ。
昼は「技師」として正規雇用されながら、夜は古町のカラオケスナックで準社員待遇だったとか。
そのときの名刺の肩書が、「カラオケ主任」だったという。  (なんじゃい、そりゃー)
そんで仕事は何をしていたのか聞いてみると、お客さんのリクエスト用紙を回収して、機械にカラオケ  カセットを差し込んで、曲紹介のあとにマイクを手渡すのが主な役目とか。
「何番テーブルのだれだれさま… 細川たかしの矢切の渡しをはりきって歌ってもらいましょう!」とか、アナウンスして、タンバリンを振っていたというんだからね (笑)
そのときのようすを当店のボトルをマイク代わりにして、再現していた姿をカウンター越しで見たときは、そりゃあもう、抱腹絶倒もんでさ。

ところで社員にならないかの誘いだが、やっぱり人手不足なだけで、最初はだれでもよかったと思う。
まあ、あのころは高校生の分際で、「ヘッドハンティングされたぜ」だの、「ドラフトで指名されたぜ」とか、ほざいて喜んでいたレベルなんだから、どうしようもなくアホで楽しい時代だったよな。

俺、この年(1983)… もしも警察官試験に合格していたら、コリャ、やばかったかもしれんぞ!
posted by GIG at 00:00| Comment(0) | TrackBack(0) | Diary & Social | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする