見ざる・聞かざる・言わざる…
バーとは、不思議な空間である。
カウンターを隔てたバーテンダーの前で、仕事やプライベートな会話をするんだからね。
それだけに緊張感もあるけど、ニュアンスは少し異なるもの。
「いろんな人の会話が聞けていいでしょ…」と思われるかもしれない。
実際に立ってみればわかるけど、そんなに聞き耳は立ててないんだ。
聞いたとしても、大概のことはその日のうちに忘れてしまい、ある日何かの拍子で思い出すぐらいかも。
それに人の会話に考えを張りめぐらしてないから、表面的に言葉だけが流れ過ぎていく感じである。
こう書くと、「不真面目だ」と言われそうだがそうではない。
普通の会話と違い、他人の会話は副音声みたいなものだから、そんなに意識は向いていない。
せいぜい、呼ばれた声の方向に反応する程度であり、無意識な存在でいいとさえ思っている。
だから、グラスを磨きながら頭の中では「晩飯なにかな…」とか、「今度の休みはあそこに行こうかな…」など、ジャズをBGMに他愛もないことを考えているほうが多い。
ヘタにお客さん同士の会話に割り込んだりせず、肯定的に無心でいたほうが場を共有し合えるもの。
男女が耳元で囁き合っていても、聞えよがしな会話をされてもほとんど気にしない。
仮に、内緒話や人の噂話を耳にしても、基本的には店の外にはもらさない。
まず、本当かどうかもわからないし、それが自己宣伝だとしたら信憑性に疑問を抱く。
会話に巻き込まれたとしても、庶民のひとりとして考えを述べるだけに留めておくであろう。
自然体で寛いでもらえばいい。
ひとり客であれば、フラリと好奇心からなのか、誰かと待ち合わせなのか、黙って静かに飲みたいのか、 気分転換に会話をしたいのか、人恋しくなったのか、だいたい5つの理由に絞られる。
言葉で宣言する必要はないが、表明の仕方では「コミュニケーション」の取り易さ取り難さは決まる。
僕の立場は黒子(後見役)であり、無駄な人気や主役願望もないから、基本は三猿(さんざる)である。