2014年04月05日

サイド・カー

東京で止まり木(行きつけのバー)を見つけたのは26歳のころ。
都会と交われた気分だったが、そのわりには僕は垢抜けてないでしょ (笑)

新潟に帰郷せねばならなくなった十数年前。
それから、東京へ出張の際には、前泊でそのバーへ顔を出すようにしていた。

バーの利点は、マスターが代替わりしにくいこと。
店の雰囲気が当時のままで、あまり変わらないこと。
一過去、僕と懇親(こんしん)な関係であったことも大きい。
決定打は、「懐かしい対話」ができることだ。
つまり、真っ当で当たり前の 「人間関係が存在」しているのである。

物理的に遠隔地なので、もう何年間もご無沙汰である。
せいぜい電話での挨拶、時候の挨拶状ぐらいしか、交際手段は限られてしまうもの。
人伝(ひとづて)には、当時と変わっていないとは聞くが、またそれが嬉しいんだ。

バーで、上司と仕事のやり方をめぐって激論したこともあった。
連れの女性に野暮な動揺をしながら、先の読めない展開に身を任せたこともあった。
「看板のないバー」では、秘密めいた出来事もひとつやふたつはあったものだ。

新潟に戻り、数年後…
「どこかにいい人、いないかな」と、東京のマスターから雇用の相談を受けていた。
そのころ、近々に上京する予定のある、当時23歳の好青年を知っていたので、その性格も見越した上  「サイドバーテンダー」として紹介したのが 「O橋くん」
その後、帰郷した彼は 「現在34歳」になり、今では当店の扉を開けること7年目。

4月4日 偶然にも妻と顔見知りである、懐かしい女性 「Hさん」を同伴して来店。
人間関係、どこでどうつながっているのか、驚きを隠せないまま、最後は 「サイドカー」で締めた。

2014年の冬、彼はまもなく 「おとうさん」と呼ばれることになる…
posted by GIG at 00:00| Comment(0) | TrackBack(0) | Bar & Human | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする