2014年03月31日

2014 卯月

【4月定休日】     
     6日(日) 13日(日) 20日(日) 27日(日)
       ( 29日(火) 通常営業 )

 住所     新潟市中央区 東大通2−9−5 
 電話     025−247−1644
 営業時間   19:00 ⇒ 深夜3:00
 定休日    日曜日 
 客席数    カウンター10席  ボックス席(5〜7名)


日曜に雨が降ると、街中をサイクリングできないのでガッカリする。

予定がなければ、気分転換に本町市場や古町通りにある小さなショップや本屋などを眺めたり、喫茶店で読書をしたり、ひとりの時間を満喫することが好きだ。
これから好天に恵まれてくれば、サイクリングロードを走りながら海を見にいくこともあるだろうし、公園のベンチに腰かけて川を眺めているなんて日もあるだろう。
もしかするとフラッとマリンピア日本海にいたり、水上バスに乗ってたりするかもしれない。
それなら平日の日中でもよさそうだが、その後に準備と仕事が控えているので解放感には乏しい。
結構、気まぐれに行動していることも多いんだ。

休日に約束でもあれば別だが、そうでない限りはシンプルな夜遊びをしている。
とは言え、今日は雨が衝動を抑えてくれて、ちょうどよかったのかもしれない。
そのおかげで日帰りバスツアーのチケットも手配できたし、きっとまだ寒空のもとで8分咲きの夜桜を  眺めながら飲む、バッカスの「スキットボトル」も手に入れた。
それにわが家のこまごまとした雑用も、それなりにはかどったしね…

夜も更けてきたので軽く飲みながら、録りためした洋画や音楽番組を見て静かな時間とする。
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2014年03月29日

蛍が去った夜…

M本さん、お元気で…

2009年 9月30日
それまで空き部屋だった、店の斜め向い新築マンションの一角に、明かりが灯ったのは気づいていた。
翌日、福岡から単身赴任で新潟へ引越してきたと名乗る当時43歳は、その部屋の住民であることを   明かし、ハイランドパークをストレートで注文した。
初めての単身赴任先は、思いもよらない新潟だったらしい。
慣れない土地で不安はあるだろうが、その日から匿名ではなく、ほどよい距離のM本さんになった。

2014年 2月7日 辞令が下りた。
今度の転勤先は、四国は香川県高松市。
予てから、希望していた職務に転属されることになり、思い残すこともないだろう。

ご近所ということもあり、プライベートで何度か一緒に飲んだ。
2011年 8月 新潟の花火大会終了後、東万代町通りの店で4人して飲んだのが最初。
2013年 4月 古町の鍋茶屋通りの店で、4人とも時間を忘れて飲んで慌てて解散したのが思い出。

僕は輪に加われなかったけど、店でこんなこともあったよね。
2010年 6月 単身赴任の寂しさを癒すため、常連の6人が44歳の誕生会を開いてくれたこと。

忘れられない出来事もあった。
2011年 4月 新潟市議選に立候補した方の応援で、10人も集まらない選挙事務所に待機して、  落選の知らせを受けたとき、重い気持ちを引きずりながら、気分転換に飲んだこともあった。

多くは日曜の出来事で、そこにいつも「NABE女史」が「おやじの世界」を興味深く見守っていた。

2014年 3月23日
知る顔5人が集まり、最後の晩餐になったのは、数日前に記したとおり。

2014年 3月27日
本当に最後のお別れになったのは、時計の日付けが28日に変わった深夜2時40分ころ。
夜の静けさの中、どこか寂しげな目をして、夜道を歩いて消えた後ろ姿が印象的だった。
「また会おう」と交わさないのは、実際にはそう会えることはないのがわかっているから。
お別れは演出ではなく、誠実にお別れすることだと思っている。

新潟在住期間  4年6ヶ月  ベランダにホタルがいなくなった…
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2014年03月28日

春の目覚め

26日 13時10分 寝室のカーテンを半開にした。

枕元のテレビから、選抜高校野球の音声を大きく響かせながら、ベットに横たわったままの半眠状態で春の陽射しを浴びるのは気持ちがいい。
眠っているのか、目覚めているのか、どこか夢見心地の浮遊感に癒されている。

手のひらサイズに開けた窓のすきまからは、弱い風とともに遊び盛りの甲高い声もこだましてくる。
小学校の短い春休み期間だけ聞こえてくる、普段は意識していない、地域ならではの副音声である。

このままでは間延びしていくだけなので、音声の切がいいところで、熱いシャワーを浴びに起きた。
髪を洗いながら「薄毛になったぞ」とか、歯を磨きながら「歯茎がやせたぞ」などとその都度感じる。
ひげをシェーバーで剃っても、顔のたるみのせいか、1回ではきれいに剃りきれない。
全身を強くこすって泡だらけにしても、もう筋肉も削げ落ちているから、マシュマロを洗っているようで、 あんまり爽快感とやらを感じない。

これがほぼ、半世紀生きた男の肉体の証しかと思うと、至る部位が愛しくなるというかなんていうか…
それに原色のバスタオルが似合わなくなり、似合うのは足下にひいてある白のバスマットぐらいになる。
若いときならブーメランをはいて、両端のゴムで「パチン!」と乾いた音を鳴らしていたが、今では片足を上げた途端、「オットット…」とよろめく始末である。
仕上げはアフターシェーブローションを、「ビシッ!」と胸にすりこみたいが、今じゃ「ダラダラ…」とムダに腹をつたわって、ヘソの中に流れこんでしまう。

うーん… ビージーズの「恋のナイトフィーバー」をBGMにして、和製「ジョン・トラボルタ」のように、   セミヌード姿でセクシーに目覚めていたころがなつかしいぜ…   オレはバカかもしれない。
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2014年03月27日

酒場の仁義

十数年前… 在籍していた会社の社長と徒歩で出先へ向っている途中、前方から柔和な笑顔を向けた50代と思しき男性と、軽い挨拶を交わしてすれ違った場面に居合わせた。
これも人脈の広さと思いきや、何でも行きつけの店の常連客らしく、淡白な関係ではないという。

大方の男なら、仕事帰りに軽い挨拶を交わせる1〜2軒はもっているもの。
顔なじみになるのは、同じ店に通っている常連客だったりする。
この時期、お客さんから聞かれることは、「…さんは元気ですか」なんて声。
「相変わらず」なら早いが、「最後に見えたのは、えーと…」と思い返す人もいる。

突然見えなくなった後から、「転勤した」や「引っ越した」だの、風のウワサによると「リストラ」されて   飲めるような状態じゃないことを耳にするときもある。
よくあるケースとして、それまでは一緒に来ていたのにどこかで仲違いを起こして、おたがい意識的に「ニアミス」を避けるようになり、イタズラに関係がこじれていくのを見るともったいないと思う。
唯一、仲直りできる場所なのにね。

まあ、転勤などで去るにしても、それまで仲良くした顔からすれば、「ひとことぐらいあってもいいだろ」と建前とも本音にもとれる静かなつぶやき…
僕もメッセージをあずかっているわけではないので、こればかりはどうしようもない。
中には、「街中で偶然に会ったけど、よそよそしい態度にガッカリした」なんて声もあった。
所詮は酒の席と割りきれるが、素面でコミュニケーションできないのは、社会人としてはどうなのかな。

人とのつながりは儚いけど、不都合で後ろ指をさされてしまうこともあるだろう。
多少の誤解はあるにしても、「あー、あの人…」と渋い顔をされることもあるだろう。
それより「あの人、元気」と、さりげなく見守られている人は、どこでなにをしてようと好感度は高い。
人とのつながりは、「後者」としか保てないんだよね…

職場では厳しい人で通っている人も、酒場では素顔の優しい人も多い。
二つの顔を使い分けられる人は、公私にメリハリが利いているので、内面が奥深いんだ。
人脈も凝り固まっていないから、ボキャブラリーもそこそこ広い。
広く浅いつきあいも知っているから、いつまでも変わらない関係でいられる。

小雨が降り続けた早い時間。
2年は県外に出向するからと、わざわざ挨拶を置き土産に来てくれたS木さん。
こういう人は、新天地でも人脈を作れるだろうし、誰からも愛される気がする。

酒場ではシンプルなつながりを残すことが大切で、そのためにも仁義を知るに越したことはない。
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2014年03月25日

5人のおっさん

平均年齢48歳、おやじ5人で飲んだ日曜の夜。

転勤で新潟を去ることになった、M本さんを見送る会を店の相関図で手繰り集めた。
特別に仲がいいわけではないが、店で何回か顔を合わせるうちに徐々に親しくなった間柄である。
参加者は、会社の営業管理職、IT関連の会社社長、最新技術を用いた開業医など、行動形態が異なる職業の寄り合いながら、知り合ってそれぞれ4年半から6年は経過している。
こうして、多種多様な価値観を交流し合えるのは、人に対して身構えない個性にある。
僕も独立系のバーテンダーだが、単に見送る会を手引きしただけに過ぎず個性には名を列ねられない。

男の飲み会は、「フリージャズ」である!
多少騒々しい面々だが、誰とでも分け隔てなく会話ができ、その上で明るいキャラクターである。
その時、飲み会のメリットを考えるような男はお呼びではない。

今回のおやじ5人には限らないが、このあたりの年齢にもなればいろいろな背景を持っている。
離婚経験者もいれば、浮気が原因で修羅場を経験した者もいる。
子どもの反抗期に頭を悩ませている者もいれば、両親の介護に奉公している者もいる。
一度は会社経営に失敗をしながら、不死鳥の如くはい上がった者もいれば、お店をはじめるなど、    新しいことにチャレンジした者もおり、それぞれの人生に暇(いとま)がない。

また、経験による会話は自然と弾むもので、会ったときは楽しい時間を過ごすのが男同士。
暗くならず、深刻ぶらず、逆に他人の免罪符を利用して、ここぞとばかり好き勝手に酔っ払える。
席に女性でも加われば、また違った雰囲気にもなるが、原点は「男とキチンと飲めてナンボ」である。
その土台があって、たまに女性と一緒に飲むことが楽しいのであり、いつも女性としか飲まない男に  限れば、人つき合いを平気で粗末にするようで、どこか信用性が欠けて見えてしまう。

深夜の帰り道…
われわれ年甲斐もなく、路上で熟女2人をナンパして、またテイストの違う店で飲み続けるあたり。
平均年齢48歳ながら、いつまでも「遊び心」は忘れてはならないと思っている。

その前提、男のつき合いは大事にするべきだろう。
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2014年03月23日

鶴竜

先入観がおこした見誤りだった…
なーにが、「阿修羅 日馬富士」だよな、もーう、オレかい。

大相撲11日目、日馬富士が優勝すると断言したが、勝負は下駄をはくまでわからないことを痛感した。
予感を払拭できなかったのは、やはり12日目の鶴竜戦だった。
それまでの鶴竜は先頭集団の3〜4番手あたりに身を置き、前を走る相手の体を風除けに使いながら、最後に温存していた力を発揮したような感じである。
地味な相撲でありながら、ここ一番の研ぎ澄まされた集中力は底知れなかったが、まさか好調な東西両横綱に勝つとは予想できなかった。

一般社会でよく言うところの、人格者で優秀なんだけど表現力がないから目立たない存在。
こういうところを見逃してならないのに、今場所の日馬富士の一撃必殺の強さ、白鵬の盤石な心技体に目を奪われてしまい読みが浅かった。

そういえば以前、相撲は強いものが勝つとは限らない理由を記したことがある。
育ってきた遠藤に大砂嵐、引退した琴欧洲など、新旧入り交じった番付に翻弄され、実は一番伸びてた鶴竜の存在を忘れていた甘さこそが、僕自身の眼力のなさであろう。

今日、春場所15日目の千秋楽。
無駄に予想などせず、取組をありのまま見ることで、先入観に支配された頭を浄化せなばならない。
見方を改めることも、大相撲ファンとしての所作である…  なんてね。

ここまで記して、春場所優勝は大関「鶴竜 力三郎」じゃなかったら、わしゃ怒るでぇー!
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2014年03月22日

選抜高校野球

春の選抜高校野球選手権がはじまった。
新潟からは、ほぼ常連校になりつつある、日本文理高校が今日大会2日目の第3試合を予定している。

僕らの世代、新潟県から選抜出場するのはめったになかったので、甲子園球場から聞こえてくるテレビの音声は、春の訪れを告げる役割でしかなかった。
たまに出場したかと注目すれば、初戦で「ノーヒットノーラン」を喰らったり、一回戦突破で大騒ぎしたり、全国レベルにおいては並大抵ではない努力が必要だった。

野球だけに限らないが、その当時は新潟県大会を制覇する練習でしかなかったと思える。
それが一変、近年ここまで強くなったのも、全国制覇するための練習に切りかえたことによるものだ。

「スポーツ指導者」の資質によるところも大きい。
競技に詳しいだけではなく、選手を通して成果を挙げるのが監督の務めであるからに、人心掌握術に  長けてないと小石が積み上がりにくい。
また、選手から好かれることが指導者の役割ではないし、孤独や少々の反発に耐えられないようでは、 勝負師として頼りなさを感じてしまう。
その意味では、手っ取り早いスポーツ留学に頼り過ぎず、余裕のある在任期間で人を伸ばし育て上げ、 後進の道を切り拓いていくのが、監督の条件であると思える。
その上、自分の名前を上段につづる「名誉欲」をもたないことが、そのチーム(選手)の活力源となり、 監督の威厳や情感だったりするわけだ。
つまり、戦うのは選手であることを軸に考えられるかである。

春の選抜高校野球選手権。
土台を担う点においては、出場32校の「監督対決」のような気もする。

こうして、甲子園アルプススタンドの熱気が覚め止んだころ、本格的な春の到来を新潟に告げる。
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2014年03月20日

阿修羅 日馬富士

大相撲春場所は残すところ4日…  日馬富士が優勝するだろう!

圧倒的な横綱相撲ではないが、他の力士にはない老獪さ(ずるがしこさ)がある。
実力がそれほど変わらなければ、最後はクレバーさ(頭のよさ)が制するのが勝負。

日馬富士は、嫌われることをおそれていない!
6日目、栃煌山との一番だったかな?
立ち合いに変化して、あっけなく白星を得た一番に、館内から大ブ−イングを浴びせられた。
極めた様式美も追求する横綱相撲でありながら、そのふてぶてしい面構えを見てこう思ったね。
「今場所は、勝つことしか考えてないな」

本場所の仕上がり状態によって、攻め手を変えられるのは小兵力士としての冥利。
昨日11日目、稀勢の里との一番では、激しく顔面を張りまくり闘争心が全開だったでしょ。
方や、白鵬は相手の攻めを受けきれる強さがあり、断固として横綱相撲へのプライドをあわせもつ。
両横綱タイプが違うだけに、千秋楽の横綱決戦ともなれば、今場所は何を仕掛けてくるかわからない、   日馬富士に軍配が上がるように思える。

だが、気になるのが、大関である鶴竜の存在。
ここまでの取組みを見て優勝はないだろうが、鶴竜が残り4日をかき回すんじゃないかと…
虎視眈々、両横綱のどちらかを喰ってしまうような、不気味な存在感があるんだよな。
その可能性、今日12日目の結びの一番、日馬富士戦でハッキリするであろう。

結果を知って書くのは禁じ手なので、今場所の優勝は「日馬富士 公平」と断言する。
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2014年03月19日

周辺予想図

新潟市中央区東大通、または万代とはいえ、都会と田舎が混在している街である。

特性的に東大通はオフィス街なので、早足で歩く人が目立ち、車のクラクションなどがノイズになる。
夜になれば、居酒屋の店先から店員の連呼が外にまでこだまし、開いた戸からリズム感の悪いタップ  ダンサーの足音が響き渡る街に様変わりする。
万代になるとお行儀がよくなり、おすましした若者が履きなれないブーツのかかとを路上に響かせる。
半径200メートル違えば、人の風景や風情も微妙に変わり、生活感や年齢層も入り交じりかたも違う。

万代の街に住み続けて16年…
街を歩けば、いたるところに知る顔がある。
だけど、街は都会化していくことにより、地域経済の仕組はだんだん事務的になってゆく。
この先、飲食店はコンビニ化すると思うし、「サービス」ではなくて「作業」になっていくだろう。
客も不機嫌な顔で、ただ事務的にモノを買い漁り、挨拶や会話などしなくなるのではないだろうか。
いや、簡単な挨拶ひとつもできなくなり、自分自身に没頭するような風潮が拡張していくんだと思う。
近代化に飼い慣らされてしまうもんだから、日常の精神も当然、安っぽくなるような気もする。
昔みたいに、店と客の人間関係で保たれている、「小さな人情店」は極めて少なくなるかもね…

その意味では、新潟駅前周辺を含んだ万代地区は人の循環機能(流入出)が働いているため、適度にいろんな人と交流し合える場所であるから、自分自身の新陳代謝も図れる街でもある。
自分とは関係ない街にするか、知らない世界を知る街にするか、新潟日報メディアシップが街のランド  マークになった今、新潟の文化を見直すことで観光の街へ変われる可能性を秘めていると思う。

この街で骨を埋める覚悟をしたから、少しでも街を良くしていきたいと思いはじめている。
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2014年03月18日

Jazz Talk Vol.41

初めてジャズを聴く人には、「キース・ジャレット」(トリオ)は、正直難しすぎると思う。
ここまで絶賛していながら、矛盾に満ちているようだが、僕の意見はそうなるざるをえない。

ブログ(ジャズの頁)を読んでいるお客さんから、「最初に聴くキースの一枚はどれからがいいか…」  聞かれたことが2度ほどある。
それに何枚か聴いている人の中にも、「どの曲も同じように聴こえてしまう」という全うな声も上がる。
最初からあれこれ聴きすぎると、そういうことになりやすいので、聴く枚数は制御したほうがいいと思う。

日常的にジャズを集中して聴ける時間は少ない。
聴くことを軸とすれば、せいぜい月に数枚ほどであろう。
特に「ボックス」や「二枚組」などには、手を出さないほうがいい。
耳が届いてないわりには、全部聴いた気になってしまうし、あれこそマニアを対象にしたモノである。

僕自身、いまだに「二枚組」は集中力が保ちにくいので、だいたい片面志向になる。
初心者であれば、聴いている時間を垂れ流す一方で、たぶん「〜しながらジャズ」になっているだろう。
一枚を聴いては、次の一枚へ行きたがる人ほど、耳の座りが落ち着かず収集へ走りがちになりやすい。
僕は仕事上、人より聴ける環境にあるだけで、普段であれば「月に2枚」も聴きこめれば十分である。

うーん、キースの推薦盤か…
ソロアルバムなら、「メロディ・アット・ナイト・ウィズ・ユー」は、誰からも愛されるだろう。
それ以外、「ケルン・コンサート」で完結していいが、個人的には「リオ」がお気に入りである。

最初の質問に戻れば、「スタンダード・トリオ」 80年代初期の三部作は要チェック。
とりわけ、「スタンダード・2」は、初めて聴く人には心地がいいだろう。
1曲目「ソーテンダー」、5曲目「イフ・アイ・シュッド・ルーズ・ユー」の魅力に負うところが大きい。

個人的には、「星影のステラ」と「ザ・キュア」は、三部作に次ぐ永年の愛聴盤。
ただし、「チェンジレス」と「インサイド・アウト」の2枚は、難しすぎるので避けたほうがいい。
二枚組ながら、「スティル・ライヴ」と「ウィスパー・ノット」は優れたアルバムだと思っている。

ソロ映像なら、「2002 東京ソロ」が好きだ。
トリオ映像なら、文句なしに「スタンダーズ・T&U」が抜群である。
「U」では、僕がドラマーの「ジャック・デジョネット」を好きな理由がふんだんにおさめられている。
トリオとしての黄金期を極めていたころの、貴重な映像だと思っている。

キース・ジャレットの扉は多い。
どこの扉から開けるかは自由だが、カッコで聴くとどうしても薄っぺらになってしまう。
まずは、ものさしとなる一枚を見つけて、集中的に聴きこんで自分のものにする。
それを基準に聴き進めていけば、自分の好みも次第にわかってくるというもの。

僕のはじまりは、1983年「Standards.Vol.2」からだった。
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2014年03月17日

途中下車

店をはじめてから、東京へ行く機会が減ったのは仕方がないこと。

それでも年に一回は、出かけるようにしている。
行きがかり上、さけられないつきあいと時間の制約もあるため、多くの行動を省き核心部だけとなるが。

そんな東京周遊でも、時間枠に隔離されてしまうのが、新幹線の移動時間。
上りは東京午前着の便に乗車するが、車窓に差す朝日が眩しいので、進行方向の右側が定席となる。
下りは同じ景色を逆方向から見たくなるので、割合進行方向左側が多くなる。
かたくなでもないが、上下線とも東のとある景色を薄々さけている節がある。

最初、ひとり暮らしをはじめた街が大宮駅の東口周辺。
今も新幹線から街並みが一望できるけど、数々の思い出が訴えかけてくるようで少し苦手だ。
イヤな出来事はないが、目の前に幅を利かせると、どこか寂しい気持ちになるから不思議である。

昔住んだことのある街でも、そこに親しい人がいない限り、懐かしんで行くことはない。
好奇心はあるんだけど、思い出を漁りに出かけるようで、潔しとしないとでも言おうか。
新幹線からチラッと眺めるのがいいんであって、途中下車してフラッと行こうという気にはならない。
当時、四畳半の風呂なし共同便所の生活に思い入れはないけど、あのころはアホな青春だったしね。

途中下車しなくても、とりとめなく思い浮かべることのほうが、どこか大切な気もするけどさ。
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2014年03月16日

消費困惑

4月からの消費税アップがまねいている、これも余裕のなさからであろうか…

日中、電話を切り終えた妻が、「要領を得てくれない」と少し怒り口調。
新聞広告に載っていた、商品についての問合せである。

会話がかみ合わないことは、だれにでもあるかと思う。
その言い方がいけないのか、それとも聞き方がいけないのか。
どちらも正しいと思っているから、かみ合わない会話は始末が悪い。
ボタンの掛け違いを修正しないまま、気持の悪い状態が続いていると言うか。

電話であれば表情が見えないだけに、余計に言葉の手間を惜しめないから難しい。
特に量販店で電化製品の説明を聞いていると、店員の伝え方の良し悪しがわかる。
店員からすれば、「こんなこともわからないの」と思われる向きもあるだろう。
だけど、客のレベルが高い低いどうあれ、要望を満たせなければ広告も店員の価値もないわけであり、そのプライドやらに金を払う人なんていないでしょ…

正当対価とは、客の悩みとか不安を取り除いてくれたときに、気持ちよく支払われるものだと思う。
客の立場で考えられないセールストークは、耳ざわりどころか購買意欲すらなくしてしまうときもある。
それが電話口であれば、形式的な説明に不安を感じることもあるであろう。
電話を置いた言葉に続き、「金額の説明ばかりで、相談に答えてくれない」と買うのを取り止めた。

わが家は、増税後の特売日にのんびりと買いへ出かけることにした。
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2014年03月13日

光りの帝国

白昼の空の下、闇に包まれた森の中に、一軒の洋館がたたずんでいる。
昼と夜の共存を描いた、名画「光りの帝国」である。

来年3月、東京国立美術館で「ルネ・マグリット展」が予定されている情報を得た。
開催されれば、13年ぶりの展覧会になるらしい。

過去、何度かマグリットの魅力を書いた。
絵画を見れば見るほど、想像力がわきたつ。
同時に不思議な気分にさせられ、特別な感情が押し寄せてくる。
驚きや共感、何といってもユーモアがある。

一度も本物を、目の当たりにしたことがないんだ…
たまに眺めているのは、本棚から取り出した画集。
20年前、新宿の古本市で購入した、「1988年 ルネ・マグリット展」での記念図鑑。
それと部屋に飾ってある作品、「アインハイムの領地」をボンヤリと…

本物ではないので、繊細なディテールまではわからない。
どんな分野だろうと誰であれ、本物を見たいという興味はあるもの。
近年の感動ブームではなくて、見たいのは生涯をかけた本物なんだ。
それを見たことに、生半可な口をたたくつもりはない。
「この人は実在していたんだ」と、内面からわきあがる「真実」を実感してみたい。

年齢的に、たいていの経験をしてしまうと、少し純真さに欠けてくる気がする。
子供性の感覚を取り戻すには、「好きなもの」に触れたり、「好きなこと」をする以外は考えられない。
他人からすれば、「わけのわからない絵」になるが、好きな人からすれば水を差されただけでしかない。
なぜなら、好きなものに感動できなくなったとき、自分に寂しさを感じることってあるんじゃないかな。
それに自分が本物だと思えば、それが生き甲斐にもなるんだしね。

まだ見ぬ、「ルネ・マグリット展」
その真実を目の当たりにしたとき、きっと生きていることを実感するのであろう。
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2014年03月12日

モーニングコール

時刻は午前0時、日付は11日に変わった店内。

5時間後の午前5時に起床するM本さんは、単身赴任の任期まで残すところあと二週間となる。
6時始発の上越新幹線に乗り継ぎ、羽田空港から飛行機で午前9時半には高松入りする予定。
普通なら寝ている時間だが、まだカウンターで飲んでいるのは、毎日は杓子定規ではないこと。

だけど寝覚めに不安を感じているようなので、僕の方から「モーニングコール」をしましょうかと提案。
「恥かしながらお願いします」と肩をすくませるが、小さな手助けはそれまでの関係冥利である。
グラスを空にし、そのまま目の前のマンションに消え去ると角部屋に灯った明かりもつかの間であろう。

午前5時、左手に開けたてのカンビールを持ちながら、右手のケータイからコールする。
早朝にむさ苦しい男の声はイヤだろうから、2コール目のケータイを妻に渡して、20歳若返らせたようなぶりっ子の裏声で、「二度寝はしないように…」と念を押して、われわれの任務完了。
今度、僕がコールするときがあれば、開口一番「キェーイ」と気合入れて叫んでおこしてやるぜ。

つきあいなんて、難しいこと抜きにこんなもんでしょ…
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2014年03月11日

男女の視点

早いもので、大相撲春場所がはじまっている。

夕方、妻と後半戦の取組をテレビで見ているときがある。
僕は「右差し」「前まわし」「切り返し」など、相撲展開を見ながら勝負の行方を予想している。
しかし、妻は「ちょっと、胸毛がすごいわよ」「わぁー、おっぱいが大きい」だの、体の部位ばかり目が向きしまいには「キャー、まわしがはずれそうよ」だのと騒ぎだす。
僕は思わず、「何を期待してるのじゃー」といい放つ。

女性は相撲に限らず、プロレスや競泳を見るとき、どこに視点を置いているのか不思議に思う。
そう思うのも、こんな経験があるからだ。

神宮球場特設リングで、UWFインター高田延彦の格闘技世界一決定戦をリングサイドで観戦した。
リングコールに合わせ、白いシルクガウンを脱ぎ捨てると、見事に鍛え上げられた肉体がバンプしてた。
次の瞬間、後方席から「キャー、子宮がうずいちゃうー」と、若い女性の歓声を耳にした。
そのときかな、「女は何を見に来ているんだろう」と思ったのは。
身の回りの女性でも、プロレス好きな熟女は何人か知っているが…

男と女の視点は違う。
ソチ五輪で女子フィギュアスケートを見ていたら、足を高く大きく広げたスケーティングに「うおおぉー」と叫ぶと、横目で「ねえ、どこ見てんのよ…」とボソリ。
僕は、「勝手に大股を広げたんだから仕方ないだろ」と抗議。
そのうち、女子バレーを見ても「本当に試合を見てるの…」と、疑惑の眼差しを向けられそうだ。
「そういえば、あなた女子プロレスのことも詳しいわよね」…  ちがーう!  ヾ(`Д´*)ノ

男と女は、視点のなすりつけあいをするのである。
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2014年03月10日

駄菓子屋のおばさん

昔から、男には「七人の敵」がいるといわれる。

小学生のころを思い返せば、すでに敵は現れていた。
下町(しもまち)の悪ガキを筆頭に、素行不良の上級生軍団。
すぐに先生や親に告げ口をする、ゴムヒモ遊びばっかりしている女軍団。
どこの小学校かもわからない、近所では見慣れない縄張り荒らしの面々。
真っ昼間から、ワンカップ大関を片手に近づいてくる、酒臭いおっさん。
家にまで怒鳴り込んでくる、だれだれくんのおっかさん。
屈強で無口、やたら眼光だけが鋭い職人気質のおじさん。
そして7人目の敵こそ、近所の「駄菓子屋のばばあ」だ。

7人の敵とは、仲違いしているようだけど、どこかで妥協点も心得ているもの。
特に駄菓子屋のばばあとは、世代を越えた戦であった。
小学生なりに客なんだけど、ほとんど客扱いされたことない。
金を払って言われることは「勉強しろ」とか、クジでハズレを引くと鼻で笑う。
僕は知っていた…  大玉スーパーボールの当たりクジ3枚だけを、抽選箱から抜いていたことを。

たまに愛想がいいときは、決まって母親と一緒に行くときだ。
普段の態度とは一変して、「優しいおばさん」を演じるあのズルさ。
「なんて、ばばあだ」と思いながら、大人の調整的な会話に小耳を傾けていた。
ばばあという生きものは、プロレスが大好きである。
「コレ、下さい」と言っても、ジャイアント馬場の16文キックに夢中なんだからね。
「そこにおいておけ」と言われ、すりきれた畳の上に何度も小銭を置いて店を後にした。

またある日…  店先に十円玉を入れて遊ぶ「新幹線ゲーム」という、画期的な機械が入った。
「オッシャー」と叫びながら、ゲーム本体を左右に揺らす裏技を使うと「コラッー」とほうきで散らされたがそういうときのばばあは、怖ろしいほど俊敏な動きで襲いかかってくる。
しまいには「またいたか」と、ほうきで「シッシ…」とあしらわれたので、頭にきて店の扉を外して逃げた。
またある時、いきなり算数の問題を出され「不正解」だったことを高笑いされたので、入口の扉に貼ってあった山口百恵のポスターに鼻毛を2本書いてやった。

不注意で蹴った石ころが、店の庭先に置いてあった、梅干を漬けたガラス容器に当たり壊してしまった。
ひとりで謝りに行ったら、怒られるどころか素直に謝ったことをほめられておとがめなかった。
機嫌のいいときは、たまに座敷に上げてくれて、焼いた餅を食わせてくれた。
そういうときだけは、「駄菓子屋のばばあ」から、「駄菓子屋のおばさん」へ呼び名を変更する。

近所の信頼関係とでもいうのかな…
僕は、万引きやカツアゲをしたことはない。
そんなことをしようもんなら、親父に張り倒されることはわかっていたからね。
ばばあに憎まれ口はたたいたが、そういうことをする子じゃないと安心されてたようだ。
その店は跡形もないけど、場所は山田町のバス通り角にあった小さな駄菓子屋だった。

男には「七人の敵」がいるといわれるが、自分の心が勝手に作り上げる架空の敵も多いのかも。
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2014年03月09日

休日半日

たまに「二連休」ほしいと思うときがある。
二連休できたら、きっと多くのことをできるんだろうなって…

毎週二連休だったら、1日はリフレッシュに使い、1日はゆっくりと休養に充てる。
一般的な社会制度であり、あたりまえの発想でしかないが、個人事業主になれば自由は利くどころか、  そんなことは言ってられない。

休日の内情は、実質半日。
半日の中で欲求や休養をまかなうんだから、本当に時間のありがたみがわかるというもの。
ひとりで飲み歩きたくなる、気持ちは理解してもらえるであろう。

夜の行動を動物に例えるならば、宵の口は犬であり、夜更けになると道に迷ったタヌキのようになる。
自宅からほど近い場所に、24時間営業のマクドナルドがある。
深夜の帰り道、カウンターにひとり立ち尽くし、なぜかオーダーをしてしまう自分がいる。
「テリヤキバーガー」と「フライドポテト」、それから「チキンナゲット」、ソースは「マスタード」で…
それも単品志向なので、「セット」を注文したことはないというより、考えるのがめんどうなだけ。

それに客席で食べたことはなく、すべて持ち帰り(おみやげ)であり、酔っているときにしか入らない。
だからかな… 女性店員にオーダーをするとき、奥のバックヤードから店長らしき男性店員も出てきて、正面2枚看板で対応されてしまうんだ…  わしゃ、VIPか。
この際、ハッキリさせておきたいことは、客としての物腰や番号札を持って席に待機している間でも、  オレ、絶対に礼儀正しい客だと思っているからね。
「番号札、何番をお持ちのお客様…」と呼ばれれば、「ハイ」と返事をしてサッと立ち上がるしさ。
酔った「オーラ」は仕方あるまいが、酔ってるとしても「ダンディズム」はもっているわけよ (笑)
深夜の防犯対策には違いないだろうが、「オレ、不審人物じゃねーし…」  (T_T)

そんなあたりまえの小さなことさえも、楽しかったりするのが休日半日。
それが二連休だったら、きっともっと楽しい出来事にも遭遇するんだろうな。
そういうところはうらやましく思うが、職種がらお客さんが土曜の休日気分を背負って来店してくれるので半日分は気持ちが緩和されていることもあるんだ。

でもさ… 酔った勢いでアダルトショップに入って、変なモノを買うおやじと比べればまだかわいいだろ。
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2014年03月08日

席替えの春

別れの春というが、席替えの春でもある。

新潟から転出する人もいれば、どこからか転入してくる人もいる。
不思議なもので、「店の座席が3席空けば、そこへまた3席埋まる」繰り返しとなる。

このあたり、テレビの視聴率と似ている。
どんな人気番組も、視聴率はせいぜい2割ほどらしく、単純に8割の人は番組を見てないことになる。
欠かさず見ていた、2割の視聴者も環境や指向の変化により、やがてその番組を見なくなる。
しかし、見なくなった番組でも、また新しい視聴者がチャンネルを合わせにくるという。

店も例外ではなく、お客さんの周期で成り立っている。
それまで来店されていた常連さんも、そのうち離れていくのは織りこみ済み。
たまに懐かしくて来るお客さんもいるが、その人はすでに違う店をもっている。
不定期ながら、また違う店を探し回り、同じアプローチを繰り返していくのである。
そして離れた2割中の常連席には、また新しい常連客が座るのが慣わしとなるのが自然なこと。
理由じゃなくて、そういうもんなんだよ…

しかし、中には引き際の寂しい人もいる。
酒乱は問題外だが、女癖が悪かったり、人が嫌がる話をするなど、場になじめずに去らざる得ない人。
正面切って言われてないから、本人は気づかないだけで、残念ながらどこの店でも同じ繰返しとなる。
「あの人、いいお客さんだったね…」と言われる人ならば、どこの店であろうとすこぶる評判はいい。
このあたりは「蛇の道は蛇」であり、本人の品性にもつながりかねない、評判を聞くときもある。

