2014年04月21日

Jazz Talk Vol.42

たまには魂を揺さぶられるような、アグレッシブなハードブロウを思う存分に聴きたくなる。

夜の世界(水商売)では、ジャズが隆盛期を迎えていた。
ネオン街のクラブやキャバレーでは、「箱」=「店の専属バンド」という仕事が存在していた。
店と専属契約して、何曜日は2ステージ、何曜日は他の店とかけもちなど、街にも賑わいがあった。
それに当時、専属バンドを抱えている店は「ステータス」が高かったし、客層も社用族ばかりだった。

店の雰囲気によっては、ムード歌謡曲や映画音楽、素人のウタバンなど、それぞれ要求が違ってくる。
ジャズといっても、そう演奏できる時間もなく、余興から余興へのつなぎでしかなかったと思う。
多くの要求は、会話のジャマにならない演奏(メドレー)であり、お客さんの目当ても店の女の子だから、演奏なんてどうでもいいわけだ。
その仕事は建前とはいえ、演奏者の本音はジャズが好きだから、次第にストレスもたまってくる。
だから、必然的に息抜きのできる場に集うようになり、時にフリーセッションがはじまったりした。

今は音楽の志向が広がったし、恵まれた音楽環境にあるので、個々に独立した音楽観がある。
おいしいものを作るのと同じ感覚で、実験的な意味もあるから、ジャズも建設的に異色化したと思える。
音楽の志向も広がれば、ひとつのジャンルにおさまらないのが世の常。
そうなると組織化されていない個人事業店などは、良くも悪くもその影響を浴びやすくなるもの。

じゃあ、何で店名に「ジャズ」を入れたかってことになるが、好きだという「俺の意地」だ。
開店のときは、多くの人から「これからは、ジャズなんてやめておけ…」と肩をたたかれた。
まず若い人が反応しないし、ジャズは時代遅れだから、関わらないほうがいいと反対された。
それに演奏者は演奏者としかつながろうとしないし、極めてジャズの好きな人ほど見向きもしないことはわかっていたことでもあった。
それでも曲げなかったのは意地だし、僕の出生にもこだわりがかっているからだ。

ジャズは文化。
ジャズに気軽に触れて過ごしてもらいたいから、店内もジャズばった雰囲気にはしていない。
だから、店の中を見渡して「どこがジャズなんだ…」という特定の人ほど、「50〜60年代ジャズの亡霊」だったりするし、指が速く動くのがジャズだと思っている人もいれば、音響設備やレコードコレクションを自慢するのもいいが、中学生レベルでやめておいたほうがいいと感じることもある。
理詰めでたたみこむのはさほど難しいことではないが、ジャズに敬意があるから気分を害することは  しないだけのことであり、楽しく優しく語れる人じゃないと一緒にいてもつまらないでしょ。
その意味では、最後に行き着くジャズはどうあれ、はじめてジャズを聴く人にとっては、気軽なスタイルの「ジャズバー」だと思っている。

それにジャズに限らず、バーでは「フリートーク」ができる。
ジャズがわかるわからない、楽器ができるできない関係なく、そのお客さんこそが楽器みたいなもの。
感情をおさえる人もいれば、単独で語る人もいるし、ユーモアをもちいる人もいるようにまちまちだ。
「GIG」の主人公は、あくまでも言葉という楽器を使う、お客さんということになるわけだ。

気がつけば、長々と乱文をつづってしまった。
僕自身、メロディーを大切にした内省的なジャズが好きなんだけど、たまにガッチリとヒートアップした ジャズを大音量で聴いて、内なるマグマを発散させているときがある。
食事なら肉と野菜の栄養バランスであり、何か足りなければ自然と補おうとする生理みたいなものだ。

そもそも、僕の内面には「フリージャズ」が、ひそんでいたことは自覚していた。
数十年ぶりに眠りから覚まさせてくれたのは、「真正なジャズ愛好家」である2人の存在が大きい。

最後まで途切れることのない、テンションノート(緊張感)は圧巻である!
posted by GIG at 00:00| Comment(1) | TrackBack(0) | Jazz & Music | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする