2014年04月11日

つきあいかた

下町地区で二校統合した、「柳都中学校」の初入学式が行なわれたという。

地元紙の記事では全校生徒が270人で、僕が在校していた70年代後半の四割にも満たない人数だ。
入学式の掲載写真を見て、あのころに自分の体や心が少しずつ変化していく戸惑いを思い浮かべた。
あれから、友人つきあいも変化していった。

友人をなくしたくなければ、集いはリーズナブルな店でシンプルにやるべきである。
僕らの世代になると、儲かっている男もいれば、破産しそうな男もいる。
大型連休になれば、家族で海外旅行へ出かける男もいれば、巣籠もりしている男もいる。
離婚して子どもの養育費を払っている男もいれば、借金をコツコツ返している男もいる。
女性にしても、だんなと別れてかよわい生活をしていたり、ひとり暮らしに不安を抱いてたりする。
つまり、生活感覚は人それぞれなんだ。

僕の出身中学である、柳都中学校(旧舟栄中学の昭和55年卒業組)は何十年にも渡り、夏と冬の2回古町地区で同窓会を開いている。
職業上、時間が合わないけど、8年前に三次会の席に滑り込んだこと一度だけ。
時間的に人数こそ少なかったものの、それは楽しい夜明けをむかえたものだ。

こうして、毎年続いている理由はカンタンである。
先ほどの「それぞれの状況」を考えれば、誰もが参加できる会費で行なっているからだ。
人間関係(同窓会)を、末長く続けられる理由はコレだ。

裕福な幹事が自分基準で企画をしたら、高級店の高いコースになりがちとなる。
それに泊りがけの温泉宴会や高級割烹、ホテルのフロアーでシャンパンを開けたり…
時にはプレミアムパーティーもあっていいけど、その分参加人数は減るし、続けられるもんではない。
そういうイメージを作り上げると、気軽な同窓会のはずが、気軽な同窓会じゃなくなってくるんだ。
幹事はいい格好かもしれないが、それぞれの状況を想像できない、慢心さが同窓会を潰しちゃうんだ。

その意味では、中学の幹事は気軽な参加を心得ており、これこそ全体に気配りした同窓会だと思える。
一次会のあとであれば、同窓生を免罪符にして、好き勝手なところへ散ればいいんであってさ。
僕は中学の友人は少ないけど、開店の噂を聞きつけた級友が利害抜きで来てくれたときは心強かった。
それを友情というんだろうし、長いつきあいをするためのつきあいは大切だと思っている。

友人を減らさないためにも、そこそこ安く雰囲気のいい店を探すよう心がけている… 僕も助かるしね。
posted by GIG at 00:00| Comment(0) | TrackBack(0) | Bar & Human | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする