2014年05月05日

5月7日

2つに分散したGWも、残すところ今日を含めてあと2日。
2連休、努めて疲れを抜く日に充てようとは思っている。

5日 「こどもの日」は、どこの行楽地へ出かけても、まだ家族連れで賑わっていることだろう。
6日 「振替休日」は、街全体が脱力感におおわれているであろうか。

東京でリフレッシュも兼ねようとしたが、景気の回復を実感できないので、そうそう遠出もできない。
それに僕自身のGWは、社会が通常に稼動した月曜日から金曜日まで。
土曜日はTPOが休日モードだから、時の流れが緩やかに感じる日だ。

仕事帰りに立ち寄るビジネスマンやOLが、止まり木に着いた姿は何とも画になる。
男性は指一本分、ネクタイの結び目を緩めた格好で、ウイスキーを舌の上で転がしている。
女性は身じろぎせず、自然な笑顔といい発音で、ジンライムのオーダーを飛ばしてくる。
そこに気負いはなく、「今日の仕事が終わった」という、自身への安堵感に包まれている。

お客さん同士の会話次第によっては、気配を消さなければならないのも黒子たる役割。
初対面であれ、守秘な会話が続いたときは「お客さんが店を信用している」と判断するから、カウンターの外と内であっても、暗黙の信頼関係が生まれていたりするものだ。

シンプルに表現すれば、演じる側と見守る側になるが、僕とは一時の共犯関係にもなる。
したがって、店は客の仕事に断じて興味を示さないし、客も店の形態に干渉したりすることもない。
この時点で大人の距離が保たれており、その先の展開においては「磁石盤の間柄」になるときもある。
会計後、また明日から現実に立ち向かって、酒場を後にするお客さんの背中に視線を送るのも役割。

今なら、GWの天王山を前にした「M沢さん」の背中であり、平日には止まり木に腰かけているはずだ。
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2014年05月04日

ケーブル

オーディオマニアの、音に対するこだわりは尋常ではない。

アンプにスピーカー、プレーヤーにとどまらず、ケーブルの太さにまでこだわるいれよう。
全ては自宅の高級オーディオで、いい音を聴くため、お金のかかる優雅な趣味になるといえよう。

僕はオーディオ音痴だが、ケーブルを交換することで、重低音に厚みが増すことは知ってはいる。
ケーブル同様、ピアノ線においても弦の質や張りかたで、ダイナミックレンジに臨場感が増す。
ケーブル=「線」 ひとつとっても、伝わりかたが変わるものである。

人間の神経と同じである。
神経が細いと「神経質」「気難しい」など、ありがたくない形容をされがちだ。
それに神経が過敏だと、日常生活も疲弊(ひへい)してしまいがちになる。
そこは適度に神経を鍛えて太くしておかないと、ささいなことがいつまでも気になっていたり、たかが   のことで怒りっぽくなったりと、あんまりプラスには作用しないもの。
神経の太さはデリカシーではなく、つまらないことに動じなくなる効果がある。

バーは、神経の細い人は入ってこれない。
いいとかわるいとかじゃなく、1日の半分は夜なのに、繊細さが過ごしかたはせまくしている気がする。
神経の太い人は行動的だから、人の機微(きび)に触れることも多いはず。
世の中の情報量も違ってくるし、人間関係も多種多彩になるから幅も増す。

待ち合わせの繁華街で、こんな光景を見たことがある。
30代に見えるカップルが、いろんな飲食店で立ち止まっては、のれんごしに店内をのぞきこんでいた。
よく見る光景ながら、入ると思いきや「高そう」「不味そう」とつぶやくものの、どこ一軒も入れない。
主に否定的なのは男で、女性がハイヒールをはいているのに、延々と歩かせているあたり。
店の基準はわからぬが、神経が細すぎるといつまでも決められないということ。
のれんをくぐるにしても、いろんなことが不安に思えてしまい、そのたびに感覚的な理由を適当につけて尻込みをするんだから、きっと着席してもメニューをなかなか決められないんだろうな…

つまり、身の丈に応じた飲食店でいいと思う。
女性からすれば、エスコートの仕方に欠けるようで、どこか頼りなさを感じてしまうとか…
そうなると、神経を鍛えて太くしておくに限る。

風俗店には堂々と入れる男もいるが、それは違う血流神経が太いんであって、その仕組は異なるもの。
鍛えかたは人それぞれだが、まずはカウンターで自然にひとりでも複数でも飲めるようになることから、はじめてみてはいかがであろうか。
その結果、間違いなく 「神経ケーブル」は、図太くなっていくはずだ!

僕もコンビニで、変な本を買えるように、神経ケーブルを鍛えていきたい?
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2014年05月03日

Naoya Matuoka (P)

日本のラテンピアニストの第一人者 「松岡直也」 が78歳で死去した。

中森明菜 「ミ・アモーレ」 の作曲者、イラストレーターのわたせせいぞう 「ハート・カクテル」 の音楽を手がけた人といえば、記憶がよみがえるのでは。

松岡直也を聴いてると 「蜃気楼」 (しんきろう) のような、幻想的なハーモニーを感じる。
ジャズというより 「ラテン・フュージョン」 なんだが、心を和ませてくれるクールな旋律は、夏の終わりの風景を思い描かせてくれる。

「ドライブ・ミュージック」 として、若者に親しまれた半面、リスペクトされにくかった。
しかし、音楽は時代の街並みや人間模様、自分にしかわからない出来事がオーバーラップするから、ジャンル違いだけで無下にはできない。

今はポップな音楽は聴かないけど、心情が思い動くのは、自然なことなんだよね。

「見知らぬ街」 (82) をトレーに乗せた   Fall On The Avenue

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2014年05月02日

パートナー

長い間、某介護施設に通っている。

担当の20代女性介護ヘルパーが、GWの後半に結婚式を挙げた後、新婚旅行に出かけるという。
何でも高校時代からの交際らしく、かけひきのいらない自然な「成り行き婚」らしい。
こういう結婚は能書きがないから、自然に素敵で幸せになれると思う。

女性が選ぶ好きな男性タイプの上位には、今も昔も変わらずに「やさしさ」があげられる。
「やさしさ流行」な時代もあったけど、つまるところ「男はやさしくなければ男じゃない」のだろう。
しかし、女性が見抜かなきゃいけないことは、相手のやさしさにおける質だと思う。

やさしさの基準はそれぞれ違う…  計算ずくか、媚びてるのか、そう思われたいがためなのか。
やさしさに下心を忍ばせる男は、女性が精神的に落ち込んでいたり、不安定なときを狙いすます。
相談に乗るフリをして、パンツを脱がすことを考えているズルさが、透けて見える男はいるんだ。

女性は寂しいとき、男にやさしくおだてられたりすると、わりあい仲になるときがある。
だけど、やさしさの演出に慣らされた女性ほど、別れ際「あなたはやさしくなくなった…」とつぶやく。
つぶやきは間違いじゃないけど、ヒューマニズムなやさしさを見るのが、女性の眼力なんじゃないかな。
それにやさしさは女性が判断することだから、男が自意識過剰にアピールすべきことじゃない。

よくあることで、身体を許しあう前は大盤振る舞いで「豪華絢爛ディナー」あたりに誘われたりするが、  許しあった後にもなると、「ラーメン餃子」が定番コースになるという現金さ。
だったら、最初から「ラーメン餃子からスタートしろ」ってことで、順序が逆というか、バージョンアップの仕方が変だっていうかさ… (笑)
身体を許す許さないは別モンだが、他に方法はないのかなと思ってしまうけどね。

生理的な欲望の前後では、相手に対する態度が露骨に変わる男もいる。
やさしさうんぬん以前の問題で、恋愛の前提条件が幼稚なんだろうな。
ことわざにもあったよね… 「釣った魚に餌はやらない」 だったっけ?
やさしさを基準に恋愛しても、すぐに結婚に至らないのは、最終チェックされてんじゃないかな。

無理のない自然な恋愛結婚ほど、「良きパートナー」になると思える。
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2014年05月01日

変人さん

世の中には、ある種の癖(へき)をもつ、変わり者が存在する。

報道によると奈良県で、農家のビニールハウスが壊される被害が相次ぎ、39歳の男を逮捕したら、   「ビニールを全身に巻きつけると興奮する」と供述し、自称「ビニールフェチ」を豪語したらしい。
一過去にも、女性の自転車のサドルをコレクションしていた「サドルフェチ」なんてのが現れたり、   「ハイヒールフェチ」や「座布団フェチ」、車の中からウンコを投げつける「脱糞野郎」なんてのもいた。
今になれば、古典派「下着泥棒」の存在すら薄くなるほどの個性派ぞろいである。
要するに、「有害な新種のマイナー男」が多くなってきたんだ。

個人の嗜好だから、人に迷惑をかけないで楽しむぶんにはいいさ。
だけど連中たちは、モノを盗んだり壊したり、お金をかけずに欲望へ一直線なんだから困るわけだ。
だったら、合法的にスペシャルプレイを叶えてくれる、場所を探せばいいんだしさ。
それをいうと、「行くお金がない」 「人前は恥かしい」、あげくの果てには「ひとりで楽しむのが快感じゃ」だのと言い返すであろう。
自慰を覚えた少年じゃあるまいし、その素顔は「不健全な孤独」なんだと思う。

人間は年中、性の欲望なんだけど、その欲求も年齢に応じて整理していかないと、下手すれば下品な「スケベおやじ」とウワサされてしまうわけだ。
欲望に忠実になるのもいいが、常に人の目はつきまとっていることを胸に刻み込んでおかないと、周りの人間までも巻き添えにしたら、これはもう「大変な奴」である。
いくつになっても女性に関心はもつべきだろうが、相応なセックス観がないと厄介な存在になるからね。

それにどうせなら、世のため人のためになる、「無害な新種のメジャー男」であるべきだと思う。
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