2014年05月31日

サクランボ

梅雨入り前、数日間は真夏日が続くらしい。

日中、自転車で外出すると乾いた外気に全身をおおわれ、思わず恨めしそうに空を見上げた。
もう少し、気温25℃前後のやわらかい陽射しを浴びながら、のどかな風の薫りですごしたいもの。

6月はスーパーに色つやと粒ぞろいのいい 「サクランボ」が店頭に並ぶ。
キャンディーのように口に放り込み、粒の裂け目からジュワッと広がる甘味は抜群だ。

種は口から、プッと遠くへ飛ばしたくなるけど、そんなことしたら妻に大目玉を食らってしまう。
その代わり、枝は口の中で結んで遊べるが、キスの上手い人は枝を舌で結べるというが本当かな。

そんな、サクランボは一切ムダのない、別名 「赤いダイヤ」と呼ばれる優れもの。
日本人だからこそ、「チェリー」じゃなくて、「サクランボ」と呼んでいたいよね。

新鮮なモノがあれば、お通しの一品に加えたい。
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2014年05月29日

ナイトショッピング

「いったい、こんな時間に、どこのだれと話をしてんだよ…」

深夜3時すぎに帰宅すると、妻がだれかと電話で話をしていた。
タメ口ではないので、「もしかして緊急性のある用件なのか」と一瞬固まったのもつかの間。
「テレビショッピングかいな!」  思わずひっくり返ってしまった。

便利な世の中になったもんだ。
深夜でも、メディアに購買動機を促され、番組オペレーターを介して、モノを直販できるんだからね。
しかも、買いに出かける手間も省け、安価となれば一石二鳥である。

妻が、どうこうという問題じゃないよ。
普通、女性は遠出がままならず、時間にも制約がある。
身近な交友関係もあるだろうが、たまにはしがらみのない世界に身を置きたいだろう。
子どものいる家庭なら、「ママ友」なんて言葉があるほどだから、逆の意味で気苦労も耐えないと思う。
そんな反動もあるせいか、通信販売などの利用で、世間の目を避けたい節もあるんじゃないかな。

スーパーで買物をしているとわかる。
顔見知りの女性同士が偶然に鉢合わせたりすると、軽く挨拶をしてから流れた目線の先には、      買い物かごの中身にチラッと送るあの視線。
人は必ずだれかに見られているはずなんだけど、見たからといって詮索しないのが大人のマナー。

あまり世間の目を気にしすぎて、今度は人目を盗むようになると疲れてしまうもの。
このあたり、変にコソコソするよりも、堂々としていたほうが生きやすい。
例えば、「この服、バーゲンで買ったでしょ」とか、デリカシーのない嫌味を言われたとする。
そうしたら、丁寧にこう言い返せばいい 「そうですけど、それを知って、何が言いたいんですか…」と。
きっと相手はうろたえて言葉に詰まるか、動揺してつじつまの合わないことを口走ると思う。

返す刀で言葉を口にするしないは別として、気持ちの中で堂々としていればそうそう堪えることはない。
人目を全く気にしないことは愚行のはじまりだが、逆に気にしすぎて自己主張できないのも困るわな。
その意味では周囲に合わせることが、暗黙のルールと化している日本人にとって、しがらみのない    買い物こそ、心休まる時間であることはどこか共感できる。

僕は亭主関白ではないし、一緒にぜいたくな暮らしもできない。
だから、妻の好きなようにさせるけど、「夫に内緒で…」なんてのもあるのかな   ( ̄_ ̄|||)
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2014年05月27日

By The Window

このところの新潟駅前や万代周辺には、全面ガラス張りの大型飲食店が増えた気がする。

20年ほど前に流行った 「パリの街角」をイメージした 「オープンカフェ」をガラス張りにしたタイプ。
流行るのは構わないが、困るのは飲食をしている姿を通行人から見られること。
見られるのも風合いながら、ゆっくり食事をしたい人にはおちつかないものだ。

ファミレスの窓辺なら客も慣れてるし、通行人も今さら気にとめる様子もない。
それが内装に凝ったレストランともなると、しばらくは注目度の点で通行人から覗きこまれる。
厄介なことには、仕事帰りに女性と食事をしていたのを、ガラス越しから会社の人に見られて、それから大きなお世話を焼かれるようになったとか。

昨夏まで、やすらぎ提の川辺で行なわれてたサンセットカフェが、今夏から万代橋のたもとへ移動した。
これも歩道の椅子に腰かけて夕日はもとから、道行く人たちや車の往来をぼんやり眺めて過ごすのが流行なのかなと思ってしまう。
今は、ウォーターフロントのような川辺に映った夜景や、自然と建造物のコントラストを楽しむよりも、  光りがあふれる雑踏の景色を楽しむことのほうが、感覚的におしゃれなのかな。

僕は古いタイプに入ると思うので、女の子と一緒に窓辺の席でお食事することになったら、なんだか    こっちがテレちゃうかもね。
思わず緊張して、店員さんの小さなミスに対して英語で 「パードゥン!」なんて言ったりしてさ。

以前、夜の通行量が多いレストランで、こんなやりとりを目撃したことがある。
カップルで来店した男性客が店員に、外から見える窓辺の席を指定した。
すると連れの女性がすかさず、「あまり目立たない席でお願いします」とリクエストをさえぎった。
女性はスタイル抜群でロングヘアーの美人タイプだが、どうも釣り合いが取れていない気もした。
男の心境からすれば、店の外からも一番目立つ席でディナーとシャレこんで、その関係を大いに      アピールしたいところでもあろうか。

しかし、女からすれば、男はこの人だけじゃないのよと、客観的な私もいるのであろうか。
一見、夜の接客業の同伴出勤にも思えなくもないが、男の鼻の下の長さに比べれば女は冷めている。
男の興味は独占欲だけど、女にはしたたかな計算もある。
それに会話のはずまない状態を、ガラス越しで見られたくはないもの。
たとえ商売であっても、他の同伴客には見られたくないから、なおさら目立たない店で過ごしたい。
男からすれば、目の前の紅一点だろうが、百戦錬磨の女は、いろんなタイプの男を知っている。
だから、「キャー、こんな素敵なレストラン、わたしはじめてー」なんていわれても、なんのことはない、 実は5回目ぐらいだったりする。

外からオープンな飲食店は安心で健全だろうが、そこそこ秘密の男と女は窓辺の席は避けるものだ。
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2014年05月26日

オフサイド

つい先ほど、サッカーなでしこジャパンが、女子アジアカップで初優勝を決めた。

来月、4年に一度のサッカーワールドカップ。
普段はサッカーを見ない人も、このときだけは誰も 「にわかファン」になるのであろう。

プロ野球、阪神タイガースが初優勝した1985年
熱烈な阪神ファンの店主が経営する、新宿の居酒屋へ友人に連れて行かれたことがある。
何でも、一組の内ひとりでも阪神ファンなら、ドリンク一杯サービスの限定企画だった。
友人はすかさず、自称 「阪神ファン」を名のり出たが、早速本物か否か試された。
その課題は、「六甲おろし」の一番を、ノリよく正確に歌えるかどうか。
ヤクルトファンの彼は歌えるはずなく、ドリンクサービスの権利はなくなった。

このような、にわか現象がおきるのが、サッカーワールドカップ。
もし、サッカーファンを試すとしたら、「オフサイド」を小学生にでも、わかるように説明できるか。
以前、趣味でサッカーチームに参加していた、知人に説明してもらったことがあったが、よけいに    「ちんぷんかんぷん」になって以来、もうどうでもいいことにした。
覚える気がなかったかもしれないが、個々の説明も異なってたりね。
じゃあ、審判の黄色い旗が上がったら、反則(オフサイド)だと、深く考えることを放棄した。

僕は、その程度の観戦レベルなのである。
パブリックビューイングの中で、「行けー」と叫んだり、「あー」とタメ息をついたりするサポーターの姿を スポーツニュースで見ていると、個々はどこまでわかっているのかは怪しい。
それに 「サイドバックに戻せ」 「ループシュートだ」など、テクニカルな応援をしてるおやじの腹を見ると「この人、絶対にサッカーをやったことがない」と思える体型なんだよな。
同一化したユニフォームを着て、真っ赤な顔で応援しているおやじに限って、クソ文句も多いもの。
集団の中に数人、黒縁メガネにスーツのサラリーマンが何やら戦略を理論的に解説していたりすると、 「あんた、日本代表の監督かいな」と突っ込みたくなる。

しかし、それは仮の姿でしかない。
本当は 「ゴール」の叫び声とともに、隣の若いおねえちゃんに 「ハイタッチ」を求めたり、スキあらば 調子こいて 「ハグ」したいんだと思う。
野球は毎晩あるから、テンションは一定してそうだが、サッカーは不定期だから、ゴールの瞬間に    「どさくさタッチ」するおやじも出てくるんじゃないか。
ゴールと同時に汗まみれのTシャツに短パン、ゴツめのスニーカーをはいたデブッチョのおやじが    「ウォー」とか叫びながら飛んできて、その着こなしは中学時代のジャージ並みだったりさ。
だから、若いおねえちゃんの隣に、座ったおやじには注意が必要である。

あれ、どうして、そんな話の展開になったのだろうか…
オフサイドがわからんから、周辺状況しか描けない、これはこれで困ったおやじ(僕)である。

審判の黄色い旗が上がったら、「オフサイド」…  よーし、これでわかった! 応援任せておけ?
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2014年05月24日

Jazz Talk Vol.44

ジャズファンを自認するわりには、意外と身近な 「日本人ジャズ」を聴いてない人が相当数いる。

世界的なビッグネームともなれば、テクニックにフィーリング、アドリブ面に至るまで、非の打ちどころはないし、それにライヴで失敗があったとしても、普通の人には絶対にわからない。
そこをわかるまでの過程として、日本人が奏でるジャズも耳におさえておきたいところだが、もちろん良し悪しを問うことではないので、勘違いなさらないでほしい。
最初、小さめな「ライヴハウス」に行って、ドラム(スネア)のパルス(振動)が、伝わってくる体験にリアルさを感じたり、生演奏でのテクニックやアレンジ、フリーフォームに興味を抱きだす。
しかし、新潟では限られたパフォーマンスしか味わえないのが、物理的にいえば残念であろうか。

往年のリスナーは、ジャズをよく知っているが、あんがい片手落ちなんだ。
「マイルス・デイビス」は聴いたけど、「日野皓正」は聴いていない。
「ソニー・ロリンズ」は聴いたけど、「渡辺貞夫」は聴いていない。
「サッカーワールドカップ」は見るけど、「Jリーグ」は見ない…  そんな感覚であろうか。
感覚が一方的過ぎると、一流の妙技を目の当たりにしても、語れずじまいになりがちだ。
だから、僕はサッカーの弁は立たないし、ノリやいきおいでしか楽しめないんだ。
それはそれで、「エンターティメント」に問うべきことはないけど、「日本のジャズ」や「J1」を見るのは  ダサい(流行おくれ)になると、文化やスポーツが育たなくなるから偏重はよくない。

話を速やかに、ジャズへ戻す。
ジャズの専門誌などで執筆している人は、その過程をもっているから、独眼文章を書けるんだ。
身近な存在に触れているからこそだし、なによりもジャズが好きであるということ。

20代、「新宿ピットイン」に出入りしていたことが、感覚的にはよかったのかもしれない。
それに、「新潟ジャズストリート」に出演しているメンバーの制作CDも何枚か聴いている。
手元に保管しておくのもあれば、好きなお客さんに譲るときもある。
10代、地元のミュージシャンの生演奏(ライヴ)を聴きながら、次第に興味が拡大していったことを   思い返せば、経緯も大切のような気がする。

20年ほど前、日本人は大リーグでは通用しないと言われながら、今じゃ「ワールドレベル」であることを考えれば、日本のジャズも例外ではなく、多彩なジョイント(協演)が実力を証明したわけだしね。
その意味において、日本の殿堂 「新宿ピットイン」が輩出した、ジャズメンは凄い面々である。
そのような過程で、内外問わず時代のヒーローは変わっていったが、個人的な頂点となったのが、   孤高ながら 「キース・ジャレット」だったに過ぎない。

いずれにせよ、興味が早くても、理解できるようになるまで時間はかかる。
だから、一本釣り(固定)だけではなく、いろんなジャズで過程も楽しむべきであろう。

緩急を巧みに使い分ける、白いハンチングのピアニストは誰なのかな…  俺好みのソロなんだよな。   
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2014年05月23日

うれし泣き

某介護施設の担当職員の女性が、この5月にめでたく挙式をあげた。
そのときのようすを施設のモニターで、他の入居者の方々と一緒に楽しく見させてもらった。

僕も過去、友人や同僚の結婚披露宴にまねかれたこと数回。
披露宴で感極まって、泣いた新郎の姿を見たことが一度だけある。
長い間、忘れていたようなことまで思い出し、周囲の祝福に涙腺がゆるんだのであろう。
そのとき以来、男が大勢の前で泣いた姿に、お目にかかったことはなかった。

僕ら、涙は女に許されたものであり、男は人前で泣くなと叩き込まれた世代である。
本当は思い切って泣きたいこともあったけど、自然と制御装置が働いてしまうんだ。

その披露宴のVTRを見てると、新婦の満面な笑顔より、新郎が号泣する姿のほうが印象に残った。
5年ほど前であれば、きっと 「人前で男が泣くなよ」と冷めていたと思う。
しかし、涙こそ感受性の源だから、「好きなだけ、泣きゃいいさ」と思えるようになった。
感受性が鈍感であるよりも、「あいつ、涙もろくなったな…」と言われたほうが、人として成長した証   なんじゃないかと感じたからである。

それに泣くのは感情のリセットに役立つから、水を差すようなことは言わないほうがいい。
男だからと言って、ムリに涙をこらえる必要もなく、素直に 「うれし泣き」できる新郎は、やさしい気持ちの持ち主なんだろうね。
そんな幸がヒシヒシと伝わってくる、貴重な結婚披露宴のVTRに思わず拍手を送っていた。

場面は変わるが、「男の悲しみの涙」だけは、見て見ぬふりをするのが、仲間の証だと思う。
僕もそのときだけは、静かにその場から、姿を消すようにしている。
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2014年05月22日

全敗最強論

大相撲夏場所11日目
前頭2 「宝富士」ただひとり、11連敗(全敗)をきっしている。

今場所の相撲内容は悪くないのに、なぜか白星にめぐまれない。
8日目 横綱 「鶴竜」との一番で、立ち合いに変化され、負けたことは記憶に新しい。
館内は大ブーイングながら、鶴竜に「全敗力士のおまえなんて、正面から相手にするもんか」と透かしたような態度に、悔しさをにじませたかもしれない。
それでも姑息(こそく)な相撲を取らないから、今日あたり待望の白星を出せるんじゃないかな。

やっぱり、初日(最初の白星)が出ないのは、精神的に辛いものがあるだろう。
もしかして、「この先、勝てないんじゃないか」、「負けが込みすぎて、土俵に上がるのが恥かしい」など、複雑な気持ちに包まれてくるのは、真っ当な人間心理である。
このあたり、力士だけではなく、スポーツのように勝ち負けがハッキリする世界なら同じこと。

僕の仕事も同じ。
良い日もあれば、悪い日もあり、そのたびに一喜一憂してたら、とても神経がもたない。
毎日が白星(良い日)なんてありえないし、毎日が黒星(悪い日)なんてこともない。
凡人のボーダーラインは 8勝7敗で勝ち越す努力あるのみ。
だから、完璧主義ではないし、悲観主義に陥ってもいけないと思っている。

サラリーマンも同じだろう。
ただ、スポーツのようにハッキリした世界ではないけど、ホワイトカラーなら数字のノルマがあるだろうし
ブルーカラーなら納期に間に合わせるのが務めとなるはず。
まさか、「会議室で企画を却下された部長が、書類を破って泣きわめいています」なんて、ドラマのような話は聞いたことがないのと同じで、このあたりの感情を抑制できるのが大人の態度であろう。
ただし、不満がたまれば、いづれ爆発する性質もあるので、ガマンだけ強いるのは酷なこと。

つまり、負けが込んで追い詰められた力士ほど、これまでの黒星(不満)が蓄積されているから、     火事場の馬鹿力を発揮するときがある。
そのときだけは、ガマンの限界を越えてるから、一瞬にして最強力士になれるんだ。

問題は心を折られていないか。
心が折られて、負けグセがついた力士は、目が迷走しているからわかる。
先場所引退した 「琴欧洲」は、まさにそんな目をしていたから、場所中の引退は直感でわかった。

全敗ながら、「宝富士」の目には迷いがないから、必ず意地を見せて「白星」を出すであろう。
土俵際に追い込まれた全敗力士は、心さえ折られてなければ、一瞬で最強力士になるから侮れない。
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2014年05月21日

Jazz Talk Vol.43

先週末、N塚さんから、「エンリコ・ピアルヌンツィ」(P)の新作 「ストーリーズ」を回して(貸して)もらい、連日自宅で聴いていた。

ヨーロッパ系 ジャズピアニストで最初に聴いたのが、「ローランド・ウイルド」だったと思う。
その後、「ミシェル・ペトルチアーニ」や「イヴァン・パドゥア」などを経て、選曲面で理解しやすい     「ヨーロピアン・ジャズ・トリオ」や「カレル・ボエリー」あたりで座持ちをしていた。
ヨーロッパのクラシカルで親しみやすい旋律が、そのころの心境に合っていたのかもしれない。

しかし、端正なヨーロピアンジャズばかりだと、たまには粒ぞろいに変化も欲しくなるもの。
知るのは遅いぐらいだったが、そのときに推薦されたのが、タイプ違いの「エンリコ」なんだ。
個人的な愛聴盤は二枚組 「ライブ・イン・パリス」(01)の一枚目。
行間が延びるので魅力はつづらぬが、こんなにスリルのあるアルバムもそうそうないだろう。

冒頭、「回してもらった」と記したが、その意味わかるかな。
「コレクター」は、CDを集めるのが目的なので、まずCDの貸し借りをしない。
「リスナー」は、CDを聴くことが目的なので、プレミア以外の貸し借りはさほど惜しまない。
聴くことで交流しているので、おたがいのいいを交換し合いたいんだ。
もちろん、共感や異論など、双方の語彙(ごい)が交差するのも大きな楽しみでもある。

今、僕の手元から回しているのは、「大石学」 「本田竹彦」 「辛島文雄」 旧リーダー作。
逆に、教えてもらったのは、「堀秀彰」や「浜崎航」などの、若手グループ 「エンカウンター」
たまたま日本人なだけで、聴くことを目的にしていれば、肌の色など一切関係ないわけでね。

こうしてジャズを肉声で語り合い、新旧問わずミュージシャン(アルバム)を探しているのである。
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2014年05月20日

大相撲ブーム?

大相撲夏場所9日目

平日にもかかわらず、両国国技館には「満員御礼」の垂れ幕が出ていた。 
お目当ては、白鵬と遠藤の組み合わせだろうが、何でも月曜日の満員御礼は13年ぶりらしい。
けして安くはない、2階の椅子席まで埋まっており、大相撲人気は「遠藤効果」も認めざるえないが、  少し巻き返しているのかもしれないね。

観客が増えれば、それなりの見方も広がる。
8日目取組、新横綱「鶴竜」が全敗の前頭2「宝富士」相手に、あからさまに変化して勝った相撲内容に館内から一斉に大ブーイングがおきた。
対して、9日目取組は上位を相手に、小結「嘉風」と前頭5「松鳳山」の「これぞ大相撲」という健闘ぶりに満員の館内は大歓声に包まれ、これからの予兆を期待させた。
観戦マナーはひとまずおいても、大衆感情が高ぶるのはいいことだ。

僕は大相撲が 「冬の時代」に突入したといわれた、2003年ごろから見はじめた。
若貴ブーム後、長かった低調期に応援してきたから、この大相撲人気は嬉しいものだ。
しかし、「そのうち飽きて、離れていくだろう」と、一過性の大衆心理に冷めた感情があるのも事実。

角界次第だけど、社団法人にあぐらをかいたことで、運営を杜撰(ずさん)にした過去があるから、   もう二の足はふめないだろうな。
まあ、ファン心理としても、「にわか現象」じゃないのを願う限りだが、「黒い霧」とささやかれた一連の  八百長事件については、角界は忌み嫌うべきだと思う。

それにしても嘉風32歳 松鳳山30歳で、あの気迫と意地をぶつけていくんだから、胸が空く思いだ。
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2014年05月19日

Swingin After Midnight

5月のある平日 深夜1時過ぎの店内…

いつもなら、この時間はひとりで「客待ち」をしてるか、加減のいい客が1〜2人ってとこか。
この日の深夜、10席のカウンターには4人、ボックス席に3人と、皆が高ぶる神経を鎮めているようす。
GW中、仕事だった人の「振替休日」というところであろうか。

初めて見かける顔はボックスの2人で、他の5人は知る顔ながら、同席者もいるので会話を振られない限り、一定の距離を保っておくことが礼儀となる。
単独のお客は2人だが、ひとりは「ジョン・コルトレーン」の「セイ・イット」を聴きながら、そろそろ睡魔に みまわれだしたころであり、もうひとりは気軽な雑談ができる40代の男性客。

それにしても、どこか時間が止まった不思議な空間に思える。
たがいにそれほど面識がないのに、それぞれに異なる空間を過ごしているんだからね。
しかも、深夜2時近くになろうとしているのに、めずらしい平日の夜だった…

夜には、いろんな考えごとにとらわれてしまうもの。
僕もその昔、考えごとに支配されたとき、断片的にいやなことを思いだしたりすると、まぎらわしたくて、適当に会話ができる店を探してドアを開けたこともある。
今でも、「ちょっと、出かけてくる」と言って、休日の夜に気分転換しているときもあるからね。

だいたい、考えごとにとらわれても、ほとんど解決したためしはない。
近代的なストレス発散の代名詞に、グループを作って「ライン」とやらに興じても、所詮は誠(まこと)  つきあいではないから、少し関係がこじれればデータを消去できるお手軽な世界である。
やっぱり、直に会話できる人や場所がないと精神衛生上、不健康になるものだ。

無料だからって、いちいち大人がラインなんかしないし、用件はショートメールで十分である。
最近じゃ、「まどろっこしい」と言って、本人に直接電話をかける人も多くなっているようだ。
それに大切な人なら、それとなく状況を肉声で交し合うのが、「情」なんじゃないかな。
このあたり、友人だから金の貸し借りをしない原則と同じで、過去に怪しげなセミナーや販売を目的に 接触してきた人は、「本当に友人だったのか」ってことでさ…
女性や恋人同士は別にしても、男の仲は「肉声でしか証明できない」と思うね。

深夜にくつろいでいるお客さんは、黙っているけどそれぞれに理由があったりする。
家庭不和や仕事の人間関係、恋愛事情だったり、ここ数年は介護疲れなんてのもあるんだ。
自宅と職場だけの往復をしていれば、世間にはどれだけの人が悩んでいるかわからないだろう。
だからといって、いい大人がバーの片隅(公共の場)で 「しみったれた態度」はとれないわけだ。
そういう夜ほど、楽しい会話を心がけて帰宅してもらいたいと願う。

また、どうしても眠れない深夜、電話しても許してくれる友だちはひとりいればいい。
実際、非常識な時間帯に電話する人はそういないと思うが、存在がひとりいれば気は安らぐものだ。
僕は既婚だから、それほど深刻じゃないけど、友だちなら男女問わず、寝れない夜につきあえるだけの小さな器量はもちたいとは思っている。

本当の交友関係は、肉声に優るものはない…  そんなことを感じた某平日 深夜の「GIG」だった。
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2014年05月17日

How's Everything

ブログを立ち上げたころ、ジャズのページで「感覚的に聴くジャズをむずかしいと思うことがわからない」と記した覚えがある。

正しくは楽しめるようになるまで、時間を要する音楽と記したほうが、まだ親切だったかもしれない。
むずかしいと表現すると、初めて聴く人はかまえてしまうから、楽しめるはずもなかろう。
楽しくなければ、ジャズじゃないしね。

このあたりウイスキーと同じで、最初は「スコッチ」と「バーボン」の違いからで、そのうちスコットランドのスペイサイド地域 「グレンリベット」という具合にラベルが絞りこまれてくるのと同じ。
その前段階から、生産工程と向き合いたいなどと言い出すと、どうも話が理屈っぽくなるもの。
ウイスキーもジャズも知識そのものより、まずは体で覚えて(感じて)本物と言えるのではないだろうか。

30代後半、サラリーマンKさん
音楽はロック中心に聴いていたが、これからはジャズも聴きたいとして、たまに扉を開けること2年。
それまでのロックビートから、伝統的な4ビートに切りかえても、「スイング」(ノリ)が違うので、そう急には目覚めることは少ない。
それに近年のジャズはいろんな音楽要素が入り交じってるので、複雑な印象を受けるんじゃないかな。
当店、いい音を聴かせることより、ジャズの道しるべになれば、それに越したことはないと思っている。

おたがいにほどよく慣れたころ、サックス(とりわけアルト)が好きと言うので、一度様子を探る意味で、   ジャズ・フュージョンの名盤 渡辺貞夫 「ハウズ・エブリシング・武道館ライヴ80」を貸した。
当時、さまざまな手法を取り入れて聴きやすいばかりか、ソロパートも充実しており、ジャズ演奏の流れを自然と身につけるには適した秀作。
そんな今では、骨太なブロウで知られる 「デクスター・ゴードン」を聴いているというんだから、人の耳はどの方向に傾くかわからないものである。

ジャズを楽しみたいと思うなら、さじ加減のわかるメンターを作るべきだ。
そのかわり、CDの枚数やら、どうでもいいような博識を嫌味に語るジャズコレクター。
それに「D7」や「C7」だの、だれも興味のない譜面記号で悦に語るアマチュアミュージシャン。
こういう人たちには、あんまり近寄らないほうがいいだろう。

その答えはかんたんだ…  ジャズをつまらないものにしている張本人だから。


本作2曲目 「ムズーリ」のラストを飾るブレークがずれているが、これはミスであろう。
そのあとミスを惜しむかのように、鳴り響くストリングスの余韻(よいん)が心地良いと思わないか。
開演3日間のリサイタルのうち、なぜミスした音源をそのまま発表したのか?
それが言えたら、あなたはもうジャズをわかっているはずだろう…
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2014年05月15日

男のDNA

毎週火曜日、近所の大型スーパーが特売日なので、食材を買いに出かけることが多い。

店内は特売日だけに、多くの買い物客で賑わい、夕方のレジはフル稼働となる。
その反動なのか、水曜日のフロアーは空いており、陳列商品をゆっくりと眺められるからいい。

今となれば、陳列台の商品もわかるようになり、他店との比較も可能になったほどである (個人比)
それにどの店員さんの心得がいいかわかるから、不快な気持ちにさせられることもない。
このあたり、「君子危うきに近寄らず」 の精神である。

万代には、いろんなお店がある分、それだけ店員さんも多い。
男の僕は、男性店員のほうが何かとたずねやすいのだが、その多くは女性店員である。
本当のことをいうと、女性のほうが仕事が速くて気転も利くのは、スーパーは女性社会なんだろうな。

いい店員さんの必須条件は、愛嬌と少し口角が上がっている笑顔だ。
人間の性質上、外見重視はぬぐえないが、これさえあればたいがい許されるのが女性の特権。
一過去、実際の仕事上で小さなミスをした部下が、この二つをたずさえて報告に来たときは、      「まったく、しょうがねえなあ…」とボヤくものの、僕は本気で怒ったわけではない。
少しの余裕があれば、職場はささくれ立たないし、効率がよくなることはだれもわかっている。
それを心がけていれば、最低限 「いやな女」扱いされずに済むだろうな。
まあ、言える立場やルックスもないけど、少し謙虚に聞いてもらえれば、男はそういう生きものだ。

夜の水商売、男で財を築いた女性もいる。
それを「男の純情を手玉に取って…」とか、「男に媚びを売った…」だのと感じるのかもしれないが、   そうじゃなくて、自分に実りのある行動に置き換えられるのが、頭のいい女性なんだと思える。
もう少し話を続ければ、酒の席で「男なんて何よ」と毒づいている女よりも、日常から「ねえ、ねえ、   マスター、いい人いたら紹介して…」と甘えているタイプのほうが、絶対に得をしているんだよね。
ただ残念ながら、僕の場合は紹介できるだけの人脈がないもので…

ここまで文脈も考えずに引っ張ったら、想定外の内容に行き着いてしまった。
男の気忙しさながら、話の切り出しはスーパーからで、主張は「愛嬌と笑顔が一番」であること。
やっぱり、そういう香り漂う、女性店員の列に並ぶのは男のDNAなのである。

僕は「フェミニスト」なんかではないけど、男の「マザコン」は否定できないと思える。
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2014年05月14日

就職内定率

現在、学生の就職内定率が全体的に高まってきているという。

バブル世代の「青春エピソード」はおもしろい。
個人的には、バブルの恩恵には満たされなかったけど、今じゃ味わえない経験もした。
今晩、口コミでお見えになった、同世代のお客さんとの会話は、腹を抱えて笑わせてもらった。

あのころ、景気のいい時代だったから、軽い気持ちでアルバイトをしていても「社員で働かないか」と  誘われることも多かったのだが、その理由がおもしろいんだ。
「君は店を背負って立てる素質がある」とか、「十年にひとりの逸材だ」など、どこかから引用したような口説き文句で、買いかぶられていた「ヤングパワー」が必要な時代だった。

そのお客さんの場合、今はなき「カミーノ古町」内の喫茶店でアルバイトをしていたというが、高校卒業と同時に社員登用を勧められたという。
こういう話は多く、僕も高校3年生のときに年末商戦をむかえた本町の「イトーヨーカドー」で、アルバイトをしていたのだが、「進路が決まってなければ、卒業して社員にならないか」説かれたことがある。
誘いは光栄ながら、ひとつにおちつく気はなかったので、体よくお断りさせてもらった。

そこで先ほどの会話の焦点に戻るが、はたして仕事ぶりを認められた誘いだったのか、もしくは単なる人手不足を補うための誘いだったのか、見方が大きく割れるところである。
しかも、そんな短期間で、人の実力や素質を見抜けるものであろうか。
今、思い返せば判断を要するところだ。

そういえば、早くに名刺を持たされて、そこらじゅうに配りまくっていたアホも多かった。
名刺には、「アドバイザー」や「コンサルタント」なんて、怪しげな肩書がついているわけだ。
そこで、「おまえは何のアドバイザーなんじゃい」と、よく突っ込みを入れていたもんだ。

数年前に亡くなった、同年齢の「よっちゃん」もそうだ。
昼は「技師」として正規雇用されながら、夜は古町のカラオケスナックで準社員待遇だったとか。
そのときの名刺の肩書が、「カラオケ主任」だったという。  (なんじゃい、そりゃー)
そんで仕事は何をしていたのか聞いてみると、お客さんのリクエスト用紙を回収して、機械にカラオケ  カセットを差し込んで、曲紹介のあとにマイクを手渡すのが主な役目とか。
「何番テーブルのだれだれさま… 細川たかしの矢切の渡しをはりきって歌ってもらいましょう!」とか、アナウンスして、タンバリンを振っていたというんだからね (笑)
そのときのようすを当店のボトルをマイク代わりにして、再現していた姿をカウンター越しで見たときは、そりゃあもう、抱腹絶倒もんでさ。

ところで社員にならないかの誘いだが、やっぱり人手不足なだけで、最初はだれでもよかったと思う。
まあ、あのころは高校生の分際で、「ヘッドハンティングされたぜ」だの、「ドラフトで指名されたぜ」とか、ほざいて喜んでいたレベルなんだから、どうしようもなくアホで楽しい時代だったよな。

俺、この年(1983)… もしも警察官試験に合格していたら、コリャ、やばかったかもしれんぞ!
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2014年05月13日

大相撲小説

大相撲がはじまると相撲関連の書籍を購読し、本場所開催中に読むことを慣わしにしている。

大相撲の歴史や伝統を学識的に深めるのではなく、あくまでも手軽に読み進められる内容に限る。
例えば相撲部屋の女将さん奮闘記、見識者の雑文など、角界にこびない視点なら読み応えがある。

だけどほとんどの関連本は、相撲のイロハになってしまい、知りたいことがフォーカスされず、中途半端に左手で表紙を閉じてしまうことも少なくはない。
なにも相撲に限らず、ひとりの読み手の視点だが、その人なりが解き明かされていないと飽きてしまう。
無機質なものを読んでいるんじゃないから、ほどほどに湿り気もないとつまらない。
つまり、生きざまを「カミングアウト」していない執筆は書籍にあらず。
とはいえ、ドキュメンタリーは相手があることだし、アイデアも含めたら、そうかんたんには世へ出せないだろうから、出版が限られてしまうのは仕方があるまい。

なので、今回は趣向を変えて、相撲を題材にしたミステリー小説 「力士ふたたび」を購入した。
あらすじは、3年前に現役を引退した元十両力士が、相撲界の触れらざるタブーを週刊誌にリークした元親方のもとへ訪ねたところから物語りがはじまる。
物語の進行が「15日」に分けられており、今日は「3日目の章」をめくり、読み終えるのは本場所15日目の千秋楽に完結する予定である。

こんな具合に、奇数月はテレビの相撲観戦以外にも、並行してささやかな楽しみをもっているんだ。
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2014年05月11日

Mother's Day

花屋の店先には、白やピンクの色彩鮮やかなカーネーションが、ところせましに並んでいた。

今日は、母の日。
僕ら60年代、実の母しかり、実の父の「感謝の日」も失いつつある年回りである。

子ども心に、父は「強さ」の裏づけに「やさしさ」、母は「やさしさ」の裏づけに「強さ」を感じた。
親とは、表裏一体の性質を持ち合わせた印象だった。

母親の特別な想いを表現する気はないが、母親はきっと最後まで母親であることは感じたものだ。
新潟から東京へ住民票を移すことになったとき、わざわざ新幹線ホームまで見送りにきたことがある。
息子の立場からすれば、「しばらく会えないだけ」でしかないが、母親からしたら、「この子はそのまま  帰ってこないのかも…」  そんな心境だったのかもしれない。
だが、その気持ちは取越し苦労ではなく、そのときは本当に帰ってくる気はなかったんだ。

それに、駅のホームで別れるなんて恋人じゃあるまいし、恥かしくてどうしようもなかった。
だけど見送られた後、過ぎ行く窓の景色を眺めながら、気分に流された言葉からではなく、心底     「こりゃ、悲しませられねえな…」と思った。
そう思わせるだけでも、母親の存在は大きいのである。

数ヵ月後、父と母が離婚することを聞かされた…   だけど僕の中にわだかまりは一切ない。

僕とさほど年齢が変わらず、巣立っていく年頃の子をもつ 「おかあさん客」を何人か知る。
共通していることは、進学や就職で故郷を離れるとき、おかあさんは別れに涙をこぼしているんだよね。
父親は「たかが」でしかないんだけど、母親はまた違う感情があることをあらためて知った気もした。

今、同世代の母親の姿を見ながら、「俺のおふくろもこんな心境だったのかな…」と思うときがある。
なによりも、「男の思春期」を辛抱して、見守ってくれていたわけだ。
そう思うと、「親の心、子知らず」だったのかな…

この週末、今年3月に横浜の女子大へ入学した、お客さんの愛娘が「母の日」に合わせて帰省した。
その前夜祭には、おかあさんと一緒に当店で過ごしていた。
「子どもは、いつまでもおかあさんのことが好きなんだな」と同時に、「このおかあさんの子ならば、   曲がる心配はないな」と両面から感じたものだ。
愛娘が母へプレゼントした、小鉢のピンクのカーネーションは今、バーカウンターに置いてある。

ハートの立札には、ひとこと 「おかあさん、ありがとう」と、可愛い文字で印字されている。
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2014年05月10日

ガチンコ

早いもので、明日から「大相撲夏場所」がはじまる。

大相撲の人気が、回復している気がする。
理由に、三横綱(白鵬・日馬富士・鶴竜)誕生さながら、日本人ホープ「遠藤」と有力対抗馬「大砂嵐」の存在があるのだろう。

プロレスでいう、「ベビーフェイス 対 ヒール」の、アングル(筋書のあるドラマ)にも似ている。
誰かが憎まれ役(悪役)を演じることにより、遺恨めいた名勝負が生まれることに等しい。
過去に「北の湖 対 先代・貴ノ花」 「千代の富士 対 小錦」 「朝青龍 対 白鵬」など、館内を大いに沸かせた一番であり、あまりにも正統派の人気者同士の対戦は逆におもしろくない。
憎いほど強いヒールがいて、感情移入できるベビーフェイスがいてこそ「真剣勝負のエンターティメント」なのであり、もちろん稽古に裏打ちされた強さがなければ取組は成立しない。
そんな、角界の遠藤と大砂嵐は、「ダブルスタンダード」であるべきなのだ。

数日前、テレビのバラエティー番組に複数の力士らが出演していた。
大相撲の復権に一役買うが、本場所の取組においては、情け相撲(八百長)の構図がただようもの。
普段からこんなに仲がいいのであれば、もう壮大なフィクションでしか見られなくなる。
だから大相撲なんだけど、八百長をめぐる「ガチンコ法廷」を忘れたわけではあるまい。
それにバラエティーに出演する力士は、「ヒール」の素質は持ち合わせてなく、かと言って「ヒーロー」になる素質もどうかな… 全力士が夢と感動、勇気を与えたいになったら、興行の魅力には欠けてしまう。
その意味では、追放同然の「朝青龍」は圧倒的な強さも誇る、稀代の名横綱だったと思っている。

人気どりが緊張感を奪うこともあれば、程度問題あれど、勝負の世界に仲のよさが高じることがある。
隠語でいうところの、「半ガチ」(半分本気)ってところになるんじゃないかな。
普段から仲良くしてれば、どこかで手心を加えるだろうし、仲の悪さが起因してれば完全ガチンコだ。
それに理性と感情が衝突をすれば、感情のほうが強いから、仲の悪さは「タブー」を引き起こしてしまい仲が良すぎると予定調和の「無気力相撲」を生み出してしまう。
だから現役中に限れば、誤解をまねく距離は慎むべきであり、親しくなるのは現役後であってほしい。

僕は大相撲が凋落寸前のころから、こうして小石を積み上げるようにして書きつづってきた自負がある。
テレビ観戦しかり、本場所や花相撲も含めて観戦してきたから、いいとこどりのにわかファンではない。
応援すると宣言した以上、僕は最後まで大相撲を応援するし、そのために声を高らかに上げるのだ。

それで、どの力士を応援しているかって…  ボロぞうきんにされても相手から逃げない力士である。 
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2014年05月09日

不倫手記

今朝の新聞、国際面の小さな囲み記事。

クリントン元米大統領の不倫相手だったモニカ・ルインスキーが、後悔の念を手記で発表したという。
その渦中に巻き込まれていた、妻のヒラリー・クリントンは手記に対し、夫だけの一方的な行為を否定。
実際は合意の下であったと主張したとか…

男と女…  そう簡単に真実が明かされることはなかろう。
逢引きはなんとでも言えるし、単純に凹凸な関係でなくても、真実はふたりにしかわからない。
浮気(不倫)= 愛欲と思われがちだが、実際は冷静さを取り戻して、最後までは行き着かないものだ。

もしも続くようであれば、多少からだの相性が合ったぐらいで、そのうちにおさまりがつくであろう。
動機の多くは、密会めいたスリルに興奮してるだけで、イワシみたいなセックスをして喜んでいるとかさ。
からだの浮気なんて、自分勝手なセックスをして、すぐに冷めてしまう性質だ。

男と女は一度寝れば、たがいの本性はわかると思う。
女が、「もう、この人とは寝たくない…」と思っても、男は快楽に興奮した夜が忘れられずに、今度は変装して、女性がひとりで住むマンションの呼鈴を、鼻の下を伸ばして「ピンポーン」と鳴らしたがるんだ。

こういうタイプが寝たことに味をしめて、後々厄介な男になるので、自宅の情事はやめたほうがいい。
まあ、その逆のパターンだって、ありえるからね。
奥様方、主人が腕立て伏せで腕力を鍛え出したら…  気をつけろ!

本気でも遊びでもない曖昧な世界だから、真実なんてそうそう明らかになるはずもないんだ。

末尾を締めるが、どうしても浮気したければ、妻や恋人の知らない「第三者」とするべきだと思うね。
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2014年05月08日

GWばらい

長すぎたゴールデンウイークも過ぎ、待ちに待った「日常のサイクル」が戻ってきた。

ここはほどほど家庭生活と切り離し、週末あたりは自分の人脈や場所で寛ぐ人が多いのでは…

バーの口開け(最初の客)は遅めだが、早い時間の顔ぶれはそれなりに定着しているもの。
ただし、早いだけあり、帰宅も交通機関が動いている時間までが多い。

少し遅めな時間になると、残業帰りや出張帰り、その日の仕事の出来高で飲むお客さんもいる。
このあたり、社会は人で動いていることを実感する。

そんなはじまりとなった7日。
終日、おなじみの顔ぶれながら、GWに仕事だった人たちも、ここらで小休止というところか。

カレンダー通りの単身赴任ではあれ、今週末に帰るほどのせわしなさは持ち合わせてないようだ。
夜の週末、「ひとりの解放感」や「ふたりの距離感」を、じっくり楽しむ人が多いかもしれないね。

それにいい年齢にもなれば、自分の名前が通用する「隠れ家」ぐらいはもっているだろう。

これからは少し、「ひとり感覚」も大切になってくると思える。
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2014年05月07日

ある精肉店のはなし

人間は生きるための手段として、動物に相当残酷なことをしている。

同時に子どもに、命の尊さを教えることもあまりしてこなかった。
なぜなら、大人が命を理解していなから、説明できるわけあるまい。

論より証拠で、宴会料理の食べ残しぶりを見れば、食肉の背景などに思いやりの欠片もないはず。
「給食やご飯は残さず食べなさい」と、教育している大人からして、外食先ではこのありさまだ。

現在、シネウインドで公開中の映画 「ある精肉店のはなし」を鑑賞してきた。
子どもに命の尊さを教えてやれる、質の高いドキュメンタリー映画である。
同時に、差別部落の人権問題にも焦点をあてられており、どちらにも重点をおける仕上がりでもある。

日本は見せない論理が強いが、見せる論理には何かと批判的になる。
その際、「かわいそう…」なんて言いかたはいけないし、同調する気はない。
それよりも、「人はどうやって生きているか」を教えたほうが、はるかにまともだと思える。

原始的な方法で殺める場面を見れば、誰だって辛い気持ちになる。
「じゃあ、食べないのか」と言えば、そういうわけにもいかない。
だけどあえて知ることで、やさしさを理解できる子どもに育ってくれるんじゃないかな。
そうじゃないと、命の本質がわかっていないんだから、人の痛みなんてわからんでしょ。
陰湿ないじめ問題の背景には、命の尊さや社会的な人権について、教え込まなかったからだと思う。

4年前、日本のイルカ漁を欧米論理で製作された、映画「コーヴ」とはまた違った一面をもつ。
命の扱い方を順序立てで教えることで、逆に偏見や差別はおきにくくなるだろう。
それに「食育教育」は、ある種の辛さがともなわなければ、原点を見失っている気がする。

「ある精肉店のはなし」
深い説得力をもちながら、見終えたら「ほのぼのと優しい気持ち」で、劇場をあとにできる秀作である。 
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2014年05月06日

男と女のタブー

自宅でワイドショーを見ていたら、結婚22年になる芸能人夫婦の不倫疑惑が取り上げられていた。

発覚したのは、写真週刊誌に撮られた1枚のスクープ写真。
妻(49歳)と仲睦まじく写っていたのは、だれもが認めるハンサム(50歳)な独身男性の上、性格も  すこぶる評判がいいとのこと。
しかも、妻は関係を事実上で認めたもんだから、そうなると立場を失うのは夫(48歳)なんだよな。

開き直った女性は、やることが凄まじいからね…
それまでどんなに好きであっても、「この人、キライ!」と思ったら、何があろうと「キライ」で通すから、 もう別れることしか頭にないんだと思える。
そうなると立場は一変、男は「もう一度やり直そう」と努力はするものの、女はガマンにガマンを重ねた 怒りが爆発した後だから、かわいた残骸しかないんだ。

妻は、「復讐の仕方」を知っていると思った。
自分の夫よりいい男を世間に公表したんだから、夫の嫉妬は想像に難しくないだろう。
これぞ究極の復讐であり、モテる男をギャフンといわせてやる裏技である。

男だってそうだ。
自分の純情を傷つけた女に復讐するんであれば、誰もが振り向くほどの美女を連れて、その女の前に現れれば、嫉妬という動揺に駆られることは目に見えてわかるであろう。

だけどだよ…
それはおたがいのプライドを守るためにも、やってはならない禁じ手でもあるんだ。
それを知りながら使った妻の心境は、元に戻る気などさらさらない、覚悟の表明としか思えない。

単純に相手を振り向かせるため、かけひきに使うことはあるだろうが、この場合は本気で別れるためのテロリズム行為に違いないであろう。

男は夢に生きるけど、女は現実に生きるからな…   女は強し!
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