そんな周期を横目に、転入と転出を繰り返すのは、学校の仕組と似たようなもの。
それでもフッと思い出したときに、自分なりのペースで顔を見せに来てくれるお客さんもいれば、    開店まもないころから、止まり木にしてくれているお客さんらにも見守られて早7年目。
学級編成をしても、また同じクラスになったような、どこか懐かしくも自然と寄り添える関係が芽生える 4月の春はすぐそこまできている。

いい客になることは、顔なじみからも歓迎されるようになる。
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2014年03月07日

転勤の春

転勤という別れに、出会いの儚さを感じる3月…

日本人は、儚い時間を大切にする。
この時期、律儀なお客さんにもなると、転勤の挨拶へお見えになることしばし。
その距離が近ければ走馬灯のように、店での出来事を思い出すことになる。

転勤に栄転も左遷もない。
転勤先や転属部署に、やたらと色(評価)をつけたがる人ほど、能力のない証拠だと思っている。
じゃあ、何か…  新潟に転勤を命じられた人は、みんなが左遷なのか。
それとも、何か…  東京勤務はそんなに偉いんかい。
そんな失礼な話はないわけで、そういう偏見が人の判断を狂わせるんだ。
それにネガティブな動機で着任されたら、組織も活性化しないであろう。
辞令を公布する側も、やる気を与えて命ずるべきであり、それこそ人身掌握術の成せる業。

転勤していく人に、同情してはいけない。
転勤族の生きかたはそれが当たり前なんだし、辞令と同時に頭の切りかえも行なっているはずだ。
さしずめサラリーマンの仕事は、代替えが効くという利点にある。
それなのに周囲が情緒的になりすぎたり、勝手にかわいそうな想像をするべきではない。
彼らにとっては、次のステージ(着任先)に使命感を向けているのだから、冷静に考えればその間違った思い込みにいい迷惑をしているかも知れないんだしね。

つまり、転校生を見送るような「泣きの美学」ではなく、男同士の別れは「笑いの美学」にあると思う。
僕自身、ここまでドライなことを書きながら、実のところ異なる部分もある。
しかし、そうしておかないとおたがいのためにもならないこともあるんだ。
経験的に語れば、送別会以上に誠実な言葉のほうが、はるかに重みがあった気がする。
仕事で生じた縁は不思議と、誠実な言葉で裸になった同志じゃないと、利害抜きの友情は成立しない。
まあ、そんなことを求めたことはないが、これも転勤を命じられたり、何度か転職を経験したり、退職してわかったこともあった。
僕にとって、長かったサラリーマン生活の中でも、胸を張って「こいつは戦友だった…」と認め合えた上、今でもれっきとした関係が続いているのは、東京にひとりぐらいしかいないからね。

男は傷つきやすい生きものである。
新体制の内部工作に巻き込まれたり、信頼していた人物が企みの糸を引いてたり、後から信じ難い話を聞かされて困惑したり、無念を語るどころか黙して語らずやがサラリーマン。
そこで恨み辛みを念仏のように唱えるか、それとも潔く飛び立つか、場合によっては強力な自己主張をするか、それぞれ本人の選択もあろうというもの。
表向きは「笑いの美学」とは形容したものの、見せられない顔もあることに気づかねばならない。

人を思う気持ちは大切だが、去り行く節目にしがみつきすぎる純粋さが、行く手をさえぎることにもなる。
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2014年03月06日

Jazz Talk Vol.40

「キース・ジャレット・トリオ」の魅力に、「イントロ・スタイル」の美しさがあげられる。

ビギナーはテーマ・メロディーだけで、好き嫌いをわける傾向があるようだが、論じられるべきは演奏  そのものであるから、そう早合点しないでもらいたいのは僕の意見。

前段となる「イントロ」は注目すべきだ。
ピアノのイントロが象徴的に思える、アルバムを2枚紹介しておく。

「スタンダード・ライヴ」(85) 「スティル・ライヴ」(88)

ともにオープニングナンバーとなる、「ステラ・バイ・スターライト」 「マイ・ファニー・バレンタイン」の    イントロを聴いていると、まるで星空を見ている錯覚におちいってしまうほど。
次第に2人が加わり、3人のインタープレイに熱気が帯びたあと、デリケートな仕上がりで終える。

セックスなら前戯はイントロで、気づいたら夢中になっており、後戯のエンディングに余韻をもたらす。
艶かしい表現だが、大人の色気が漂うほどに、イントロ部分にフェロモンを誘う。
それをカクテルジャズと形容する人がいたら、聴き誤っているに違いない。

僕自身(当時18歳)、83年の結成に添いながら、30年目で解散した去年で一応の区切りはついた。
その間、いろんなタイプのジャズを聴いたが、長い時間枠で聴いたせいか、戻るジャズは彼らなんだ。

それにしても、われながら僭越(せんえつ)極まりない。
新潟のちっぽけなジャズバーのマスターが、世界最高峰のピアノトリオのことを、あれこれ好き勝手に  書いてるんだから、本人らに知られたら迷惑がられ…  いや、鼻で笑われるんだろうな。

でもね…  俺、惚れたら、しつこいのヨ…  
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